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【イベントレポート】「予防」が社会を変える〜QOLを高める「予防歯科」の可能性〜

2017年05月09日



【イベントレポート】「予防」が社会を変える〜QOLを高める「予防歯科」の可能性〜 | あしたのコミュニティーラボ
あしたのコミュニティーラボでは、日本でまだ注目度の低い「予防歯科」を生活者が選択できる環境づくりのプロジェクト「歯からQOL向上を目指す予防歯科プロジェクト」を追いかけています。その一環として2017年3月19日、東京歯科大学血脇記念ホールで300名超が集まるイベントが開催されました。歯科関係者と企業が連携して予防歯科を推進する手立てを探り、また生活者目線から予防歯科に対する率直な疑問を投げかけた半日の様子をレポートします。

むし歯と歯周病は人類が美食を手に入れた代償──花田信弘さん

最初の基調講演は鶴見大学歯学部 教授の花田信弘さん。人類の食の歴史から、歯の重要性について講演しました。今の歯科医療の問題点は予防技術が提供されず、治療技術が重視され過ぎているところ、と花田さんは明快に口火を切りました。予防と治療のよいバランスが求められると続けます。

なぜ人間はむし歯や歯周病になるのでしょうか。すべての原因は人類が美味を追求して煮炊きをはじめた400万年前に遡る、と花田さんは指摘します。生で食物を摂取していた時代にむし歯や歯周病はありませんでした。しかし土器を発明して肉(タンパク質)から穀類(炭水化物)へ主要エネルギー源を変化させ、米や麦を煮炊きするようになると、低分子化したタンパク質やでんぷんを口腔内細菌が取り込んで繁殖し、むし歯や歯周病を引き起こします。

とはいえ、いったん手に入れたおいしい食べ物を人類は手放せませんでした。そこで生活習慣の改善と医療で対応する必要があります。生活習慣病の原因は持続的な慢性炎症。むし歯と歯周病もその1つであることが明らかになっています。歯面の細菌が歯肉の潰瘍から血管に入り込み、全身にばらまかれるのです。

鶴見大学 歯学部教授 花田信弘さん
鶴見大学 歯学部教授 花田信弘さん

生活習慣病の原因除去には、栄養・運動・休養・節酒・禁煙・歯の健康の6つが必要。歯の本数が減ると栄養不良になる証拠も出ており、健康の崩壊は1本のむし歯からといえます。対処療法ではなく発症させない予防歯科が重要となると花田さんは語ります。

講演内では、3年以内に糖尿病発症のリスクを医師から告げられた42歳の男性が、歯のメンテナンスと栄養指導によってリスク数値が改善した事例も紹介されました。少子化で若者の少ない時代、高齢者の自立と共助が求められます。それができるアクティブシニアを増やすためにも予防歯科は必須です。

また、花田さんは「2026年以降に生まれる子どもにう蝕 (*1)のない世界をつくる」という目標を掲げた国際連携プロジェクト「ACFF(The Alliance for a Cavity-Free Future)」を紹介しました。世界二十数カ国が加盟するこのプロジェクトに、日本はまだ参加していません。

歯の健康がもたらすさまざまな影響、そして、次世代に伝えることの重要性に気づくことが大事と、メッセージを伝えました。

*1:むし歯の治療によってできた凹型の歯の穴のこと。いったん削れてしまうと自力での再生ができない

リスクに応じたホームケアとメンテナンスの継続──熊谷崇さん

続いて日本における予防歯科のパイオニア、日吉歯科診療所 理事長の熊谷崇さんが登壇しました。生涯自分の歯で食べられる人を増やす。それを臨床医としての目標に掲げ、37年間、山形県酒田市民の口腔の健康に貢献してきた熊谷さんの挑戦については「あしたラボ」でも連続で紹介してきました。

