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高齢者の「旅に出たい!」を助けたい ——介護旅行「あ・える倶楽部」のトラベルヘルパー

2013年11月14日



高齢者の「旅に出たい!」を助けたい ——介護旅行「あ・える倶楽部」のトラベルヘルパー | あしたのコミュニティーラボ
故郷の墓参りをしたい。思い出の場所を再訪したい。高齢者のそんな切実な思いを実現するのがトラベルヘルパー。サービス開始当初は見向きもされなかったが、今では年間400件の旅行をアレンジするまでに成長した。この分野のパイオニア、株式会社SPIあ・える倶楽部の代表、篠塚恭一さんに、どうやって「社会を変える」を仕事にできたのか、聞いてみた。

介護が必要な人でも、旅行へ行ける

ヘルパーがいるから、安心して親孝行できる(提供:株式会社SPIあ・える倶楽部)

特別養護老人ホームで暮らす77歳の男性は、見舞いに通う妻に「温泉へ行きたい」としきりに訴えていた。しかし、男性は車椅子の生活が長く、なにをするにせよ周囲のサポートが必要。老人ホームの職員は外出サポートまではできないし、個人的に頼めるヘルパーの心当たりもない――。

そんなとき、たまたま新聞記事で見つけたのが「トラベルヘルパー(外出支援専門員)」のサービス。ひと筋の希望を持って申し込むと、施設から2時間のバリアフリー温泉宿がアレンジされた。男性は福祉タクシーで迎えに来た妻と女性ヘルパーにピックアップされ、旅行に出発。食べやすく配慮された会席料理をヘルパーの手助けでデザートまで楽しみ、待望の露天風呂を堪能した。夢にも思えた、夫婦そろっての温泉旅行が実現したのだ。

人生晩年の旅には切実な思いがこめられている。両親の墓参りをして、故郷の懐かしい風景を目に焼きつけておきたい。若いころに夫婦で行った楽しい思い出の場所へ、もう一度訪れてみたい。元気なうちに、離れ離れになっている親戚・友人・知人と再会したい。遠方で行われる孫の結婚式に出席したい……。本人が強く望んでいても、まわりの人への負担を思い、心の奥にしまっていたり、たとえ家族が実現させてあげたいと思っても、旅先で待ち受けている困難を想定して、二の足を踏んでしまうことが多い。そんな「介護旅行」をサポートするのがトラベルヘルパーだ。

今でこそ社会的に必要とされている仕事だが、スタートした十数年前は「体の不自由なお年寄りを旅行に連れ出すなど、もってのほか」というのが一般常識だったという。教えてくれたのは、株式会社SPIあ・える倶楽部の代表取締役、篠塚恭一さんだ。

ニーズを掘り起こし、事業化に至る

株式会社SPI代表取締役、篠塚恭一さん

旅行会社のツアーコンダクター(添乗員)だった篠塚さんは、1991年に独立して旅行業の人材派遣会社を立ち上げた。しかし、一般的な添乗員やツアーガイドの人材派遣では、同業他社との差別化を図れないため、独自の路線を打ち出す必要があった。そのとき篠塚さんの頭に浮かんだのは、添乗員時代にふと耳にした、旅行好きの老婦人の言葉だ。

「“もっと歳をとって自分のカバンを持てなくなったら旅もおしまいね”とつぶやかれたんです。まわりの人に迷惑をかけたくないから、と。それを聞いて、すごく寂しくなったのを思い出しました。現場の添乗員は、お客さまにすばらしい旅の体験を提供し、リピーターになっていただくのが使命です。10年、15年と一緒に旅をしてきたお得意さまが、スーツケースを持てない程度で旅をあきらめてしまわれるのは、なんとも悔しいし、もったいない。そんなことくらいなんとでもなるはずだ、と思って、その言葉をヒントに95年ごろからトラベルヘルパーの養成をはじめたんです」

トラベルヘルパー研修の様子。添乗する側とされる側の両方を体験して初めて気づくことも多いという
(提供:株式会社SPIあ・える倶楽部)

