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「やったらええんちゃうん」が見たこともない未来を引き寄せる——変わり続ける神山町の3年間

2015年12月09日



「やったらええんちゃうん」が見たこともない未来を引き寄せる——変わり続ける神山町の3年間 | あしたのコミュニティーラボ
人口6,000人弱の山里に7年間で137人の移住者と、12社の企業がサテライトオフィスを構えた徳島県神山町。地域ブランディングの成功事例として広く知られるこの町を、2年ぶりに訪ねてみた。2012年の初取材から3回目。訪れるたびにワクワクするような新しい出来事が起きているこの町が、この3年間でどんなふうに変わったのか、また変わりつつあるのか。その真相を探ってみたい。

誰でも参加できるオール神山メイドのウェディング

株式会社神山神領の樋泉聡子さん、株式会社プラットイーズ会長の隅田徹さんご夫妻株式会社神山神領の樋泉聡子さん(左)、株式会社プラットイーズ会長の隅田徹さん(右)ご夫妻

前回の神山町取材(2013年11月)で登場いただいた移住者同士が、今夏、めでたくゴールインした。株式会社プラットイーズ会長の隅田徹さんと、株式会社神山神領の樋泉聡子さん。2人のように神山で出会うカップルは多い。

映像デジタルアーカイブ事業などを展開する隅田さん。「オープン&シームレス」な企業理念を体現する、古民家を改修し縁側を巡らせたガラス張りの通称「えんがわオフィス」を開設し、県・町内から10数名の雇用を生んだ。

神山町をサテライトオフィスのメッカにした立役者であるNPO法人グリーンバレーの職員として活躍していた樋泉さん。現在は、隅田さんの別会社、神山神領が運営する宿泊施設「WEEK神山」で現場の采配をふるう。

東京から移住してきた2人は「数年前は想像すらしていなかった人生」と口を揃える。特に「マンションの上階に誰が住んでいるか知らない暮らしが長かった」隅田さんにとって、神山の小さなコミュニティーの「誰と誰がつきあってるかを隠す煩わしさもない、隠そうったってバレバレな、みんな顔見知りで開けっぴろげな安心感」は新鮮で心地いい。

オープンしたばかりのWEEK神山で結婚パーティーを開催。鮎食川(あくいがわ)を一望できるピロティや駐車場にも宴席が広がり、町じゅうの人たちから祝福された。飲食店のシェフが料理を持ち寄り、フラワーアレンジ、音楽、DJすべて、移住者を含む地元神山のお手製だ。新婦も踊るのは阿波踊り。近所のお年寄りも列席し、旅行者もふらっと立ち寄ったという。「オール神山メイドのウェディングで、この町の状況をそのまま映し出しているようでした」と隅田さん。神山町カップルの披露宴は、いつだってこんな手づくりのお祭り騒ぎになるらしい。

WEEK神山の敷地内で、来るもの拒まず挙げられた隅田さん・樋泉さん夫妻の結婚式WEEK神山の敷地内で、来るもの拒まず挙げられた隅田さん・樋泉さん夫妻の結婚式(提供:樋泉さん)

ちなみにWEEK神山は、グリーンバレーが管理運営するコワーキングスペース「サテライトオフィス・コンプレックス」の真向かいにある。総務省の交付金と町民の出資などによって古民家をリニューアルしできあがった。地元の野菜をふんだんに使った食事は宿泊客が一緒のテーブルでとる。ときに地元の人たちも混じって。視察やサテライトワークや取材で町を訪れた人に、神山のオープンな交流の雰囲気をひとときでも体感してもらおうと開設した。

古民家オーナーの南正純さんは「ずっと放ってあった家が、こんなにすばらしい宿に生まれ変わるなんて、2〜3年前は夢にも思いませんでした。みなさんが楽しく利用してくださるのがなによりうれしい」と話す。

予測できない出来事が、さらなる可能性を開く

前例のないことは、やってみなければわからない。グリーンバレー理事長の大南信也さんも「やったらええんちゃうん!」が口グセとは言え、さすがに「こんな田舎でフレンチやピザやオーダメイド靴や惣菜屋? いけるんかなあ……」と思ったという。