日吉歯科診療所 理事長 熊谷崇さん
日吉歯科診療所 理事長 熊谷崇さん

平均喪失歯数が平均残存歯数を超える70〜80代を境目に日本人の健康寿命は短くなります。歯を失わずに済めば健康寿命も伸びるのです。むし歯と歯周病にかかりやすい人とかかりにくい人がおり、個人のリスクに応じたホームケアとメンテナンスの継続が必要。一律の予防法では効果がありません。

歯科医療のイノベーションには企業との連携が不可欠、と熊谷さんは主張します。予防は健康保険の適用外。企業は社員の予防歯科受診を助成することによって予防歯科の普及を促進できます。また、ICTを活用した患者と歯科医のデータ共有、エビデンス提供につながるクラウドサービスなどのような、公的保険に依存しない「健康寿命延伸産業」の育成も必要です。

最大の課題は受け皿。予防の正しい「メディカル・トリートメント・モデル」(以下、MTM)を提供できる予防歯科医の増強です(*2)。検査に基づいた診療計画を立案し、患者の口腔内を生涯にわたって見守ることで、疾患の発症・再発を予防する人材を育成しようと日吉歯科が主催している「オーラル・フィジシャン育成セミナー」の総受講医院数は686(2016年12月現在)。

予防歯科に特化する診療所が増えれば日本の歯科医療は「病気産業」から「健康産業」へとシフトできる、と熊谷さんは結びました。

*2:「メディカル・トリートメント・モデル」についてはこちらの記事を参照ください。

会場では、グラフィックレコーディングが行われ、リアルタイムで内容がまとめられていきました(イベント全体のグラフィックレコーディングは記事末をご覧ください)
会場では、グラフィックレコーディングが行われ、リアルタイムで内容がまとめられていきました(イベント全体のグラフィックレコーディングは記事末をご覧ください)

企業が取り組む「予防」を通じた健康価値の拡大──企業セッション

トークセッション1では「健康価値をどう広げられるか」をテーマに、「予防」や「健康増進」に取り組む企業の活動に焦点を当てました。モデレーターを務めたのは、ヘルスケア関連のコンサルティングやプロモーションを手がけ、「自発的に健康増進する社会モデル」をつくりたいと活動する株式会社メディシンク 代表取締役の八村大輔さんです。

モデレーターを務めた株式会社メディシンク 代表取締役 八村大輔さん
モデレーターを務めた株式会社メディシンク 代表取締役 八村大輔さん

パネリストとして登壇したのは次の4名。

ANAグループの健康経営にグループの商社として関わり、ウェルネスビジネスに取り組む全日空商事株式会社 執行役員の荒牧豊さん。ANAグループ3万6,000人の社員のうち1万2,000人は直に顧客と接する業務に携わっており、“おもてなし”のプロといえます。将来的には、ラウンジでの予防歯科をはじめとした啓蒙セミナーなど、航空動線全般を通じたウェルネスサービスを提供し、お客さまの健康増進に寄与したい、と荒牧さんは将来像を語りました。

ロート製薬株式会社で再生医療事業化プロジェクトに携わる服部亮さん。実はロート製薬の売上高の7割近くがスキンケア製品といいます。2013年から、それまで培った「細胞を扱う技術」と「無菌製剤技術」を礎に、細胞や組織を活用して難病を治療する再生医療の事業化に挑んでいます。また、病気の予防には医食同源の発想が重要なことから食関連事業にも参入しました。

株式会社湖池屋 ダイレクト・マーケティング部の青島健二さん。スナック菓子で知られる湖池屋は、乳酸菌配合のタブレット「LS1」でスポーツ選手への口腔ケアサポート活動を続けています。口腔内環境とスポーツのパフォーマンスの関連を示すエビデンスを提供したい、と青島さん。関東周辺の中学・高校の野球部で監督やコーチなど指導者への啓発活動を経て、チーム全体で口腔内環境の向上を目指す活動を提案しています。

