医療現場の想いをかたちにする看工連携プロジェクト

“豊益潤福”な社会を目指すイノベーション・プロセスとは?【看工連携プロジェクト(5)】(後編)

2018年11月28日



“豊益潤福”な社会を目指すイノベーション・プロセスとは?【看工連携プロジェクト(5)】(後編)

2017年11月21日の「アイデア創出ワークショップ」から始まった「医療現場の想いをかたちにする看工連携プロジェクト」。プロジェクトが生んだ「誤嚥防止用噛むストロー」が、国際モダンホスピタルショウの「みんなのアイデアde賞」で準グランプリを授賞するなど一定の成果を得ることができました。後編では、前編で野城智也さんに解説いただいたIPMモデル(イノベーション・プロセス・メタモデル)において、プロジェクトの中心メンバーである大田区産業振興協会と富士通がどのような役割を果たしたのか振り返っていきます。(撮影協力:TechShop Tokyo

現場発のイノベーションを実装する組織形成のヒント【看工連携プロジェクト(5)】(前編)

看工連携プロジェクトのイノベーションプロセスを解き明かす

——前編ではIPMモデルについて解説いただきました。プロジェクトの中心メンバーだった大田区産業振興協会の吉田孝次さんは、ご自身の実感と照らし合わせてどう思われましたか。

吉田 国際モダンホスピタルショウに出展した「誤嚥防止用噛むストロー」は、寝たきりの患者さんたちが“吸いのみ”などで水分補給をする際に誤嚥を引き起こすのを防ぎたいという課題があり、その課題の解決策創造をワークショップで行った製品でした。

吉田孝次さん
大田区産業振興協会 次世代産業創造コーディネーターの吉田孝次さん

最初にアイデアが生まれてからもIPMモデルでいう「繰り返しの循環」が行われましたし、その結果として“噛む”という発想も生まれた。試作段階になってからはストローが口のなかで動いてしまうという新たな課題に直面し、マウスピースのように固定しようという考えにも至った。たしかに看工連携プロジェクトはIPMモデルのプロセスをたどってきたと感じます。

IPMモデル
野城さんが提唱する「IPMモデル」(出典:野城智也『イノベーション・マネジメント プロセス・組織の構造かから考える』東京大学出版会)

——同じくプロジェクトのメンバーである富士通は、以前の記事で、デジタルイノベーターの井上拓也さんにご登場いただきましたが、井上さんとともにプロジェクトに参画されてきた岡野貴史さんはどのような感想をお持ちですか。

岡野 一般的に大企業はイノベーションが必ずしも得意ではないと言われていますが、富士通では2017年にデジタルテクノロジーの活用を支援する専門人材としてデジタルイノベーターの育成を開始し、即時的な利益の追求のみならず、中長期的な視座に立った共創ビジネスを生み出そうとしています。1年が経過した最近は、そうした風土も拡がっています。

IPMモデルについては、デザイン思考のアプローチ、デジタルイノベーターが提供している「共創のためのサービスプログラム」にも近い考え方のように感じます。最初からよい製品ができるはずもありませんし、アイデア創出のためには参加者の多様性が重要。そうすることでさまざまなアイデアが出てきて「じゃあ試しにやってみよう」「また新たな課題が出てきた」「次の解決策を考えよう」と、コミュニティーが活性化します。

岡野貴史さん
富士通株式会社 シニアマネージャーの岡野貴史さん

イノベーションを円滑に進める“中間組織”のあり方

——最近では“ユーザー・イノベーション”という言葉も聞かれるようになりましたが、今回はまさに課題当事者(ユーザー)である看護師のみなさんが大田区のものづくり企業のみなさんと共にアイデアを練り上げ、製品化を実現させたことも大きなポイントではないでしょうか。

野城 ユーザー・イノベーションには、それぞれの主体をつなぐ役割を担う“中間組織”が不可欠です。私の書いた本のなかでは「イノベーション・コミュニティ内の諸主体の間に立って、イノベーション・プロセスにおける仲介役としての役割を果たすことによって、変革創始や変革駆動力の向上に寄与する組織」と定義しています。

まだ日本では中間組織の重要性が認知されていないかもしれませんが、実際に中間組織がいることで成功したオープンイノベーションは数多くあります。

野城智也さん
東京大学生産技術研究所 教授の野城智也さん

その事柄によって大学、自治体、企業等々が中間組織の役割を果たしますが、今回の取り組みでいえば、大田区産業振興協会や富士通がそれに当たるでしょう。

課題当事者は看護師のみなさんですが、普段のお仕事や生活のなかのネットワークだけでは「課題を解決してくれる人」にたどり着けません。看護の現場とものづくりをつなぐ「中間組織」として、吉田さんや岡野さんらが参加者に機会を提供したことも、非常に重要なポイントだったと思います。

——大田区産業振興協会の吉田さんは中間組織として、どのような意識でのぞんだのでしょうか。

吉田 看護師さんやものづくり企業のみなさんが「目に見える分子」だとすると、私たちは間を埋める「目に見えない分子」だったと思います。振り返ってみるとよくわかるのですが、決して誰がリーダーというわけではないけれど、行くべき方向に向かうためにそれぞれがベストを尽くして、陰ながら試行錯誤をしていたと思います。

——中間組織は“黒子のような存在”であると?

吉田 どうも主催側が「自分たちが(中間組織を)やっている!」と声高にアピールしていると、あまりうまくいっていない印象があるんですよね。

野城 その通りですね。

吉田 この取り組みでもあくまで主役は、看護師さんと大田区のものづくり企業のみなさん。国際モダンホスピタルショウでも富士通さんを含め、我々が表に出ていくことはほとんどありませんでした。展示会だけを見た来場者は「どういった経緯で看護師と大田区の企業が一緒にものづくりをすることになったのだろう?」と不思議に思われたかもしれませんね。

医療現場から生まれた価値を巨大なマーケットへ

——岡野さんはいかがですか?

