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Scratch(スクラッチ)がもたらすクリエイティブな学びのサイクル――プログラミング学習の可能性

2013年09月10日



Scratch(スクラッチ)がもたらすクリエイティブな学びのサイクル――プログラミング学習の可能性 | あしたのコミュニティーラボ
スマホやタブレットを使いこなし、「デジタルネイティブ」と呼ばれるいまどきの子どもたち。でも、本当にそれだけで「リテラシーがある」と言えるのだろうか――。そんな疑問に一つの回答を示すツールがある。MITメディアラボが開発した、コンピュータのプログラミングを手軽に学べる学習支援ソフトウェア「Scratch」は、子どもたちの将来の可能性をいかに広げるのか。

ブロックを組み合わせるだけの簡易なプログラム作成

ネコのキャラクターを走らせたり、回転させたり――。夏休みの子どもたちがコンピュータのプログラミングを楽しみながら体験した。8月19日から3日間、東京大学本郷キャンパスの福武ラーニングスタジオで開催された「東大サマーキャンプ 2013 プログラミング講座」(主催:NPO法人CANVAS、共催:OtOMO)。午前と午後それぞれ、小学4年生から中学1年生まで20名が参加するワークショップだ。

子どもたちが取り組んだのは、アメリカのマサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボで研究開発された、コンピュータのプログラミングのしくみを体験できる「Scratch」(スクラッチ)というソフト。キーボードで文字入力する必要がなく、マウス操作によって積み木やレゴのようにブロックを組み合わせるだけで、簡単にプログラムを作成できる。

Scratch(スクラッチ)のプログラミング作成画面

「動き」「見た目」「音」「ペン」「制御」「調べる」「演算」「変数」のカテゴリーの中からブロックを選び、スクリプトエリアにドラッグして組み合わせると、ステージ上のキャラクターが動き出す。

たとえば、「制御」カテゴリーから「緑の旗がクリックされたとき」「ずっと」のブロック、「動き」カテゴリーから「10歩動かす」「もし端に着いたら、跳ね返る」のブロックを選んで組み合わせてみる。ステージ右上にある緑の旗をクリックすると、ステージ中央にいたネコのキャラクターが走り出し、端に着いたら跳ね返り、逆立ちしてまたもとの位置に戻る……といった具合だ。

講座2日目のこの日、子どもたちはネコを歩かせることに始まり、最後は敵キャラクターから逃げる簡単なゲームのプログラミングまで、たった2時間半ほどでこなしてしまった。ファシリテーターのスタッフが要所要所で手順を説明し、作業中も見回ってサポートするのだが、子どもたちは必ずしも、言われたとおりのことだけをするわけではない。

ある子どもは、「10歩動かす」のところを「1万歩動かす」にした。目にも止まらぬ速さで動き回るネコに、キャハハと大喜びだ。ほかにも、まだスタッフが指示を出さないうちから、背景に好きなビジュアルを読み込んでみたり、何やらサイケデリックな模様をペイントしてみたり……。スクラッチのおもしろさは、こういうところにある。とりあえず、いろいろなツールをいじってみることで、何かが起きるのだ。子どもたちは自由な発想で、自分の好きなようにキャラクターを動かしたり、音をつけたり、絵を描いたりできる。それがだんだん形になっていく楽しさを味わえる。

スクラッチの開発者、MITメディアラボ教授のミッチェル・レズニックさんが会場を訪れ、ワークショップを終えた日本の子どもたちに感想を聞いた。

子どもたちと対話をするMITメディアラボのミッチェル・レズニック教授

「好きなゲームをつくれるのが楽しい」
「思っていたよりも、プログラミングって難しくなかった」
「ブロックを組み合わせるだけで思いどおりのことができるのがいい」
「もっとたくさん動物のキャラクターとかを入れてほしい」

――そんな声が子どもたちから上がった。

プログラミングは、自己表現力や問題解決能力を養う

スクラッチは子どもたちにコンピュータのプログラミングを学ばせるために開発したのか。「それだけが目的ではない」とレズニックさんは強調する。

サマーキャンプと同時開催されたセミナー「ICTとイノベーションの未来を支えるプログラミング教育」(主催:日経BP社/NPO法人CANVAS)で、レズニックさんはスクラッチに込める想いを語った(関連記事:外部リンク)。

