歯からQOL向上を目指す予防歯科プロジェクト

【予防歯科プロジェクト】誰もが健康な歯を長持ちさせられる未来へ ──予防歯科医さんにインタビューしてみた

2017年5月15日



【予防歯科プロジェクト】誰もが健康な歯を長持ちさせられる未来へ ──予防歯科医さんにインタビューしてみた

先日、あしたのコミュニティーラボ編集部も体験受診した「予防歯科」。ふだん歯医者とは縁遠い生活者でも、「予防のために通う」価値を実感しました。しかしながら、日本で「予防歯科」に取り組む歯科医院はまだまだ少数派。にもかかわらず、「予防歯科」に取り組む理由とは? アップルデンタルセンター院長の畑慎太郎さんと、編集部メンバーを担当してくれた歯科衛生士の花岡佑み子さんに聞いてみました。

なぜ日本人は80歳で自分の歯が12本しかないの?

突然ですが、読者のみなさんの歯は、何本ありますか?

永久歯は全部で28本。20歳より前から、正しい歯磨きやデンタルフロスなど充分なセルフケアを続けていて、むし歯も歯周病もゼロ。おまけに、定期的なメンテナンスを歯科衛生士に行ってもらっている──。仮にあなたがそんな人なら、いまでも28本すべて自分の歯である可能性は高いでしょう。編集部の体験記でも明らかにされましたが、その習慣を続けていれば、80歳になっても28本すべてが自分の歯のままでいられるかもしれません。

それに対して、治療したむし歯が複数あって、なおかつ歯周病にもかかっていると、どんなにがんばっても現状維持が手一杯──。体験取材のレクチャーでは、「むし歯になるたびに歯医者に行く対処療法では、現実にはだんだんと歯を失っていく」ということを教わりました。

たしかに日本では、痛くなったら歯医者に行き、むし歯を削ったり抜いたりして治療する──その繰り返しが歯科医療だと認識されています。しかし、その結果、歯の平均残存本数は80歳で12本。大半の方は生涯を自分の歯で過ごせず、入れ歯やインプラントに高額な料金を支払い、不自由な生活を送っている実態が、この数字からもうかがえます。

西東京市にあるアップルデンタルセンター院長 畑慎太郎さん
西東京市にあるアップルデンタルセンター院長 畑慎太郎さん

だからこそ「診療プロセスが重要」と強調するのが、西東京市のアップルデンタルセンター(以下、ADC)院長、畑慎太郎さん。ADCはむし歯になったら治療する対処療法ではなく、個人のリスクに応じたメンテナンス重視の“予防歯科”に注力しています。最近、ADCのような“予防歯科”重視の歯科医院が、少しずつ、全国に増えています。

治療の終わり⇒再発防止のスタートライン

大半の患者にとって歯医者とは、依然として「痛くなったらむし歯を治療してもらって終わり」という存在かもしれません。

それに対して、予防歯科は旧来の歯医者とどのように違うのでしょうか。畑さんいわく、歯科医療の価値は下記のように変化してきているそうです。

1.診療の技術の価値
2.口腔の健康を維持する価値
3.全身の健康を維持する価値

「歯科医療の価値は、いまや”全身の健康を維持する”ということにあります。世界一のスピードで高齢化が進む日本においては”歯の健康を保つこと”は社会課題の解決に貢献し得る。口腔の健康を保つことで全身の病気にかかりにくくなり、結果的には時間や経済的なコストが抑えられます。予防歯科が社会全体に広まれば、医療費の抑制にも貢献できる可能性を秘めています」

具体的に、どんなプロセスで診療が進むのでしょうか。大きく分けて3つのステップがあるそうです。


予防歯科の一般的なステップ(画像提供:アップルデンタルセンター)

「むし歯や歯周病になるリスクは人によって違います。ですから、私たちの歯科診療では、はじめに唾液検査やレントゲン撮影などで口腔内の健康状態を詳細に把握します。そうした検査と生活習慣のヒアリングにより、どの程度のリスクを抱えているのか、改善するにはどうすればよいのかが見えてくる。それを患者さんとコミュニケーションしながら歯科衛生士が説明します。その後、こびりついた歯石など疾患の原因のいくつかを除去します。ここまでが“初期治療”と呼んでいる段階です」

「初期治療」が終わると口腔内はきれいな環境に。そのうえで、どうしても処置が必要なむし歯や、以前に治療したむし歯でやり直さなければならない箇所があれば、ここではじめて「治療」に進みます。治療が終わると再検査を行い、初診時との改善具合を確認。畑さんいわく、「ようやくこれでやっとスタートラインに立つのです」。

