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なぜ、企業が「歯」をサポートするのか? ──大企業も舵を切る、予防医療と健康長寿社会への挑戦

2017年03月24日



なぜ、企業が「歯」をサポートするのか? ──大企業も舵を切る、予防医療と健康長寿社会への挑戦 | あしたのコミュニティーラボ
これまであしたラボでは、山形県酒田市を中心とする「予防歯科」を例に、予防医療が持つ価値に着目してきた。前回の事例では、日吉歯科診療所の地元・酒田市での拡がりを紹介したが、日吉歯科・熊谷医師らの啓発により、いまや大企業も後を追いつつある。なぜ、いま企業が“予防医療”なのだろうか? また、どんなアプローチを進めているのだろうか。大企業2社の例から、さらなる社会的な拡がりの可能性を考えていく。(TOP画像提供:全日空商事株式会社)

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安全で高い効果のある除菌・消臭剤で予防歯科を支援

ANAグループの商社部門として、機内をはじめ移動中の航空動線でユーザーが快適に過ごすための多様な商品やサービスを提供している全日空商事。ANAグループの行動指針「あんしん、あったか、あかるく元気!」をベースに、五感に優しい空間をつくりだすイノベーティブな商品を提案している。航空機を利用するユーザーが快適に過ごせるように、空間、睡眠、食事、運動といったウェルネス領域に関わる新規事業を開拓しているが、なかでも最近注目を集めている商品に、除菌・消臭剤の「A2Care」がある。

二酸化塩素をごく微量、精製水に配合。無色・無臭で高い安全性を保ちながら優れた除菌力と消臭効果を両立させることに成功した。菌やウイルスに対して、必要なときに必要なだけ反応をコントロールするので、香りで覆うタイプの従来の除菌・消臭剤と違い、ターゲットとなる臭いの原因に対してピンポイントで作用し、かつ金属や樹脂などの対物腐食や人体への悪影響も比較的少ない。一般消費者向けにも、スプレータイプとゲルタイプが販売されている商品だ。

このA2Careが、日吉歯科理事長の熊谷崇さんの目に止まった。その経緯を、全日空商事執行役員で事業推進部長の荒牧豊さんが振り返る。

「熊谷先生が定期的に開催している、歯科医と歯科衛生士を対象にした予防歯科のセミナーがあり、そこに我々が混じって1日講義をお聞きする機会がありました。熊谷先生の日本の歯科医療を変えようとするエネルギッシュな姿勢に非常に感銘を受け、ANAグループとしても何かお役に立てるのではないかという思いに駆られたのです。後日、A2Careのサンプルを持参し、ぜひ医院でもお使いくださいとご案内しました。」(荒牧さん)

全日空商事株式会社 執行役員 生活産業・メディアカンパニー 事業推進部長 荒牧豊さん(画像提供:全日空商事株式会社)
全日空商事株式会社 執行役員 生活産業・メディアカンパニー 事業推進部長 荒牧豊さん(画像提供:全日空商事株式会社)

日吉歯科では、器具の洗浄や空間の殺菌に格段の神経を遣う。診療室はすべて個室。これは、治療中に菌が飛び散って飛沫感染を防ぐためでもある。熊谷さんは、空間をA2Careで除菌・消臭できる噴霧装置「エアミスティ」の導入を決めた。

診療中の患者さんに快適に過ごしてもらうためには、五感に優しい空間づくりに加えて、患者さんと歯科衛生士のコミュニケーションも重要だ。熊谷さんは、CAのおもてなしのノウハウを歯科業界にも伝えてほしいとANAグループに期待を寄せている。

企業が社員や顧客に予防医療を啓発する意義とは

ANAグループは、2016年4月に「健康経営宣言」を発布した。従業員36,273名(2016年3月31日時点)の健康管理、疾病予防、メンタルヘルス、安全衛生活動を統括するCWO(Chief Wellness Officer=最高健康責任者)を任命したほか、グループ各社でもWellness Leaderを選出し、健康増進策の推進を目指している。

「お客さまの笑顔につながるサービスは、われわれ自身が自然に笑顔の出る健康な状態でなければ提供できません」と、荒牧さん。心身の健康維持は、接客業のプロとしてのたしなみであることを強調する。

