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ブリのように人を地域に戻す、教育のあり方とは──鹿児島県長島町「長島大陸Nセンター」「島TECH」から考える(後編)

2017年11月27日



ブリのように人を地域に戻す、教育のあり方とは──鹿児島県長島町「長島大陸Nセンター」「島TECH」から考える(後編) | あしたのコミュニティーラボ
養殖ブリ、赤土バレイショなどで有名な鹿児島県長島町。豊かな自然が広がるこの地域は、第1次産業のほか、「長島大陸Nセンター」や「Social Change」といった、その地域ならではの優位性を活かした教育プログラムで全国から注目を集めている。未知の体験に心はずませた高校生が教室では学べない生きる力を養うのと同時に、地域の生産者にとっても、こうした出会いは学びの機会になっている。後編をお届けする。

“私”に気づくきっかけを、地域でつくる──鹿児島県長島町「長島大陸Nセンター」「島TECH」から考える(前編)

味噌づくりは時間づくりだと高校生に気づかされた

石元淳平さんは「COCOROMISO」というブランドで味噌を生産している。もともとは静岡県で電機メーカーに勤務していたが、2人目の子どもが生まれたのをきっかけに自然の豊かな故郷で子育てしたいとUターンした。

瓶詰めのCOCOROMISO
瓶詰めのCOCOROMISO。お味噌汁にすると優しい甘みが広がる

地元の醸造所で7年間働くうち「大豆と麦と塩だけを使い、それらを絶妙に調和させ、味が決まる味噌づくりの奥深さに魅せられ」、2016年6月に「石元淳平醸造」を開業した。実家の家業は定置網とアオサ養殖で、味噌づくりと兼業する。ほどなく、長島大陸Nセンター所長の神明竜平さんから、高校生が生産者宅にホームステイし商品のWebサイトを制作する教育プログラム「島TECH」第1回への協力を打診された。

石元さんは「やっと長島に恩返しができる」と一も二もなく快諾。男子2人、女子1人の高校生と4泊5日を共に過ごした。朝の味噌汁をつくったり、地元産のブリをさばくなど、ふだんの家事から、味噌の瓶詰め・出荷まで、高校生は石元さんと一緒に、さまざまな作業を体験した。

石元淳平醸造 石元淳平さん
石元淳平醸造 石元淳平さん

Webサイト制作にあたって細かな指示や希望は出さず「この味噌の背景にある“ストーリー”を自分なりに感じ取ってほしい」とだけ最初に伝えた。

「世のなかにおいしい味噌はたくさんあります。そのなかで“COCOROMISO” を選んでもらうのは、それを生み出しているのが僕であったり、僕の家族であったり、長島という土地であったりすることが大事」と話す石元さんは、4人のお子さんの名前に「心」の字を入れた。それがCOCOROMISOの命名の由来だが、そこには「つくる人と食べる人の心をつなぎたい」との思いも込められている。

石元さん自身は、高校生と関わっていくうち「何のために味噌をつくっているのか忘れてはいけない」という思いが強まったという。

「味噌づくりは“時間づくり”だと気づきました。この味噌を食べて育った子どもが社会に出て、困難や孤独と戦うとき、この味噌を口にすると、ふるさとに帰ったようなやすらぎを覚える。味噌づくりとはそういうこと。ぼんやりしていた考えをハッキリさせてくれました」

こうした石元さんの思いは、高校生がつくったWebサイトに反映されている。

COCOROMISOのWebサイト
COCOROMISOのWebサイト

ホームステイした3人の高校生とは、その後もメールのやりとりが続き、長島町内の1人は味噌づくりも体験した。石元さんはさらに、島TECHの延長で鹿児島大生のホームステイも受け入れている。「味噌を使った料理のレシピなどアイデアを出してくれたり、大学に“料理をしない女子大生が味噌汁をはじめてつくる”をテーマにしたサークル活動があるらしく、そこで“COCOROMISO”を使ってくれたり……。学ぶことが多く、若い力を借りながら自分も成長できます」と石元さんは話す。

