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人生の“転機”に選択する、新しい働き方・暮らし方 ──神奈川県「三浦トライアルステイ」の取り組み(後編)

2018年05月16日



人生の“転機”に選択する、新しい働き方・暮らし方 ──神奈川県「三浦トライアルステイ」の取り組み(後編) | あしたのコミュニティーラボ
これまでの3年間で「59組・116名」が参加し、1組の移住者、2組の二拠点居住者を生んでいる「三浦トライアルステイ」。交流に重きを置くこの枠組みでは、地元住民や市民グループの協力が欠かせない。

後編では、トライアルステイ参加をきっかけに二拠点居住を決め、現在はトライアルステイの交流会などの支援をしている杉本篤彦さんと、14年前に移住し新しい生業に挑戦、地域活動にも取り組む藤沢宏光さんに話を聞き、三浦の魅力と地域に関わる暮らし方・働き方を探っていく。

人口減少を食い止める?“お試し居住”で地域の魅力を発見する ──神奈川県「三浦トライアルステイ」の取り組み(前編)

決め手は「その土地に好きな人がいるかどうか」

東京・東銀座でプロモーション企画制作会社、株式会社STORYを立ち上げた杉本篤彦さんは、2015年11月に実施された初年度「三浦トライアルステイ」への参加をきっかけに、二拠点居住のライフスタイルを選んだ。

三崎港の「家賃2万7,000円」の格安物件を借り、週末を過ごしている。東京の自宅も一等地の南青山とはいえ手頃な家賃のアパートで「南青山に住み、三崎に別荘があるなんてすごいですねと言われるけど、ぜんぜんすごくはない」と笑う。住まい探しの達人のようだ。

杉本篤彦さん
三浦トライアルステイをきっかけに二拠点居住生活をはじめた杉本篤彦さん

杉本さんは2013年に明治大学を卒業し、人材派遣会社に1年半勤めた後、フリーランスで虎ノ門のコワーキングスペースの運営に携わった。100件近いイベントを開催したという。

しかし2015年10月に経営者がスペースの閉鎖を決めた。仕事の拠点を失った杉本さんだが「そんなに悲観はしなかった」と振り返る。

「ちょうどその頃は、震災復興や移住ブームがあって、課外活動的に地方と都会を往復する人が増えていました。撤退が決まったコワーキングスペースもそういう方がたびたび活用してくれ、“場”が盛り上がる手応えを感じていた。なので、機会を与えてくれたことに感謝しつつ、出会いと経験を生かして新しい仕事ができる期待感がありました。そんなときふと見かけたのが三浦トライアルステイの募集。横浜生まれで高校の課外活動ではよく海に行っていたし、大学時代のキャンプで三浦には楽しい思い出があります。2週間滞在して次の構想を練るのもいいかな、と応募しました」

トライアルステイの交流会には、直前に出席した結婚式でたまたま知り合った三浦市在住の人も来ており、その知人の紹介から人の輪が広がった。「その土地が好きになるかどうかより、その土地に自分の好きな人がいるかどうか」。三浦との二拠点居住の決め手となった杉本さんの考え方だ。コワーキングスペースで出会った、地方と都会の二軸で仕事をする人たちもロールモデルになった。

初年度トライアルステイに参加した当時の1枚
初年度トライアルステイに参加した当時の1枚。最終日にはワークショップを行った。杉本さんの両隣もトライアルステイ参加者で、右は藤岡聡子さん、左は松浦美里さん(画像提供:杉本篤彦さん)

エネルギーチャージと「リアルな関係性」の大切さ

2年度目のトライアルステイで杉本さんは交流会の運営を引き受け、三崎に物件を借りて通いはじめた。だが、現在の会社設立直後の2017年のうちは「仕事のリズムにも二拠点居住の暮らし方にも慣れていなかったので三浦には10回くらいしか行けず、とてもつらかった」という。ようやく今年になって、どんなに忙しくても土曜の夕方か日曜の朝には三浦に帰る生活ができているそうだ。

