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四国の山里で働くという選択
——IT企業が惹きつけられる町・徳島県神山町

2012年12月19日



四国の山里で働くという選択<br />——IT企業が惹きつけられる町・徳島県神山町 | あしたのコミュニティーラボ
徳島県は山間地域にも全域、光ファイバー網が整備されている。この好条件のもと、神山町という過疎の山里には2年間でIT系ベンチャー企業9社が相次いでサテライトオフィスを開いた。ICTインフラはオフィス開設のための必要条件だが、十分条件ではない。なぜ神山町に惹きつけられるのか。そこには「働き方の革新」を求める人と「まちづくりの革新」を求める人との幸福な出会いがあった。

東京と違って、仕事以外の疲れを感じない

緑なす山なみ、鳥のさえずり。さわやかな山里の朝で1日が始まる。

仕事場は、7LDKの空き民家の離れを改装したスペース。地元の石を土台にした白木のテーブルでパソコンを立ち上げ、Skypeで東京本社と打ち合わせをする。
ここは、徳島市内から車で50分、徳島県名西郡神山町にあるSansan株式会社のサテライトオフィス「神山ラボ」だ。

「東京と違って、仕事以外の疲れをあまり感じません。いちばん大きいのは通勤時間がないこと。寝起きしている母屋から仕事場の離れまで10秒ですから」と笑うのは、広報担当の磯山江梨さん。

Sansanは、寺田親弘さんが三井物産株式会社を辞して2007年に創業した社員70名のITベンチャーだ。クラウド名刺管理サービスの提供を事業ドメインにしている。

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Sansan株式会社のサテライトオフィス「神山ラボ」

2010年9月、寺田さんから神山サテライトオフィス開設を聞かされたSansanの社員たちは一様に驚いた。だが、もともとクラウドコンピューティングにかかわる事業だけに、どこでも仕事のできる体制を整えており、抵抗はなかった。メールも業務フローもクラウドサービスのGoogle Appsを使い、社内コミュニケーションはYammer (社内SNS)を導入している。

おまけに神山町は光ファイバー網完備。そもそも徳島県は現知事が総務省で情報関連の担当部署に長くいただけに情報化に熱心で、2000年代半ばから県内全域に光ファイバー網を整備してきた。総延長は地球5周分に相当する20万kmを超え、県民一人当たりに換算すると全国1位。民間事業者のサービスエリア外である中山間地域には、県と国の資金で光ファイバー網が張り巡らされた。もちろん神山町もその対象エリアだ。

このように来るほうも招くほうもICTインフラは十分であり、あとは人だけ移動すればよい。Sansan神山ラボの家賃は諸経費含め10万円以下だという。来るほうにとってコストもそれほど大きくない。

最初は、スマートフォン用の個人向け名刺管理アプリ「Eight」の開発者3名が2週間利用し、好評だった。集中してデスクワークする環境として申し分ない。食事のできる店は歩いて10分のところにあるし、キッチンで自炊も可能だ。

現在では社員の4分の3が神山ラボを活用したことがある。磯山さん自身はこれまで4回、延べにして2か月は神山で仕事をしている。通勤時間の短さがいかに日々のストレスを緩和するか、神山に来てあらためてわかった。そこで、二駅以内に住めば家賃が補助される社内制度を利用して、東京の自宅も会社まで30分と近い場所に引っ越したのだという。

昨秋は初めて家族で二組が利用した。夫婦で子育てしている社員は単身だと東京を離れにくいので、家族一緒も可能としたのだ。朝早く出かけ夜遅く帰る父親の顔を平日は見られない子どもが、ここでは毎日一緒にいられて喜んだ。

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最近では、家族で利用する社員も増えている 提供=Sansan株式会社

一方、2012年5月に現地雇用で神山町にサテライトオフィスを開いたのは、NPOの業務支援、コンサルティング、オンライン募金システム開発などを業務とする株式会社ソノリテ。代表取締役の江﨑礼子さんは「古民家を改装し、自然の中で働くスタイルに興味があったのと、コールセンターの効率化を考えている時期だったので決めました」と話す。