ここ数年、プログラミングへの関心が高まっている。それはなぜか。プログラマーの需要は供給を上回っており、将来も有望な仕事だ。だからプログラマーになるためにコードを書く勉強をする。確かにそれも重要だろう。

しかし、とレズニックさんは言う。

「プログラミングを学ぶのは、文章を学ぶのと同じ。自分を表現する手段であり、多くの人たちと考え方を共有する手段なのです。誰もが将来、作家になるわけではないのに、誰もが子どものころ、文章を書くことを学びます。また、何かを学ぶためにも文章を書くことは必要です。同じことがプログラミングにも言えます。誰もがプログラマーになるわけではない。けれども、プログラミングを学ぶことで、仕事や生活に役立つ多くのことを学べるのです」

20年前、レズニックさんはボストンで低所得者層の子どもたちのために、コンピュータのクリエイティブな使い方を学ぶ場を提供した。画像処理ソフトでコラージュを作成したり、音楽ソフトで作曲を試みたりしたが、子どもたちが本当につくりたかったのはアニメやゲームだった。だが、当時は子どもたちのさまざまなアイデアを実現し、欲求を満たしてくれるソフトがなかった。

そこで開発したのがスクラッチだ。これまで20か国で100回以上、スクラッチのワークショップを実施してきた。公式サイトには世界142万人の子どもたちが登録し、つくられた作品数は370万点に及んでいる。

Scratch(スクラッチ)作品の一例。公式サイトから閲覧できる

ロサンゼルスの13歳の男の子は、ワークショップで大きな魚が小さな魚を食べていくゲームをつくった。それだけでは飽き足らず、スコアをつけたくなった。そこでスタッフがやり方を教えると、彼は「制御」カテゴリーと「変数」カテゴリーから一連のブロックを組み合わせ、プログラムを実行した。すると大きな魚が小さな魚を食べるたびにスコアが増えていった。

「彼はスタッフに笑顔で〈ありがとう!〉と言いました。たとえば、変数を教えたことを感謝される数学の先生が、いったいこれまでに何人いたというのでしょう(笑)? だけど、彼にとっては、変数の概念が実際に役立ったのです。スコアをつけたいという強い想いが粘り強い集中力を生みました。それが学びにつながった。そして学んだことにワクワクしています。ここがスクラッチの重要なところです。変数や演算は些細な一例にすぎません。複雑な問題に直面したとき、それをより単純な問題に分解して、一つひとつ片づけていく。プログラミングに必要なこうした問題解決能力は一般的なスキルと言えます。スクラッチを通じて得たスキルは、どんな仕事に就いても使えるのです」

他人の作品のリミックスからコラボレーションへ

自分の作品がいかにリミックスされているかを知ることができる系統樹

スクラッチのもう一つ大切な特長は「共有」にある。誰でも他の人がつくった作品に手を加え、“リミックス”できるのだ。

公式サイトで個別の作品の詳細ページを開くと、画面の下部右側に「木」の形をしたアイコンがある。“View the remix tree”というこのアイコンをクリックすると、その作品がどのようにリミックスされているか、系統樹によってひと目でわかる。たとえば、オリジナルでは線画だけのキャラクターだったのが、色をつけたり背景を変えたり、新たなアイテムを追加したりなど、さまざまに変更されている。

人気が高い作品には「好き」を示すハートマークが付いているが、オリジナル作品に評価が集まりやすい。ちゃんとオリジナルをつくりだした人に敬意を表しているのだ。レズニックさんによれば、370万の作品のうち100万以上がリミックスだという。

「自分の作品が数多くリミックスされるのは、それだけ大勢の評価を得たから。まねされて怒るのではなく、光栄で誇らしいと子どもたちは思っています」

こうした「共有」は「共創」にまで広がっている。

12歳の女の子が、トナカイをクリックするとクリスマスソングを奏でるカードをスクラッチでつくり、友だちに送信した。楽しくなった彼女は、他にもいろんな動物のキャラクターをつくり「何でもリクエストください」とスクラッチのオンラインコミュニティーに呼びかけた。すると「チーターが欲しい」というオーダーがあった。彼女はナショナルジオグラフィックのサイトへ行ってチーターの動画を参考にしながらアニメをつくった。そうやってカスタムアニメの注文に応じているうち、「どうやってつくったのか教えて」と要望が来た。彼女はキャラの描き方やプログラミングのコツ、数学的なアイデアなどを伝授した。