自社の社員を対象にはじめた養成だったが、何より困ったのは、自分が高齢者ではないので、お年寄りの気持ちと、何がどう大変なのか理解できないことだった。そこで、障がい者の旅行をテーマにした観光関連団体の研究会や車椅子の研修会などに参加。高齢者特有の支障や疾病を勉強して、ホームヘルパーの資格も取得した。

そんな努力を重ねて、介護旅行のオーダーメイド販売をはじめたのが97年。だが、当時は介護保険制度の施行前ということもあってか、要介護者の生活の質への関心は薄く、「介護つきの旅」は誰にも理解されなかった。申し込みはゼロ。観光業界にPRしても、まるで変人扱い。だが篠塚さんはあまり気にしなかった。

「ニーズが表に出ていないだけ、と思っていましたから。狭心症でニトログリセリンを携えながら旅をされている方や、今度転んだら歩けなくなると医者に言われているけれどツアーに参加した、という方を現場で知っていたので、そうした方々の旅への思いがいかに強いものか、肌で感じていたのです」

初めての介護旅行を手がけたのは98年。申し込みは徐々に増え、リピーターを中心にした「あ・える(Active & Enjoy-Life)倶楽部」としてオーダーメイド介護旅行サービスを確立させた。2000年の介護保険制度施行、交通バリアフリー法制定、02年の日本旅行医学会の発足など、超高齢化社会へ向けての動きを追い風として、メディアでも取り上げられるようになった。社会的なニーズの高まりを受け、06年にはNPO法人「日本トラベルヘルパー協会」を設立。当初は年間1〜2件しかなかった介護旅行・日帰り外出支援が、今では年間400件にものぼり、特にここ3年ほどは2〜3割のペースで増え続けている。日本トラベルヘルパー協会の登録会員も、日本全国で700名を超えた。

“行きたいところ”への旅行を実現するのがトラベルヘルパーの仕事

念願であった夫婦そろっての外出や、遠方での家族再会を果たす人も
(いずれも提供:株式会社SPIあ・える倶楽部)

あ・える倶楽部では、要介護度や年齢による申し込み制限はない。要介護度5の寝たきりの方や、106歳の方の旅もこれまで実現した。行き先も国内・海外を問わない。篠塚さんによれば「車椅子で行けるところを探すのではなく、行きたいところへ車椅子で行ける方法を導き出す」のがトラベルヘルパーの仕事なのだ。ただし、安全確保とトラブル防止の意味で、申し込みにあたり3つの条件を設けている。第一に、本人の「行きたい」という意思があること。また最低限、旅行中にイエス・ノーや快・不快の意思を確認できることも必要だ。第二に、家族の同意があること。本人に強い意思があっても、家族の反対を押し切ってまでは行けない。第三に、主治医の許可があること。医師が許可を出せない容態だと、不測の事態を招きかねない。

トラベルヘルパーの料金は要介護度と行き先によって異なるが、基本は国内旅行で1日付き添った場合、2万1,000円〜2万6,250円。そこにヘルパーの旅行実費が加わる。介護旅行の仕事は旅の同行だけではない。顧客によって千差万別の体調や事情の聴き取り調査からはじまり、バリアフリーの宿や交通機関、トイレ、飲食施設の調査・手配など、通常の旅行企画の何倍も準備に手間がかかる。現場で機転を利かせることも必要だ。

「リピーターが増え、ようやく採算に乗りはじめたばかり」と篠塚さんは明かす。「ウェブサイトでバリアフリー情報をチェックしたり、地方のトラベルヘルパーとウェブ会議システムでコミュニケーションがとれるなど、ICTがこれだけ身近になったおかげで、膨大な段取りづくりが効率的にできて、コストも圧縮される見通しが出てきました」

