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ソーシャルビジネスを生み出すのは“憧れの連鎖” ──「あすびと福島」が挑む人材育成(後編)

2018年02月13日



ソーシャルビジネスを生み出すのは“憧れの連鎖” ──「あすびと福島」が挑む人材育成(後編) | あしたのコミュニティーラボ
人材育成の財源として始めた企業対象の社会人研修をきっかけに、一般社団法人「あすびと福島」では、社会人有志がメンターとなり学生がソーシャルビジネスに挑むコミュニティーが誕生している。さらにはあすびと福島による新たな事業から、社会起業家へと向かう人材も生まれ出した。一般社団法人あすびと福島の挑戦は、真の地方創生がどうあるべきかを示してくれるだろう。後編は、2017年11〜12月にかけて南相馬市で行われた社会人研修にあしたラボ編集部が帯同し、研修実施企業や新事業の関係者に話を伺った。

被災地から出でよ!ソーシャルアントレプレナー ──「あすびと福島」が挑む人材育成(前編)

被災地を体感し“復興起業”のリーダーと対話

2017年11月30日〜12月1日、南相馬ソーラー・アグリパークで中日本高速道路株式会社(NEXCO中日本)と富士通株式会社が合同で社員研修を実施した。今回の研修テーマは「リーダーシップ開発」。企画・運営は「あすびと福島」だ。

南相馬ソーラー・アグリパーク
研修施設として使われるのは南相馬ソーラー・アグリパーク。津波被災地(市有地)を活用し2013年3月11日に完成した。敷地内には太陽光発電所や植物工場を備えている

「あすびと福島」のスタッフ島田綾子さんの案内で、研修生一行は南相馬市小高区、浪江町、双葉町、大熊町、富岡町など福島第一原子力発電所20km圏内を視察した。

震災前7万6,000人が暮らしていた圏内には現在5,000人しか住んでいない。とくに発電所に近い双葉町と大熊町。雑草や潅木が伸び放題の田畑、時が止まったまま廃屋と化した民家、人の気配が微塵もないまちなみ──。6年前に立ち戻る双葉町と大熊町の避難指示区域の光景を車窓から研修生は胸に刻んだ。2017年4月に避難指示が解除された浪江町の沿岸部、請戸地区ではバスから降りて津波の爪痕がそのまま残る小学校舎を間近に見た。

島田綾子さん
被災地域の案内役は、あすびと福島の体験リーダー・島田綾子さん(左上)。研修生はバスで南相馬鹿島SAから常磐道を南に下り、富岡ICを経由し国道6号線で北上。いまだ避難指示区域に指定される大熊町と双葉町もバスのなかから視察した。途中バスを停車し、浪江町請戸地区の請戸小学校(右上)、南相馬市小高区の起業拠点「小高ワーカーズベース」(左下)、南相馬トマト菜園(右下)等をまわった

そして視察を終え、研修施設である南相馬ソーラー・アグリパークでは、独自の“復興起業”に挑む地元キーマン3人との対話からリーダーシップにつながる源泉を模索し、各自が内省した。

不条理な悲劇に直面した自身の特殊性から「特別の体験を共有することが人と人とのつながりを育む」という普遍性を見出し、訪日外国人のC to Cガイドマッチングサービスなどの事業を立ち上げた、南相馬市議会議員でもある但野謙介さん。地域の100の課題から100のビジネスを創出すべく、コワーキングスペース、コミュニティー再生の場としての飲食店、仮設スーパー、女性が多様な働き方のできるガラス細工工房などを連続起業し、「ゼロから開墾できるフロンティア」として南相馬市小高区を捉える、株式会社小高ワーカーズベース代表取締役の和田智行さん。そして「福島の復興を担うアントレプレナー育成」を目指す「あすびと福島」代表理事、半谷栄寿さん。3人の熱い志に研修生はインスパイアされ、リーダーシップの発揮に向けた具体の行動を1人ずつ宣言して研修を終えた。

研修風景

研修風景
被災地の視察後、2日間の研修会場となる南相馬ソーラー・アグリパークでの本格的な研修がスタート。南相馬市議会議員・但野謙介さん(写真上)、小高ワーカーズベースの和田智行さん(写真下)らとの対話から、南相馬の復興・起業の実状を感じ取った。被災地視察と2人との対話を踏まえ、研修生はグループワークで「南相馬における本質の課題」を考えた

社会に貢献する使命感の強さを新たな志へ

NEXCO中日本は2015年から3年連続で「あすびと福島」の社会人研修を採用し、約2,000名の社員のうち62名が参加している。その意義と期待する効果について、人事部人財開発チームリーダーの岩田貴之さんは次のように話す。

