Cases
社会課題を解決する先進的なアプローチをご紹介します。

東西医学を統合したヘルスケアシステムをつくる
——健康寿命を延ばす、豊かな社会への挑戦

2014年01月20日



東西医学を統合したヘルスケアシステムをつくる<br/ >——健康寿命を延ばす、豊かな社会への挑戦 | あしたのコミュニティーラボ
ストレスで調子が悪いなと感じたら、重くなる前にそのときの状態に見合う漢方薬をのんで健康を取り戻す。このように“未病”(病気になる前)の段階からケアと予防ができるのが東洋医学の特長といわれる。そこに科学的根拠を与え、医療費削減に貢献できないか。東洋医学の「暗黙知」をICTで「形式知」化することによって、西洋医学と東洋医学を統合したヘルスケアシステムを構築したい。健康で豊かな社会の実現を目指すプロジェクトが、北里大学と富士通を中心に進んでいる。

経験や勘によって支えられる東洋医学の暗黙知

富士通総研が2012年に日本全国8,000人を対象に実施したアンケート調査によると、約35%の人に漢方薬の服用経験があった。また、およそ60%の人が、機会があれば漢方薬を利用したい、と答えている。

東洋医学に対するイメージでは、生活習慣病やアトピー、アレルギー、体質改善の治療、痛みの緩和、体調不良の解消などに「西洋医学と組み合わせることで、より効果があると思う」と答えた人が70~80%におよんだ。

だがその一方で、「東洋医学の医療機関は西洋医学の医療機関と同等以上の信頼感がある」との回答は40%強にとどまり、「初めての東洋医学の医療機関にかかるのは、西洋医学の医療機関に比べ抵抗感がある」人も約55%いた。

そもそも西洋医学と東洋医学の診察方法は本質的にどう違うのか。

たとえば「腰痛」という症状で比べてみよう。西洋医学では、X線検査、血液検査、CT、MRIなどのツールを使って診察し、腰椎の変形・ヘルニア・関節症など、身体個別の“器質的要素”に原因を求める。

対して東洋医学の診察は、どんな症状でも次の「四診」を基本に病状を分類する。顔色や表情・姿勢・舌の状態などをみる「望診」。声の出方や咳・痰の様子、呼吸音などをみる「聞診」。脈や腹部を触ってみる「切診」。症状や生活の様子などを聞き出す「問診」。四診によって、身体全体の“機能的要素”に原因を求める。

薬に関しても、西洋医学が症状と薬が明確に対応しているのに対し、東洋医学では必ずしも「この症状にはこの漢方薬」といった処方ではない。症状だけでなく心身の状態や体力、体質などの個人差を全体として医師が見極めた「証」という概念に基づいて判断が下される。たとえ同じ症状であっても、AさんとBさんで「証」が違えば、処方薬が変わることもあるのだ。

東洋医学では薬の処方すら決まりきったものはない

以上のように、東洋医学は医師個人の経験や勘による主観的な判断で診察・処方が行われる傾向が強い。西洋医学が客観的なデータや標準化された方法の「形式知」に基づくのと対照的に、言語化・数値化しにくい「暗黙知」に頼っているのだ。人体を部分に分けず、心身を丸ごと一体と見なし、1人ひとりに最もふさわしい根源的な治療を施せる特長は、そうした暗黙知から来ている。

だが、それは一方で、わかりにくいという印象を持たれることがある。そのわかりにくさは、先のアンケート調査にも反映されたように「効果はあるようだけれど100%信頼はできない」というイメージにつながってもいるのだ。

人体×漢方という「複雑系の2乗」をICTで紐解く

富士通グループの社員がそれぞれの現場を通じて得た問題意識や暗黙知を持ち寄り、外部の有識者や関係者を交えた議論を通じて社会的な視点でビジネスを捉え直し、多様なステークホルダーとの関係性から新しい価値を創造する。そんな活動を目指す富士通総研実践知研究センターに、ミィ・シャオユウさんが参加したのは2011年。ミィさんは株式会社富士通研究所ハードウエアエンジニアリング研究部のシニアリサーチャーで、デバイス研究開発者だ。中国の大学を卒業し、国の研究所で働いたのち、東北大学大学院を出て富士通研究所に入った。漢方薬には子どものころから世話になっているそうだ。