NPO法人グリーンバレー理事長 大南信也さんNPO法人グリーンバレー理事長 大南信也さん

そう、神山には現在、フランス家庭料理の「カフェ オニヴァ」(2013年12月)、ピザの「Yusan Pizza」(2014年7月)、オーダーメイド靴の「リヒトリヒト」(2015年1月)、惣菜・弁当の「5・3・5(五味サンク)」(2015年8月)と、いずれも「なんでこんな山里に!?」と驚くような店が4つ開店している。

前回の取材から2年弱で、移住者がこれだけの店を開いた。人口6,000人に満たない町で、いずれも異彩を放ち、そのうえ繁盛している。ピザは予約しないと食べられない。オーダーメイド靴は半年先まで受注が満杯という。各店が相乗効果を発揮し、神山町に遠方客を呼び込む新たな顔になった。

「全部繁盛、いけてます。へたに予測なんてしないほうがいいし、だいいちできない。10年後、20年後の計画を立てても、結局計画者の思考の範疇を飛び出るものはできない。現実のほうがずっと先を行っている。なので “こんな職種の人に来てもらいたい”という逆指名はやめました」

大南さんは、4店がうまくいっている理由を「みんな、お客さんに真っすぐ向き合っているから」とみる。儲けたい、からではない。お客さんの喜ぶ顔を見たい。彼らの商売はそこからはじまっている。それこそが商売の本質。ところが、「その本質が近頃では陰に隠れがち」。だから、その空気感が表れている店を、お客さんは敏感に感じ取って来店する。大南さんによればそういうことだ。

「これをやりたい!」とよそから来た若い人たちを止めずに「やったらええんちゃうん!」と小さく試す場を与える。たとえ失敗しても、と大南さんは続ける。

「たとえ失敗しても、“失敗”というレッテルは貼らずに、いったん“実験中”ということにする。時が経てば事情が変わってまた活用できる事案かもしれない。以前の失敗を恐れて、あれはダメこれもダメと枠をはめてたら、予想できるつまらんことしか起こらない。それじゃ新しいものは何も生まれませんよ」(大南さん)というのが神山の流儀だ。

「神山がどう変わるのか見届けられないのが悔しい!」

 
神山町は春と秋に人出が多く、店もその頃が書き入れ時。ところが「カフェ オニヴァ」は2014年9月3日から1カ月、店を閉じた。スタッフ4人全員が研修兼バカンスでフランスへ。ぶどうの収穫時期に合わせて、ワイン農家を訪ね、収穫を手伝った。ゆくゆくはオリジナルラベルのワインをつくりたいのだそうだ。

「そんな様子を見た地域の人たちの頭のなかには、大きな?マークが浮かぶ」と大南さんは言う。

「普通なら、借金もあるようだし、書き入れ時にがっちり稼いで、うまくいけば徳島市内に2号店を……と考えるはずなのに、なんでいちばん大事な1カ月を休むかな? と。商売とは儲けることだと思い込んでいた人たちの単一な価値観が、ぐらっと揺らぎます。これこそ地域が多様化していくきっかけ。よそから来た“変わり者”が増えて見慣れていくと、人間はおもしろいもので、いつのまにか自分のほうが変わっていくんですね」

数年前、マスコミがインタビューすると移住者が「ワクワクします」と答えていた。ところが今、率先してそう答えるのは元からの町民なのだそうだ。

隅田さんと樋泉さんの結婚式のとき、大南さんは地元の75歳の男性から、こんなことを言われたという。「わしも5〜6年したら平均寿命や。神山がこの先どう変わっていくのか、ひょっとしたら見届けられんようになるかもしれん。それが残念でならん!」と。

高齢化と人口減が止まらず未来がないと思っていたふるさとへ、多様な価値観をもつ若い人たちが都会から移り住んでくることによって、かすかに明るい光が差してきた。地元の人たちがそう感じはじめている。

町役場としても「目からウロコ、想定外」

神山町は「平成の大合併」を見送り、身を削って独立独歩の道を選んだ。町役場の高橋成文さん(産業観光課)によれば、1990年代半ばのピーク時に187人いた職員は、現在106人まで減っている。