コールセンターという業務の性質上、現地採用は不可欠だった。これまで採用されたスタッフは5名(注:1名は農業に転身、1名は産休で現在3名体制)。そのうちの一人、野原奈津美さんは滋賀県出身で、神山町のNPO法人グリーンバレーが運営する「神山塾」の修了生。神山塾は、ホームステイをしながら半年間、地域づくりの活動を通じてイベント事業のノウハウやスキルを学ぶ職業訓練の場だ。野原さんは修了後も「せっかく人間関係ができたし、このまま去るのはもったいない、神山町でもっとできること、学べることがあるはず」と考えてソノリテに就職したという。

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株式会社ソノリテのサテライトオフィス

町の将来にとって必要な職種を逆指名する

Sansanがやってきた2010年10月以降、神山町に興味を抱くITや映像関係の企業が続出し、現在9社がサテライトオフィスを置いている。社会動態人口は2011年、合併による町の誕生(1955年)以来初めて11人増とプラスに転じた。

なぜ人口およそ6,300人の過疎の山里がそんなに注目されているのか。

神山町は格別、サテライトオフィスを誘致しようとあれこれ画策したわけではない。その背景には、志を同じくする人が人を呼んで、物事がとんとん拍子に転がっていく自然な流れがあった。

中心的な役割を果たしているのが、2004年に設立したNPO法人グリーンバレーだ。

神山町では1999年から「神山アーティスト・イン・レジデンス」という取り組みをスタートさせた。これはアーティストを町に招聘して作品の創作を支援するしくみ。評価の定まった有名アーティストに作品を残してもらい観光客を誘致しようとする町おこしモデルはよくあるが、それとはまったく違う、とグリーンバレー理事長の大南信也さんは言う。

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1999年から続く「アート・イン・レジデンス」。
町外のアーティストと地域の人たちの交流の機会ともなっている
提供=NPO法人グリーンバレー

「そのモデルで動かそうとしたら、2年おきくらいに新しい作品を加えないとリピーターは訪れません。小さな自治体にそれはとても無理。神山はアーティストの作品を観る場ではなく、世界中のアーティストが作品をつくりに来る場なんです。それによって場の価値を高めようとしました」

アーティストの滞在が始まると、2年後くらいから外国人を含む移住者も一人、二人と出始めた。家主との交渉や引っ越しの手伝いなど、グリーンバレーに移住支援のノウハウが蓄積されていく。

2007年には徳島県が移住交流支援センターを8市町村に置いたが、神山町だけは民間(グリーンバレー)に運営を委託した。もともと実績があったからだ。これで移住希望者の属性を情報として把握できたのが大きい。

2008年にwebサイト「イン神山」を開設すると、最もアクセスが多いページは「神山で暮らす」だった。要するに古民家の空き家情報である。移住の潜在需要は意外に大きいことがわかった。

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グリーンバレーwebサイト「イン神山」の人気コンテンツ「神山で暮らす」

webサイトを制作したプランニング・ディレクターの西村佳哲さんが一つのアイデアを提供する。「アーティスト・イン・レジデンス」を読み替えて「ワーク・イン・レジデンス」はどうか。アーティストが神山で創作という仕事をするように、田舎でもできる仕事を神山に持ってくるのもアリ。それが町の将来にとって必要な職種であれば、なおさらよい。そこで働き手や職種を「逆指名」するのだ。

「石窯で焼くパン屋さんを開業しませんか?」「webデザイナーさんいらっしゃい!」
そんな呼びかけに応じる人が現れた。

本業が成立することを示してくれればそれが地域貢献

「アーティスト・イン・レジデンス」から「ワーク・イン・レジデンス」へと広がった「人を呼び込むしくみ」がうまくまわり出せば、おのずと「人が人を呼ぶ動き」を誘発していく。それが、過疎の山里の社会動態人口がプラスに転じ、サテライトオフィスが集結するに至った理由にほかならない。

