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「田舎だけど都会」な山里、神山(後編)
——今年も町の人たちに会いに行ってきた。2013年冬

2013年12月20日



「田舎だけど都会」な山里、神山(後編)<br /> ——今年も町の人たちに会いに行ってきた。2013年冬 | あしたのコミュニティーラボ
お遍路さんを受け容れてきたという土地柄、「よそ者」にも寛容。神山町を語るときよく引き合いに出される言葉だが、それだけなら四国全域にもあてはまる。神山の魅力の秘密はどこにあるのか。移住してきた人たちが何を思い、どんな経緯で神山暮らしをはじめることになったのかを探れば、その一端が垣間見えるのでは。後編では、そこに焦点を当ててゆく。

前編はこちら

伝承された文化に触れるたび、気持ちが豊かになる

11月末、神山町にオープンした南仏家庭料理レストラン「カフェオニヴァ(Cafe On y va)」。フランス語で“on y va”は“let’s go”「さあ行こう!」の意味で、旧地域名の「寄井」にもちなんでいる。神山町に住む齊藤郁子さんが購入した古民家を改修し、長谷川浩代さんがシェフを務める。場所は、前編で紹介した「えんがわオフィス」のちょうどはす向かいだ。
左から長谷川浩代さん、齊藤郁子さん
IT企業で働いている齊藤さんは、在宅勤務を希望し、今年の8月末に東京から転居した。

神山町との出会いは2002年、移住したアウトドアスポーツ仲間の知人を訪ねたことからはじまる。徳島県三好市の大歩危小歩危峡で開催されるアドベンチャーレース(マウンテンバイクやカヤック、トレイルランニングなどで競うレース)の大会によく参加していたので、その帰りに骨休めで神山温泉に入ったりしているうち、神山に住みたくなった。生活と仕事のやり方を理想に近づけたくなったという。

「体の半分以上は水だから、自然水だけに囲まれて暮らしたいと思っていました。雲の1粒が山に落ちて川に流れ口に入る、その循環を一度も止めない生活。いろいろ探していましたが、神山ほどピッタリのところはなかったんです。本当においしい水と、微生物の力が生きている土地があって、植物の多様性も素晴らしい。そして何より、すごく明るい地元の人たち。ユーモア感覚が最高で、おもしろすぎます! 笑いって人生のなかですごく大切じゃないですか」

毎週末、夜行の高速バスで東京と徳島を往復する生活が続くほど、神山にのめりこんだ。念願の移住がかなったとき、すっかり顔見知りになっていた高速バスの運転手が「もう会えないんだね」と寂しがったそうだ。

「師匠と呼んでいる84歳のおじいちゃんが、めっちゃカッコいいんですよ。わたしたちって知恵を切り刻んで商品にしてるじゃないですか。でもその知恵というのは元来、売買ではなく伝承されていたもので、それが文化だと思うんです。ここには文化が残っている。それをいただくたびに、気持ちが豊かになれます」

齊藤さんにとって神山は、「毎日が色づいてカラフル」なのだとか。

「1日が終わるとき、ああまたしてもやられたな、神山に! って思うんです。こんな畑があったらいいな、と思っていると協力してくれる人が現れたり、ここにいるとうまくいくことが多いんですよ。土地のもつパワーや、いつも前向きな人の力が毎日を変えてしまうくらい大きい。言葉ではちょっと伝えにくいようなカッコよさが神山にはあるんです」
お2人には、取材がてら神山町の名瀑「雨乞の滝」まで案内していただいた
「カフェオニヴァ」のシェフ、長谷川さんは、南フランスの小さな村で、農場民宿や家族経営の小さなレストランに住み込みで働いたことがある。その後、オーガニックワイン専門の輸入会社で12年間、南仏の農場民宿に通い続ける生活を送った。

「それは楽しかったのですが、そろそろ次のステップへ進みたいと4~5年前から思うようになりました。地元の食材とオーガニックワインで人が集えるビストロ的な店からはじめて、ゆくゆくは宿泊もできる場所をつくれたらいいな、と。でも、なかなか一歩を踏み出せなくて……。そんなとき、齊藤さんが神山町の古民家を見つけて『一緒にやろうよ!』と背中を押してくれたんです。神山は外から来ている人がたくさんいることも、移住を決意した理由の1つでした」

