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“ハード”と“ハート”のバリアフリーで、超福祉社会の実現をめざす——WheeLog!開発者・織田友理子さんインタビュー

2020年04月17日



“ハード”と“ハート”のバリアフリーで、超福祉社会の実現をめざす——WheeLog!開発者・織田友理子さんインタビュー | あしたのコミュニティーラボ
織田友理子さんは、大学在学中の2002年、22歳のときに進行性の筋疾患「縁取り空胞を伴う遠位型ミオパチー」(GNEミオパチー)の診断を受けた。06年からは車椅子生活となり、08年には遠位型ミオパチーの患者会・PADM(パダム)を発足。以降は障害当事者によるバリアフリー動画情報サイト「車椅子ウォーカー」の立ち上げるほか、車椅子生活者たちのユーザー投稿型スマホアプリ「WheeLog!」(ウィーログ)をローンチするなど活動の幅を拡げている。19年9月には、あしたのコミュニティーラボでも追いかけてきた「超福祉展」(正式名称「2020年、渋谷。超福祉の日常を体験しよう展」)のシンポジウムにも登壇した。障害当事者が考える“本当のバリアフリー”とは? 織田さんにお話を伺った。

めざすのは「車いすでもあきらめない世界」

——織田さんが車椅子生活を始めるまでのご経緯を教えてください。

織田 「縁取り空胞を伴う遠位型(えんいがた)ミオパチー」(GNEミオパチー)という病気の確定診断を受けたのは、2002年9月、私が22歳のときでした。“ミオパチー”とは筋肉の疾患の総称。手足の筋肉から萎縮が始まり、やがて全身の筋肉が奪われ、寝たきりになるとされています。

私はGNEミオパチーの確定診断を受けた後、2005年9月に学生時代からお付き合いをしていた夫・洋一と結婚し、2006年8月に自然分娩で長男を出産。中途障害者として車椅子生活になったのは、長男を産んだのと同年のことでした。

——2008年4月に任意団体「PADM(パダム)遠位型ミオパチー患者会」を発足。現在、代表として活動をされています。

織田 遠位型ミオパチーはGNEミオパチーと三好型ミオパチー・眼咽頭遠位型ミオパチーに大別されますが、どれも国内患者数が少なく、根本的な治療法がないのが実状です。

当時は国の指定難病にも入っていなかったことから、患者会PADMでは難病指定と治療薬開発をめざし、街頭署名活動や厚生労働省への働きかけに注力しました。その甲斐もあり、2014年遠位型ミオパチーは指定難病に認められ、国の医療費助成を受けられるようになりました。治療薬開発に向けた活動は今も続いています。

織田さんインタビュー
PADM(パダム)遠位型ミオパチー患者会について語る織田さん

——他方で織田さんは2014年、障害当事者によるバリアフリー動画情報サイト「車椅子ウォーカー」を開設されました。個人としてYouTubeチャンネルを開設された背景にはどのようなお考えがあったのですか。

織田 22歳にして車椅子生活を始めてしばらくの間、車椅子でどこかへ“移動”をするにも私にはどうすればよいのかわからないことだらけ……。しかし2008年に発足したPADMの活動が発展していくなか、国内外各地に出張する機会をいただき、バリアフリーに関するさまざまな情報・知見を得ました。

特に2010年7月から半年間のデンマーク留学では、当地の患者会の方と対話を重ねました。福祉先進国の障害者団体の方はなんといいますか、いわゆる悲観的な感じでは全然なく、とにかくとても明るい。「障害者=可哀想な存在・憐れみの対象」みたいな図式もありません。このときの経験から「私は障害者です」と堂々と言えるようになりました。

同時にこのとき私の心に湧き出たのは、ここで得た情報・知見を障害当事者としてなんとか他の車椅子ユーザーにシェアできないものか——という思いでした。テレビを含め、車椅子ユーザーに有用な情報を届けられるメディアが限られているなか、車椅子ウォーカー立ち上げ以前にはブログ開設・運営で情報発信していましたが、知り合いのテレビ局ディレクターさんの助言も得て「やはり動画の力は大きい」と感じ、2014年「車椅子ウォーカー」を立ち上げるに至ったんです。

——日本国内では「障害者福祉がまだまだ不完全」などという声も聞かれます。織田さんにもそんな課題意識があったのでしょうか?