二拠点居住の最大のメリットは心身のリフレッシュ。なじみの店で地元の常連客と談笑したり、バーベキューやヨット遊びを自然のなかで楽しんだり、ランニングで体を動かしたり……。おのずとエネルギーがチャージされ、元気がよみがえる。

「テンションを下げている人間に“この企画、おもしろいからやりましょうよ”と言われても絶対やりたくないですよね。逆に元気さえあれば何でもできます」

「好きな人と好きなときに酒を飲み、おいしいごはんを食べて、なおかつ、いつでも何か一緒にできる状況をつくりだせること」。杉本さんの理想とする“楽しい生活”だ。三浦でそれに一歩近づけるかもしれない。

「毎日いるわけではないから自分自身がプレーヤーになるのは無理だし、それはかえって無責任。ただ、いろんな方々と知り合えたおかげで地域のキーマンとのつながりは強くなったので、よそ者ならでは、の俯瞰した観点から横串を刺して連携を促し、地域を盛り上げるお手伝いはできるかな、と思っています」

株式会社STORYオフィスにて
取材は株式会社STORYオフィスにて。平日は東京・東銀座で仕事をし、週末は三浦でプライベートな時間を過ごす

“場”を活性化して、やりたいことを達成し、感性を広げる環境づくり──自分の仕事のミッションは三浦でも役立つにちがいない、と杉本さんは考える。

「みなさんそろそろSNSにも飽きてきた頃だと思うので、“今これで困ってるんだけど、ちょっと知恵分けてくれない?”みたいにリアルな関係性をもてる仲間をいかに増やせるかということのほうが、今後の働き方・暮らし方に直結するのではないでしょうか」

二地域居住は、そんなライフスタイルを可能にする多様な選択肢の1つでもあるだろう。

漁港の活気に惹かれ、その場で「ついうっかり」決めた転居

三浦には、トライアルステイの枠組みがスタートする以前からこの地に移住し生業をつくる、頼もしき“先輩”もいる。

東京で音楽プロデューサーの仕事をしていた藤沢宏光さんは2004年、釣りの帰りにふらっと不動産屋に立ち寄り、三崎港に面した3階建ての古い小さなビルを案内された。もともと歯科医だった物件で、かつて1階はマグロの仲買事務所、2階は雀荘に使われていて、3階が居住スペース、屋上にはユニットバスがあった。

藤沢さんは「うっかりその場で“これ買います!”と即決した」という。うっかり家を買う人はあまりいないので、にわかには信じがたい話だが「本当なんです」と強調する。

藤沢宏光さん
14年前に三浦へ移住した藤沢宏光さん

2000年頃から音楽業界では大きな変化が起きていた。CDからデータ配信への移行にともない制作予算も削減され、ベテランのミュージシャンやプロデューサーの活躍の場が減少。

「そういう時期と重なるので、仕事を取り巻く環境の変化とともに、住まいも変えてみようという気持ちがあったのかもしれません。ただ、本当に物件とまわりの環境が気に入っただけ。それも、海に沈む夕日がきれいといった景観ではなくて、働く人たちのエネルギーに満ちた仕事場としての漁港のそば、という立地に惹かれたんですね」と藤沢さんは振り返る。

引っ越して東京へクルマで通うようになるとガソリンと高速代で月に20万円を超えてしまった。燃費のよい車に乗り換えても交通費がかさむ。「電車通勤なんてしたことなかったので、さぞかし大変だろうと思ったのですが、東京との距離感がちょうどよかった。仕事が終わって電車で帰ると、横須賀を過ぎたあたりから気持ちが切り替わってスイッチがオフになる。この感じがいいんです」。

ダメなところを補い合う結婚と移住は似ている

藤沢さんはしだいに活動の拠点を地元に移していく。三崎地区と城ヶ島地区の子どもたちで構成される「かもめ児童合唱団」に出会い、CD作品をプロデュースして2008年に発売したところ大きな話題を呼び、現在までにたくさんの作品が発売されている。


