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社会課題を解決する先進的なアプローチをご紹介します。

鹿児島の茶畑を変えたパーソナルファブリケーション
——プロジェクト「カモ」の挑戦

2013年08月29日



鹿児島の茶畑を変えたパーソナルファブリケーション <br />——プロジェクト「カモ」の挑戦 | あしたのコミュニティーラボ
ハイテク集団が100円均一ショップのケースと秋葉原の電子部品でつくった試作品が、農業の現場で「これは使える!」と評判を呼んだ。「現場起点のものづくり」の原点に返り、地域社会の課題に向き合ったプロジェクト「カモ」の挑戦とは?

低コストで簡便に茶畑を「見える化」

鹿児島県は静岡県に次ぐ全国第2位のお茶の生産地。なかでも大隅半島東側のつけ根に位置する志布志市有明町は、県内でも有数の茶どころだ。

有明町のJAあおぞらが設立した農業生産法人、有限会社いろは農園有明。その茶畑に、富士通株式会社が開発した通称「カモ」と呼ばれる簡易型マルチセンシングネットワークが5台設置されている。センサとカメラ、無線LANの機能が搭載され、温度、湿度、日照、土中水分、土壌条件などの環境情報をセンシングしている。データは距離の離れた事務所に無線ネットワークで定期的に送信され、収集したデータの分析結果はパソコンやタブレット端末から閲覧できる。事務所にいながらにして畑の様子がわかり、管理できるのだ。
茶畑に設置されたマルチセンシングネットワーク「かも」
屋外に長期間設置して自然環境をモニタリングし、農業を「見える化」する――。こうしたマルチセンシングネットワークはこれまで高価で、無線も3Gなど携帯電話のネットワーク回線を使うと月額利用料が高くついてしまう。投資対効果を考えると、生産農家がおいそれと導入できる設備ではない。

「カモ」の最大の特長は、もっと低コストで簡便に茶畑の「見える化」を実現したこと。無線ネットワークは、電波法で定められた免許を要しない「特定小電力無線」、つまりトランシーバーと同じで、3Gに頼らず使用料は発生しない。常時接続は不要で、10分間に1回計測するだけなので、1日のセンサデータ量は約11キロバイト(KB)にすぎず、画像データも1日2回撮影して1枚約40KB。重いデータを一度に送るわけではないからトランシーバー程度の低速通信で十分なのだ。電源も商用電源ではなくソーラーパネルとバッテリーですむ。
JAあおぞら茶業センター長の取違(とりちがい)弘一さん
JAあおぞら茶業センター長の取違(とりちがい)弘一さんは「まる2年、実証実験のデータを富士通さんと一緒に積み重ね、実用段階にさしかかっています」と語る。

「いかに品質の良い作物を安定的に生産するか。生産農家の課題はこれに尽きます。そのために国と県の試験機関がさまざまな取り組みをしていますが、気象データの知見を得るには長い年月がかかります。ましてや最近のような異常気象が続くと長年の経験や勘も通用しません。〈カモ〉のような、いちいち畑に出向かなくても、その時々の様子がわかる簡易で安価なツールを生産農家も望んでいます。気温や土壌に関する環境データを積算して栽培管理との関連性を分析することによって、一番茶を摘むのにふさわしい時期はいつか、どのタイミングで肥料をまけばもっとも効果的なのか、病害虫の防除はいつから始めたらよいのか、といった予測のできるしくみがほぼ整ってきました」

「売れるものをいかにつくるか」の支援ツール

収穫時期の茶畑(提供:JAあおぞら)
お茶の大敵は11月から4月の間に降りる霜。4月中旬からの一番茶の収穫のとき霜にやられていると取り返しがつかない。二番茶、三番茶もだめになる。