そして、よい状態を維持するために、リスクに応じて年に何回か定期的にメンテナンスする──。これが予防歯科の診療プロセスです。

生涯にわたって自分の歯を維持するために重要なのは、畑さんいわく「平均すると30代後半までに“スタートライン”に立つ」こと。しかし、一般的にまだ深刻なダメージを受けていないことが多い「20歳以前」からはじめれば、さらにその可能性は高まるそうです。

「キーワードは家族単位の受診」と畑さんは言う。若いうちに自らの口腔内リスクを知り、自らにあったケアを行うことが、自分の歯と生きていく秘訣
「キーワードは家族単位の受診」と畑さんは言う。若いうちに自らの口腔内リスクを知り、自らにあったケアを行うことが、自分の歯と生きていく秘訣

「目の前の患者さんはもちろん大切ですが、予防歯科を提供することだけを考えていると、むやみにメンテナンスを売りつけることにもなりかねません。そうではなく、健康で長持ちの歯を維持する人生がどんなにすばらしいか、患者さん自身にスピーカーになってもらい、自分その子どもや次世代の人たちにその価値が浸透していく。そこがゴールなのです」

「歯医者っていいな」と子どもが思える仕事を

何回も通って「初期治療」を済ませて、必要があれば治療に入り、そこでスタートラインに立つ──。

こんな予防歯科の診療プロセスにはふつう馴染みがないし、その先のメンテナンスは自由診療で、全額自己負担。ただでさえ健康の価値を実感しづらい若者には特に大きな負担に感じられて、遠い将来のために自己投資する発想にはなりにくいかもしれません。


予防歯科転向以前のアップルデンタルセンターの院内の様子。畑さんいわく、「当時は”治療のついでに予防”というスタイルだった」とのこと(画像提供:アップルデンタルセンター)

開業13年目の畑さんが予防歯科に「がらりと切り替えた」のは、4年半前の2012年のこと。「検査や説明や掃除はいいから、さっさとむし歯を治療してくれ」。そのように望む患者は多い、と畑さんは言います。根気よく説明したら、話が通じず怒って帰ってしまった人も……。

予防歯科の価値観はまだまだ世のなかに浸透しておらず、歯科医として貫徹するハードルは高い──。にもかかわらず、なぜあえて困難な方向へ舵を切ったのでしょうか。

およそ4年半前に予防歯科に転換した当時を振り返る畑さん。患者さんに理解を得るのに苦労したというが……
およそ4年半前に予防歯科に転換した当時を振り返る畑さん。患者さんに理解を得るのに苦労したというが……

「きっかけは、子どもたちに“歯医者っていいな”と思ってもらえる仕事がしたくなったこと」と畑さんは答えます。

「医療保険制度の枠内で要領よく稼ぎ、仕事も趣味も家庭もそこそこ。ぼくらのまわりに多かったのは、そんな歯医者さんたちです。歯科医師はワークライフバランスのよい職業でしたが、今は歯科医院数が多く、患者が減少している。昔と同じ魅力はなくなってきました。だから彼らは自分の子どもを歯医者にしたいとは思わないんです。でも、それって寂しいじゃないですか。どうしたら子どもたちにいいなと思ってもらえる仕事ができるか。“全身の健康を維持する”というのは、誰にとっても等しい価値です。患者さんにも子どもにも、衛生士にも受付スタッフにもわかりやすく理解してもらえる予防歯科の診療プロセスは、それにぴったりハマったのです」

畑さんはその先に、どんな未来を期待しているのか。

「予防歯科は高齢化という社会課題の解決に貢献し得るポテンシャルも秘めています。いまは、そのためのデータ集めや実証をしている段階です。予防歯科の魅力や情熱を子どもたちに伝えることで、その子たちが将来、歯科医療の道を志し、活躍してくれるかもしれない。そのための準備をしているんです」

クラウドサービスは生活者と歯科医をつなぐハシゴ

疾病の原因を究明し、健康な歯を長持ちさせることを目的とする予防歯科は、生活者に対して旧来の歯科とは別の価値をもたらします。畑さんも、「予防歯科は、いわば患者さん自身が、意志をもって自分の歯について賢い選択を行うプロセスでもあります」と言います。

