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日本の水産業を支える「養殖研究」最前線

2018年09月07日



日本の水産業を支える「養殖研究」最前線 | あしたのコミュニティーラボ
あしたのコミュニティーラボ編集部の國村大喜です。現在私は在籍する富士通において「水産・養殖デジタルイノベーション」という、水産業の課題解決のためのプロジェクトにチャレンジ中です。

家庭や外食時の食卓にならぶ「食材」がどこで、どのように生産されているのか──私たちはなおざりにしてしまいがちです。

農業、畜産業といったいずれの一次産業も抱えている後継者不在による人手不足。とりわけ広大な海から何百、何千種類の魚を漁獲することでまかってきた「水産業」でこの問題は深刻で、このままでは「日本産の魚を自由に食べることがままならなくなるかもしれない」とも言われています。そうしたなか社会的にも期待が集まっているのが「養殖研究」です。今回は日本の養殖研究をリードする近畿大学水産研究所の升間主計所長に養殖業の最前線についてお話を伺いました。

日本の養殖研究をリードする近畿大学水産研究所

近畿大学水産研究所の本部は、和歌山県白浜町にあります。1948年に臨海研究所として開設された同研究所は、開設の地である白浜町のほか、水産科学の研究拠点として6つの拠点を構え、さらに1970年に設立され、国内に5つの事業場を運営し、生産事業に取り組む水産養殖種苗センターとともに国内の養殖研究をリードしています。

水産養殖種苗センター
水産養殖種苗センター(写真提供:近畿大学水産研究所)

現在の研究所長を務めるのは6代目所長である升間主計(ますま・しゅけい)さん。升間さんは広島大学水畜産学部水産学科を卒業後、九州大学で博士号(農学)取得。社団法人日本栽培漁業協会(1991年に現・国立研究開発法人 水産研究・教育機構と統合)では石垣島・八重山でのマグロの栽培漁業(卵から稚魚になるまでの間を人為的な環境下で育成・保護し、時期が来れば再び海に放流、成長後に漁獲するシステム)の研究に従事しました。

そのときに栽培漁業協会が主催したクロマグロ養成技術交流会を通じて、近畿大学の教職員との交流が始まったことがきっかけとなり、2012年に近畿大学水産研究所へ入所。海からの漁獲全盛の時代において、「海を畑と捉えた新たな漁業」を興すことを意味する近畿大学初代総長・世耕弘一氏の理念「海を耕す」と、栽培漁業の理念に通じるものがあり、「大きな共感を持った」と升間さんは述懐します。

升間主計さん
近畿大学水産研究所の所長、升間主計さん

同研究所がその理念を果たすため特に注力してきたのが「完全養殖」の研究です。

「海から稚魚を獲る→成魚に育てる→出荷する」──それが多くの旧来型養殖漁業でした。一方、近大が行う完全養殖とは

海から稚魚を獲る→親魚を育て受精卵を採取・人工孵化し稚魚を育てる→稚魚を親魚に育てる→【1】人工親魚から受精卵を採取・孵化し稚魚を育てる→【2】成魚を育てる(【2】→【1】→【2】が繰り返される)→出荷する

というもの。水槽や漁場のなかで完全養殖のサイクルを回すことができれば「天然資源の枯渇問題に直面した海の生態系への負担を減らす1つのツールとして役立てられる」と升間さん。さらにこれからの水産業全般を見据えたうえで、次のように補足します。

「天然魚を枯渇させない“持続的利用”が長らく水産領域最大のテーマとなっていましたが、養殖業は天然の稚魚を海から獲っているのに加え、育成の過程で撒かれるエサに魚粉が大量に配合されているんです。魚粉の原料は天然のイワシなどであり、結局資源の圧力が増してしまう。そのため、低魚粉化というトレンドも世界中ではじまっています。水産資源の持続的利用のテーマは養殖業にも拡がっています」

「研究と経営」が成功に導いたクロマグロ完全養殖

完全養殖の成功例としてつとに有名なのが、同研究所が1979年に世界で初めて人工孵化・種苗(魚の卵や稚魚のこと)生産に成功、2002年には完全養殖に成功したクロマグロです。「近大マグロ」の名称で誰もが一度は聞いたことがあるのではないでしょうか。東京・銀座と大阪にはその専門店として「近大卒の魚と紀州の恵み 近畿大学水産研究所」がオープン。近大生まれの養殖魚が食べられるグルメ店として人気です。

升間さん曰く、完全養殖成功まで30数年間を要した研究プロセスは必ずしも“上り坂”ばかりではありませんでした。そしてその成功の背景には、「研究と経営」という同研究所独自の考え方があったといいます。

独立採算制の組織である同研究所では、クロマグロの他にもヒラメ、ブリ、カンパチなど18魚種の人工孵化・種苗生産を実現しています。それら養殖用種苗は大学発ベンチャー・株式会社アーマリン近大(2003年設立)を通じて養殖業者へ販売。なかでも「近大マダイ」は養殖生産者において「信頼のブランド」としての確固たる地位を築き、市場に出回っているマダイはその血統をたどっていけば、ほぼ100%が近大産。クロマグロ完全養殖の成功に漕ぎ着けられたのは、そうした種苗販売によって研究費を補うことができたからなのです。

