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高齢社会のQOLを向上させるカギは「地域内多職種連携」──新宿食支援研究会による「食支援」(前編)

2017年01月20日



高齢社会のQOLを向上させるカギは「地域内多職種連携」──新宿食支援研究会による「食支援」(前編) | あしたのコミュニティーラボ
超高齢化社会と言われ、高齢者の平均寿命も男性80.79歳、女性87.05歳(2015年・厚生労働省発表)と伸び続けている。高齢者のQOL向上は喫緊の課題だが、「地域」はどんな切り口からこの課題解決に挑めばよいのだろうか。そのヒントになり得るのが「食支援」というキーワードだ。大都会東京・新宿区で歯科診療所を営む五島朋幸さんは、2009年「最期まで口から食べられる街、新宿」をモットーに、「新宿食支援研究会」を立ち上げ、そのネットワークは年々拡大している。医療・介護従事者が集まる多職種連携のグループは、地域にどんな価値をもたらすのか。前後編でお伝えする。

新宿の食の課題は「人」で見つける──新宿食支援研究会による「食支援」(後編)

歯科医師が地域で訪問診療をはじめた理由

歯科医師・五島朋幸さんが営む「ふれあい歯科ごとう」は、新宿駅のとなり、大久保駅から歩いて10数分の場所にある。外来診療は月〜土曜の午前中。火曜・木曜の18時〜20時、土曜の15〜17時のみ午後の外来も受け付けているが、五島さんは外来診療以外のほとんどの時間を「訪問歯科診療」に充てている。

訪問歯科診療を開始したのは今から20年ほど前のこと。広島出身の五島さんは、日本歯科大学入学とともに上京。文京区にある学生寮で暮らした後、今の診療所のほど近くにある新宿区戸山町地域(高田馬場駅の最寄りで、新宿区のちょうど中央に位置する地域)へ移り住んだ。

大学卒業後、大学病院に勤務していた五島さんは、ある日、テレビのドキュメンタリー番組を見ていた。同じ新宿区で寝たきり高齢者の訪問診療に取り組む内科医の活動を追った記録だった。その医師の戸山町で活動する姿も映し出された。

新宿食支援研究会 代表/ふれあい歯科ごとう 代表 五島朋幸さん
新宿食支援研究会 代表/ふれあい歯科ごとう 代表 五島朋幸さん

「それまで僕はまちで元気に活動している主婦やお子さんの姿ばかりを見ていたので、戸山町は“若くて元気なまち”なんだと思い込んでいたんです。自分の目に映らないところに、そうした寝たきり高齢者がいることをそのときはじめて実感しました」(五島さん)

テレビのドキュメンタリー番組を見て1カ月後、その内科医と出会う機会があった。そして一言、「在宅医療の現場に歯医者さんがいないんです、先生ぜひやってください」──。最初は戸惑ったが数日内科医の訪問に同行してみた。しかし、どこの現場でも歯科のニーズはまったくなかった。「寝たきり状態」でいる人は全員入れ歯を外され、食べられるものだけ食べる、食べられなければミキサーにして飲む、ダメだったら点滴、鼻からチューブ……、ダメなら死んでしまうという世界だった。

五島さんいわく、当時、何かの重篤な病気にかかって入院した高齢者の場合、病院側は誤飲防止や入れ歯のケア等を配慮し、入れ歯を外した状態で入院生活を送ることが多かったという。外したままの入れ歯は次第に患者の口に合わなくなり、退院後も入れ歯で食事する機会を減らしてしまう。噛んで食べる機会を奪われた高齢者の口腔環境は悪化の一途をたどり、やがて口から食べることを諦める高齢者も多い。

「私は歯科医療のなかでも義歯を専門としていました。そうした悪循環を食い止め、高齢者や障害を持つ人たちが再び口から食べられるようにするためには、訪問歯科診療は有効であると考えたのです」(五島さん)