霜を防ぐ方法は2種類。防霜ファンを回すこととスプリンクラーによる散水だ。「カモ」で得られたデータを分析し適切なタイミングで防霜設備を作動できれば、より効率的な管理のできる可能性が出てきた。省電力になるし、水の節約にもつながる。この地域は灌漑用水が潤沢ではない。山腹に設置された、ダムからの水を貯める巨大なファームタンクから水を引いており、取水制限がある。病害虫の防除にも極力、農薬ではなく水を使うので節水のメリットは大きい。

「クワシロカイガラムシという害虫を水で防除するには、茶畑の中にパイプを通して1日9時間、10日間〜2週間くらいの散水が必要とされていたのですが、とてもそこまではできません。有明町内22名の生産者で組織する有明茶IPM研究会と関係機関(県・市・JA)で研究を重ねた結果、1週間で断続的に通算4時間散水すれば防除できる、というところまで来ました。防霜にも節水型防霜法の技術が開発されています。〈カモ〉と連動させれば、クワシロカイガラムシの防除適期や耐凍性獲得(植物が秋冬の冷温環境にさらされて凍結に耐える性質が現れること)の時期が迫るとアラートメールが来て、最適かつ効率的な処置のタイミングがつかめます」と取違さんは期待をこめる。
茶畑に設置されたスプリンクラーは茶の生育には欠かせない装置(提供:JAあおぞら)
これまで農業は経験知と現場の調査に頼るしかなかった。スコップで土を掘り、手で触って乾燥具合を確かめたり、土を採取して空気と水のバランスを調べたりする。たとえば、いろは農園有明では、200ヘクタール(ha)の茶畑のうち、60haを生産農家が栽培管理し、残りの140haを直営管理している。1枚あたり26アール(2600㎡)の畑を540枚、三十数名の従業員で管理しているのだが、圃場の環境は決して一様ではない。地形の高さが微妙に違っても、土壌の水分状態や、雨で肥料が流れ出る状態などが異なる。ある場所をサンプル調査しても、30m先の畑が同じ条件とは限らない。そうした条件をすべて現場に出向いて手作業で把握し、栽培管理に反映することは至難の技だ。

とはいえ高価でランニングコストもかさむマルチセンシングネットワークを何台も導入するわけにはいかない。ある程度低コストで導入可能な「カモ」のような設備なら、できる限り多くの台数を圃場に設置できる。そうやって細かく蓄積されたデータの分析から得た生産に有効なノウハウを栽培管理に反映できれば、高品質の作物を安定的に量産するうえで大きな手助けになるにちがいない。

「農業も、つくれば売れる時代は終わり、売れるものをいかにつくるか、の時代になっています」と取違さんは言う。「それを支援するツールが必要です。面的にデータが広がり、それをマップに落とし込めれば、広範囲にわたる傾向も見えるでしょう。このあたりは赤くなっているから土壌が乾き気味だとか。すると〈カモ〉を設置していない生産農家も、たとえば月額数百円の〈カモ〉アプリを閲覧すれば予測に基づき先手を打てる————そんな可能性もありますよね」

ネットワーク技術を社会の課題解決に生かしたい

ネットワーク技術を通信のインフラだけではなく社会の課題解決に生かせないか――富士通の社内研修会で持ち上がった構想がプロジェクト「カモ」の発端だった。クラウドサービスの分野で農業のチャネルがあったことから、宮崎県の有限会社新福青果との出会いをきっかけに、プロジェクトが動きだした。

まずは現場を知るべき。スタッフが実際に農作業を体験し、汗をかきながら、現場で本当に求められているネットワーク技術とは何かを探っていった。

「その結果、Wi-Fiや3Gではなく、トランシーバーのような低コストで簡易な無線ネットワークでも、電波の干渉を避けたり、たとえ通信が切れてもつながっているようにみせる技術といった携帯電話の基地局で培ったノウハウを埋め込んでいけば、まばらに分散している畑を十分〈見える化〉できると仮説が立ちました」と、ネットワークイノベーション統括部長の村西明さんは語る。
富士通株式会社ネットワークイノベーション統括部長の村西明さん
100円均一ショップのタッパーケース、秋葉原で買った部品、物干竿を材料にした試作品の形がカモに似ていたため、プロジェクト名になった。ハイテク集団が身近なものを駆使してつくりあげた試作品は、必要な支援のレベルを見極める“現場起点のものづくり”の原点に立ち返ったシンボルといえるだろう。

