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歯から、予防医療の先進地域へ ──山形県酒田市、健康長寿社会への挑戦

2017年02月08日



歯から、予防医療の先進地域へ ──山形県酒田市、健康長寿社会への挑戦 | あしたのコミュニティーラボ
前回、山形県酒田市で進む「予防歯科」の最前線を通じて、予防医療が持つ価値に着目した。日吉歯科診療所が予防歯科に取り組みはじめて35年以上。市民に拡がるにつれて、地元・酒田市ではどのような変化が起こりつつあるのだろうか。今回は、酒田市長と、地元企業を訪問し、予防医療と共生する地域・企業の可能性を探った。

予防歯科を市民全体に拡げたい

まず訪問したのは、酒田市役所。酒田市長の丸山至さんが、市の医療・福祉領域の状況を説明してくれた。

現在の酒田市における医療・健康全般の課題は、胃がんによる死亡率が高いこと。がんは早期発見が早期治療につながる。そこで2004年から、41歳以上の国民健康保険加入者に対し節目検診(5歳刻み)の無料クーポン券を発行し、受診を促している。胃がんの原因の1つとされるピロリ菌の検査も3年前から節目検診に導入した。今では胃がん検診の受診率は32%と県平均を上回っているという。「医師会、検診事業を担うやまがた健康推進機構、各診療所など関係機関と行政が一致協力できたことも大きい」と、受診率が伸びた背景を語る。

酒田市長の丸山至さん。酒田市役所勤務、同市副市長を経て、2015年9月より現職
酒田市長の丸山至さん。酒田市役所勤務、同市副市長を経て、2015年9月より現職

歯科に関しては、予防医療に力を入れる日吉歯科診療所の熊谷崇さんが学校医として地域に尽力してきた。

「熊谷先生が学校医を務めた小学校がむし歯ゼロで全国表彰を受けたことがあります」と丸山市長。「うちの子も熊谷先生のお世話になり、定期的にメンテナンスに通って歯磨きもきちんとしています。歯に対するケアが子どものころから生活習慣になっている。本来そのことが大切なんですね」。

保健衛生への貢献、セミナーなどで予防歯科の価値を全国発信している長年の功績に対し2015年、酒田市は熊谷さんに「酒田市功労表彰」を贈呈した。丸山市長は「さらに、市民全体を抱合した予防歯科の観点で熊谷先生のノウハウを拡げていきたい。そのためには公益的な組織の歯科医師会、地元の歯科医のみなさんを巻き込んだ事業展開に行政も取り組まなければなりません」と話している。

日吉歯科診療所の取り組みには、行政からも熱いまなざしが送られている
日吉歯科診療所の取り組みには、行政からも熱いまなざしが送られている

さらに、2016年から酒田市では「障がい児の歯と口腔の健康づくり推進事業」に着手した。これは、「障がいをもったお子さんが口腔内に問題を抱えると、健常な子ども以上に影響が大きくなるため、そうした子どもたちには予防的な対応を手厚くする必要がある」との提案を、熊谷さんから受けたことがきっかけだったという。歯科医師会の協力を得て、歯科検診、フッ素塗布、予防歯科グッズの提供などを実施しているそうだ。

「健康で長生きすることほど、幸せなことはない」

予防歯科が重要なのは、口腔の健康保持に留まらないからでもある。むし歯や歯周病の原因菌が心臓病や糖尿病などの臓器疾患にも影響を及ぼすことが近年の研究で明らかになってきた。「予防歯科が万病の予防につながることを知っていただきたい」と、丸山市長は啓発活動に注力する方針だ。2016年には「歯と口腔の健康づくり推進条例」を制定した。

「“医療費がかさんで大変だから”ではなく、“健康で長生きすることほど自分と家族にとって幸せなことはない”という健康寿命の価値観が、市民意識として広まってほしいと思っています」(丸山市長)

そのための課題として、丸山市長は「保健師体制の強化」を挙げる。

「保健師は予防接種や乳幼児健診の補助などで市民に接しています。これからは、健康寿命に関する啓発を住民1人ひとりにきめ細かく提供するのも大切です。医師会、歯科医師会とともに取り組めば、いっそう信頼性が高まるでしょう」(丸山市長)

