Cases
社会課題を解決する先進的なアプローチをご紹介します。

高齢者を皆で支え合う社会に向けて
──「親孝行モデル」というソーシャルイノベーション

2013年12月16日



高齢者を皆で支え合う社会に向けて<br /> ──「親孝行モデル」というソーシャルイノベーション | あしたのコミュニティーラボ
考えてから行動するのではなく、行動しながら考える。社会課題の解決策は、実践のなかからしか生まれない。高齢者の生活と健康を包括的に支えるプラットフォームを構築し、離れて暮らす親子の絆を新たなビジネスモデルで結び合わせようとしている “社内社会起業家”の挑戦を探る。

住み慣れた場所で自分らしく暮らせるように

日本は超高齢社会に突入している。社会保障費を支えるのは若い世代だが、2000年には4人の現役世代が1人の高齢者を支えていた。2015年には3人で1人を支えることになる。やがて2055年には、高齢者1人を現役世代1人が支える“肩車社会”が確実にやってくる。

それは薄々わかっていること。しかし自分の親が元気であればあまりピンと来ない。富士通株式会社イノベーションビジネス推進本部ソーシャルクラウドビジネス統括部シニアマネージャーの生川慎二さんも、その1人だった。だが、在宅医療の往診に同行して慢性疾患の独居高齢者の実態を目にしたり、東日本大震災の被災地支援で高齢者と触れるうちに、「高齢化という深刻な現実が迫ってきている」と思うようになる。
イノベーションビジネス推進本部ソーシャルクラウドビジネス統括部シニアマネージャーの生川慎二さん
東日本大震災のわずか2日後には会社で災害支援特別チームを編成。現地にかけつけた生川さんがまざまざと目にしたのは、社会課題そのものに他ならなかった。

「今後ゆっくりと姿をあらわすであろう社会課題が、震災を機に短時間で、複雑に絡み合いながら浮き彫りになっていたのです。高齢社会問題・雇用問題・環境問題・エネルギー問題……。そこにはまさに10年後の日本の姿がありました。これを解決せずして、何が企業の中長期戦略か、新規事業かと思ったのです。しかし、複雑に絡まり合った問題を一企業で解決するのは不可能に近い。かといって行政頼りでも社会保障費のことを考えると限界があります。民間の得意技を結集し、民が民を支える仕組みをつくることが必要だと気づきました」

生川さんは社内外から3億円近い資金や人材を調達し、被災地支援に取り組んだ。とりわけ被災地で急を要したのは、崩壊した地域医療の再生だった。石巻では、地域医療再生を志す医師に共感し、医療拠点再生の支援をした。また、被災した家に戻って暮らす在宅被災世帯の現状を把握するために全国から集まったボランティアや看護師、ソーシャルワーカーの協力を得て、1万2000世帯3万人の健康・生活アセスメントを長期にわたって実施した石巻医療圏 健康・生活復興協議会を支援した。この時点での石巻沿岸部の高齢世帯比率は64%にのぼっていた。

「被災地支援から見えてきたことは、高齢者が社会から孤立せず、住み慣れた場所で安心して暮らせる社会への希求でした。富士通のできることは何かと考えて、クラウド技術の提供だけでなく、現地で活動する医療機関・民間企業・NPOと高齢者を包括的に支える社会ネットワークづくりに取り組みました」

社会から孤立しないよう見守るのは誰なのか

震災後1年が経過すると、被災地で活動を続ける団体も減り、募金活動も反応が鈍くなり、継続することが困難な状況になってきた。しかし、高齢者ケアの社会ネットワークづくりは1年や2年で解決するような課題ではない。生川さんは会社に残るかどうか悩んだ。しかし。

「NPOの瞬発力はすばらしいのですが、資金繰りは大変です。一方で、企業のブランド力と資金力を使えば、経済を循環させて事業を継続することができます。社会課題への挑み方としては、これも1つの方法ではないかと考えて、企業人として取り組みを続けることにしました」
(提供:富士通株式会社 イノベーションビジネス推進本部)
とはいえ、会社の事業として成立するためには、事業部門としての目標値を達成しなければならない。そこで、その一環として被災地支援で培ったノウハウを活かし、在宅医療・介護によるチームケアを起点に高齢者の健康と生活を包括的に支えるプラットフォームを「高齢者ケアクラウド」として商品化した。2013年1月から一般にサービス提供をはじめている。

生川さんは現場での実践を通じて、さらにその先へと目が向くようになった。
“高齢者が社会から孤立しないよう本当に見守れるのは誰なのか……?”

未曾有の危機に多くの予算がつき、かつ全国から専門職が駆けつけた石巻でさえ、行政リソースはハイリスク者を見守るだけで手一杯だった。来たるべき超高齢社会では、相対的に行政リソースが減少し、高齢者は増え続ける。地域のコミュニティーで支えるにしても、リーダーが代わったり、補助金が切れると持続が困難となる。まして都市部では、基盤となる地縁が薄れている。

「最も必然性があるのは“血縁”ではないか、と思い至りました。親を想う子の気持ち。子を想う親の気持ち。家族のつながりがいかに強いかは被災地で目の当たりにしました。血縁再生による親子の支え合い循環こそ、解決の突破口ではないかと思ったのです」