かもめ児童合唱団と井の頭レンジャーズによるMV「Ex fan des sixties」

藤沢さんは「かもめ児童合唱団」の作品を「地ミュージック」と呼ぶ。三浦産の地野菜・地魚があるなら、地ミュージックもあっていい。ただしこれは「地産地消」にとどまらない。「まちを飛び越えて全国にかもめ児童合唱団のファンがいます。それが巡り巡ってまちにもプラスになればいい」と考えている。

新たな生業として藤沢さんは飲食にも挑戦した。三崎港の商店街に2010年、イタリアンバール「ミサキプレッソ」を開店。2012年には「ミサキドーナツ」をオープンし、本店のほか鎌倉店・逗子店・港南台バーズ店と4店舗まで拡大している。

ミサキドーナツ本店
三浦市三崎の商店街に店を構えるミサキドーナツ本店

キャッチコピーは“気持ちのこもったドーナツ”だ。「「ひとつひとつ手づくりでおいしいドーナツを」という気持ちがこもっているし、「働く人たちの生活が少しでもよくなるように」「まちも元気になるように」とか、あらゆる気持ちがこもっています」。

音楽とは畑違いの飲食業でも成果を上げている藤沢さん。「手探りの試行錯誤です。飲食のプロなら避けるような遠回りもしているかもしれないし、成功していると大きな声で言えるわけでもない。だけど音楽業界で学んだことは根底にあります。前職に本気に取り組んでいた人なら、まったく違う業種に挑戦するときに、その経験は何かしら役立つもの」と三崎での新しい働き方・暮らし方について語る。

藤沢さん
地域の広域連携については「“三浦”や“三崎”で変に限定するのではなく、三浦半島の南側エリアで少し“大きく”とらえたほうがよいのでは」と藤沢さんは提案する

「ミサキプレッソ」「ミサキドーナツ」のほかにも港町の商店街に古道具店の「ROJI」、カフェと雑貨の「雀屋」……といった個性的な店が続々と生まれ、そうした人々のネットワークでまちを盛り上げる気運が高まっている。

三崎下町商店街の古道具店「ROJI」店主、安原芳宣さんは10年前に東京から移住。現在は、三浦トライアルステイの交流会や市内ツアーをナビゲートする市民グループ「MISAKI STAYLE」(前編参照)のメンバーを務めている。

これまでのトライアルステイ参加者と関係者が一同に会した「合同交流会」(2018年3月10日開催)でファシリテーターを務めた編集者のミネシンゴさんも、昨年末に夫婦で逗子市から移住したばかり。三崎の地で“夫婦で本を編む出版社”「アタシ社」を経営している。

3月10日の合同交流会の様子
3月10日の合同交流会の様子。R不動産代表・吉里裕也さんからトライアルステイに関してのトークセッション(左上)が行われた後、移住者を迎えての座談会(右上)を開催。ミネシンゴさん(左下)をファシリテーター役に、藤沢さんやROJIの店主・安原芳宣さん(右下)らが三浦市の魅力を発信した。この交流会をきっかけに移住を決めたイベント参加者もいたという

根っからの地元住民も、古くからの移住者も、最近移住してきたばかりの人も、杉本さんのような二拠点居住者も……。多様に入り混じって各々の立ち位置で地域に関わっているところが、三浦という地のよさなのだろう。

「移住は結婚に似ている」というのが藤沢さんの持論だ。「お互いにダメなところも含めて認め合い、補い合うから長続きする。まちにも、よいところもあれば悪いところもあります」。お互いの相性を探るのに「三浦トライアルステイ」のような“お試し居住”のプログラムは絶好の機会にちがいない。

人口減少を食い止める?“お試し居住”で地域の魅力を発見する ──神奈川県「三浦トライアルステイ」の取り組み(前編)


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