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田舎で働くと幸せになれるのか? ——神山町・美波町サテライトワーカー事情

2015年12月11日



田舎で働くと幸せになれるのか? ——神山町・美波町サテライトワーカー事情 | あしたのコミュニティーラボ
インターネット環境さえ整っていればどこでも仕事ができるIT系の企業を中心として、地方にサテライトオフィスを設ける動きが目立ってきた。サテライトオフィスの集積で知られる徳島県神山町と美波町を訪ね、そこで仕事をする人たちがなぜ地方を選んだのか、都市で働くよりもどんないいことがあるのか、探ってみた。田舎で働くと、果たして本当に幸せになれるのだろうか?

サテライトオフィスは“一人独立事業部”

神山町のコワーキングスペース「サテライトオフィス・コンプレックス」で仕事をする株式会社ダンクソフト(本社・東京都中央区)のチーフエンジニア、本橋大輔さん。2013年11月の取材時以来の再会だが、仕事ぶりはだいぶ変わっていた。

株式会社ダンクソフト チーフエンジニア 本橋大輔さん株式会社ダンクソフト チーフエンジニア 本橋大輔さん

「あの頃はギリギリ、上司からの指示で動く仕事もやっていましたが、今は誰も僕のことを構ってくれなくなりまして(笑)、完全に自分で業務を考え、自分でつくり、自分で営業し、自分で売っていくスタイルになりました」

いうなればサテライトオフィスが“一人独立事業部”になったようなもの。近距離通信技術の「iBeacon(アイビーコン)」を活用したスマホアプリを山梨のワインツーリズムのイベントに提供したり、ウォーターフォール型ではなく顧客と一緒に少しずつ改良を重ねる“月額定額型”により、同じ神山町にサテライトオフィスを持つ企業向けのシステムを開発したりしている。

元縫製工場を改修したサテライトオフィス・コンプレックスにはあと2人、常駐者が本橋さんと机を並べる。フリーランスの3Dクリエイターでデジタルカーモデリングを手がける寺田天志さんと、Web制作の株式会社パイロット(本社・東京都渋谷区)神山主任研究員、山下実則さんだ。

大工仕事で気分を入れ換え本業がはかどる

3Dクリエイター 寺田天志さん3Dクリエイター 寺田天志さん

寺田さんは弟と2人で住む東京都目黒区の自宅兼オフィスで働いていた。神山とは縁もゆかりもなかったが、たまたま「酔っぱらった勢いで、おもしろそうだと思っていた神山町のサイトを見てメールを送ったら」サテライトオフィス窓口のNPO法人グリーンバレーから返事が来て、「やべえ、行かなきゃ」。古民家を1万円で借りられると聞いて食指が動いた。2014年7月に家を借り、しばらくは東京と神山を行き来していたが、現在は完全に拠点を神山に定めた。

住まいの古民家は、築120年で15年空き家だった物件。とても住めるような状態ではなかったが、土台部分の補修以外はすべて自力で改装している。寺田さんは高校のインテリア科出身でもともとDIYは好き。

「高校時代は丸太から製材しカンナやノミで家具をつくっていたので、思い出しながら楽しくやってます。仕事に飽きたり煮詰まったら、気分転換に大工仕事で体を動かしてまた本業に戻る。それができるからいいですよね。ちょっとずつの改修作業なので、いつ終わるやら。“神山のサグラダファミリア”って言われてます」

寺田さん宅から神山町を望む。未完成とはいえ、都会では決して味わえない眺めが広がる(提供:寺田天志さん)寺田さん宅から神山町を望む。未完成とはいえ、都会では決して味わえない眺めが広がる
(提供:寺田天志さん)

東京にはもう、戻れない

株式会社パイロット神山主任研究員 山下実則さん株式会社パイロット神山主任研究員 山下実則さん

山下さんはアメリカ留学の後、復職したタイミングで神山サテライトオフィス開設の予定を聞き、ぜひ行きたいと手を挙げた。アメリカ滞在中、Googleのオープンソース・プログラム開発に参加するうち「普通にWebサイトのコードを書く仕事におもしろさを見出せなくなって、どうしようか迷っていました。サテライトオフィスなんて聞いたこともなかったんですが、研修で神山に来て、こういうところで仕事をするのもいいかな」と思った。2015年6月から神山でプログラム開発環境に関する研究開発などに携わっている。