日本トラベルヘルパー協会では2009年から、講座修了者を対象とした独自の資格検定制度を導入した。準2級は日帰り外出支援のできるトラベルヘルパー。2級は宿泊を伴う、周遊型の旅に同行できるトラベルヘルパー。準2級の資格取得をめざす人には、インターネットを通じて外出支援のノウハウを学ぶeラーニングのプログラムと、車椅子で公共交通機関や砂利道、人ごみを通る実地研修を提供。2級の場合は、eラーニングに加え宿泊研修、入浴介助の練習などを実施する。いずれは、独立して介護旅行のプロをめざす人のため、旅の企画・提案から同行、後進への指導もできるトラベルヘルパー1級の資格を設ける予定だ。現在、前述した700名の協会会員のうち、認定されたトラベルヘルパーは500人を超えた。ようやく年間200人ペースでトラベルヘルパーを認定できるようになったのだ。

現在、トラベルヘルパーセンターの拠点は全国に11か所ある(郡山・小田原・東京大田・東伊豆・千葉中央・泉大津・安房鴨川・川崎高津・木更津・北名古屋・八戸)。このようなネットワークの整備は、“地域の課題は、まず地域で解決する”というセンターのモットーによる。

「地域密着の介護福祉は、地域という鎖にしばられて、限定的なサービスに留められてしまうことが問題です。そこで、地域に拠点を持ちながら、拠点同士が連携することで、サービスの拡大を図ることができ、旅の夢も広がってゆく。無限の可能性が見えてくるんです」

さらにこの動きが、雇用の創出にもつながりつつある。今までは市場に現れなかった人たちが旅に出ることで、観光地の顧客が増加、高齢者対象のマーケットは広がり仕事は増えてゆく。

「介護に観光を採り入れたら人々のQOL(Quality of Life)が上がり、観光に介護を組み合わせたら雇用を生み出すことができました。私は、これからの社会課題を解決する仕事のポイントは、地域住民の満足度を引き上げるRS経営(*)にあると考えています」

             *RS経営:”住民満足度(Resitents’ Satisfaction)”を指す篠塚さんの造語

追求したのは、目の前にいるおばあちゃんの問題を解決すること

社会課題を仕事にしようとしたとき、最大のテーマとなるのは「どうやって事業を持続していくか」だ。これまで見てきたように、篠塚さんの軌跡は大きなヒントを提供してくれる。注目すべきは、日々顧客と直に触れ合うなかで体感した潜在的なニーズが、事業の起点であること。同業他社との差別化を図るというきわめて真っ当なビジネス手法が、社会課題の解決にまで結びついた。

「マクロで社会問題どうこうというよりは、目の前にいるこのおばあちゃんの問題を解決することが、いま自分のやるべきことだと思っているんです」と篠塚さんは言う。「われわれが必要とされている。それがこの仕事が社会的な意味を持っていることを示す指標だと思います。企業の売上至上主義はダメだとよく言われますが、そんなことはありません。売上はお客さまが認めてくれたバロメーターなのですから。NPOだって、サービスを買ってくれる人がいないと成立しないんですよ」

あ・える倶楽部のトラベルヘルパー宮下典子さんは、「トラベルヘルパーのスマイルレポート」にこんなコメントを残している。
「介護旅行のやりがいは、個人競技ではなく、団体競技の喜びです。行きたい! という思いをもっているご本人がいて、その思いを支える家族、普段の生活にかかわる介護や医療従事者、旅行先の宿泊、運輸、観光施設の1人ひとり、現場のトラベルヘルパーなど、関わるすべての人たちが、それぞれの役割のなかで最善を尽くし、1つの冒険のような旅を実現させるんです」

社会の要所要所で、介護旅行を支える「思いのバトン」の受け渡しがうまくいきはじめているのだろう。篠塚さんも、こんな印象を抱いている。
「今の20〜30代って、凄くやさしい人たちが多いんですよ。バブルが弾けてから社会に出た人たちだから、あまり良い目に合っていないと言われるんだけれど、社会のキャパシティに合ったことを職場環境のなかできちんとやろうという姿勢を持った人たちが、多くの企業で増えているような気がします」

自分の持ち場から、社会を良くする動きにつながってゆける。そんな実感を持つ働き方が可能であると、トラベルヘルパーの事業は教えてくれているのかもしれない。

あ・える倶楽部 https://www.aelclub.com/


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