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やりたいからやる。ボランティアではない、手話ビジネス ——シュアール 大木洵人さんの信念

2013年12月10日



やりたいからやる。ボランティアではない、手話ビジネス ——シュアール 大木洵人さんの信念 | あしたのコミュニティーラボ
聴覚障がい者がいつでもどこでも、自己負担なく手話通訳を利用できないか。解像度や通信速度の技術革新によって、テレビ電話を活用した遠隔手話通訳サービスが可能なはずだ。そう考えた大学生が手話ビジネスを起業した。それから5年。社会課題の解決をスマートなビジネスモデルに落とし込んだ好例のひとつを探る。

遠隔手話通訳サービスとオンライン手話辞典

ホテルや駅などで、聴覚障がい者が利用できる遠隔手話通訳のサービスがある。株式会社シュアールが提供する「モバイルサイン」だ。受付や窓口に設置されているタブレット端末を立ち上げると、ネット経由でコールセンターの手話通訳者につながる。聴覚障がい者は、テレビ電話を通じて手話で会話をすればよい。つまりオンライン通訳を介して受付や窓口の担当者とやりとりができるわけだ。これでなら、筆談ではすまない複雑な用件や緊急事態にもすぐ対応できる。設置する事業者が使用料を支払って設置するサービスなので、聴覚障がい者は無料で利用可能。ホテルや公共施設、交通機関などを中心に、現在350台以上が導入されている。

企業が、障がい者雇用のためのインフラとして、モバイルサインを導入するケースもある。たとえば社内会議での利用。会議などでいったん文字を介してとなると、どうしてもタイムラグが発生するので話に追いつけず、聴覚障がい者が積極的に発言しにくい。そんなときに遠隔手話通訳を活用すれば、ハンデなく会議に参加できるようになる。日常業務でも詳細な作業の指示などに利用できる。
いずれの場合も、聴覚障がい者の金銭的負担がない。また、定期の仕事が少ない手話通訳者にも、コールセンター勤務という定期収入の得られる職場を提供している。手話に特化したソーシャルビジネスのモデルとして、極めて継続性が高い。

さらにシュアールでは、クラウド型オンライン手話辞典「SLinto Dictionary」(以下スリント辞書)を開発した。最大の特徴は「手話の表現からも意味を引ける」こと。細かい差異のある手の動作を正確に表現することは難しいが、それを「手話キーボード」で解決した。キーボードを、手話をするときの手指の形を入力する「手形」キーと、手話時の手の位置を入力する「位置」キーに分けている。ユーザーは、手形キーと位置キーそれぞれを組み合わせて入力。たとえば「右手をパー、左手はグーで腹の前」という動作の手話なら、パーの手形のキー、グーの手形のキー、腹の位置の割当キーを押せば、いくつかの意味の候補が動画で出てくる。この中から目当ての手話を探せばよい。

スリント辞書のキーボード画面。動作をもとに、手話の意味を調べることができる

スリント辞書のもうひとつの特徴は、手話の動画をユーザーがアップロードできること。つまりユーザーの集合知によって単語データベースを構築していくのだ。手話と一口に言っても、国によってはもちろん、地域によっても「方言」のような細かい違いがある。さらに、新語も生まれてくるので、それをユーザーにアップロードしてもらえれば、スリント辞書はいつでも最新。ウィキペディアに近いソーシャルネットワーク型の手話辞典なのだ。

「手話の新語をつくることで価値を生みます」と、シュアール代表の大木洵人さんは言う。「たとえば企業に社名や新商品名の手話をつくりませんか、と呼びかけウェブサイト上でキャンペーンを張る。対象は全世界7000万人の手話ユーザー。投稿者は企業の理念や製品の特長にふさわしい手話を考案します。ユーザーの投票で決めた手話がその企業のCI(コーポレート・アイデンティティ)や製品名になるわけです」

紅白歌合戦のバックコーラスに手話で参加して

シュアール代表の大木洵人さん

大木さんは大学進学の際に、慶應義塾大学環境情報学部(SFC)に進学。入ってから専攻を決められる利点を生かして1年の春学期は多種多様な科目の単位を取り、特に成績が良くて楽しかったビジネスを秋学期から専攻することにしていた。そんな夏休み、友人から「手話をやってみないか」と誘われた。

「もともと手話には興味があったんです。というのも、中学2年のとき、たまたまNHKで手話を取り上げた番組を見て、手話って美しい言語だな、と思いました。それまでに耳の不自由な方と接したことはありませんでしたが、それだけにかえって、手話イコール聴覚障がい者のためのものという感覚ではなく、他の外国語と並列にとらえて興味を持ったんですね」

高校時代に写真部を立ち上げた経験のあった大木さんは、大学でも持ち前の行動力を発揮して手話サークルを発足。勧誘チラシを配布し部員を募った。そのチラシをたまたま見たのが、歌手の一青窈さんを先輩にもつコーラスグループのメンバー。SFC出身の一青窈さんは『紅白歌合戦』でバックコーラスに手話のできる人たちを入れようと、大学の後輩に誰かできる人がいないかと打診していたのだ。「それで結局、ぼく自身の手話歴4か月、サークルが発足して3か月足らずで『紅白歌合戦』に出てしまうということになったんです(笑)」

これがメディアに取り上げられ、SFCの手話サークル「I’m 手話」は各地のイベントに呼ばれた。半年たっても出演依頼が絶えない。大木さんはそのときふと気づいた。「手話の世界にエンタテインメントがないのでは?」