カフェオニヴァのできた地区はかつての中心商店街だったが、今は飲食店がなく、近くの住民は不自由していた。これからは、地元の人たちとサテライトオフィスのスタッフ、全国からの視察者や観光客が入り交じる、新たなコミュニティー拠点として賑わうのだろう。カフェオニヴァでは現在、薪をひとかかえもちこめばコーヒーをいただける。まるで薪通貨、というわけだ。

気づいたらサテライトより先に引っ越していた

大阪・北区でウェブサイトの企画・デザイン・制作などを手がけるキネトスコープ社の廣瀬圭治さんが初めて神山町に関心を持ったのは、2012年3月。六本木の東京ミッドタウンで開催された全国各地のクリエイターによる展覧会、「my home town わたしのマチオモイ帖」をプロデュースしたとき、前出のダンクソフトが神山町でサテライトオフィスの実証実験をしていることを知った。
左から江崎智奈美さん、廣瀬圭治さん、吉沢公輔さん
11年前に独立したときから、廣瀬さんは将来のビジョンを思い描いていた。田舎の廃工場を借り、クリエイティブチームは広いスペースでのびのび仕事をして、表には小さな畑があって、みんなで夏野菜などをつくり、休憩のときは裏の川で魚釣りを楽しむ……そんなオフィスにしたい。

「その未来を実現するには、インターネットのインフラが不可欠なので、映像やグラフィックの仕事の経験を生かしたウェブ制作の会社を立ち上げたんです。10年たって、まさにそれを実現しようとしている会社の話を東京のど真ん中で聞くとは思わなかったので、いてもたってもいられなくなりました」

グリーンバレー理事長・大南信也さんに連絡をとり、4月22日、初めて現地に足を踏み入れた。大阪から来ている企業はまだないと聞いて「関西方面第1号のサテライトオフィスになりたい」と大南さんに希望を伝えた。以後、ほぼ隔週で家族そろって神山へ遊びに行くことに。奥さまも、小さいお子さん2人も、すっかりこの土地を気に入った。

6月上旬、1本の電話が鳴った。神山で知り合った町のキーパーソンの1人、グリーンバレー理事の岩丸潔さんだ。

「おもしろい古民家の物件が出たので引っ越してきませんか?」

「ちょっと意味がわからなくて、そのときは。サテライトオフィスじゃなく、引っ越しってどういうことなのか。でもせっかく岩丸さんから案内されたので、家族で話し合ってみますと言って電話を切りました」

すると同じ日に、大南さんからもFacebook越しに「優先的に紹介したい物件があるので見に来ませんか」とメッセージが入った。他ならぬグリーンバレーの2人から同時に誘われたら、行かざるを得ない。

「後から知ったんですが、2人が示し合わせて個別に連絡をくれたわけじゃなくて。その物件にふさわしいのはウチの家族をおいてほかはないと、2人のイメージがぴったり合っていたという話らしいです」

夫婦ともにいつかは自然の豊かなところに住みたいと願っていたし、廣瀬さん自身の理想の働き方と暮らし方を両立させるチャンスだった。仕事と生活をもろもろシミュレーションした結果、8月末に決断を下した。

こうして2012年10月末、サテライトオフィス開設より一足先に廣瀬一家は神山に移り住むことになった。そして今年の5月から、築150年の古民家の離れを改修して、キネトスコープ神山サテライトが本格始動している。
キネトスコープ神山サテライトもまた、日々交流の環が絶えない(提供:キネトスコープ社)
スタッフは、吉沢公輔さんと江崎智奈美さん。2人とも神山在住だ。ちなみに吉沢さんは、前編に登場したダンクソフトの本橋大輔さんを含め3人で古民家の賃貸物件をシェアしている。江崎さんもやはり、前編に登場したグリーンバレーの樋泉聡子さんと一緒に岩丸さんの家を借りている。

吉沢さんは、グリーンバレーが厚労省の認定を受け実施している滞在型職業訓練制度「神山塾」の卒塾生。神奈川県横浜市の計測器メーカーに勤務していたが、もっと別の働き方を探りたくて、神山にたどりついた。

「地域に入り込んで仕事をしてみたかったんです。そんな人間を受け容れる土壌が神山にはあって、グリーンバレーの皆さんをはじめ、本当にすんなりと溶け込みやすい雰囲気を強く感じました」