プロトタイプをつくって、新福青果の野菜畑を皮切りに、釧路のタンチョウ観測、気仙沼のかき養殖、山梨のワインファーム、スイートコーン農家、宮崎の牛牧場、そして鹿児島の茶畑と、全国各地でフィールドテストを敢行した。

「カモ」で収集・蓄積したデータを加工・分析し、生産者に価値のある情報としてアウトプットするのはSE(システムエンジニア)の役割だ。JAあおぞらと連携してその任にあたったのが、株式会社富士通鹿児島インフォネットソリューションサービス事業部の平山慎作さん。
鹿児島での「かもプロジェクト」に従事する株式会社富士通鹿児島インフォネットの平山慎作さん
「生産者の農業現場に踏み込んだ取り組みは初めての経験でした。従来の基幹システムを構築する一連の工程はそのまま当てはまりません。要件定義の段階から勉強が始まるわけですが、勉強したところで、長年農業に従事した方の経験と勘でないとわからない部分もあるので、こうあればいいかなと思っても、生産者の目からは足りなかったりします。聞いた内容をすぐにアプリケーション化する作業も必要です。手戻りしては少しずつ積み上げ、の繰り返しでしたね」

あるときデータがいきなり飛んでしまったことがあった。原因を調べに行くと、ケーブルがちぎれていた。切断面は刃物で切った鋭利なものではなく、ギザギザ。タヌキがかじったのだ。以後、獣害対策としてケーブルをパイプに入れて保護した。フィールドではこうした事態も想定しなければいけない。

では収集したデータをどのように加工・分析し、生産管理に有効な情報として発信するのか。たとえばこんな具合だ。有効積算温度(作物によって異なる特定の計算式に基づき、温度の一定値を超えた分だけを一定期間にわたって加算した値)の棒グラフに、病害虫の発生閾値が表示されている。この閾値を超えたタイミングで、生産者に「病害虫発生閾値を超えました。発生前に対処してください」といったアラートメールが送信される。
「カモ」のデータ管理画面。農場の情報を一元的に閲覧・管理できる
(提供:富士通鹿児島インフォネット)

データビューアーには生産者や営農指導員が入力する「圃場見回りコメント」欄もある。現状はテキスト入力だが、もっと手軽な音声入力やボタン入力にして、定性的な情報が温度などの定量的な情報とどのように紐づいているかを分析し、対処のタイミングをさらに精緻化するノウハウとして蓄積していくつもりだ。

「JAあおぞらさんとの実証実験の実績が評価され、鹿児島県全域での関心が高まっています。来年をめどに、生産者の負担にならない金額で今のプロトタイプをサービス化し、普及していきたい」と平山さんは話している。

人の仕事を奪わず、陰で支え、就労機会を増やすICT

「カモ」を通じた農業分野での取り組みで、多くの気づきが得られた。生産現場では大変な労力をかけて作業をしているが、後継者不足で担い手が減っており、ノウハウが継承できない。それを補うのがICTだが、既存の機器を導入して事足れりとはいかない。高度な先端システムが必要なわけではなく、現場に合った品質の安価なしくみでなければ、そもそも使ってもらえないのだ。

プロジェクト「カモ」を現場で担ったイノベーションソリューション事業本部シニアマネージャーの澤根慎児さんはこう語る。
富士通株式会社イノベーションソリューション事業本部の澤根慎児さん
「ぼくらのチームのベースにある考え方は、人の仕事を奪うのではなく、あくまでも陰で支えるICTです。生産現場を〈見える化〉すれば、経験の少ない若者たちの就農を支援することもできます。そうやって就労機会を増やし、地域が元気になるお手伝いをしたい。〈カモ〉の販売から設置、保守もわれわれがする必要はなく、地域の企業さんたちと連携できるしくみを整えたい。データを広域で見たとき、地域によってどう違うのか、それが作物にどんな影響を与えるのかといった知見を得る技術は富士通が得意ですが、個々の生産現場への対応は地域に密着した企業さんのほうが強いに決まっているのですから」