たとえばテレビ。聴覚障害者も楽しめる番組は、NHKの手話ニュースと政見放送、たまに放映される24時間テレビなどでのドキュメンタリーくらいしかない。聴覚障がい者のためにつくられた娯楽番組は皆無に等しい。ならば手話のオンライン娯楽番組をポッドキャストで配信してはどうか。番組の手本として、大木さんの頭に思い浮かんだのが『ちい散歩』。聴覚障がい者が手話で紹介する町歩き番組なら、ボランティアの大学生でも制作できる。それを15分の番組に仕立て上げて配信した。

番組を配信したポッドキャスト、手話PodChannel

番組制作を通じて大木さんは聴覚障がい者と多く接し、もっと重要な課題に気づかされた。夜中に子どもが急病になっても119番ができないので隣家に駆け込まないといけない。人通りのない路上で倒れ流血している人を見かけたが、すぐに救急車を呼べない。知人もいない知らない土地でのトラブルは大変……。

聴覚障がい者をサポートする手話通訳者の苦境にも疑問を感じた。
「手話通訳の仕事は毎日あるわけではなく、しかも急に依頼が来ます。通訳というものは、半ばボランティア的な使命感に支えられている仕事です。手話通訳士という公的資格を取得しても、時間に融通の効くような低収入のアルバイトと兼業でなければ職業として成り立たない。そんな社会はどこかおかしいと思いました」

こんな不満を解決しようと、遠隔手話通訳サービス(モバイルサイン)の構想が生まれ、2008年、大学2年生で起業した。ゼミとの共同研究で助成金を取得。ポッドキャストの手話番組を発展させた「手話ポッドチャンネル」は2010年グッドデザイン賞を受賞した。その後東日本大震災を受け、1年間は被災地に向け無償でサービスを提供。それから本格的にビジネスをスタートさせた。

公共施設や鉄道の駅で導入が進む「モバイルサイン」

公益財団法人川崎市産業振興財団が年6回開催するビジネスプランコンテスト、「かわさき起業家オーディション ビジネス・アイデアシーズ市場」。受賞者は販路拡大や資金調達などの支援を受けられる。その第81回(2013年2月)に『遠隔手話通訳「モバイルサイン」〜いつでも、どこでも手話通訳を』でエントリーした大木さんは「かわさき起業家大賞」を受賞した。

同財団は今年4月から、財団施設内でモバイルサインを導入している。社会福祉団体が貸し会議室を利用することが多いので、その申し込みをする受付窓口にiPadを設置。バリアフリー対策の一環として、このサービスを導入することにした。

「筆談ではなく、手話通訳を介してコミュニケーションをとれるのは、利用されるお客さまにとっても、われわれ運営側にとっても安心感があります。誰に対しても同じ品質のサービスを提供するのが行政としての使命。ホームページなどを通じ、モバイルサインの認知度をもっと高めていきたいですね」と話すのは、産業支援部事業推進課施設係長の塩川克久さん。

施設内ではモバイルポイントにより、聴覚障がい者との意思疎通が容易に

JR東日本も、今年6月から山手線内各駅のインフォメーションセンターや総合案内カウンターなど15か所に、モバイルサインを試行導入している。導入箇所は、東京、品川、上野、池袋、新宿、渋谷、秋葉原の各駅とJR東京総合病院だ。ホーム番線や発着時刻などの簡単な問い合わせであれば、筆談による案内だけで対応できるが、忘れ物の問合せなど込み入った話になると、手話のほうがコミュニケーションがスムーズになり、より丁寧な案内ができる。鉄道事業本部サービス品質改革部副課長の草間園子さんは言う。

「忘れ物のお問合せをいただいた際は、ご乗車になった列車の時刻や乗車位置などを詳細にお伺いするとともに、忘れ物の引渡し方法などをご案内することから、お客さまとより細やかなコミュニケーションを図る必要があります。そのため、筆談だけではご案内が難しい状況もあります。そのようなときに、遠隔手話通訳サービスが役に立ちますね」

「できるかできないか」ではなく「したいかしたくないか」

大木さんは株式会社シュアールの代表取締役社長兼CEOであると同時に、特定非営利法人シュアールの理事長でもある。スタッフは大木さんを含め現在8人で、全員が手話通訳士の資格を持つ。モバイルサインとスリント辞書は収益性を見込めて事業を拡大可能なので株式会社の事業に、手話ポッドチャンネルやシュワイド(手話による観光案内アプリ)など、売上が限定されている事業はNPO法人へと役割分担している。

2020年の東京オリンピックを見据えて、大木さんは「海外から来訪する、聴覚障がい者も楽しめる環境づくりを、絶対にしなければならない」と強調した。
「そのために、数年以内に日本の土台をしっかり固めます。そこからさらにグローバルな視点を忘れずに動き続けたい。また、福祉=ボランティアという概念を変えます。福祉もビジネスとしてちゃんと成り立てば、それでいいのです」

シュアールには、「同志」的な応援団も支えになっている。たとえば、マーケティングに力を貸してくれるプロボノチームや映像制作を手伝ってくれる学生チームがいる。こうした外部のさまざまなリソースとうまく連携することも、ソーシャルビジネスを継続させていく秘訣の1つに違いない。

社会的な課題をビジネスにしようとするとき「できるかできないか」ではなく「したいかしたくないか」のほうが圧倒的に大事、と大木さんは断言する。
「遠隔手話通訳のサービスが絶対に社会に必要だと信じられたからこそ、ここまでやってこられました。自分が好きで信じた道だったら、誰が何と言おうと突き進んだらいいと思います」

これからの収益拡大に期待がかかるスリント辞書。
福祉事業を継続させるためにも、その収益性の確保は大切な要素である

シュアールグループ


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