江崎さんは、昨年の取材でも訪問した、神山にサテライトオフィスがある株式会社ソノリテの代表、江崎礼子さんの娘さん。東京でデパートの販売員をしていたが、転職を考えていたとき、母親から神山で募集があることを聞いて、駆けつけた。

「神山では人との距離が近いです。親身になってくれる、という表現がふさわしいかどうかわかりませんが、わたしの年齢では普通ならお近づきできないような経営者の方が話を聞いてくださったり、わたしの知らない道を歩んでこられた方々と同じ食卓を囲めたり。東京では考えられませんでした」

商店街の豆腐屋さんのようなデザイン事務所に

廣瀬さんは、大阪市のクリエイター支援事業に関わっていた実績を買われ、徳島県から委託されたクリエイティブネットワークコーディネータの1人として「AWA RISE MTG.(アワライズミーティング)」というイベントを企画・プロデュースしている。徳島県内のクリエイターと、「起業家やサテライトオフィス」「地域づくりや町づくり」「一次産業や六次産業」の3つのレイヤーに接点を持たせることで、新たな協業を生み出し産業を活性化しようとする試みだ。
地域で新たなネットワークが生まれつつある「AWA RISE MTG.」(提供:キネトスコープ社)
「よくある異業種交流会だと名刺を交換するだけに終わりがち。一緒に仕事をする前に友だちになることが大切だと思うので、お互いに仕事を楽しみながらやれて、気軽に頼めるような関係づくりの場の提供を目指しています」

毎月1回、徳島市・神山町・上勝町・三好市・阿南市・美波町・鳴門市と場所を移して開催する予定で、現在3回目までを実施した。トークセッションやグループミーティングを通じて、クリエイターと地域のキーマン、また各地域のキーマン同士が交流する。顔の見える関係がゆるやかに結び合わされ、コラボレーションが生まれるきっかけづくりにしたいと廣瀬さんがいうように、神山を拠点にしながら県全体へとクリエイティブな人のつながりを広げていく仕事だ。

また、キネトスコープ神山サテライトの吉沢さんと江崎さんが中心になって、間伐材を有効利用するプロジェクトが進んでいる。林業が衰退し、日本の山間地域はどこも人工林が放置され、繁茂しすぎた木のせいで山肌に大陽光が届かず動植物が育たないので土壌が荒れ、大雨が土砂流になる。山がスポンジ機能を果たせなくなり水源が減っている。そうした問題を廣瀬さんは神山に来て初めて知った。

「緑豊かな自然の山に見えたけれど、実は手入れのされない人工林だったという事実を啓蒙されました。ならばクリエイターとしても町民としても、山間地域が抱えている大きな課題に少しでも役立つ仕事ができないかと考えたんです」

まだ実証実験の段階でトライ&エラーが続くが、ゆくゆくは間伐材を何らかの形でプロダクト化したい。美しく機能性の高い製品の購入を通じて、神山という地域の水資源を回復させるスポンサーになり、同時に日本の森の現状を知ってもらう、というアプローチでブランディングすることを考えている。
間伐材を使ったプロダクトの構想は進行中(提供:キネトスコープ社)
「町の商店街に豆腐屋さんがあるような感じでデザイン事務所がある。キネトスコープ神山サテライトは、そんなイメージの将来像を描いています。グラフィックだけではなくプロジェクトのグランドデザインも仕事のうち。町のためのデザイン事務所としていくつかの生業を持ち自立するのが目標です」

今はまだ、週に2日ほどは大阪の本社へ“単身赴任”する。神山に関心のある知り合いも多く、もはや延べ200人ほどは廣瀬家のゲストになった。図らずも廣瀬さんは神山町の“関西方面親善大使”になっている。

キネトスコープ神山サテライトの3人が異口同音に語った、神山暮らしで予想外だったところは「充実度」だ。田舎なのでのんびりしているかと思いきや、日々、多種多様なプロジェクトが立ち上がっている神山。毎日のようにイベントやパーティーが2〜3本あり、誘われるまますべてに関わっていたら身が持たない。セグメントできる能力が必要、と笑う。

それもまた、神山がダイナミックに動いていることの証だろう。齊藤さんが表現した、「毎日が色づいてカラフル」な神山町の暮らしを、外からやってきた人たちも自然となぞっているに違いない。

カフェオニヴァ(Cafe On y va)Facebookページ
キネトスコープ社


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