富士通研究所ハードウエアエンジニアリング研究部シニアリサーチャー ミィ・シャオユウさん

「日本は超高齢化社会を迎え、医療費の高騰や健康保険の破綻といった課題を抱えています。これを西洋医学だけで解決するのは難しく、〈未病〉の段階からアプローチできる東洋医学の知恵が必要です。検査では異常はなかったけれど、なんとなく体が重かったり、肩こりや頭痛に悩まされている。そんな段階から症状に対処できれば、慢性疾患に至る患者さんを減らすことができるし、医療費削減に貢献できるでしょう。そのためには西洋医学と東洋医学の統合が求められます。しかし東洋医学は科学的な根拠が足りず、暗黙知が多くてわかりにくい。そこでICTによって暗黙知を少しでも形式知化し、東洋医学の信頼性と効果を高め、さらに普及を促すことが強力な対策ではないかと考えました」

研究パートナーは北里大学東洋医学総合研究所(以下、東医研)。1972年に設立された日本最大規模の東洋医学研究拠点で、富山大学医学部と共にWHOの伝統医学研究センターに指定されている。2012年に北里大学と富士通はEBIH(Evidence Based Integrative Health Care)研究会を発足した。東・西洋医学を融合し、両者の特徴を採り入れた先進ヘルスケアシステムをICT基盤上に構築、さらには“未病”の普及と医療費の低減を目指すというのがその目的だ。

研究会のメンバー、株式会社富士通総研産業事業部コンサルタントの片岡枝里花さんは、東医研で漢方薬の研究をしていた。ミィさんの掲げたビジョンに共感し、母校との研究でもあることから、コラボレーター募集に応じた。

「急性疾患や外科治療など西洋医学が適している領域もあれば、東洋医学でアプローチしたほうが患者さんのQOL向上につながる場合もあります。また、漢方薬は副作用がなく薬効が穏やかと思われていますが、実際には、ガン細胞の転移を抑制する効果の研究が進んでいるなど、強い病気にも効果を示す可能性は科学的に裏付けられつつあるのです。漢方薬は複数生薬から成り立ち、1つの生薬にもさまざな成分が含まれ、しかも収穫された時季や産地によっても有効成分が変わってきます。人体という複雑系に漢方薬という複雑系が投与される。その紐解きにICTをどう活用するかが重要です」

富士通総研産業事業部コンサルタント 片岡枝里花さん

未病の段階から健康チェックできる漢方医薬ドックを

東医研が手はじめに取り組んでいるのは、「四診」をデータベース化して診断ロジックを構築すること。四診によって「証」を見極めるには、「虚・実」や「気・血・水」など東洋医学独特のものさしがある。統計的に解析できる部分を「見える」化し、ある程度のパターンを明らかにするシステムができれば、西洋医が東洋医の診察方法を試し、その結果を照らし合わせることができる。日常的な診断のサポートになるし、東洋医学の教育ツールにもなり得るだろう。

直近の成果の1つとして、製薬会社2社も参画して応募した「安全高品質な漢方ICT医療を用いた未病制御システムの研究開発拠点」が、文部科学省の「革新的イノベーション創出プログラム」拠点公募のCOI-T(トライアル)プロジェクトに採択された。これは10年後を見据えた革新的な研究開発を、既存分野や組織の壁を取り払って実現させることを目的として平成25年度からスタートしたプログラム。採択されたプロジェクトでは、ICTを利用して患者データを大規模に集積し、新たな科学的根拠に基づく漢方医薬ドックの普及や漢方簡易自己健康管理システムの確立が目指されている。