予防歯科は健康経営の要素の1つとしての可能性を秘めている。2016年11月には熊谷さんを汐留のANA本社に招いて、社員対象に予防歯科啓発セミナーを開催し、福利厚生を担当する幹部と意見交換の場を設けた。2017年4月以降には、福利厚生制度を活用した予防歯科メンテナンスの費用補助を開始するべく、準備中だという。

まずは社員に、予防歯科をきっかけとしてヘルスケアの意識を高めてもらっている段階だが、将来的には顧客にも目を向けていく必要があると感じている。

「いずれ、ANAマイレージクラブ会員に向けて発信できれば、と考えています。全体の74%、約2179万人が30〜50代のビジネスパーソン。これらの方々の健康増進は、ある意味日本の経済力にも直結していくので、いろんな啓蒙活動をはじめるとともに、インセンティブを組み込むなどして、常に新しい予防医療に対する発信をしていきたい。将来的には、個人それぞれの健康状態に合わせたサービスを展開できればとも考えています。いま以上に、予防歯科医院の受け皿が増えてほしいですね」(荒牧さん)

社員や顧客に対して、予防医療を啓発する意義は何か。この問いに、荒牧さんはこう語った。

「80歳を過ぎても自分の歯でおいしく食べ、よく寝て、よく運動し、元気に旅行ができる健康の秘訣を引き出すことができれば、『豊かな社会の実現』につながるのではと考えています。また、そのノウハウを海外の国々に提供するなど、社会貢献をグローバルに拡げることもできるはずです」(荒牧さん)

ANAグループの健康経営と全日空商事のウェルネス事業の取り組みから示唆されるのは、健康寿命の延伸が企業のパフォーマンス向上にも寄与する可能性だ。

個人の医療・健康情報を一元管理するサービスモデル

一方、富士通株式会社では、予防医療をサポートするシステムの開発・運用に乗り出している。

同社ヘルスケアシステム事業本部の未来医療ビジネスセンターは、医療従事者を介した、個人の健康に資する最適なサービスモデルの提供をミッションとした部署だ。予防医療に着目するきっかけとなったのは、日吉歯科診療所理事長・熊谷崇さんからの1本の電話だった。

「治療だけではなく予防にも着目してほしい。うちの診療所では予防に力を入れています。研究に欠かせないデータも蓄積しているので、一度見に来てください」

実は、未来医療ビジネスセンターは2015年1月7日の新聞に、“個別化医療の実現に向けた先進医療機関との共同研究”をアピールする一面広告を掲載していた。それを見た熊谷さんが、富士通に要望の電話を入れたのだった。

同センターは、健康寿命の延伸を目指し、発症予防に関するサービス提供の共同研究もしている。だから、必ずしも治療に特化しているわけではなかった。だが、同センターのマネージャー・武久文之さんは、熊谷さんの要望に応えて酒田へ出向いた上司の「すごい歯科医に出会った」との話を聞き、渡された資料を見てピンと来た。

富士通・未来医療ビジネスセンターのマネージャー・武久文之さん(写真中央)。左は日吉歯科診療所理事長・熊谷崇さん
富士通・未来医療ビジネスセンターのマネージャー・武久文之さん(写真中央)。左は日吉歯科診療所理事長・熊谷崇さん

「未来医療ビジネスセンターでは、病院や行政の単位で分散管理されている個人の医療・健康情報を一元管理し、ライフステージを通じて情報提供する“パーソナル・ヘルス・レコード(PHR)”サービスの開発を目指しています。手はじめに、妊産婦の産前産後のケアをテーマにサービスモデルを模索していました。熊谷先生が取り組んでおられる予防歯科は、生涯にわたって個人の歯を追いかけることにほかならず、PHRサービスのもう1つの柱になると思ったのです」(武久さん)

日吉歯科には35年分、およそ3万人のカルテが保存されている。現在は、電子カルテシステムも稼働中だ。この情報をメンテナンス継続中の患者本人に還元すれば、予防意識も上がるのではないか。熊谷さんと武久さんはそう話し合った。