患者1人ひとりの予防歯科の定着に向けて、自己管理を促すクラウドサービスへの期待は大きいという
患者1人ひとりの予防歯科の定着に向けて、自己管理を促すクラウドサービスへの期待は大きいという

「そのために重要なのは、自分の歯の状態や、むし歯や歯周病の原因について正しい知識が患者さん自身にあること。でも、それらをすべて頭に入れておくのは難しいですよね。そこで、期待しているのがICTの活用です」

ADCで最近導入したのは、治療前と治療後の検査データやメンテナンス履歴などが記録され、患者さんがいつでもスマートフォンから自由に閲覧できるクラウドサービス。歯科衛生士さんに説明してもらったセルフケアの方法も確認できるなど、ふだんから口腔内の健康を気にかけるようになり、予防意識もさらに向上しそうです。

さらに、このサービスを使えば、たとえ引っ越しなどで同じ歯科医院に通えなくなっても、転居先の予防歯科医院にて、これまでの治療の続きを再開できるそう。これまでのあしたラボでの取材でも、転居によって予防歯科を断念するケースを何度か耳にしたように、生活者にとってのメリットは大きそうです。

予防歯科人口の拡大に向けて、畑さんは、「今まで分断されていた生活者と歯科医をつなぐハシゴになる」とクラウドサービスの普及に期待をかけています。

「生活者にとっては常に自分の健康情報を取りに行ける図書館を持ち歩いているようなもの。私たち歯科医にとっても意味があるのは、クラウド上に診療履歴のデータがエビデンスとして残ること。データとして残る分、治療のクオリティを上げて準備しておかなくてはなりません」

「クラウドサービスは、分断されていた歯科と生活者をつなぐ」と畑さん
「クラウドサービスは、分断されていた歯科と生活者をつなぐ」と畑さん

クラウドサービスは、生活者はもとより、歯科医にとっても質の高い治療が行えるようになるメリットがあるようです。

治療の前に現状の原因と対策を説明する歯医者を選ぶ

編集部の体験受診を担当したADCの花岡佑み子さんは、歯科衛生士歴11年。ADCの開業時から勤務していますが、4年半前に予防歯科に転換してからは「仕事がまったく変わった」そうです。

アップルデンタルセンターの歯科衛生士 花岡佑み子さん
アップルデンタルセンターの歯科衛生士 花岡佑み子さん

「それまでは見た目だけで判断して、歯石を掃除しておしまい。生活習慣も知らないし、それぞれの患者さんが抱えている本当のリスクをまったくわかっていませんでした。いま考えるとゾッとします」

大半の歯科衛生士は、歯科医の助手として作業に従事するのが一般的。対して予防歯科での役割は、健康な歯を長持ちさせるため患者と並走するトレーナーでありパートナー。その重要さは比べものにならず、それゆえに「やりがいも大きい」と花岡さん。

では、予防歯科をまったく知らない人に、どう説明したらその価値を理解してもらえるのでしょうか。花岡さんは「あまり理解してもらえません」と苦笑しながらも、次のように答えてくれました。

「『なぜむし歯や歯周病になったのか、原因を知りたくありませんか?』と聞けば、たいていの方は『知りたい』と答えるものです。知るためにはデータ収集が必要。『身体の病気ではいろいろな検査をするけれど、歯医者であまりしないのはおかしいよね?』……といったところから話をはじめていきます」

これまで花岡さんが担当してきたカルテファイル数は、優に500を超えるそう
これまで花岡さんが担当してきた患者さんの数は、優に500を超えるそう

予防歯科をはじめた当初は、「予想外の診療プロセスに戸惑い、反発される患者さんも多かった」と言いますが、現在ADCに通う患者の間では、予防歯科の価値がすっかり共有されているとのこと。一方で、中途で来院しなくなる人がゼロというわけではありません。

「『またかい!』『知ってるよ!』と患者さんにうんざりされるくらいしつこく、“自分の歯が残せる”“全身疾患の予防につながる”“生涯コストが低い”──といったセルフケアとメンテナンスを続けるメリットを、繰り返しお伝えするようにしています」と花岡さん。

畑さんと花岡さん

──もはや、人生100年といわれる超高齢化の時代、生涯を健康な自分の歯で過ごすことは、QOL(生活の質)を上げる重大な要因の1つと言えるのかもしれません。自分の歯は、いちど失ったら二度と戻すことはできない、大事なもの。それに気づいて行動を起こすなら、早ければ早いほどいい。予防歯科医は、そんな人たちにとって、強力なパートナーになってくれそうです。


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