東医研副所長で医学博士の小田口浩さんは「今の健康診断や人間ドックは、病気を見つけることが目的です。しかし、未病の段階から東洋医学の方法で健康チェックできる病院があったり、たとえば舌の写真を撮って体調を自己診断できるようなスマホのアプリなどが開発されて、早めの漢方処方を受けられれば、病気になる人が少なくなり、医療費も減らせるのではないでしょうか」と、このプロジェクトの意義を語る。

北里大学東洋医学総合研究所副所長 小田口浩さん

東洋医学と漢方薬を学ぶには、歌舞伎や生け花のような伝承文化的な徒弟制度のような側面があるという。師匠から弟子には見よう見まねで技術が伝わるので、その技術は標準化しにくい。それも暗黙知の一種だ。

「西洋医学では、学生のときに習う聴診器の当て方にも決まった方法があります。西洋医学界全体で共通です。ところが東洋医学では、そんな基本に思えるようなことでも、医師個人によって方式が違うのです」と小田口さん。

「舌と脈を診たり、お腹を触診するのですが、そのやり方は細かいところになると人それぞれ。しかし杓子定規に言葉や数値にできない知恵を大切にするからこそ、東洋医は患者さんに寄り添えます。ですから、すべてを機械的に標準化するつもりはありません。とはいえ、あまりにも診察方法が曖昧だと患者さんも安定した治療を受けられないし、教育の面でも不都合が多い。当研究所ではスタンダードを決める試みをしているのですが、東洋医学の世界全体では標準化やガイドラインの策定は今後の課題です。ICTを活用して一定のよりどころを確立できれば、それを軸に歩み寄ることができるのではないかと考えています」

「9割が輸入」の漢方生薬の自給率を上げたい

西洋医薬との併用で、漢方薬には一定の効果が期待できる、と語るのは東医研漢方治療部脳神経内科医師の川鍋伊晃さんだ。西洋医薬で制御できなかった頭痛やめまいの症状が緩和されたり、認知症の周辺症状として出る精神的なイライラや不眠が解消され介護者の負担が減る、といったメリットがあるという。

「おおもとの病態は改善されなくても、それに伴う症状としてのむくみや冷えが取れたり、よく眠れるようになったりという改善の兆候が見られます。一定の割合で患者さんのQOLが向上するのは間違いないので、ICTを活用した客観化の試みは、漢方治療の裾野を広げる取り組みとして大きな価値があると思います」

東医研漢方治療部脳神経内科医 川鍋伊晃さん

文科省採択のCOI-Tプロジェクトでは、漢方生薬の国内生産拠点の整備と、無農薬・減農薬で栽培可能な高品質生薬の開発も目標として掲げられている。

漢方生薬は90%を輸入に依存し、そのうち80%が中国産。輸入生薬の価格が高騰し、高品質の漢方薬を処方するのが難しい状況になっている。ICTによる東洋医学の「見える化」と同時に、安価で高品質の生薬の自給率を上げるのも、健康で豊かな生活を実現するために取り組まなければならない課題だ。

「漢方薬というのは“おまじない”みたいなものだと思っている人が、まだたくさんいます。そうではなく、科学的根拠があることを示したい」

そんな小田口さんの想いは、ミィさんをはじめ、このプロジェクトに関わっている人たち全員が共有している。

健康は決して個人だけの問題ではない。病に倒れると本人のみならず、看病や介護でまわりの人たちの生活にも多大な影響を及ぼす。東西医学を統合したヘルスケアシステムの構築は、“未病”の段階からケアすることによって健康という社会的な価値を増大させる試みといえるだろう。

富士通総研実践知研究センター
北里大学東洋医学総合研究所
革新的イノベーション創出プログラム(COI STREAM)


いいね!を押して
Facebookページをフォロー

あしたラボの最新情報をお届けします。

Twitterであしたラボ(@ashita_lab)をフォローしよう!

皆さんの感想をお聞かせください!





  • facebook
  •  twitter
  • USTREAM
  • RSS

Copyright 2017 あしたのコミュニティーラボ