「中央道笹子トンネル天井落下事故の反省を踏まえ、安全性の向上に取り組んでおり、人材育成としては、“当事者として物事を捉え自ら考えて行動する”という方針を掲げています。被災地の状況を体感するとともに、その復興のために創意工夫し試行錯誤されている方々の熱い志に直接触れることで、仕事への意識や姿勢、行動などに対してこれまで気づかなかった視点や反省を通じて、忘れていた自分の志が呼び起こされ、ひいては“自ら考え行動する”多様なタイプのリーダーシップの発揮につながると期待しています」

岩田貴之さん
中日本高速道路株式会社(NEXCO中日本)の岩田貴之さん

同社は高速道路の建設、保全・サービス、関連業務等を運営するインフラ企業だけに「社会に貢献したい使命感の強い集団」と岩田さんは言う。

「ですから被災地で復興に挑む方々の姿に自分たちの姿を重ねやすいのではないかと思います。一方で、高速道路というフィールドの先にある地域やコミュニティーとつながる新たな機会の構築・連携も私たちの経営課題の1つ。この点でも南相馬の取り組みにはヒントになることが多い」

大学生のソーシャルビジネスを社会人がサポート

福島の復興を担う人材育成の継続的な財源を確保するためのありがたい仕組みと考えていた社会人研修から、より価値のある副産物を生み出せることに半谷さんは気づいた。

「あすびと福島の4年間を振り返ってみると、高校生は大学生になり、一方で2,500名もの社会人が研修に参加しています。ちょっと待てよ、と。これだけの社会人が福島の社会課題に真剣に向き合ったのだから、肩書を外して一個人として福島の高校生や大学生の人材育成に伴走していただける方がいるのでは、と考えたわけです」

研修風景
あすびと福島での研修中は、常に半谷さんも研修生に寄り添い、「それが本質的な課題なのか、またそれがなぜ課題となるのか」と熱心に問いかける。それに応えるように、研修が進むにつれ、研修生同士の議論にも熱を帯びていく

こうして生まれたのが「あすびと福島コミュニティ」だ。地域に新しい価値を創造したい福島の高校生と大学生によるソーシャルビジネスの立ち上げを、研修で強めた福島への想いを持続する社会人有志がプロボノとしてサポートする。

2017年8月5日、6日の事業立案合宿では、高校生、大学生、社会人が4カ月前に避難指示が解除されたばかりの浪江町の現状を体感してアイデアをアウトプットし、被災地の課題を解決するソーシャルビジネスの実現に向けて一歩を踏み出した。

前編で紹介した『こうふく通信』(『高校生が伝えるふくしま食べる通信』)初代編集長の菅野智香さんは郡山市の高校を卒業して東京の明治大学へ。2年生になって大学生活も落ち着いたころ「あすびと福島」の活動を再開したいと思い、事業立案合宿に参加した。6年間も時間が止まっていた浪江町の現状にあらためて「同じ県内でも郡山とはまるで違う」と痛感した菅野さんは「ここで力を注ごう」と決めた。

菅野智香さん
あすびと福島・学生パートナーの菅野智香さん

浪江町を花の一大産地にして復興を目指す花卉農家の組織「花・夢・想(はなむそう)みらい塾 浪江町花卉研究会」代表の川村博さんと事業立案合宿で話し込んだ菅野さんは「一緒に活動したい」と心を動かされた。「まず私たちが仲間を増やし、率先して花を植え、毎週交代で手入れをしに浪江へ行き、花を絶やさないようにしたい」。2018年4月に開校する町立の小中一貫校「なみえ創成校」ともコラボできないか。「花で飾るまちづくりに子どもたちが関われれば地元への愛着が湧くし、みんなで一緒にまちを盛り上げられると思うんです」と菅野さんはアイデアを温めている。

福島市にある福島高校時代に菅野さんの後を継いで『こうふく通信』の編集に携わった三澤由佳さんも、慶応義塾大学に通う傍ら引き続き「あすびと福島」に関わり、事業立案合宿に参加して「浪江・花プロジェクト」のメンバーになっている。2万人を超えていた浪江町の人口のうち帰還者は400名に過ぎないが、「浪江町に住んでいた人たちが結婚式を挙げるとき、浪江で栽培した花を贈れるようなしくみをつくれたら素敵。その花代は浪江で花を育てる費用に充てるんです」と、三澤さんは花プロジェクトを持続的なビジネスで支えるアイデアを思いついた。

三澤由佳さん
あすびと福島・学生パートナーの三澤由佳さん

「あすびと福島」に関わって「世界が広がり人生が変わった」という三澤さん。「“自分のやりたいことは何?”と自問自答して新たにするのが楽しいし、それを実行していくこともすごくワクワクします。ずっと続けていきたいですね」。