自発的に食べる喜びを感じるために

自宅で介護を受ける高齢者のなかには、食べ物が飲み込めない「摂食嚥下(えんげ)障害」に悩む人も多い。口から食べたものが誤って気管内に入ってしまう「誤嚥(ごえん)」が誤嚥性肺炎を引き起こすケースもある。

進行具合によっては胃ろう造設(胃に直接栄養を送り込む治療法)を余儀なくされることもあるのだが、なかには、適切な口腔ケアさえ施せば、再び口から食べられるようになる患者も多いという。

1997年から本格的に訪問診療をはじめると、患者・家族の反応はすこぶるよかった。「2週間に1度でも先生が来て、口から食べられるようにしてくれることが、主人にとって生きる喜びになっている」──。摂食嚥下障害の旦那さんを持つ家族からは、そんな声を聞かされることもあった。

しかし五島さんはそこに、小さな違和感をもったという。

「歯科医師である僕が訪問診療に行けば、患者さんはたしかにそのときだけ口からものを食べられるようになります。でも僕が行かなければ食べられないまま。これでは何も意味がありません。もっと生活に落とし込むレベルにまでしていくことを考えたとき、この課題には僕のような歯科医師だけでなく、『多職種』で取り組む必要があると思ったんです」(五島さん)

こうして各職種のプロが集まり2009年6月に発足したのが「新宿食支援研究会」(以下、新食研)だ。新食研では現在20のワーキンググループ(WG)が活動しており、基本的にはこのWGを活動の軸として食支援に取り組んでいる。メンバーのなかには複数のWGを掛け持ちしている人も多い。

新宿食支援研究会ワーキンググループ「ハッピーリーブス」メンバーのみなさん
新宿食支援研究会ワーキンググループ「ハッピーリーブス」メンバーのみなさん

WGのなかで最初に設立されたのが、2010年4月発足の地域食支援グループ「ハッピーリーブス」。ここには現在、フリーランスとして活動している歯科の予防処置や保健指導を行う歯科衛生士(5名)、栄養評価や食環境整備を行う管理栄養士(4名)、ケガや病気などで身体に障害を持つ方に対して運動療法や物理療法を行う理学療法士(2名)が在籍している。

3職種のメンバーはそれぞれどのような連携のもと、訪問診療をしているのか。それぞれに話を伺った。

食支援専門職連携によるワーキンググループの強みは「生活全体を見られること」

介護認定を受けた要介護者は、介護保険制度のなかの「居宅療養管理指導」という在宅訪問サービスを受けることができる。サービスを受けるには、(1)利用者や介護家族によるケアマネージャーへの相談、(2)医師や歯科医師の訪問診療、(3)医師や歯科医師の診断に応じて、医師・歯科医師・薬剤師・歯科衛生士・管理栄養士・看護師などによって療養生活を送る上での指導・助言を受けられるようになる。

ハッピーリーブスに在籍する歯科衛生士・管理栄養士も、基本的にはこの「居宅療養管理指導」の枠組みのなかで訪問口腔ケアや訪問栄養指導を行っている。プロフェッショナル同士がグループ化していれば日頃の情報共有が図りやすく、かつ、事例検討会などで利用者の相談をすることができたり、ときにお互いの訪問時に別の職種が利用者のもとに同行することもできるという。

「歯科衛生士というと歯周病やむし歯といった病気の予防処置をイメージされると思うのですが、高齢者・障害者への訪問口腔ケアにおいては、誤嚥性肺炎予防のための口腔衛生を守ることはもちろん、QOL向上の観点から『口から食べられるように』『表情(笑顔)をつくれるように』『会話が楽しめるように』という口腔機能の部分もサポートします」

そう話すのは、ハッピーリーブス代表も務める歯科衛生士・篠原弓月さん(写真)。

篠原さん

「利用者さんの口がきれいになり食べられるようになることは、家族にも、目に見える大きな改善であり喜びです。ときにお看取りまで関わらせていただくことがありますが、人生の最期をきれいな口で迎えられたことで、残されたご家族に介護の達成感を感じていただけたケースもあります。」(篠原さん)

