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五大陸で、チャンスに火をつけろ! 学びから世界を変える大学生・税所篤快の挑戦(上)

2012年09月13日



五大陸で、チャンスに火をつけろ! 学びから世界を変える大学生・税所篤快の挑戦(上) | あしたのコミュニティーラボ
グラミン銀行のビジネスモデルに憧れてバングラデシュに渡った大学生は、そこに、貧しくて大学へ行きたくても行くだけの学力を身につけられない高校生たちがいることを知った。思い出したのは、かつて偏差値28だった自分の学力アップを叶えてくれた、予備校時代のDVD授業。この授業を受ける環境さえ整えば、貧しくても多くの生徒たちに進学の道を開けるかもしれない……。「思い立ったらすぐ実行!」をモットーとする青年の猪突猛進は今、世界へとその活動の幅を広げつつある。

グラミン銀行のユヌスさんに憧れて

──バングラデシュの貧しい村の高校生たちに大学受験の機会を提供する。そんな活動をしようと思ったきっかけは、そもそも何だったのですか。

税所 僕が早稲田大学に入った2007年は、駒崎弘樹さんの本『「社会を変える」を仕事にする』(英治出版)などが話題になり、ちょっとした社会起業家のブームが大学に押し寄せた時期でした。ビジネスの手法で社会の課題を解決する、というのはおもしろいなと思って、この分野の本をいろいろ読んでいたのですが、決定的な影響を受けたのが『グラミン銀行を知っていますか』(東洋経済新報社)です。

──グラミン銀行といえば、無担保の小額融資「マイクロクレジット」で貧しい女性たちの自立を支援するソーシャルビジネスを始めたバングラデシュの銀行のことですね。

税所 そうです。あまりに感動したので、著者の坪井ひろみ先生にすぐ電話して、その日の夜行バスで秋田大学に向かいました。明くる朝にお会いした先生には、休憩を挟みながら1日中お話を伺って(笑)。坪井先生には「現地に行ったらどう?」と勧められて、グラミン銀行のスタディツアーに応募し、1カ月後くらいに大学の友人とバングラデシュに向かったんです。

──すごい行動力ですね。

税所 ちょうどそのころ、失恋も重なって(笑)。失うものがなかったのでスピードが増したのかも‥‥‥。とにかくムハマド・ユヌスさん(グラミン銀行創設者でノーベル平和賞受賞者)に憧れていたんです。ユヌスさんが創案したマイクロクレジットを資金に村の女性たちが自営している様子を見学しました。それをきっかけにグラミン銀行で何かプロジェクトができないかと考えて、日本人大学生100人をグラミン銀行で修行させるプログラムを立ち上げたんです。それで僕が窓口として現地に赴任することになりました、大学は休学して。

──で、日本人大学生を受けいれて村を回っているうちに気づいたことがあったとか。

税所 すごい才能をもった生徒がたくさんいるのに、先生の質も量も圧倒的に足りない。4万人不足していると聞きました。そんな状況を見て思い出したんです。僕は高校のとき偏差値28の完全な落ちこぼれでしたが、予備校のDVD授業のおかげで大学に合格できました。バングラデシュの村の高校生たちがDVD授業を受けているイメージが浮かんで、これはいけるんじゃないか、と。

村の高校生たちに最高の授業を届けたい

──DVD授業は、どんなふうに実現していったのですか。

税所 まず、バングラデシュの東大であるダッカ大学で学生100人にインタビューしました。バングラデシュにも予備校があって、そこに通った人たちが大学に来ている、という構図が見えてきたんです。経済的・地理的な問題で予備校に通えない高校生は大学にアクセスしづらい。予備校には大人気のカリスマ先生がいることもわかりました。授業のリズムとテンポがよくて生徒がくぎづけになり、しかも適度に笑わせる。彼らの授業をもっと多くの高校生がシェアできれば、教育のイノベーションが起きるんじゃないか、と思ったんです。