養殖研究から生まれた魚たち
養殖研究から生まれた魚たち(画像提供:近畿大学水産研究所)

もう1つ、同研究所が市場に向けた働きかけとして注力しているのが養殖魚の品種改良でした。そこでは「交雑(こうざつ)」と呼ばれる手法が用いられ、例えば「イシダイ(メス)×イシガキダイ(オス)」ならキンダイ、「ブリ(メス)×ヒラマサ(オス)」ならブリヒラ……というように、ある品種とある品種を掛け合わせてまったく新しい品種を作出しています。いずれも交雑前の魚種とは、またひと味違った風味や脂の乗り具合を楽しめます。

最近では、バイオテクノロジー分野の研究も進んでいて、同研究所の家戸(かと)敬太郎教授は京都大学と共同で、遺伝子の一部の機能を失わせる「ゲノム編集」を用い、限界まで筋肉量を増大させる「マッスルマダイ」の研究を行っています。ゲノム編集と聞けばまだ社会的には抵抗感を持つ人もいるかもしれませんが、私たちがまったく見たこともなく、かつ安全でおいしい魚が鮮魚店に並ぶ日もそう遠くないかもしれません。

付加価値の発見により養殖漁業の活路を見出す

升間さんは研究所のミッションとして次のように述べます。

「完全養殖や品種改良、いずれにも言えることですが、社会的な要請があってからそれを行ったというアプローチではなく『水産研究所にこういうアイデアがあるなら試しにつくってみればいい。あとは市場や社会はどう反応するんだろう?』という実験的アプローチを繰り返しています。もしも市場や社会が認めてくれれば、新しい食文化が花開くかもしれない。我々はまずその発端として、これからもそうした工夫を世に示していかなければいけないと思っています」

升間さん
世界的に見た養殖研究の意義と近畿大学水産研究所のミッション・ビジョンについて、升間さんから丁寧に解説いただきました

世界の1人あたりの魚食の量は人口増加とともに右肩上がり。中国の養殖業もダイナミックに成長しています。日本でも魚食文化は消費者に強く根付いているイメージがありますが「実は傾向からすると2000年代から徐々に下降気味ともいわれている」と升間さん。すなわち養殖業者はどんどん生産体制を増大したいけれど、日本の消費者は積極的に食べたがらない──。その分、外食チェーン等の下流の産業では消費者へより安価に料理・商品を提供しようとすることから、生産者の取り分も少なくなるという悪循環が起こりつつあるのです。

同研究所のように「同じ魚種でも天然魚とは少し異なる魚を提供したい」「今まで食べたこともないような魚を提供したい」を目的とした魚の生産・作出により、きっとグローバルな市場にも活路を見出せるでしょう。そうしたことを見据え、同研究所では今年2月に人工種苗でつくられた養殖業を認証する制度であるSCSA認証を取得。「日本の養殖産業を拡大・維持していくためには、そうした新たなマーケットを見据えた枠組みも必要なことになっていくかもしれません」──。

左から筆者、升間さん、小葉松さん
取材は、近畿大学水産研究所本部(白浜実験場)で行いました。写真左は筆者。写真右は筆者と同じく水産・養殖デジタルイノベーションを担当する小葉松知行

取材を終えて感じたのは、近大水産研究所による養殖研究が魚にまつわる食文化の下地をつくり、同時にそのためのマーケット拡大にも寄与しているということでした。その背景では「研究と経営」が両輪で回り、また市場に新たな価値を問いかける、ある種企業の新規事業創出にも似たプロジェクトの数々が遂行されていました。私のような企業人にとっても非常に示唆に富んだお話だったと思います。

私がチャレンジしている「水産・養殖デジタルイノベーション」というプロジェクトはデジタル技術を活用して水産業を進化させ、水産業全体の持続可能性向上に寄与していくものです。富士通は今年8月に、近大水産研究所の漁場の一部をお借りし、サービス構築のための実証実験を実施。養殖技術の知見・ノウハウの連携、デジタル化のためのさまざまなデータ取得を行いました。

Fishtech 養殖管理

Fishtech 養殖管理
Fishtech 養殖管理
先進テクノロジーを活用した新しい養殖管理システム「Fishtech 養殖管理」

私自身、小さい頃から魚が大好きで、プライベートでもたびたび釣りに出かけることがあります。しかし海外に比べてレギュレーション(規制)がほとんどない日本では沿岸部にほとんど魚が見当たらないケースに遭遇することも多く、私のような釣り人レベルでも日本の水産領域の課題をひしひしと感じています。我々のプロジェクトはまだまだ先の見えない状況ですが、養殖業の皆さんや私たち生活者にとっての課題解決になるサービスを着実に世に送り出し、新しい養殖のあり方を提案していきたいと考えています。


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