同じくハッピーリーブスに所属する管理栄養士・安田淑子さんは次のように話す。

「私たち管理栄養士は、糖尿病など治療食や摂食嚥下機能にあった嚥下調整食をどうやって生活のなかに落とし込むかをプランニングします。たとえば摂食嚥下障害のある患者さんが食べるペースト食も『さらっとしたもの』『どろっとしたもの』『つるっとしたもの』と、その患者さんによって食べられるものは限られる。料理が得意な家族であれば、手作りのペースト食をつくることができますが、そうではない場合は、市販の介護食を利用する。私たち栄養士は、栄養摂取の観点だけではなく、患者さんの食事環境を含めた食生活全般を支えているんです」(安田さん)

管理栄養士の安田淑子さんは、デイサービスで管理栄養士として働いている時に、施設内のみのアプローチに限界を感じ、在宅食支援の必要性を感じたという
管理栄養士の安田淑子さんは、デイサービスで管理栄養士として働いている時に、施設内のみのアプローチに限界を感じ、在宅食支援の必要性を感じたという

では「居宅療養管理指導」とは異なる枠組みのなかで訪問リハビリテーションを行っている理学療法士の場合はどうか。

そもそも理学療法士はリハビリの専門家。たとえば、高齢になってからだの機能が低下するとどうしても背中が丸くなっていき、食事のときに前傾姿勢をとることが誤嚥を引き起こす場合もあるというが、その点ハッピーリーブスでは、篠原さんや安田さんらの訪問時、姿勢が悪い高齢者が見つかることで理学療法士に相談や、橋渡しができる。

「多職種連携があることで、患者さんの姿勢を写真で見た理学療法士が現場に赴くということもできるようになります」(理学療法士・越後雅史さん)

理学療法士の越後雅史さんは「全身を見て食事をしやすくする支援」がしたいとハッピーリーブスに参加している
理学療法士の越後雅史さんは「全身を見て食事をしやすくする支援」がしたいとハッピーリーブスに参加している

越後さんが新食研に関わるようになったのは、新食研で定期的に開催されていた勉強会の講師として招かれたことから。

「介護に関わるあらゆる職種のなかでも、理学療法士はこれまで“食事”から最も離れた存在でした。すなわち姿勢・骨格が食事に与える影響までは考えられていなかった。どういう姿勢をとれば食事しやすくなるのか、姿勢の大切さには気づいているものの、姿勢の具体的な直し方がわからなかったという現実のなか、そんなことを五島先生に話しているうちに新食研へ誘われました」

篠原さん・安田さんもそれぞれ過去に介護現場で課題を感じ、自発的に新食研に参加している。

「私たち1人ひとりはフリーランスに過ぎず、既存の枠組みのなかだけでは他の職種と一緒になる機会はなかなかありません。けれども新宿食支援研究会やハッピーリーブスのような食支援の目的のもと多職種が連携していることで、利用者の生活全般を鑑みた視点で、適切な指導を施すことができます」(篠原さん)

五島さんのような歯科医師のほか、歯科衛生士、管理栄養士、言語聴覚士、理学療法士、作業療法士、ケアマネージャー、ホームヘルパー……など、新食研には実に24職種・121名(2016年11月現在)のメンバーが参画。各自が職種を超えた連携を図り、地域の「食支援」の担い手になっている。

地域住民の「食」を多職種連携で支援する「新宿食支援研究会」。121名の専門家たちは、どのように支援の輪を広げ、地域で密接にかかわっているのだろうか。後編では、発足の経緯も併せ、そのしくみづくりにフォーカスする。

新宿の食の課題は「人」で見つける──新宿食支援研究会による「食支援」(後編)へ続く


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