イン神山のサイトがきっかけでつながりをもった東京藝術大学美術学部建築科の研究室との連携事業で、移住・起業・商店街再生を同時に実現しようと、空き家となった長屋の改修計画が進んだ。イン神山の制作にかかわった英国人が都市部や海外の知人に話をもちかけ、アーティストよりもう少しビジネス寄りのクリエイターが何人か循環して改修長屋を活用する「クリエイター・イン・レジデンス」の構想がスタートした。こうした情報を、長屋の改修計画を手伝っていた学生時代の同窓生からひょんなことから耳にしたのが、Sansanの寺田親弘社長である。

三井物産時代にシリコンバレーのベンチャーに触れた寺田さんは、当時すでに一般的になっていたテレワークなどの働き方を目の当たりにし、刺激を受けたという。それを機に「ビジネスで世界の働き方に革新を起こす」を企業理念として創業しただけに、神山町はまさに探し求めていた場所だった。即断即決でサテライトオフィスを設置。もう1社IT企業が神山町にサテライトオフィスを開くと、NHKが新しい働き方の潮流として、河原でノートパソコンを開きWi-Fiを使って仕事をする様子を報道し、一気に注目が集まった。

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光ファイバー網の整備は、町そのものを仕事場に変えた 提供=Sansan株式会社

寺田さんと大南さんの間では、最初こんな会話が交わされた。

寺田 「Sansanはまだ小さい会社だし、神山の人は地域貢献を期待されているかもしれませんが、正直いって、どんな地域貢献ができるのか私たちにはわかりません」
大南 「いや、いいんです。御社の本業が神山でちゃんと成立することを示して下さい。それが何よりの地域貢献です。ダメだったらいつ出て行っても構いません」

将来の可能性の扉を開くこと。これ以上の地域貢献はない。

大南さんはここ数年、若者の働き方に対する考え方が根本的に変わりつつあると感じている。「かつては初任給、福利厚生、勤務地といった条件で仕事を選んでいたのが、自分で納得のいく働き方、暮らし方ができるかどうかといった基準で仕事を選ぶ意識の高い、感度のよい若者が増えてきた気がします」。

大南さんによれば、サテライトオフィスは企業誘致ではなく人材誘致だという。B級グルメなどのように初めから「モノ」ありきではなく、価値観を共有する「人」と「人」とのつながりが自然に新しい動きを生む。そこからひいては「モノ」も生まれるかもしれない。そんな神山町の町おこしのスタイルと、新しい働き方をここで発見したい人たちの想いはぴったり重なっている。


NPO法人グリーンバレー理事長の大南信也さん

「これから全国の自治体でサテライトオフィス誘致合戦になると思います。わが町にも遊休施設があるし、光ファイバー網の整備も進んでいる。必要条件は整っていると。でもね、おそらく多くは補助金などの支援策つまり〈ニンジンぶら下げ競争〉になるんですよ。すると、ニンジンの大きさだけで物事を判断する企業がやって来る。だからそうじゃない方向で行こう、と県の人とも話しているんです。神山町の人と自然に魅力を感じて、新しい働き方で本業をここで成立させたい企業に来ていただく。こちらからも〈逆指名〉させていただく。アメリカのシリコンバレーも初めに人が集まり、副産物として仕事ができました。すべては人の動きありき、です」と大南さんはあくまでもブレない。

今後、サテライトオフィスに集まった企業同士の交流も盛んになるにちがいない。地元の人たちとも融合すれば、働き方の革新と町おこしが一体となる。そのとき、どんな新しい価値が生まれるのだろうか。

2013年冬にも神山町へと足を運び、町の人たちを取材しました。その様子は下記よりご覧ください。
 
「田舎だけど都会」な山里、神山(前編)——今年も町の人たちに会いに行ってきた。2013年冬
「田舎だけど都会」な山里、神山(後編)——今年も町の人たちに会いに行ってきた。2013年冬

 
関連リンク
NPO法人グリーンバレーHP「イン神山」 http://www.in-kamiyama.jp
Sansan株式会社 http://www.33i.co.jp
株式会社ソノリテ http://sonorite.cc


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