──ダッカ大学では現地のパートナーとの出会いがありましたね。

税所 学生インタビューのときに、すごく興味をもって食いついてきたのがマヒーン君でした。彼も貧しい村の出身だから、この話を聞いてピンと来たんですね。それで、マヒーンと一緒に予備校の先生たちと交渉して、授業を収録することができました。マヒーンの村で最初に始めたのがポイントだったんだと思います。彼は、自分の村に授業を届ければ、才能が爆発するような生徒が多いとわかっていたんですね。彼と一緒に小さい教室をつくったら、30人も生徒が集まりました。

──カリスマ先生たちは快く協力してくれましたか。

税所 チャンスのない村の生徒たちに最高の授業を届けたい。そんなふうに頼んだら、日本人の僕がやろうとしているのに驚いて。それならオレたちがやらないわけにはいかないと、最低限のギャラで協力してくれました。

──それはグラミン銀行のプロジェクトとしてスタートしたのですか。

税所 そうしようと思ったのですが、やはり難しかった。大きな組織なので、新しいプロジェクトを承認するのにも多くのプロセスがあって。でも、あと7カ月で2010年度の受験という重要な時期でしたから、まずいのを承知で
正式にアグリーされない段階で、就業時間後の時間を使ってプロジェクトを進めました。しかし、結局それがバレて、プロジェクトは停止に……。

──止められちゃったんですか。

税所 だけど、それくらい僕はこのプロジェクトが村の高校生たちに価値のあるものになると直感していたし、応援してくれる人も多かった。だから、一秒でも早くその実現したかったんです。

──資金面はどうしたんですか。

税所 お世話になっている人たちを裏切るわけにいかないので、いったん日本に帰り、2人の恩師に相談したところ、援助していただけました。一橋大学の米倉誠一郎先生と、東進ハイスクールの板野博行先生です。オレはお前の可能性に賭けるんだぞ、といったエールを送られて。かなり落ち込んでいたので、プロジェクト、そして僕自身の可能性を信じていただけたことが本当に嬉しかったですね。

──それで仕切り直しをして。

税所 スタートできたのですが、だんだん生徒の数が減ってきた。結局、村の高校生なので、ダッカにも大学にも行ったことがない。村から出たことがないので、大学のイメージすら湧かなかったんです。そこで、1回みんなをダッカ大学へ連れて行こうとバスツアーを企画しました。学生が楽しそうに授業を受けている様子を見たり、DVD授業の先生にも「ナマ」で出会えて、高校生の目の色が変ってきました。自分たちも大学で勉強したい、と。帰ってきてから勉強時間が2〜3倍になりましたね。

──すっかりモチベーションが上がったわけですね。

税所 そうなんです。その後も村の停電だとか、プロジェクトのメンバーが盗難に遭ったりとか、僕も腸チフスにかかって入院したり、いろいろあったのですが、何とかゴールまでたどり着けました。30人中20人近くが大学に合格し、そのうちの1人がダッカ大学に入ることができたんです。翌年、浪人していたおよそ10人もそれぞれの志望校に入っていきました。やはりマヒーンの存在が大きかったです。彼がロールモデルになってくれた。彼のような現地のパートナーを見つけられるかどうかが大きなポイントですね。

(後編へ続く)

税所篤快(さいしょ・あつよし)

1989年東京都生まれ。早稲田大学教育学部在学中。e-Educationプロジェクト代表。2009年、19歳でバングラデシュ・グラミン銀行の研究ラボ「GCC」初の日本人コーディネーターとなり、10年には「e-Educationプロジェクト」を設立して独立。教育機会に恵まれない子どもたちに映像授業を行い、多数の大学進学者を輩出した。現在はヨルダンのパレスチナ難民キャンプやルワンダ、パレスチナ・ガザ地区などに活動の幅を広げている。著書に『前へ! 前へ! 前へ! 〜足立区の落ちこぼれが、バングラデシュでおこした奇跡。』(木楽舎)がある。


ガザ地区での取り組みについてはこちらをご覧ください。
https://readyfor.jp/projects/gaza_dragon/announcements


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