富士通株式会社 ヘルスケア事業本部未来医療ビジネスセンターの武久文之さん。富士通グループの中で、社員約5万8000人を対象にした福利厚生制度に歯科メンテナンスを導入し、社員への福利厚生プログラムを展開するほか、ビジネスとして個人の医療情報を一元化し、その価値を医療従事者や患者に還元することで健康寿命を延伸したいと考え「パーソナル・ヘルス・レコード」の構築を目指しています。武久さんは、歯科医のみならず、ビジョンに賛同する企業とも業種の枠を超えて協業し、予防歯科医療の普及に本気で取り組みたいと話しました。

会場には300名超が集まり、熱気に包まれました
会場には300名超が集まり、熱気に包まれました

登壇者が参加したトークセッションでは、健康に過ごしており予防意識の低い人に対してアプローチする難しさについても話し合われました。ロート製薬の服部さんは「健康感度の高い育児中の母親から活動を伝えることで、よりしっかりメッセージを受け取ってくれるのではないか」と提案。全日空商事の荒牧さんは「きれいな歯によって、笑顔に磨きをかけた客室乗務員が、高い発信力を活かして口腔ケアの重要性を伝えられないか」と考えています。

自身の立場から、健康意識・予防意識を高めるための取り組みを発表した登壇者のみなさん
自身の立場から、健康意識・予防意識を高めるための取り組みを発表した登壇者のみなさん

「日本人の予防意識が低いのではなく、大切さを知らないだけ。手本となる人を増やして注目を集めるプラットフォームづくりが必要」とは、湖池屋の青島さんの指摘です。富士通の武久さんは「検査による根拠に基づいた個別のリスクを説明し、メンテナンスを担う歯科衛生士の“本気度”が伝わる診療所」を企業、社員、生活者が選ぶことで社会を変えたい、と話しました。

健康な口腔を維持し生活の質を高める自己投資──歯科医師セッション・MTM説明

続く2つ目のトークセッションでは、クレセル株式会社 の伊藤日出男さんをモデレーターに、予防歯科について知識のない“生活者代表”として選ばれた全日空商事株式会社の水野愛子さんから率直な質問が投げかけられました。

参加者の多くは歯科関係の方々。明日の診療に生かそうと、真剣にメモを取る姿が見受けられました
参加者の多くは歯科関係の方々。明日の診療に生かそうと、真剣にメモを取る姿が見受けられました

答えるのは、予防歯科のMTMを実践する東京都立川市のOPひるま歯科矯正歯科 院長の晝間康明さんと、東京都西東京市の医療法人ADCアップルデンタルセンター 院長の畑慎太郎さん。このセッションでは「一般歯科のトリートメントと予防歯科医院のトリートメントの違い」や「予防歯科医院を増やすには?」など、さまざまな疑問に、晝間さん、畑さんという現役の歯科医師が答えました。このときの質疑応答の一部は近日中にご紹介予定です。お楽しみに。

最後に、東京都杉並区の川勝歯科医院 歯科衛生士の李勝美さんが「口腔内を評価して改善する」MTMのプロセスを解説。また、一般的には歯科医師のアシスタントとみられがちな「歯科衛生士の役割」についても言及しました。

歯科衛生士は、MTMにおいて中心的な役割を担う存在です。講演では、歯を失う二大疾患である「むし歯」と「歯周病」など、口腔内のトラブルが起こる原因を知っている専門家である点と、MTMのプロセスでは、口腔内の状態把握の検査から正しいメンテナンスの仕方を伝え、予防歯科のプロセスを管理する役割であることが改めて紹介されました。(*3)

“むし歯や歯周病になったら”ではなく“むし歯や歯周病にならないために”歯医者へ行く。そうした習慣への自己投資が生活の質を高め、医療費削減と健康寿命の延伸という社会的な価値の増大にもつながる、可能性が感じられるイベントとなりました。

(*3)予防歯科体験プロセスについてはこちらの記事を参照ください

当日、各プログラムでグラフィックレコーディングが行われました。イラストを活用し、より分かりやすく紹介されています。

グラフィックレコーディング

グラフィックレコーディング

グラフィックレコーディング

グラフィックレコーディング

グラフィックレコーディング

グラフィックレコーディング

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