Cases
社会課題を解決する先進的なアプローチをご紹介します。

「予防医療」があなたの生涯を変える ──メンテナンス重視の医療に取り組む日吉歯科診療所(前編)

2016年12月12日



「予防医療」があなたの生涯を変える ──メンテナンス重視の医療に取り組む日吉歯科診療所(前編) | あしたのコミュニティーラボ
人のQOL(生活の質)を考えるうえで、健康状態を支える「医療」は重要な要素の1つだろう。今回の特集では、生涯(ライフタイム)を通じて健康であり続けるための“QOL=クオリティ・オブ・ライフタイム”という視点から、「予防医療」の価値に着目してみたい。そこで、私たちが訪問したのは、山形県酒田市。「口腔のケア」が全身の健康を保つ、QOL向上の隠れた重要分野であることはあまり知られていない。実は、ここ酒田市には市人口(約10万5,000人)の3割が受診し、1割以上が定期的なメンテナンスに通う日吉歯科診療所がある。37年前からむし歯や歯周病の発症・再発を予防する医療プログラムを実践。「庄内地域に住む人々の口腔内の健康状態を世界一にする」というビジョンを掲げ、“(むし歯や歯周病に)ならないために通う”歯科医像を確立した熊谷崇理事長に、なぜ予防医療が望ましいのか、話を伺った。

予防歯科の実践で、「病気知らず」に?──メンテナンス重視の医療に取り組む日吉歯科診療所(後編)

「痛くなったら治療する」は悪循環

むし歯や歯周病になったら歯医者にかかる。しかし治療が終わって痛みが引くと、いつのまにか口のなかのことは忘れ、ふだんの歯磨きもおろそかになりがちに。その繰り返しで、歳をとったら入れ歯やインプラントに頼らざるを得なくなる──。

大半の人が陥っているそんな悪循環を断ち切ろうと“予防医療”に傾注する歯科医院が山形県酒田市にある。熊谷崇さんが理事長を務める医療法人社団日吉歯科診療所だ。

山形県酒田市の日吉歯科診療所の受付ロビー。2016年3月には東京・汐留に新歯科診療所を開業した
山形県酒田市の日吉歯科診療所の受付ロビー。2016年3月には東京・汐留に新歯科診療所を開業した

日吉歯科の初診では、すぐ治療には入らない。まずは“検査”と“説明”からはじまる。歯周病検査を行い、口腔内写真とレントゲン写真を何枚も撮って、1本1本の歯の状態を確認する。唾液検査でむし歯や歯周病になりやすいリスクを判定。必要な場合は痛みを止めるなどの応急処置が施され、正しい歯磨きのしかたを指導する。次の来院で検査結果が説明され、患者が自身の口腔内の状態を知ったうえで、歯科衛生士がバイオフィルム(菌膜)を除去し、口腔を清潔にして治療可能な状態にまで整えてから、はじめて治療にとりかかるのだ。

患者のレントゲン写真を確認する熊谷崇さん。1本1本の歯の状況や、経過等を詳しく掴み、患者との対話を行う
患者のレントゲン写真を確認する熊谷崇さん。1本1本の歯の状況や、経過等を詳しく掴み、患者との対話を行う

治療して終わりではないところが“予防歯科”の真骨頂。初診時に比べ口腔内の状態がどれだけ改善したか、再検査で確認し、患者に説明する。その後は改善した状態を維持するため、ふだんの歯磨きでは取り除けない歯石除去やクリーニング、フッ素塗布などの定期的なメンテナンスへと移行。その頻度やプログラム内容は、患者の口腔内の健康状態や抱えているリスクに応じて1人ひとり違う。もちろん日頃の歯磨きやデンタルフロスによるケアも怠らないように促す。

日吉歯科診療所がすべての患者に提供する診療プロセス(メディカル・トリートメント・モデル)。予防歯科(定期メンテナンス)を念頭に、再発を防ぐための工程が事前に組み込まれているのが最大の特徴(提供:日吉歯科診療所)
日吉歯科診療所がすべての患者に提供する診療プロセス(メディカル・トリートメント・モデル)。予防歯科(定期メンテナンス)を念頭に、再発を防ぐための工程が事前に組み込まれているのが最大の特徴(提供:日吉歯科診療所)

再発を予防するのが歯科医

ここまで徹底してむし歯や歯周病の原因を突き止め、取り除き、治療したうえでメンテナンスを重視する歯科医は全国的にも珍しい。だが熊谷さんは「ライセンスを持つ歯科医師として当然やるべきことをしているだけ」と明言する。