岡野 少し別の視点からのお話になるのですが、今回のプロジェクトの成功要因は偶発的に起こった事象が多かったと感じています。吉田さんとの出会いも別のビジネスから転じた偶然でした。また、この座談会の会場として使わせていただいている「TechShop Tokyo」は看工連携プロジェクトのキックオフである“アイデア創出ワークショップ”の場としても利用させていただきました。実は、ワークショップをやりたいと思っていたときにこの場所を訪れたのも偶然でした。

「TechShop Tokyo」の様子
今回の取材の会場になった会員制オープンアクセス型DIY工房「TechShop Tokyo」の様子

野城 こうしたコミュニティーもある意味、イノベーションの中間組織になり得ると思いますよ。

岡野 吉田さんに「TechShop Tokyo」を紹介してみたらタイムリーだったので「追い風が吹いている」と喜んでくれましたね(笑)。こうした人や場との出会いは特段意識して見つけたわけではなく、「気づいたらつながっていた」というのが正直なところなんです。

野城 なかには風を感じることができない人もいますから、そうした偶然をしっかりと見つけて必然に転換できる人になることも大切なのだと思いますよ。

前編で、「水平なアライアンスを組んだオープンイノベーションは、指揮者のいない“ジャズ・セッション”に似ている」と申し上げましたが、リーダー役でなくても、場の回し役であるファシリテーター、あるいは触媒となるカタリストが存在しないとコミュニティーはばらばらになっていくでしょう。サッカーではミッドフィルダーが試合を作っていくのと同じように、吉田さんや岡野さんがチームのなかでその手腕を発揮されたのだと思います。

オープンイノベーションには、本来は取引コストがかかります。1つの組織の中であれば、阿吽(あうん)の呼吸でできるものでも、互いの組織の価値観やしくみが異なり、そのすり合わせに苦労することが多いのです。

また、オープンイノベーションにはリスクも存在します。たとえば、知財、ノウハウに関しては“軒を貸して母屋を取られる”ということも起こりうるかもしれません。それを覚悟したうえで、何をオープンにして何をクローズにするのかをコントロールできる戦略・戦術を大企業が持って下されば、オープンイノベーションはより一層進むと思います。

「大企業が覚悟を持ってリスクを引き受けることができれば、オープンイノベーションがより一層進むのではないか」
「大企業が覚悟を持ってリスクを引き受けることができれば、オープンイノベーションがより一層進むのではないか」

——さて、今回の座談会も終わりの時間が近づいてきました。看工連携プロジェクトから生まれた「誤嚥防止用噛むストロー」の今後の展開について教えてください。

吉田 誤嚥防止用噛むストローについては、ものづくり企業との協業が始まりつつあります。そこはマウスピースを作っているメーカーで、口の中に含んだときにも違和感なく水分を経口摂取できるような製品へ改良を加え、製品化と量産体制を整えます。

誤嚥防止用噛むストロー
誤嚥防止用噛むストロー(提供:大田区産業振興協会)

また、当初の段階から“not only but also”——すなわちメディカル関連のみならず、一般化してさまざまなシーンでこのアイデアを活用したいと考えていました。マウスピースを噛むことで水分を経口摂取できるという機能は、たとえばトレイルランニング(山岳レース)のときなどにも便利です。

そうして販路に可能性が広がることで、参画するものづくり企業にとっても収益を確保する道ができます。薬事法の制約を受けない医療用の雑品という特性を活かし、巨大なマーケットにも挑んでいきたいです。

岡野 私たちは今回改めて、日本のものづくり企業の技術力を体感しました。富士通も事業所を置く大田区はそうしたものづくり企業が集積していますが、後継者問題などに端を発し、工場閉鎖を余儀なくされるところも少なくありません。

看工連携プロジェクトのスキームを1つの範としながら、ものづくり企業が自ら課題抽出を行い、アイデア出しから製品開発までを行える、そんな新たなユースケースを生み出していきたいと考えています。

——野城先生からも最後にお言葉をいただけますか。

野城 IPMモデルには「豊益潤福の創造」というノードがあります。これは私が作った造語で、1文字1文字は「豊=精神的・身体的・経済的な充足」「益=利便性や便益の向上」「潤=精神的・身体的・経済的な潤い」「福=幸せ」といったことを表しますが、「4つともが必ずなければいけない」という意味ではありません。

ただ、これまでの製品・サービス開発は「豊」や「益」の側面ばかりが取り沙汰され、その結果、開発者や企業は自分たちの可能性を狭めてきたおそれがあります。しかし、最近の製品・サービスには「益」、「福」を満たして成功している例が数多くあります。「豊益潤福」の幅広い可能性を見据えながら、のぞんでいただくと、もっともっとイノベーションの華は咲いていくと思います。

——本日はありがとうございました。

今回の座談会をもって、連載は終了となりますが、あしたのコミュニティーラボでは今後も「医療現場の想いをかたちにする看工連携プロジェクト」の活動を応援していきます。

医療現場から生まれた価値を巨大なマーケットへ

現場発のイノベーションを実装する組織形成のヒント【看工連携プロジェクト(5)】(前編)

2018年11月29日に「看工連携プロジェクト」のセミナーを実施いたします。興味のある方はぜひお越しください!

医工連携マーケットデザインセミナー ~上市して、売れる製品を作るには~(関東地域)
午前(セミナー) 午後(ワークショップ
主催:日本医療研究開発機構(AMED)


“豊益潤福”な社会を目指すイノベーション・プロセスとは?【看工連携プロジェクト(5)】(後編)

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