東京より断然いいのは通勤地獄がないこと。山下さんは東京で仕事をしていて通勤が苦痛でしかたなかった。満員電車に揺られなくて済むのは何事にも代え難い。「月1回は東京に行くんですが、どんどんイヤになっていきます。もう戻りたくない」と笑う。その一方、神山での生活が楽しすぎて(彼女ができたのもその理由の1つ)、自分がサボらないようにするためもあって「サテライトオフィスにおける生産性の維持向上」のテーマに取り組もうと考えている。

「たとえば、あえてSNSで日々の仕事の達成状況を一般公開し、可視化することで自分を律し、モチベーションを維持するWebサービスをつくったり」

サテライトオフィスが“集積する場所”だと「いろんな分野の人と出会えて、一緒に遊びながら開発につながるのが楽しい」(寺田さん)のは、誰もが感じることのようだ。コンプレックスでも、人が音を聴くのと同じ条件で収録・再生するバイノーラル録音の構想やシステムを本橋さんが行い、寺田さんが人間の耳の形をしたマイクを3Dプリンターで出力するなど、“遊びながら開発”のコラボが生まれている。

人の頭のマネキンに、寺田さんが3Dプリンターで出力した耳型マイクを装着。サテライトオフィスのメンバーの個性がプロダクトに反映される人の頭のマネキンに、寺田さんが3Dプリンターで出力した耳型マイクを装着。サテライトオフィスのメンバーの個性がプロダクトに反映される

通勤のストレスがない分、がっつり仕事ができる

 
クラウド名刺管理ソフトで知られるSansan株式会社(本社・東京都渋谷区)は、2010年から神山町にサテライトオフィスを構えている。徳島市内からクルマで通い、古民家を改修した「神山ラボ」に常駐する辰濱健一さん(Sansan事業部開発部)は、徳島勤務だった前職のソフト開発会社で東京異動になりそうだったので、2014年3月にSansanへ転職した。通勤電車にだけは何としても乗りたくなかったのだ。そういう理由から地方勤務にこだわる人は少なくない。

Sansan株式会社事業部開発部 辰濱健一さんSansan株式会社事業部開発部 辰濱健一さん

「生まれは徳島県三好市で、育ったのは奈良県のニュータウン。高校は1時間、大学は2時間の電車通学で、しんどかった。学生の時なら、体力を消耗して影響が出るのは自分の成績だけですが、通勤で体調を崩し仕事のパフォーマンスが下がったら会社に迷惑がかかります。環境のいい場所で、通勤のストレスがない分、がっつり仕事のできる企業で働こうと、就活の頃から決めていました」

神山サテライトオフィス勤務のリモートワーカーとして採用されたが、最初の4か月間は東京本社勤務が条件。予想どおり電車通勤は苦痛だった。神山に来たら、仕事をはじめるときの気分が東京にいたときと比べものにならないくらい清々しい。

「満員電車から降りストレス満載ではじまる朝と、緑の山や川に囲まれのどかにはじまる朝とでは、仕事に注げるエネルギーがぜんぜん違います」

仕事の生産性向上がサテライトオフィス設置の目的

Sansanが地方にサテライトオフィスを設置するのは、東京にいるより仕事に集中できるからだ。ワーク・ライフ・バランスが目的ではない。「そこが他社さんと違う最大の特徴」と辰濱さんは言う。一軒家を借りている神山が最も大きなサテライトオフィスだが、京都と長岡にも拠点がある。そちらは、現地採用した優秀なエンジニアのために地元勤務の体制を整えた。

Sansan神山ラボは社員なら誰でも希望すれば利用できるが、個人利用では最低2週間の滞在が義務。一定期間を活用した成果が求められている。新入社員は4月1日から神山で2週間の研修合宿が組まれている。200人の社員のうち、3分の2はSansan神山ラボを利用したことがある。

取材時にも東京本社のメンバーが滞在、働いていた取材時にも東京本社のメンバーが滞在、働いていた

「往復の交通費も会社負担ですし、特に個人で利用すると東京に残してきたチームメンバーの手前、何らかのアウトプットを出さなければ、という気持にはなります。ただ、成果は形に見えるものだけではありません。衣食住を共にするチーム合宿でメンバー同士の間柄が親密になり、東京に帰ってからコミュニケーションがスムーズになる、というのも1つの成果」と辰濱さんは話す。

オフィスは静かで広く、通勤も楽。仕事に集中できる絶好の環境であることは間違いない。ただし、常駐している辰濱さんとしては、東京でのイベントや勉強会に参加できないのが少し残念だ。資料やビデオ配信で内容は知れるが、その場にいて登壇者と話したり親睦会に出席したいという思いはある。とはいえ、メリットを天秤にかければ、やはり神山で働けることのほうが重要だ。

では、神山に来れば誰でも生産性が上がるのだろうか?

