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社会課題を解決する先進的なアプローチをご紹介します。

「大田ブランド」を活用し、大田区と日本を活性化しようとはじまった下町ボブスレープロジェクト。プロジェクトが動き出し、仲間も集まってきた。しかし、そこは自主的なプロジェクト、盛り下がりの懸念と隣り合わせだ。活性状態を持続させるため、委員長はどう動いたのか。チームビルディングのコツを聞いた。

初の国産ボブスレーに詰まった、日本の意地 ──下町ボブスレーのこれから(1)
“TOKYO OTA”から、オールジャパンの“ものづくり”へ ──下町ボブスレーのこれから(3)

「仲間まわし」で高い技術力を育んできた歴史

大田区の町工場は、かつて「仲間まわし」の文化に支えられてきた。たとえ製造が難しい仕事や極端に短納期の仕事を依頼されたとしても、狭い範囲にさまざまな得意分野を誇る町工場が集中しているので、互いに自慢の技術を持ち寄ることによって、たいていの注文には応じられる。

こうした支え合いのしくみは同時に、もっと良いものを、他人にできないものをつくろう、という競い合いにもつながり、それが結果として高い技術力を育んでいった。

だが「仲間まわし」の文化も昨今、薄れてきた。1980年代前半のピーク時には9,000軒を超えていた大田区の町工場は現在、約4,000軒と半数を割っている。廃業が増えれば「仲間まわし」もやりにくい。大田区の町工場ならなんとかしてくれる、と大企業が頼りにしたブランド力にも陰りが見えてくる。

下町ボブスレーは「仲間まわし」文化再生のプロジェクトでもあるのだ。最初からのコアメンバー、株式会社三陽機械製作所代表取締役の黒坂浩太郎さんは「こんな楽しいプロジェクトはない」ということですぐ食いついた1人だ。

株式会社三陽機械製作所 代表取締役黒坂浩太郎さん

「地元のネットワークが少ないんですね。大手電機メーカーとの長年の取引が順調で、それがなくても生きていけた。ただ、リーマンショックなどがあった時、他社や行政との連携、情報共有が大事だと痛感しました。細貝さんは地元では有名な方ですから名前は知っていましたが、それまで話したことはなかった。はじめのコアメンバーの誰1人として知り合いはいませんでした」

仲良しグループで立ち上げたのでは意味がない。すでに連携があるところではじめても今までどおりのものしかできない。「新しく知り合ったメンバーで勝負がしたい。そういう作戦にうってでました」と細貝さんはきっぱり言う。

「先出し記者会見」で腹をくくる

オリンピック出場のためのボブスレーのレギュレーションを取り寄せて技術の解読からとりかかった。CFRPの形成技術を持つことでレーシングカーの設計で広く知られる企業から協力を得られた。実現には至らなかったが国産ボブスレーの開発計画に携わったことがある滋賀県米原市の株式会社童夢カーボンマジック(現 東レ・カーボンマジック株式会社)など、心強い協力会社の参画が決まっていった。

問題は、プロジェクト全体の進捗だった。プロトタイプの1号機を開発しようと、賛同するコアメンバーで何回か会議を重ねたが、なかなか具体的な進展が見えてこない。どこからの発注もない、直接の儲けにもつながらないこうした自主的なプロジェクトは、みんなの意気が下がると、いつのまにか立ち消えになる。

少し焦った細貝さんは、腹をくくるため、お尻に火をつけた。「とりあえず記者会見をして世間に発表してしまおう」と提案したのだ。

2012年5月23日の記者会見には7社以上が集まり、テレビ中継も入った。予想外の注目度にプロジェクトメンバーの意気は上がる。6月には日本国際工作見本市(JIMTOF)の会場に下町ボブスレーを展示するオファーがあった。JIMTOFの会期は11月1日~6日。1号機の納期が設定された。

こうなれば俄然、プロジェクトは動き出す。約200点の部品が必要な1号機の図面は150枚に及んだ。9月18日、30社が参加した部品協力説明会で、どの企業がどの部品をつくるかを互いに相談して決め、図面を持ち帰ってもらった。納期は12日間、材料費も作業費も出ない。その場で初めて聞いた全員が苦笑したが、図面はほとんど“売り切れ”た。細貝さんは保険をかけていた。

「短い納期で、しかもタダ。図面を持ち帰ってもらったものの、もしどこにもつくってもらえなかった時のことを考えて、1カ月余裕をもった納期にしておいたんです。いざとなったら、ウチの会社で全部つくってしまおう、と」

結果的にマテリアルでも全体の3割程度の部品をつくることになったが、こうした「できるところがやればいい」積み上げ方式のチームビルディングは成功し、10月18日に無事フレームは組み上がった。「最初に役割を決めてお願いしていたら、ここまでうまくいかなかったはず」と細貝さんは振り返る。

その約1年後の2号機、3号機の部品発注会議には、大田区の企業が60社、その他の協力企業10社が参加し、プロジェクトチームは拡充された。

自主的なプロジェクトを運営するには、個々の自発性をいかに促すか。先出し記者会見などの仕掛けを展開しながら、きちんと保険をかけていた細貝さんの手法は、他のプロジェクトでも応用できそうだ。迎えた2012年冬、いよいよ本格的なテスト段階に入ることになった同プロジェクトは、2014年ソチ冬季五輪にむけて動き出す。

“TOKYO OTA”から、オールジャパンの“ものづくり”へ ──下町ボブスレーのこれから(3)へ続く
初の国産ボブスレーに詰まった、日本の意地 ──下町ボブスレーのこれから(1)


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