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世話してあげたくなるロボットが限界集落を救う!?――鹿児島県「共創のまち・肝付プロジェクト」(後編)

2017年06月07日



世話してあげたくなるロボットが限界集落を救う!?――鹿児島県「共創のまち・肝付プロジェクト」(後編) | あしたのコミュニティーラボ
作家、カレル・チャペックが戯曲「ロッサム万能ロボット会社」で、「ロボット」という造語を使ったのが、1920年のこと。それから間もなく100年の時が経とうとしている。空想から始まったロボットという概念も、この100年間で産業化が進み、産業用ロボットの誕生など世界の近代化を牽引してきたことは事実だ。
では、ロボットは労働力なのか?――そんな人類にとって長年のテーマも「共創のまち・肝付プロジェクト」では実証されている。2015年「共創のまち・肝付プロジェクト」のスタートとともに始まった、通称「キモPプロジェクト」だ。その企画運営協力に参画したのは、テクノロジー領域における「共創の場づくり」を行う株式会社たからのやま。鹿児島県肝付町の高齢者介護施設にやって来た感情認識ヒューマノイドロボット・Pepperと高齢者との交流から、どんなことが見えてきたのか。株式会社たからのやまの2人に、プロジェクトから見えた成果を伺った。(TOP写真提供:株式会社たからのやま)

過疎化の進む田舎町を日本の最先端にする方法――鹿児島県「共創のまち・肝付プロジェクト」(前編)

肝付町×Pepperを掛け合わせる実証実験がスタート

2015年7月、鹿児島県肝属郡肝付町の介護施設にPepperがやってきた。

平均年齢85歳の高齢者たちは、デイサービスでいつもやっているという、歌謡曲「ズンドコ節」に合わせたダンスをPepperと一緒に楽しんだ。その後Pepperは「ぼく、上手に踊れましたか?」とお年寄りに話しかけ、ほかにも写真を撮影してあげるなど、交流が図られた。

「ありがとう、楽しかった。また来てね!」。別れの際になると、施設のお年寄りはPepperをまるで自分の孫のようにして親しむ姿が見られたという。

2015年7月の「共創のまち」宣言とともにスタートしたのが、この「暮らしのロボット共創プロジェクト」、通称・キモPプロジェクトだ。

キモは「肝付町」、Pは「Pepper」を意味する。プロジェクトスタートの約1年前に日本国内でPepperがお披露目され、2015年2月には開発者向けの初回生産300台が販売開始。このとき、一般向け1,000台が販売開始(6月20日)されたばかりの頃だった。

Pepperの有効な使い方が開発者の間で大きな関心事になるなか、7月の肝付町訪問の後、8月27日に開発者向けのキックオフアイデアソンが東京で開催された。そのときの募集要項には次のような文面が綴られている。

「生活の中で人々を幸せにするロボットのあり方を、過疎地域の高齢者(鹿児島県肝付町)と、アルデバラン・アトリエ(東京 秋葉原)を繋いで探っていくプロジェクトを立ち上げます。Pepperが福祉介護の世界、過疎地域の少子高齢化の世界でどんな幸せをもたらせるのか? 暮らしとロボットを題材に3カ月ほどワイワイやりとりする活動です。作ったものは鹿児島に持って行って高齢者が検証します」

募集に対し約100名のアプリ開発者から応募が集まり、参加者はチームに分かれてPepperアプリを開発。結果的に肝付町の介護施設で、3チームによるアプリ実証実験を実施した。

テクノロジーを市民のものへ――肝付町役場の思い

肝付町役場とともにこのプロジェクトの陣頭指揮をとったのは、株式会社たからのやま。同社は東京、徳島を拠点に全国各地でITを活用した製品開発支援や、地域住民のIT活用支援を行う企業だ。たからのやま代表取締役の奥田浩美さんは、次のように話す。