地域の産官学連携との協調も進んでいる。宮崎県都城市の一般社団法人霧島工業クラブは、工業技術による農業支援を目的とした経営者の集まり。その「農商工連携技術研究会」で「カモ」の試みを紹介したところ、都城工業高等専門学校でビニールハウスをフィールドセンシングして温度分布の可視化に取り組む先生と出会った。そこで、霧島工業クラブのメンバー企業が経営している日本最南端の「都城ワイナリー」のブドウ畑で「カモ」と都城高専のセンサによる実証実験がスタート。高専の生徒も参加し地域の農業支援に貢献した。
都城市で進む産学連携の様子。学生も交えての打ち合わせも行われている(提供:一般社団法人霧島工業クラブ)
2012年度には、霧島工業クラブが都城市にもちかけて応募申請した総務省の「定住自立圏等推進調査事業」に採択され、ワイナリー、ビニールハウス、牧場畜舎、製茶工場での「カモ」による実証実験も行った。

「ウシにも〈不快指数〉があるのを初めて知りました」と話すのは霧島工業クラブ専務理事の朝倉脩二さん。「牧場畜舎の場合はウシの不快指数が閾値を超えたとか、ワイナリーの場合は雨が降って薬剤を散布するタイミングだとか、センシングデータをもとにアラーム状態になったとき自動的にメールが送られる仕掛けをつくりました。1年間かけて蓄積したデータを分析してどんな新しい知見が得られるのか、楽しみです。都城高専に新設される予定の共同テクノセンター農商工連携室でも引き続き研究が進むでしょう」

都城は産官学連携がとてもうまくいっている地域、との印象を澤根さんはもっている。「地域のために、という想いが皆さん強いのだと思います」
霧島工業クラブ専務理事の朝倉脩二さん
朝倉さんによれば「まあ長いことやっていますから。飲み会も含めてインフォーマルなミーティングもしょっちゅうだし、信頼関係ができている。それが一番ですかね」とのこと。個々の利得はいったん棚に上げても、地域全体を元気にしたい、という大きな志を共有しているのだろう。

プロジェクト「カモ」もまた、その志を共有している。ICTによる畑の「見える化」は農業にとっても新しい挑戦であると同時に、オフィスやバックヤードなどの基幹システムとはまったく違った発想で取り組まなければならないので、ICTにとっても新しい挑戦にほかならない。

「ICTは元々オフィスワークのシステム化を中心に進化してきました。現在のままのICTを農業現場などに持っていくには、設置や使用環境が異なっており、多くの課題があります。最近、〈ICTを活用して他の産業を活性化する〉なんて言葉をよく耳にしますが、実際に作業を行う現場の方々にとっては、まだまだストレスなく使えるようにはなっていません。つまり、ICTで農業を活性化するなんてまだまだおこがましい。進化が足りない、と私は思っています。そうではなくて、農業でICTを活性化させていただく――そんな謙虚な気持ちで、ICTをより進化させていきたいんです。それを地域の人たちと一緒にやっていくことで、地域の人たちが元気になれるようにしたい。そこを目指すべきなんです」(村西さん)

地域社会の課題解決にICTがどう貢献できるか。農業をテーマにしたソーシャルファブリケーション(社会的なものづくり)はすでに始まっているのかもしれない。

 

【お知らせ】
8月30日(金)開催の「日本ファブラボ会議2013」第二部では、富士通株式会社の村西明さんがご登壇されます。詳細は、下記のリンクをご覧ください。

【日本ファブラボ会議2013】受付終了しました:8/30(金)東京・六本木で「Fabの未来」を語ろう


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