神山町役場産業観光課 高橋成文さん神山町役場産業観光課 高橋成文さん

「神山はもともと、集落ごとに競うようにイベントや祭りが盛んな地域。しかし緊縮財政でいったん補助金などもすべてゼロベースで見直しました。一律に支援する体制を変えたのです」

厳しい財政のなかでも、まちおこしの新事業として町民の有志「神山町国際交流協会」(グリーンバレーの前身となった組織)と町が生み出したのが、海外アーティストに滞在してもらい、つくった作品を町に残す「アーティスト・イン・レジデンス」だ。1999年にスタートし、今も続いている。こうした取り組みの積み重ねも“よそ者”に寛容な文化の醸成に一役買っている。

だが、委託者として移住交流支援センターを運営しはじめたグリーンバレーが「ワーク・イン・レジデンス」の試みを経て、徳島県の光ファイバー網整備政策を背景にサテライトオフィスを誘致していく一連の経緯は、町役場としても「目からウロコ。まったく想定していなかった」(高橋さん)という。

2010年の株式会社Sansan以来、現在12社が神山町にサテライトオフィスを構えている。移住者も増え続け、2008年から2014年まで79世帯、137人がやってきた。子どもは11人生まれている。定住率は84%と高い。

理屈にならない「気配」や「隙間」が生み出すもの

高橋さんは「たぶん町のなかだけでは、こうした流れは生まれなかったと思います。外から来たクリエイティブな人たちと一緒に町を変えていった。もちろん中心的な役割を果たしたのは大南さんらグリーンバレーの中核メンバー。難しいところは置いておき、やれるところからとにかく実行するという彼らの考えは前向きですよね。そして口コミとメディアによって認知が広がった」と語る。

町役場としても、空き家件数把握調査を実施し、移住者のために空き家改修補助金制度を2014年に創設するなど、側面支援に乗り出している。

農村山間部では、周囲の目を気にしたり、先祖代々の家に他人を住まわせたくないなどの理由で、空き家の家主が貸出を躊躇する傾向が強い。神山も例外ではないが、移住してきた若者たちが自分なりに工夫してリフォームし、楽しく生活していたり、WEEK神山のように宿泊施設として有効利用されているのを目の当たりにすると、オーナーの考えも変わっていくようだ。

古民家を再生してつくられたWEEK神山。右に見えるのは新設した宿泊棟古民家を再生してつくられたWEEK神山。右に見えるのは新設した宿泊棟

どうやら、ここ数年の神山で起きている事態は「予想外の出来事に未来の希望を託す」ことなのかもしれない。チャレンジに寛容な空気感が、結果的に神山の価値を高めているようだ。隅田さんと樋泉さんの結婚しかり、放置していた空き家がよみがえったWEEK神山しかり、先に述べた4店の新規オープンしかり、ふるさとの思いもよらぬ変化を長生きして見届けたいと願うお年寄りしかり。

グリーンバレーのサテライトオフィス担当、木内康勝さんによれば「ほぼ毎日のように視察団がいらっしゃいます。当初は、まちづくり関係のNPOが目立ったのですが、最近では地方創生がらみで自治体関係者が多い」という。

NPO法人グリーンバレー木内康勝さんNPO法人グリーンバレー木内康勝さん

だが、神山がうまくいっているありさまは、いくら数字や理屈で説明しようとしても伝わりにくい。この町に漂っている、人と人とが結びつこうとする気配や、何事もあらかじめ決めつけず、余白や隙間を大事にする“ゆるさ”。その価値を実感するには、しばらく暮らしてみるのがいいのかもしれない。

【過去の神山町取材記事】
四国の山里で働くという選択——IT企業が惹きつけられる町・徳島県神山町
「田舎だけど都会」な山里、神山(前編)——今年も町の人たちに会いに行ってきた。2013年冬
「田舎だけど都会」な山里、神山(後編)——今年も町の人たちに会いに行ってきた。2013年冬

【関連リンク】
WEEK神山
神山町役場


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