「それは人によります。トイレのスリッパを履いたらクモがいた、寝てたらムカデが天井から落ちてきた。そういうのにストレスを感じる人には、おすすめできません。東京に生まれ育ち、満員の通勤電車も慣れて苦にならないのなら、無理して神山に来る必要はまったくないわけです」

体調を崩したのを機に提案したサテライトワーク

株式会社あわえが拠点を構えるコミュニティースペース「初音湯」株式会社あわえが拠点を構えるコミュニティースペース「初音湯」

徳島県南東部の漁師町、美波町。アカウミガメの産卵やサーフィンスポットで知られるここにも、近年サテライトオフィスが集積している。その数は神山町に匹敵する12社。サテライトオフィス誘致や移住支援、一次産業振興支援、文化資産のデジタル化など、住民・行政・企業を巻き込んで地域課題のビジネスによる解決を目指す株式会社あわえ(本社・徳島県美波町)取締役COOの山下拓未さん自身、早くからサテライトワークに取り組んできた。

株式会社あわえ取締役COO 山下拓未さん株式会社あわえ取締役COO 山下拓未さん

前職在職中、体調を崩し休職したのを契機に在宅勤務のしくみを構築した山下さんは2007年、会社に提案し伊豆に今でいうサテライトオフィスのような施設を設ける。デザインの仕事をしつつ、地域と交流する企業合宿を企画し、アウトドアスポーツを教えるNPO法人を立ち上げた。しかし売上の立つビジネスモデルには至らず、東日本大震災を機に閉鎖した。

そんな折に徳島県出身のある経営者から「徳島でおもしろいことが起きている」と聞く。町ぐるみで移住者家族の子育て支援をする美波町伊座利地区、「葉っぱビジネス」で著名な上勝町を訪れたが、とりわけ惹かれたのが、地元のNPO法人グリーンバレーが地域コミュニティとの仲介役を担う神山町だった。

「伊豆で苦労したのは、港でシーカヤックをしようとしたら、漁師さんと日本酒40 Lくらい飲まなければダメなこと(笑)。企業人が丸腰で地域に入り込むには3〜4年かかるんです。企業からすると時間はお金。グリーンバレーのおかげでそのコストが要らない神山はとても魅力的でした」

徳島県に営業へ出向き、集落再生モデルにおけるICTインフラ活用事例として、2011年9月、サテライトオフィスの実証実験を神山で実施することになった。

地域で生きる人たちの悩みを「企業」が解決できないか

神山は一躍サテライトオフィスのメッカになり、山下さんも楽しく仕事をしていたが、ずっと頭の片隅にこびりついて離れないことがあった。

「地域の人たちの悩みを解決するために、企業で何かできないのか」

その頃、美波町出身でサイファー・テック株式会社(本社・徳島県美波町※2013年に東京都新宿区から本社移転)代表取締役の吉田基晴さんが、故郷美波町でサテライトオフィスを開設。地域活動に取り組むなかで吉田さんもよく地域の人からさまざまな悩みを相談されるが、情報セキュリティのシステムを開発している会社がCSRの範囲でできることは限られており、かといって大手を振って「地域課題を解決します」とも言えない。そこでサイファー・テックとは別に、新たに地域課題の解決そのものを事業とする新会社の立ち上げを考えていた。

同じ頃、釣りやサーフィンが好きな山下さんは足繁く美波町へ通うようになる。

「すごく居心地が良くて。神山は農業ですが、美波は漁業の町。獲得型の経済だからか、アクティブで遠慮がない。漁師さん同士って、ライバルでもあるし同じ漁場を守る仲間でもある。腹の立つ人間とでも手を取り合ってがんばらなきゃいけないから、コミュニケーションのレベルが高いんですね」

