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予防歯科の実践で、「病気知らず」に? ──メンテナンス重視の医療に取り組む日吉歯科診療所(後編)

2016年12月12日



予防歯科の実践で、「病気知らず」に? ──メンテナンス重視の医療に取り組む日吉歯科診療所(後編) | あしたのコミュニティーラボ
「庄内地域に住む人々の口腔内の健康状態を世界一にする」というビジョンを掲げ、“なったら通う”から“ならないために通う”へと歯科医像を変革した日吉歯科診療所。熊谷崇理事長は37年前から疾患の発症・再発を予防する医療プログラムを実践してきた。では、その具体的な変化・効果はいかほどなのか。患者に寄り添い口腔内の健康維持をサポートする歯科衛生士と、メンテナンスに通院する患者の声を通じて、予防医療がQOL(生活の質)に及ぼす影響を考えてみる。

「予防医療」があなたの生涯を変える ──メンテナンス重視の医療に取り組む日吉歯科診療所(前編)

開業10年は理解されず悪戦苦闘の日々が続いた

日吉歯科の理事長・熊谷崇さんはなぜ、予防医療に取り組むようになったのか。

以前は、神奈川県横浜市で歯科医を開業していたという熊谷さん。当時は予防ではなく治療中心だったという。しかし、世界でもっとも予防歯科医療が進んでいるスウェーデンの先生たちから学んだことが「自分を変えるきっかけになった」そうだ。

山形県酒田市で外科医をしていた義父が亡くなり、同じ歯科医である妻の実家を継いで日吉歯科を開業したのが37年前。比較的富裕層の患者を対象に自由診療をしていた横浜のときとはまったく勝手が違い、熊谷さんにとって「想像を絶する事態」だった。来院する患者すべての口腔内の健康状態がひどく悪い。むし歯はもちろんのこと、歯石がこびりつき、歯周病を起こし、細菌だらけだった。

予防歯科の重要性を学んでいた熊谷さんは、治療してからもふだんのケアを怠らずメンテナンスに通うことが再発の予防につながると患者に説明し、まずは正しい歯磨きを指導した。口腔内の撮影や唾液検査、歯周病検査なども施し、こびりついた歯石をすべてきれいに除去してから治療に取りかかろうとした。

ところが患者は「まだるっこしいことはいいから早く治療を」と要求して聞かない。熊谷さんは「口のなかが清潔にならないとあなたのためになりませんよ」と常識を説いたが、「まったく通用しませんでした。受け容れてくださったのは10人中、1人か2人。あとの患者さんは二度と来院しなかったのです」。

理事長の熊谷さん。自身が掲げるビジョンの理解を得るまでには、相応の時間が必要だった
理事長の熊谷さん。自身が掲げるビジョンの理解を得るまでには、相応の時間が必要だった

その1人、2人は治療後もメンテナンスに通い、口コミで他の患者さんを紹介してくれた。こうしてじわじわと評判が根づいていった。「それでも最初の10年間は悪戦苦闘が続きました。次の10年間も、理解してくださる患者さんと、そうでない患者さんが半々。本当に自分の思い通りの診療ができるようになったのは、ここ15年くらいのことですね」と熊谷さんは振り返る。

健康な状態との比較が、予防のモチベーションを上げる

日吉歯科において、患者のメンテナンスを担当する歯科衛生士は11人。1人あたり600〜800人の患者を担当する。各人に個室が与えられメンテナンスを施す方針には、予防重視の医院の姿勢が現れている。

キャリア13年の歯科衛生士、白崎知恵子さん。東京で専門学校を卒業し歯科医に勤務していたが、10年ほどして地元・酒田市に戻り、日吉歯科に転職した。

日吉歯科の歯科衛生士のみなさん。右から3人目が白崎知恵子さん
日吉歯科の歯科衛生士のみなさん。右から3人目が白崎知恵子さん

「医療歯科界で日吉歯科を知らない人はいません」

東京にいたときから常に意識していた。日吉歯科主催のセミナーに参加したこともある。母親も通院してメンテナンスを受けていた。日吉歯科では「お口のなかの健康を維持することについて患者さんのモチベーションを上げるのが、難しくもやりがいのある仕事」と白崎さんは話す。

「むし歯や歯周病になった原因、どうすれば再発を防げるのか、なぜメンテナンスが必要なのか、治療前の初期段階で患者さんに理解していただかなければなりません。それがしっかりできないと、メンテナンスまで進めずに終わってしまい、痛くなったときだけ来院する従来のパターンに戻ってしまいます」(白崎さん)

白崎さんによれば「証拠となるレントゲン写真で患者さんの現状と健康な状態を比較する」ことが、モチベーションを上げるにはもっとも有効とのこと。

「歯周病の場合、歯を支える歯槽骨(しそうこつ)の位置が健康な状態より下がっています。元には戻せないけれど、毎日のケアを怠らずメンテナンスを続ければ現状を維持できる。それをしないと、さらに歯槽骨が下がって歯がグラグラになり、やがては入れ歯に頼らざるをえない──見た目でわかると、そう納得いただけることが多いです」(白崎さん)