メンターとしての社会人が、これから彼女たちの志をかたちにするためのサポートをするだろう。「浪江・花プロジェクトは、あすびと福島コミュニティの有志が愚直に何回も浪江に足を運び、花を植え手入れをする作業を続けられるかどうかにかかっています。そうすればきっと、住民の皆さんから“一緒にやりたい”という信頼をいただける」と半谷さんは思っている。

「憧れの連鎖」のフロントランナーたち

福島の復興に農業の再生は欠かせない。それには農業をビジネスとして経営できる人材が必要だ。半谷さんは農業経営者育成の場として「南相馬トマト菜園」を2015年に創業した。

南相馬トマト菜園内部の様子(提供:あすびと福島)
南相馬トマト菜園内部の様子(提供:あすびと福島)

環境制御型養液栽培方式の大型菜園の建設費は、行政の補助金、金融機関の融資、企業の出資で賄った。トマトに目をつけたのは、全国主要市場の合計卸売価額が全野菜中1位なのに、日本人1人あたりの消費量は世界平均の半分以下だとわかったから。つまり、食生活の多様化により国内市場はまだまだ伸びる可能性があるのだ。

現在、正社員6名、スタッフ60名の陣容で年間約600トンのトマトを生産し、売上は2億円ほどの規模になっているが、「創業期の真っただ中」だという。

取締役農場長の杉中貴さんは、もともと公認会計士。あずさ監査法人大阪事務所で働いていた。

杉中貴さん
南相馬トマト菜園農場長の杉中貴さん

「社会に役立ちたいと思って仕事をしていても、東北の復興には日々の忙しさに追われて関われていない」と忸怩たる思いを抱いていた杉中さんは2014年秋、週末を利用して職場の有志と初めて被災地を回り、半谷さんと出会った。

「一番の課題は人材の不足。地域にどっぷり入り込んで関わることが、復興のための大きな力になる」。半谷さんの志と熱意に共感し、アカウンティングファームとして人材出向を通じて東北復興により深くコミットできないか、当時の上司に直談判した。そして、その意義が認められ、杉中さんは2015年7月から2年間、「あすびと福島」に出向し、南相馬トマト菜園の農場長となった。

「2年間は苦しいことの連続でした」と杉中さんは打ち明ける。「監査・会計の専門家としての枠を超え、経営の実践者として立ち上がったばかりの事業で成果をあげることは、とても難しかった。プロフェッショナルの真の強みは、数々の深い経験を通して身につけた、事業を企画して立ち上げ、推進する力であると思っています。しかしながら、2年では結果を出せなかった。農業をはじめ福島の復興を担う人材育成という社会的価値の持続性確立を自分の役割として引き続き取り組む」。そう心に決めた杉中さんは2017年6月末、2年の出向期間終了と同時にあずさ監査法人を円満に退職し、南相馬トマト菜園の取締役農場長に正式に就任した。

当面の目標は黒字化して経営を安定させること。「杉中くんに心から期待しているのは公認会計士としての手腕だけではなく、その誠実な人格で70人のチームをまとめる経営者としての姿」と半谷さんはいう。「いろんな難しい問題がありますが、私やチーム全員と苦労を分かち合い、必ず彼は乗り越えてくれると確信しています。トマト菜園が軌道に乗った暁には、ビジネスとしての農業とチームが一体となって協力する農業のあり方を実践して、南相馬や福島に新しい価値を創る社会起業家が誕生するんです」。

半谷さんはよく「憧れの連鎖」という言葉を使う。

福島の復興を担う人材のフロントランナーの1人が杉中さんであり、次に続くのが社会人研修を事務局として支える島田さん、そして大学生の菅野さんや三澤さん。その姿を見た子どもたちが憧れを抱き、自分もそうなろうと努力を始める。この「憧れの連鎖」が福島に人材を輩出させる原動力になる、というわけだ。

あすびと福島が育つ場の設定
あすびと福島による各種プログラムや事業が小中学生から社会人までの各層において「憧れの連鎖」を生み、その「憧れの連鎖」の先頭に、半谷さんの思い描くソーシャルアントレプレナーが存在する(提供:あすびと福島)

そして「憧れの連鎖」が起きる背景には、20年先の日本社会を先取りした課題に向き合うことで、今まで気にかけたこともない、生まれ育ったまちに対する愛着に目覚める若い世代の心の変容があるだろう。被災地というフロンティアこそ、地方創生のポテンシャルが最も高いのかもしれない。

半谷栄寿さん
「企業同士の合同研修は、より真剣勝負の場とする発想からスタートしましたが、近い将来、社会人と学生の合同研修もやってみたい」と半谷さん。「それは必ず学生にとって成長できる場になるでしょう。一方の企業側としてもメリットのあるカリキュラムをつくれるかどうか。それが次のステップに進む鍵であり、新しい人材育成の場をつくり続けていきます」

被災地から出でよ!ソーシャルアントレプレナー ──「あすびと福島」が挑む人材育成(前編)


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