そんななかで吉田さんに地方での起業や移住について相談すると、吉田さんから新会社の話を打診されて、創業メンバーに加わることを決意。こうして2013年6月に設立されたのが「コト(文化資産)、カネ(地域産業)、ヒト(コミュニティ)を磨いて地域を元気にする」ことを目指す株式会社あわえだ。

ちなみに、あわえとは美波町の方言で裏路地のこと(提供:株式会社あわえ)ちなみに、あわえとは美波町の方言で裏路地のこと(提供:株式会社あわえ)

山下さんは美波町の「屯所」で取材陣のために宴席を設けてくれた。サテライトオフィスや移住者の誘致にも、必ずこうして地元の人たちと親密になる機会を用意する。「名物おっちゃんとお酒を飲んでもらうのが最大の地域への入口」だからだ。
 

漁師の方が獲ってきた地元の魚などがテーブルに。サテライトオフィスを視察しに来る企業はみな、この酒宴に招待される漁師の方が獲ってきた地元の魚などがテーブルに。サテライトオフィスを視察しに来る企業はみな、この酒宴に招待される

地域には活用できる資源がたくさん眠っている

美波町へ進出するサテライトオフィスに、必ず地域課題を解決するミッションが課されているわけではない。「ただ、いろいろ頼まれることは多いと思う」と山下さん。美波町は祭りが盛んで、神輿の担ぎ手などにも駆り出される。

仕事の生産性を上げる。ワーク・ライフ・バランスを整える。サテライトオフィスは、こうした企業内の課題解決のために設置されることが多い。それだけでなく、地域の課題にもコミットすることが求められているのだろうか?

「断定はできません。ただ、企業はもっと地方と触れ合うべきなのは確かです。都市だけで物事を考えていたらグローバルに対応できない。課題は裏返せばビジネスチャンスです。地方には、まだアンテナに引っかかっていない魅力がたくさんあり、それはきっと外に出せる強みになる。せっかく活用できる資源があるのに放っておくのはもったいないじゃないですか」と山下さんは指摘する。

本来サテライトオフィスは社員が発案して自主的に運営すべき、というのが伊豆でそれを実践していた山下さんの持論だ。なぜなら会社はコストを払うだけで、もっぱら便益を受けるのは社員だから。たとえば運営費に月額15万円かかるなら、そのコストを見積りに乗せて回収する方策を考えればいい。

地方で自分の可能性を試す

株式会社あわえ広報 小池佐季子さん株式会社あわえ広報 小池佐季子さん

地域課題と向き合うことにやりがいを感じて地方で働くことを選ぶ若者が増えていることも確かだ。あわえで広報を担当する小池佐季子さんもその1人。

「帯広の農業大学校で酪農家と接するうち、農家が乳製品をブランディングして発信すればもっと売れるのではないか、と考えました。そういう仕事をするためにデザインやカメラやビデオ編集のスキルを身につけたかったんです」

2014年7月からあわえが県の事業予算で開講した、地域の土地柄や文化を情報コンテンツとして発信できる人材を育成する「美波クリエイターズスクール」(給料をもらいながら1年間勉強できる)に応募。180人から最終的な4人として選ばれ、スクール卒業後はあわえの正社員となった。小池さんは故郷・静岡のアパレル企業で働いていたときには、ふつうは誰もが嫌う他店舗への応援が楽しみだった。

「ずっと1か所に留まっているより、PC1つでどこでも仕事ができるってカッコいいじゃないですか。場所に縛られず働ける環境っていいな、とサテライトオフィスを拠点にノマドワークしている方々を見ていると思います」

田舎で働いたからといって、誰もが幸せになれるわけではないが、少なくとも都会に縛りつけられている人生よりは、視野や発想が広がりそうだ。

山下さんがふと漏らした、「都会から僕がいなくなっても数百万分の1。でも田舎に来たら1分の1になれそうな気がした」という言葉が印象的だった。この国の抱えている課題が凝縮する田舎は、自分の可能性を試す場でもあるのだろう。

美波町の海岸線。都会に比べて何もないように見えるが、都会にはないものであふれているのかもしれない美波町の海岸線。都会に比べて何もないように見えるが、都会にはないものであふれているのかもしれない

【関連リンク】
株式会社ダンクソフト
PILOT Proto Lab
Sansan株式会社
株式会社あわえ


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