積極的になった高校生を見て自分も刺激を受けた

漁業と、釣り場へ釣り人を案内する「瀬渡し船」を営む家に生まれた、堀野真吾さん。

堀野さんは、船を自分で修理する技能を身につけたいと、高校を卒業後、海上自衛隊に入った。長崎県佐世保港でイージス艦のエンジン整備などの業務に携わる。13年間の勤務を経たのち、父親の怪我など諸事情が重なったこともあり、「故郷に戻る気持ちが強くなり」2017年4月に長島へ戻り、家業を継いだ。

瀬渡し船 堀野真吾さん
瀬渡し船 堀野真吾さん

堀野さんも石元さん同様、2017年8月に開催された第3回の島TECHに協力。前回の発表会を見学し、高校生を受け入れることにした。瀬渡し船の新規顧客開拓が課題で、そのPRにはWebサイトによる発信が最適と考えたからだ。島TECHでは女子3名がホームステイした。残念ながら週末に台風が接近し、瀬渡し船の就航体験こそできなかったが、女子高生たちは初めての海釣り体験を楽しんだ。船酔いすることもなく「最初は苦戦していましたが、次から次に釣れるのでテンションが上がり、最終的にアラカブ(カサゴ)を30~40匹ほど釣って大喜び」だったという。

そのなかで、堀野さんは彼女たちの成長を目の当たりにしたと続ける。

「どちらかといえばみんな恥ずかしがり屋さんで、はじめのうちはお互いに探り探りだったのですが、だんだん積極的になって、自分が思ったこと、感じたことを私に伝えてくれたし、Webサイトづくりに向けて3人がひとつにまとまり、活発に意見を交わすようになりました。最後になると、すっかり打ち解けて恋バナとかで盛り上がりましたね(笑)」

そんな高校生の変化を見て堀野さんも「地域の活動にもっと関わらなければ」と大いに刺激を受けた。「13年ぶりに帰ってくると、同級生くらいしかめぼしい知人がいませんでした。でも今は、商工会、漁協の青年部の活動や地元の行事などに積極的に参加し、ネットワークを広げて知り合いを増やしているところです」と、自身も徐々に心開いていった高校生の姿から、地域への向き合い方が変化しているという。

人生に迷ったとき、思い出して戻って来るまち

このように島TECHのプログラムは参加する高校生の成長を促すだけでなく、受け入れる地域の生産者にも気づきや学びをもたらし、新たな行動のきっかけになっている。

それが可能な要因は、長島町がもつポテンシャルの高さだろう。日本一の出荷量の養殖ブリをはじめとして、第一次産業の基盤が強く、前編でNセンター所長の神明竜平さんが話したように「命がけで自然に向き合い、その恵みを多くの人たちに届ける仕事をして、同時に地域の未来について前向きに考えている」大人の多さなのではないだろうか。

「若手に活気があり、漁協の青壮年部に180人もいるのは全国でも珍しく、長島の漁業には後継者の問題があまりないと思います」(堀野さん)

島TECHの様子
島TECHの様子(画像提供:長島大陸Nセンター)

島TECHのプログラム、長期的な展望としての長島大陸Nセンターを拠点としたインターネット高校の取り組みには、教育機会の充実を通じていかに長島町へと人々を呼び込み、人口減少を食い止めるか、という大きな目的がある。

神明さんや島TECH代表の間瀬海太さんら、地域おこし協力隊のメンバーがこの活動に地元の若手を巻き込み、子どもへの教育を入口に地域の未来を考え、行動を起こすプレーヤーの輪が広がりつつあるようだ。

「地域の人たちに育ててもらった高校生がいったんは外へ出ても、いつかは世話になった長島町に戻ってきて、僕ら“よそ者”の代わりに地域のプレーヤーとして活躍してくれるような好循環が生まれてほしい」と神明さんは望む。

間瀬さんも「島TECHに参加した高校生が人生に迷ったとき、リセットしたいとき、心のよりどころになる場所として長島町を思い出し、戻ってきてくれる。そんな深い意味での“関係人口”を増やしたい」と話す。

地域ならではの特性を活かした教育プログラムでカギとなるのは、おそらくコンテンツの優劣やしくみの巧拙ではないだろう。自然に向き合う仕事に命がけで取り組み、地域の未来を真剣に考える姿を子どもたちに見せることができる大人がどれだけいるか。長島町の取り組みは、そんなことを示唆している。

“私”に気づくきっかけを、地域でつくる──鹿児島県長島町「長島大陸Nセンター」「島TECH」から考える(前編)


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