こうした仮説に基づいて、生川さんのチームが取り組んでいるプロジェクトが、離れて暮らす家族をつなぐ全国ネットワーク網「親孝行モデル」だ。

「高齢者のニーズは生活環境や身体能力・認知能力の状態に応じ多種多様なので、直接対面してそれを伺います。いわゆるアナログコミュニケーションです。一方、離れて暮らす子どもたち現役世代は、ICTを使えるのでデジタルコミュニケーションで時間と距離の壁を乗り越えられます。両者から引き出したニーズを、健康・運動・食事・社会参画・生きがいなどに関する民間企業のさまざまなシニア向けサービスにつなげて、新たなマーケットを生み出すビジネスモデルが構築できないかと考えています」

離れて暮らす親子の思いやりをICTで結び合わせる

親というのは、たとえ子どもが40〜50代になったとしても、離れて暮らしていると、いつまでも「子ども」として心配するものだ。健康に不安はないか、仕事は順調なのか、家のローンは大丈夫なのか、孫は元気に育っているのか……。一方で、現役世代の子どもにとってみれば、当然ながら離れて暮らす老親の健康状態や日ごろの暮らしぶりが気にかかる。今は幸い元気に暮らしているようだが、介護が必要になった時に、仕事と介護の両立はできるのだろうか……。

親子はたまに電話で話すが、親にしてみれば、多少の体の不調があっても心配をかけまいとして伝えないことが多い。子どもは子どもで、もう少し足しげく実家に帰り、親の様子を知りたいと思うのだけれど、仕事や日常の忙しさのため、なかなかままならない。遠距離なら帰省のための交通費も大きな負担となる。この物理的・心理的な距離を、リアルな接点による対面サービスと、ICTによるデジタルサービスの組み合わせで縮め、親子間交流による経済循環と支え合いを誘発するのが親孝行モデルだ。

たとえばこんな具合に————。
現役世代の子どもから依頼を受け、「コミュニケーター」が離れて暮らす老親宅を訪問。日ごろの様子や伝えた情報に対する反応をクラウドに上げて、子どもはスマホで確認する。子どもから渡されたが使い方のわからなかったタブレット端末でテレビ電話の設定をしてあげたら、久しぶりに孫と話ができて大喜び。三世代旅行に行く話となり楽しみにつながった……。

親子の間では「言わずもがな」と思って口に出さないだけに、第三者とICTを介して初めてわかることもある。
親孝行モデルは、対面とデジタルの組み合わせによって、遠隔地の家族をしっかりとつなぐ
(提供:石巻健康・生活ネットワーク ささえてぃ石巻)

複数企業のアライアンスと共感を生むプロセス

生川さんの所属する部署は、新入社員の配属希望部署として人気ナンバーワンになっている。
社内FA(フリーエージェント)制度を利用して他部署から異動し、東京と石巻の現場でプロジェクトリーダーを務めるのは、入社6年目の長澤瑠衣さん。「具体的にどう社会の役に立っているのか実感できる仕事がしたかった」と話す彼女は、〈親孝行モデル〉プロジェクトを「組織や会社の枠を超えて、社会課題を解決するという1つの目標に向かって、各々が役割を果たしながら走っているのが特徴」と力説する。「今、何もないところから仮説を立てて実証フィールドで実践していくことは、私自身が初めての経験でとても緊張しますが、同時に現場からたくさんの気づきを得て、より良いものをつくっていけることにとてもやりがいを感じています」
社内FA制度で石巻にやってきた長澤瑠衣さん(提供:富士通株式会社 イノベーションビジネス推進本部)
長澤さんは学生時代に、ベッドタウン化した街の活性化に、産官学民連携で取り組むプロジェクトに参加したことがある。そのときに痛感したのは、社会課題を解決する活動を継続させる難しさだった。それがすばらしい活動だっただけに、卒業と同時に中途半端な形で離れてしまったことが残念でならず、心の片隅にずっと引っかかっていたという。

「それで、会社のなかで社会課題に関わっているところはないのか調べてみたら、高齢社会課題をビジネスで解決しようとしている部署があることに気づいたんです」
“社会課題の解決”と“ビジネスとしての継続性”をどう両立させるか、それが長澤さんにとって、挑戦し続けたいテーマだ。

社会課題の解決を事業化するときの壁は何だろう。

生川さんによれば「一企業では10年先を見据えた投資ができにくいこと」。20年も30年もかけて生じた社会課題を、3年の投資回収計画で解決できるのなら誰も苦労はしない。かといって、3年以内に結果の出る企画書でなければ企業のなかでは通りにくい。ではどうすればよいか。

「社会課題に対しては、自社単独の収支計画では成立しない。複数の企業の得意技を集め、企業横断の収支計画で判断する必要があります。社会課題の裏には、異業種をつないだ共同事業体の大きなマーケットが隠れています。それで今、同志となる社内起業家をひたすら探しまわっています。ビジョンを共有し、組織を動かせるミドル層の仲間を巻き込むことが肝心です」

親孝行モデルの場合、社内外で多くの現役世代の共感を得られたことも大きかった。なぜなら親が介護年齢を迎える現役世代にとっても「自分事」のテーマであり、未開拓シニア市場への期待があったからだ。社会課題の解決の事業化には、こうした共感を生むプロセスの構築も不可欠だろう。

生川さんの挑戦はまだまだはじまったばかり。現場で考えながらトライアンドエラーを繰り返し、ひたすら走り続けるその先に、社会課題を解決する糸口が、きっとあるはずである。

参考:親孝行モデル紹介動画


いいね!を押して
Facebookページをフォロー

あしたラボの最新情報をお届けします。

Twitterであしたラボ(@ashita_lab)をフォローしよう!

皆さんの感想をお聞かせください!





  • facebook
  •  twitter
  • USTREAM
  • RSS

Copyright 2017 あしたのコミュニティーラボ