日吉歯科診療所には、3万人分のカルテが保管されている
日吉歯科診療所には、3万人分のカルテが保管されている

その後、SEとともに何度も酒田市の日吉歯科に足を運んだ結果、2016年4月に開発されたのが、既存の電子カルテから健康ファイルを作成して患者に提供できるツールだ。患者は、これを見れば口腔状態の改善履歴がわかり、健康が維持されているかどうかも一目瞭然となる。

検査結果がアドバイスとともにまとめられた電子手帳ツール。口腔内写真、レントゲン画像、歯周病検査、唾液検査、治療結果などを確認できる(提供:富士通株式会社 未来医療ビジネスセンター)
検査結果がアドバイスとともにまとめられた電子手帳ツール。口腔内写真、レントゲン画像、歯周病検査、唾液検査、治療結果などを確認できる(提供:富士通株式会社 未来医療ビジネスセンター)

予防歯科から、健康長寿社会を実現したい

今では、この電子ファイルをクラウドサービスに上げ、安全・安心なかたちで患者に届ける第2ステップの段階にさしかかっている。最終的に目指す姿は「予防歯科から取り組む健康長寿社会の実現」と武久さんは意気込む。

「治療とメンテナンスの経過観察の結果を、エビデンスデータとして正しく残すこと。それを、予防歯科に取り組む診療所間で、共有・分析できること。いつでもどこでも、患者個々の口腔状態に応じたベストな診断・治療・予防ができるように、ICTで下支えしたい。歯科医と患者だけの関係でなく、ヘルスケアに貢献する理念を持つ関連企業や研究機関とも連携して、プロジェクトを進めていくつもりです」(武久さん)

クラウドサービスによる情報共有は「歯科医療に革命を起こす」と、熊谷さんも大きな期待を寄せている。

日吉歯科診療所理事長の熊谷崇さん
日吉歯科診療所理事長の熊谷崇さん

「患者さん本人にとっても有益なだけでなく、歯科医にとっても大きなインパクトがあります。スマホでも簡単に自分の口腔内の画像を詳しく観察できるようになりますから、きちんとした治療やメンテナンスが施されているかどうかすぐわかります。いいかげんな処置はできなくなる。歯科医療の質の向上に寄与することは間違いありません」(熊谷さん)

富士通の事例は、自社のビジョンに沿うかたちで新たな事業機会を掘り起こしただけでなく、わたしたち生活者がこれまで潜在的に遠ざけられてきた“予防医療の機会創出”という社会課題 を解決しようとしている。クラウドサービスの普及に伴い、予防医療という選択肢は一般化し、今後ユーザーは住む場所に限らず自らのQOL(生活の質)を意識するようになるのかもしれない。

生涯にわたって、自分の歯で食べられる幸せを

熊谷さんの理念に賛同し「オーラルフィジシャン育成セミナー」に参加した診療所は約600か所。全国約6万8,000か所の歯科医のまだ一部だ。メンテナンスの段階から自由診療に切り替え、予防歯科を貫徹する診療所を増やすには「医師への働きかけが大事です。同時に、健康経営の観点から予防歯科の重要性を企業に認識いただくことも重要」と熊谷さんは呼びかける。

とくに企業は、社員自身(さらにはその家族)が生活者でもあることから、普及促進に向けてかかる期待も大きい。さらに、生活者との接点を持つ企業なら、新しい事業領域が拡がる可能性も秘めている。

日吉歯科で5歳以前から定期的にメンテナンスを受けた結果、20歳時に1本も虫歯のない(カリエスフリー)確率は80%以上(日本人の15歳〜19歳時のカリエスフリー率は36%)。20年以上メンテナンスを継続した人がその間に歯を失う本数は、平均0.9本に過ぎない。このように、正規の予防歯科プログラムを利用してメンテナンスを続ける人たちは、生涯にわたり自分の歯でおいしく食べられ、虫歯も歯周病もない健康な人生の幸せを噛みしめることができる。

そんな人たちを1人でも増やしたい──。その挑戦に多くの人が感銘を受け、自治体も企業も動き出した。予防歯科からはじまる健康長寿への取り組みは、社会的なうねりになろうとしている。

あしたラボでは2016年12月より、「歯からQOL向上を目指す予防歯科プロジェクト」をスタートしました。予防歯科普及に取り組む企業と歯科診療所の挑戦の様子を随時アップしていきますので、こちらもご注目ください。

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