歯科衛生士が患者と接する「診療室」にて。口腔ケアにまつわる予防医療に専念できる
歯科衛生士が患者と接する「診療室」にて。口腔ケアにまつわる予防医療に専念できる

自分の歯で一生を過ごすには、子どもの頃から口腔内の健康を保つことが第一歩。日吉歯科では小児歯科診療にも注力しており、熊谷さんの妻が小児・矯正を専門医として開院以来、熊谷さん自身も小児診療を担当している。小児期からメンテナンスを受けていれば、むし歯になった子どもが抱く歯医者への恐怖心、嫌悪感ははじめからない。だから「泣き叫んでいる子はいません。通院することが、歯の大事さを学ぶ、よい機会になっているようです」(白崎さん)。歯科医院としてはとても珍しい光景だ。

家族の「健康」を支えるのは、親子3代にわたるメンテナンス

酒田市で小学校教師を務める船越大樹さんは、未就学時から日吉歯科でメンテナンスを受けてきた。両親に連れられて通うようになり、今では一家7人全員が日吉歯科にかかりつけだ。「ここに来れば安心です。予防してむし歯にならない状況をつくってもらっていますから」と全幅の信頼を寄せている。

日吉歯科診療所に長年通っている船越大樹さん。熊谷さんに厚い信頼を寄せている
日吉歯科診療所に長年通っている船越大樹さん。熊谷さんに厚い信頼を寄せている

船越さんは大学時代から8年間、東京で生活していた。そのブランクの間に「正直いうとむし歯になってしまいました」と明かす。定期的にメンテナンスを受けていないと予防意識が薄れてしまい、ふだんのケアも怠りがちになる証だろう。「酒田に帰って来たとき、熊谷先生には残念がられました」と笑う。

そんな経験があるだけに、かえってメンテナンスの大切さを実感した。「なので2人の子どもは0歳の頃から日吉歯科でお世話になっています。まったく嫌がりません。上の子は4歳ですが、自分で歯を磨き、デンタルフロスをします。それを見て下の子も真似ようとする。そんな習慣がついたのはありがたいですね」(船越さん)

口腔ケアは0歳児から欠かせないものだが、特に子どもの口内環境は3歳くらいまでに決まる。親が使った箸で子どもに食べものを与えてはいけないのは、むし歯の原因菌がうつってしまうからだ。「そう教えられたので今でも絶対にやりません」と船越さん。その甲斐あってか、今年幼稚園に入った長男は一度も風邪で休んだことがない。

「自分もここ数年、風邪を引いての欠勤はありません。熊谷先生がおっしゃるように口内環境をきれいにしておくと病気の予防にもなるのかもしれませんね。いろいろな面で健康を支えられている気がします」

長期的には、医療費の抑制にも貢献

日本の健康保険制度は疾病給付が原則である。何も疾患がない段階での“予防”には基本的に、保険は効かない。しかし多くの歯科医では、むし歯や歯周病の疑いがあるとして、定期的なクリーニングに保険を適用している。ただし、保険治療では患者の人数をこなすほど医院側の利益につながるとされ、患者は均一的で簡易な、短時間の処置に留まらざるを得ない。

日吉歯科では、通常の治療は「保険内」で行うが、徹底した検査に基づき、個別のリスクに応じ時間をかけてメンテナンスするには自由診療となり、当然、患者の自己負担が大きくなる。成人で1回1万円程度となれば、年2〜4回の通院は、一見コストも高く感じてしまう。しかし高齢になって入れ歯やインプラントに巨額を費やすよりは、予防医療に投資したほうが、生涯にわたって自分の歯でおいしく食べられ、健康寿命も延ばすことができ、長い目で見たメリットは大きい。スポーツジムやマッサージで健康を維持するのと同じと考えればよいのかもしれない。疾病予防への投資は、増大し続ける医療費を抑制するなど、社会的価値も高い。

日吉歯科では、検査に基づいた診療計画で患者の口腔内を生涯にわたって見守り、疾患の発症・再発を予防する“オーラル・フィジシャン”を育成すべく、定期的にセミナーを開催し、実践してきたノウハウとデータに基づく研修プログラムを提供している。これまで全国から約600診療所の歯科医や歯科衛生士が受講。1診療所あたり平均5人程度で参加することが多いらしく、約3,000人が受講した計算となる。予防歯科を提供する医院も、少しずつ拡がりを見せはじめている。

日吉歯科・理事長の熊谷さんが“歯科界の本来あるべき姿”として先陣を切って取り組む予防重視の歯科医療は、行政や企業へも波及効果を及ぼしはじめ、大きな社会的うねりになろうとしている。個人の健康を考えるうえでも、また社会的な側面においても、持続的な価値を有する「予防医療」は、数年後、いまよりもさらに市民権を得た概念として広がっているのかもしれない。

従来の「治療」の多くが一過性の対処療法であったとすれば、予防医療は、将来を見据えた、より中長期的な視点を生活者自身にもたらすきっかけとなる一手法なのかもしれない。では、予防医療をいち早く導入した企業や、まちにはどのような変化があったのだろうか。その社会的インパクトや可能性については、近日中にあしたラボで取り上げる予定だ。

日吉歯科診療所

「予防医療」があなたの生涯を変える ──メンテナンス重視の医療に取り組む日吉歯科診療所(前編)


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