「もともと鹿児島にいる私の両親が老老介護を余儀なくされたのが、たからのやま設立のきっかけです。母親にiPadを渡したり、LINEスタンプを自作して使ってもらったり、東京という離れた場所から親の介護を支えてきたのですが、それって人からみたら『奥田さんだからできること』だと思われていたようで……。ならば、これを誰にでもできるようなところにまで高めてみたいと考え、過疎地で高齢者向けのiPad講座なんかをやるようになりました」

たからのやま 代表取締役の奥田浩美さん
たからのやま 代表取締役の奥田浩美さん

奥田さんはもともとインド国立ボンベイ大学(現・ムンバイ大学)の大学院で社会福祉課程を修了。ここで医療ソーシャルワーカー(MSW)を取得した。その後、国際会議の企画運営会社を経て1991年にはIT に特化したコンベンション事業を起業。著名なITカンファレンスや大手主催企業のプライベートショーで事務局を務めた。さらに2001年に設立した株式会社ウィズグループでも、IT分野のカンファレンスやプライベートショーのプロデュースを行っている。

2012年、同社取締役である本田正浩さんとともに、ITで地域活性をめざすメディア「finder」を立ち上げ、2013年に同社を設立。その後たからのやまは徳島県美波町を拠点に「ITふれあいカフェ」をオープンし、定期的に地域の高齢者へスマホやタブレットを無料で教えている。

そうした草の根的活動を継続していた折、肝付町役場の中窪悟さんから声を掛けられた。

「住民が主体になって、まちの課題を解決していきたい――。テクノロジーをシビック(市民)のものにしたいと声をかけてきた、最初の自治体でした」(奥田さん)

2014年10月1日には、ITふれあいカフェ・2つ目の拠点となる「ITふれあいカフェ肝付」をオープンした。その頃には、中窪さん、能勢さんら肝付町役場との交流も深まっていた。そして「肝付町×ITの施策を考えていくのにも、やはりiPadだけでは限界があった」と奥田さん。ITがもっとおもしろいもの、利用価値が高いものだとわかってもらうために――「視覚的にわかってもらい、みんなが動き出すようにするにはロボットが最適だと考えたんです」。

Pepper×高齢者から見えたロボット開発の未来

こうして始まったのが、キモPプロジェクトだった。一連のプロジェクトを併走してきた同社取締役・本田正浩さんは、次のように話す。

「肝付町に限らず、介護の現場にロボットを導入すると聞けば、やはり自分たちの仕事を奪うかもしれない存在として、懐疑的な反応があると思う。肝付町でも最初は『人間と人間が触れ合う仕事は人間がやるべき』という反応がたしかにありました。しかし実際にPepperと高齢者が交流することで、そのマインドが変わっていったように思います」

たからのやま 取締役の本田正浩さん
たからのやま 取締役の本田正浩さん

「コミュニケーションロボットは、実際に高齢者などに対して『何かをしてあげる』というものではなくなっていくと思うんです。問題の本質は、面倒を見る相手がいなくなること。そして少子高齢化によって、高齢者は自分の経験や知見を渡す相手がいなくなることです。将来、高齢者とロボットの交流を想像したときに、そういう場にロボットがいてもいいのではないか――そんなことが『キモP』を通じて見えてきたような気がします」(本田さん)

実際に、それを感じた出来事もあった。肝付町の施設で高齢者にPepperが対面した際、Pepperがなかなか起動しなかったことがあったのだ。動かないPepperを前に、企画運営側の役場職員やスタッフは「焦っていた」が、主役である高齢者の方々は、そんなことはお構いなし。Pepperの体をさすりながらPepperに「頑張れ、頑張れ」と声をかけていた。

その光景は、ロボットと人類の明るい未来を示唆するのに十分なものだったと、奥田さんは振り返る。

「ロボットというと我々はどうしても『何かものすごいことをしてくれる存在』だと思いがちです。しかしこうした福祉の現場では、ロボットの価値はもっと“単純”、シンプルなんです。たとえば、ロボットが5分間だけでも話し相手になってくれるなどして高齢者の相手になれば、その間に――トイレへ行けるとか業務日報を書けるだとか――日々の業務が過大になっている介護施設職員をサポートできるかもしれない。キモPプロジェクトは、コミュニケーションロボットそのものの価値を、根本から見つめ直すきっかけになりました」(奥田さん)