理事長の熊谷崇さん。2015年には「酒田市功労表彰」が贈られた
理事長の熊谷崇さん。2015年には「酒田市功労表彰」が贈られた

「もちろん歯医者は患者さんの歯を治療するのですが、検査・診断・治療・メンテナンスのプロセスを通じてむし歯や歯周病を再発しないように予防することがもっとも重要な仕事です。歯をなくした患者さんに、上手な入れ歯を提供するのが歯医者の本分ではない。もともとの歯を80年以上もたせられれば、何でもおいしく食べられ、全身の健康が維持されて、最高のQOL(生活の質)を得られます。現在、高齢で亡くなる人の歯はほとんど自分の歯ではありません。命の寿命と歯の寿命を逆転させたい。それが臨床医としての最大の目標です」

生涯にわたって自分の歯で生活するには、0歳児からの口腔ケアが欠かせない。そのため日吉医院では小児歯科治療にも力を入れている。0歳から20歳まではむし歯や歯肉炎のリスクが高いだけでなく、乳歯から永久歯への生え変わり、歯列の変化、骨格の成長など、一生のうちで変化が最も大きい。この時期の適切なコントロールやホームケアの指導、メンテナンスが極めて重要なのだ。

「20歳まで口のなかが健康であれば、リスクに応じたメンテナンスを続けると、以後もほとんどむし歯や歯周病に悩まされることはありません」と熊谷さんは言う。日吉歯科では、5歳前から定期的にメンテナンスを受けている20歳の患者の9割近くが1本もむし歯のない「カリエスフリー」の状態を維持している。

ホームケアとメンテナンスの大切さを理解してもらう

もちろん成人してからでも遅くはない。悪くなったところを元の状態に戻せはしないが、症状の悪化を防ぎ、改善した状態を維持することは可能だ。

「そのためには患者さんの理解が欠かせません」と熊谷さんは強調する。「症状の原因と発症のリスクを知り、再発を防ぐには口腔内を清潔にする正しいホームケアと生活習慣の改善、定期的なメンテナンスが必要であることをわかっていただきます。診療所は、治療をきっかけにした啓発の場でもあるのです」。

患者には、口腔内写真やレントゲン写真を見せながら、口腔を清潔に保つことの重要性を説いていく(提供:日吉歯科診療所)
患者には、口腔内写真やレントゲン写真を見せながら、口腔を清潔に保つことの重要性を説いていく(提供:日吉歯科診療所)

むし歯や歯周病の大半は口腔内の不潔に起因する。口腔内を清潔にしてから患部の治療をするのは「地盤を固めてからビルを建てるのと同じ」と断言する熊谷さん。いわく、「それが常識であり、そもそも口腔内が不潔なまま治療をはじめる発想がない」と言う。

「口腔内はまさに建築の環境と似ています。歯にはすごい力がかかるし、常に濡れていて、甘いもの、熱いもの、冷たいものに、酸やアルカリも入ってくる。しかも体内で細菌やウィルスがもっとも多い、極めて過酷な環境です。人生50年ならある程度は放置していても大丈夫でしたが、あと30年、40年と生きる今の時代、50年間のうちにきちんと口腔内の環境をコントロールしていなければ、手遅れになります。言い換えれば、その場限りの治療を繰り返していると、誰でも入れ歯になることを長寿社会が証明してしまったわけです」

心臓病や糖尿病など、循環器系の疾患も口腔内の環境が大きな影響を与えていることが明らかになってきた。“予防歯科”はむし歯や歯周病を防ぐだけでなく全身の健康を保ち、生涯にわたってQOLを向上させるメリットがあるのだ。

WHO(世界保健機関)は口腔保健の国際目標として「口腔の健康を維持するのは自らの責任であり、痛くなってから歯科を受診するのではなく、日頃から注意を払い、口腔ケアを定期的に受けること」だと掲げている。

日本でいち早く同じ目標を掲げ、「庄内地域に住む人々の口腔内の健康状態を世界一にする」というビジョンに向けて挑み続けるのが日吉歯科にほかならない。現在、酒田市では、人口10万5,000人の1割を超える1万5,000人以上が、日吉歯科で定期メンテナンスを受けているという。それだけ、熊谷さんの考えが浸透しつつあるのだ。

診療所内には、これまで来院した約2万9,000人分のカルテがすべて保管されている
診療所内には、これまで来院した約2万9,000人分のカルテがすべて保管されている

いまでは地元・酒田市で浸透しつつある予防重視の歯科医療だが、理解を得るまでには長い時間を要したという。後編では熊谷崇さんが予防歯科に取り組みはじめた経緯を振り返る。そして、実際に日吉歯科でメンテナンスに携わる歯科衛生士、受診する患者さんの声を聞き、予防医療による具体的な変化・効果について掘り下げていく。

予防歯科の実践で、「病気知らず」に?──メンテナンス重視の医療に取り組む日吉歯科診療所(後編)へ続く


いいね!を押して
Facebookページをフォロー

あしたラボの最新情報をお届けします。

Twitterであしたラボ(@ashita_lab)をフォローしよう!

皆さんの感想をお聞かせください!





  • facebook
  •  twitter
  • USTREAM
  • RSS

Copyright 2017 あしたのコミュニティーラボ