このような市民との接点においても、すでに予防歯科の推奨が行われている。市の保健指導を取りまとめる酒田市健康福祉部健康指導主幹の佐藤孝(こう)さんは、次のように語る。

「妊娠期から3歳児健診まで、予防歯科には特に力を入れています。たとえば、健診の場では、歯科衛生士さんから1人ひとりに指導していただくようにしています。むし歯菌をうつさないために、生後3カ月ほどの歯が生えていない時期から『スプーンの口移しでは食べさせない』とか。さらに、生後9カ月の健康相談からは、かかりつけの歯医者さんを持つことをお勧めしているところです」

しかし、行政が直接健診でアプローチできるのは国保の加入者がメインとなる。今後は、企業の被保険者に対しても「行政の働きかけが必要」だと丸山市長は考える。

「中小企業の従業員が多く加入している“協会けんぽ”(健康保険)、国保の事業者である市、単独で健保組合を設立している大企業の福利厚生組織、医師会、歯科医師会が一同に会するプラットフォームが求められます。健康事業の課題を率直に議論できるような場をつくりたいですね」(丸山市長)

酒田市は2017年4月に「中町にぎわい健康プラザ」をオープンする。閉店したパチンコ店をリノベーションし、トレーニングマシンやエクササイズのスタジオなどを設けた市営の運動施設だ。市民は、1回300円という安価な料金で利用できる。「目的は、中心市街地の活性化と市民の健康増進を同時に達成すること」と話すのは、酒田市健康福祉部健康課長の菊池裕基さん。

酒田市健康福祉部健康指導主幹の佐藤孝(こう)さん(左)と、同健康課長の菊池裕基さん
酒田市健康福祉部健康指導主幹の佐藤孝(こう)さん(左)と、同健康課長の菊池裕基さん

「市民アンケートでも、“気軽に運動できる施設が欲しい”との声が多くありました。酒田は特に冬場、日本海からの冷たい強風が厳しく、雪が積もるので戸外を歩くこともままなりません。そこでウォーキングコースも施設内に設けることにしました」(菊池さん)

「ゆくゆくはこの施設を活用して、保健師と市民のみなさんが触れ合えれば」と丸山市長は望んでいる。

「市民との接点づくり、きめ細かいコミュニケーションを図りながら、予防医療の意識を高めていきたい」と展望を話す丸山至市長
「市民との接点づくり、きめ細かいコミュニケーションを図りながら、予防医療の意識を高めていきたい」と展望を話す丸山至市長

「保健師が、健康のことを気軽に相談できる“まちのお姉さん”のような存在になれば、おのずと健康意識も高まると思うのです。週末の夜などは遅い時間まで開けて、若い人たちも集える場にしたいですね」

家族にも適用される、メンテナンス費用補助制度

歯科のメンテナンスは予防医療なので、疾病給付を原則とする健康保険は適用外となる。むし歯や歯周病の疑いがあるとして、簡易で均一な歯石除去に保険を適用する歯科医は多い。しかし、日吉歯科のように徹底した検査を行い、個別のリスクに応じたメンテナンスプログラムを提供するには、自由診療で患者の自己負担でなければならない。それだけに、「健康寿命の延伸に自己投資しよう」という啓発活動が期待されるが、成人で1回の診療に5,000円〜1万円程度かかるとなると、二の足を踏む人も多い。

そこで期待が寄せられているのが、企業の後押しだ。いま、福利厚生の一環として、社員の健康増進のために歯科メンテナンス費用を補助する企業が、地元でも現れつつある。なかでも、丸山市長が「リーディングケースとしてアピールできる」と称揚するのが、酒田市に本社を置く株式会社平田牧場の取り組み。同社は、安全・安心な豚肉の生産から販売まで一貫して手がけ、東北や東京などにとんかつ・しゃぶしゃぶの直営店や物販店を展開している。