Pepperが施設に訪問し、高齢者の方と触れ合った(写真提供:株式会社たからのやま)
Pepperが施設に訪問し、高齢者の方と触れ合った(写真提供:株式会社たからのやま)

肝付町の高齢者たちとPepperの交流は、Pepperの開発元であるフランス・Aldebaran Robotics(AR)社に出向いた際、AR社の開発者にも動画で見てもらっており、開発者たちの反応は「自分たちもこれがやりたかった!」というもの。開発者たちも模索しているコミュニケーションロボットと人間の共生のヒントが福祉の現場にあった、というのも驚きである。

さらに奥田さんは日本人独特の“ロボット感”について、次のような考えを示した。

「ロボットに対して『ターミネーター』のように人類と敵対するものだとか、移民として仕事を奪うものというイメージを持っているのが、欧米のロボット文化の傾向です。しかし、日本では幅広い世代で『鉄腕アトム』『ドラえもん』が愛されているように、ロボットとの向き合い方に少し特殊なイメージがある。つまりロボットと共に生きようとする文化があるんです。肝付町のお年寄りは、ロボットとの関係を通じて、応援する対象、自分が貢献できる対象を求めていた。今のコミュニケーションロボットはまだ生まれたばかりの赤ん坊と同じ。何かしてもらう、ではなく、育てる対象であればいいと思うんです」(奥田さん)

ため息を製品・サービスに――ものづくりのベクトルが変わる

たからのやまでは「肝付を訪れるのは、未来への出張」だと表現している。それは日本の社会課題の解決を図れる実証フィールドがそこにあるからであり、前編にも触れたことだ。

「能勢さんは『自分が倒れたとき、24時間以内に親しい人に見つけられることがこのまちでは幸せになりつつある』とおっしゃっていた。すなわち、過疎化が進み、家族とも離れて暮らす独居老人が多い肝付町では、自分が病気か何かで倒れたとき、24時間以内に隣人などに見つけられ、生きているうちに愛している家族に看取られる――そんなことすら幸せになりつつあるというのです」(奥田さん)

奥田さんは、最近ロボット型携帯電話「ロボホン」を活用し、ロボホンが奥田さんの代わりに講演するようにするなど、コミュニケーションロボットを使ったチャレンジを積極的に行う
奥田さんは、最近ロボット型携帯電話「ロボホン」を活用し、ロボホンが奥田さんの代わりに講演するようにするなど、コミュニケーションロボットを使ったチャレンジを積極的に行う

日本の社会全域において、愛する家族の近くにいてあげられないことが当然になっている今、ロボットやITが近くにあることで、もしかしたら人間同士の愛情がつなげられるかもしれない――そのための実証フィールドがここにあるのだ。

さらに奥田さんは「今後の日本におけるものづくり」について、次のような展望を示す。

「ものづくりのベクトルが必ず変わります。これまでは頭のいい一部の人が『こんなものがいいかな』なんて想像して製品・サービスを作っていたけど、これからは一般の方々の困りゴトや、悩みを発するときに出る“ため息”をきっかけに製品・サービスが実証的に生まれていく。私たちは、そんなため息が拡声器で拡がるような社会をつくりたいと思っています」(奥田さん)

そのためには肝付町役場の存在も欠かせない。

肝付町の高齢者の“ため息”を見つけることには誰よりも長けた、能勢さん。そしてそんな能勢さんとの対話をもとに、ITの可能性を示せるのが中窪さん。そこに加勢する、たからのやまをはじめとしたITに精通した人々。さまざまな人々が「日本の未来」をつくろうと肝付町に集まり、新しい可能性を模索する。そんな循環の輪が、日本の南の小さなまちで拡がりつつある。

過疎化の進む田舎町を日本の最先端にする方法――鹿児島県「共創のまち・肝付プロジェクト」(前編)


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