このムーブメントはやがて、3か国にまたがる4人の子どもたちが、それぞれの得意分野を生かし、キャラクター、ストーリー、背景、音楽などを分担して共同制作するゲームのプロジェクトに発展していったという。

「コンサルティングからチュートリアル、そしてコラボレーションへ。子どもたち自身の手でそんなことができるなんて思ってもみませんでした」とレズニックさんは述懐する。「スクラッチのコミュニティーでは、他人の作品に刺激を受け、インスピレーションを感じて、アイデアを生み出し、チームで協力し合うことによって、一人では到底できなかったことを成し遂げられるのです」

このようにスクラッチは、SNS(ソーシャルネットワーキングサービス)の機能と一体になることで、より大きな価値を生み出す。レズニックさんによれば、そこでは〈imagine(想像)→create(創造)→play(遊興)→share(共有)→reflect(反映)→imagine……〉というクリエイティブな学びのサイクルを、子どもたち自身が回しているのだ。

すべての年齢の“子どもたち”のために

現代の子どもたちは、生まれたときから身のまわりにあるICTツールに慣れ親しみ、使いこなすことができる「デジタルネイティブ」だとよく言われる。

本当にそうなのだろうか。疑問を呈するのは、スクラッチの日本語版を担当し、ガイドブック『小学生からはじめるわくわくプログラミング』(日経BP社)を執筆した阿部和広さん(青山学院大学/津田塾大学非常勤講師)だ。

青山学院大学等で教鞭を執る阿部和広さん。
7月に『小学生からはじめるわくわくプログラミング』(日経BP社)を執筆した

「コンピュータのアプリケーションを利活用できる能力は確かに必要です。けれども、子どもたちがタブレット端末を使いこなしているだけで、大人は子どもたちが何かクリエイティブなことをやっていると誤解しがちなのではないか、と気になります」

レズニックさんの言葉を借りると、デジタルメディアを使っているだけでは、ただ文章を読んでいるだけで、書いていることにはならない。子どもたちが創造力を発揮しているわけではないのだ。

デジタルメディアを使いこなすだけではなく、それを通じて何かを創造し、他の人たちとも共有すること。そのプロセスの中で多くを学ぶこと。真のデジタルネイティブへの扉をスクラッチは開けようとしているのかもしれない。

スクラッチが優れているのは「必要なものが最初からすべて表に出ていて見通しがよく、混乱しにくいこと」と阿部さんは語る。「子どもたちは勝手にブロックを並べてつくりはじめます。それでもある程度できちゃうんです」。確かにサマーキャンプでもそんな光景が見られた。

スクラッチの特長は「低い床」「高い天井」「広い壁」だと言われる。誰にでも取りかかりやすく(低い床)、習熟するにつれて高度なことにも対応でき(高い天井)、アニメやゲームだけではなく多様な分野に応用できる(広い壁)。

レズニックさんによれば、ロボットやセンサーなど物理的なデバイスとリンクして、リアルな世界ともインタラクションできるようになっている、とのこと。

現にセミナーでも、工場で使われる産業用ロボットをスクラッチで動かす試みが紹介された。また、スクラッチがデジタル工作機器によるパーソナルなものづくりと結びつけば、必要なものをみんなで「共創」するソーシャルファブリケーション(社会的なものづくり)の裾野が広がるかもしれない。

スクラッチの最大の意義は、レズニックさんが強調するように、創造的な思考を促し、自己表現のチャンスを与え、コラボレーションをすすめるツールであること。これは「学び」のプロセスにほかならない。単なるプログラミング入門ソフトではなく、「学びかたを学ぶ」ツールでもあるのだ。

「すばらしいですね。子どもにぜひスクラッチをやらせてみます」という声を、よく聞くという。阿部さんはそんなときこう提案するようにしている。

「お子さんより先に、まずあなたがやってみてはいかがですか?」

Scratch(公式サイト)


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