平田牧場代表取締役社長の新田嘉七さんは、日吉歯科との出会いをこう振り返る。

「私自身、歯の治療が必要になって、いろいろな歯医者を渡り歩いた結果、治療した歯が知覚過敏になってしまった。子どもたちはすでに熊谷先生にお世話になっていたのですが、こうなったら私も行くしかない、と。でも、痛くならないと行かないのが歯医者、という固定観念があったのでまったく別世界でしたね。死ぬまでメンテナンスは大事なんだ、と目を見開かされた思いです。当時は40代後半でしたが、これからでも遅くない、と定期的に通うことにしました」(新田社長)

平田牧場代表取締役社長の新田嘉七さん
平田牧場代表取締役社長の新田嘉七さん

そんな新田社長が社員の歯科メンテナンス費用補助に踏み切ったのは2015年5月のこと。「企業としてごく自然の流れ」だった。

「添加物を使わない、良質でおいしいものを食べてお客様に健康になっていただきたい。そんな願いで食品を提供しているわけですから、社員も健康であってほしいのは当然のことです」(新田社長)

社員1人あたり、年間最大1万5,000円が補助される。日吉歯科では成人メンテナンスのメニューが1万円と5,000円の2通りあるので、それぞれ1度ずつ受診が可能になる計算だ。勤務時間中の通院も可能、さらに補助は社員の家族にも適用される(子どもは1万円もしくは6,000円。それぞれ、子どものメンテナンス費用の2回分に相当)。

受診した社員は、日吉歯科の受診証明書と領収証を会社に提出すればよい。日吉歯科診療所がある庄内地方と東京・汐留(熊谷さんの長男・直大さんを所長として2016年に開業)以外の地域については、日吉歯科が主催するセミナーに参加して予防歯科を実践している全国の歯科医を、熊谷さんが推薦しているのだという。

対象となるフルタイム勤務の従業員約400名のうち、まだこの補助制度を利用した社員は少ないが、家族を含めると数十人程度まで膨らむ。平田牧場では、誕生月を迎えた社員に検査とメンテナンスを促したり、社内に熊谷さんを招き、社員向けの講演会をたびたび開いたりするなど、啓発活動に努めている。

「社員の健康診断に日吉歯科さんで実施している唾液検査などを取り入れると、これからさらに意識が高まるかもしれない。社員全員にメンテナンスを受けてほしいと、本気で思っています」(新田社長)。

補助制度を担当する、マネジメント本部経理・総務・人事サブマネージャーの竹内健さんは、40代で1本の歯がインプラントになった。「今までは“削っては埋め”の場当たり治療で銀歯だらけの恥ずかしい状態。日吉歯科さんに通ったら、歯石などをすべて除去し口のなかを清潔にしてからやっと治療に入りました。これまでの自分の常識とはまったく違っていて新鮮でした」と話している。

平田牧場の竹内健さん
平田牧場の竹内健さん

酒田市周辺の企業では平田牧場の他にも、清酒「上喜元」蔵元の酒田酒造株式会社、冷暖房設備工事のサーモテクノ株式会社、ホテルリッチ&ガーデン酒田などが、費用補助制度を導入している。また、次世代バイオ素材を開発するSpiber株式会社、地域主導の街づくりを手がけるYAMAGATA DESIGN株式会社といった起業間もない新進企業では、就業時間中でも社員が自由にメンテナンスに行くことができるサポートを行っているそうだ。

熊谷さんは地元経営者を対象としたセミナーなどで、歯科メンテナンスが社員の健康増進に寄与することを説いており、次第に関心を持つ企業が増えつつある。酒田を中心とする庄内地方は、歯科メンテナンスの啓発を入口にして、“予防医療先進地域”への道を歩もうとしているようだ。

熊谷さんが実践し、拡げようとしている予防歯科のコンセプトには、地域や企業の後押しが不可欠だ。いまでは、このコンセプトに大企業も呼応しはじめている。続く企業編<近日公開予定>では、各々のコア・コンピタンスで予防歯科の普及に貢献し、新たな社会的価値を生み出そうとする企業のチャレンジを追う。

【関連リンク】
歯からQOL向上を目指す予防歯科プロジェクト


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