織田 私の場合はまったく逆でしたね。

「ここの施設がだめ」「あそこのお店がだめ」あるいは「国・自治体の政策がだめ」みたいに、批判的なネガティブ情報が集まるのがバリアフリー界隈の常。実際それらは私の耳にも入ってきます。しかし実際のところバリアフリーに積極的に寄与しようとする事業者・企業は国内だけでも本当に大勢います。称賛されるべきことを皆さんにも知っていただきたい——それが私のモチベーションでした。

——動画視聴者からはどんな声が届いていますか。

織田 例えば2014年には、車椅子ユーザーでも“狩り”がしやすいよう低い場所にみかんがなるよう剪定されたバリアフリーの「みかん狩り農園」を紹介させていただきました。私も子どもを連れて同農園を訪ね、みかん狩りを楽しむ様子を投稿しています。

その動画を見た方の声としてうれしかったのは「車椅子で行けるところがあると知れただけで、とても明るい気持ちになった」というもの。私たちはふだんの生活で移動の不自由を何度か繰り返し感じてしまうと、段々と外出するのが億劫になっていくものなのですが、実際は出かけられる場所がたくさんあります。


車椅子ウォーカーで紹介したみかん狩り(小坂みかん共同農園)の様子(出典:車椅子ウォーカー チャンネル紹介)

私はその心理的ギャップを埋め、車椅子ユーザーに気づきを与えながら、マインドセットの変革をうながしたい。幸い私たちは、気づくことができる立場にいます。健常者も同様ですが、気づける立場の人が社会的問題を解決する側にまわれば、絶対に世の中は変わっていくはずです。「車いすでもあきらめない世界」をめざすことが私のミッションだと思っています。

WheeLog!で実現する「多様で多角的」な社会課題解決

——他方で、車椅子ウォーカー立ち上げから間もなく、PADMとして「みんなでつくるバリアフリーマップ」を開発。2015年3月「Googleインパクトチャレンジ」ではグランプリを受賞し、その後2017年5月スマホアプリ「WheeLog!」(ウィーログ)としてリリースされました。2018年には運営母体をPADMから一般社団法人WheeLogへ移転。事業化もされています。

織田 WheeLog!はユーザー投稿型のアプリケーションです。車椅子ユーザーがこのアプリを使うと、車椅子で通ったまちなかの道のりを“走行ログ”としてマップ上に描くことができます。また「食べログ」のように、車椅子ユーザーが赴いたお店・トイレといった施設・設備のバリアフリー情報を投稿できるほか、ユーザーの知りたい場所の情報をリクエストしたり、つぶやき・コメントを通じてユーザー同士で情報交換したりする機能も備えています。

実際、私も夫の付き添いを得ながら全国に出張する機会を得るのですが、なにかおいしいものを食べにいこうにも「車椅子で行って大丈夫かな?」と逡巡してしまい、結局、駅ビルのなかで済ませてしまうパターンが多いんですよ。


織田さんの夫・洋一さんがこの日の取材にも同席。織田さんの活動を献身的に支えている

——車椅子ユーザーに、外出の機会を提供したかった?

織田 はい。でも、だからといってWheeLog!は、車椅子ユーザーだけが「楽しく動けるようになってよかったね!」で終わらせるような、そんなサービスにするつもりは毛頭ありません。あえてこの言葉を使えば“車椅子リア充”だけに閉じたような……。

——“車椅子リア充”だけに閉じないサービス——。その動機はどんなところにあるのでしょう。

織田 例えば私のようなGNEミオパチーは進行性疾患。病気になってつらいのは、病状が進行するたび、福祉機器や介助のされ方などの対処法が徐々に変わっていくことなんです。この診断を受けたとき、私もそれが本当につらかったのですが、あるときから「進行するたびいろいろなことを、いろいろな視点から“体験”できる」「それらの体験があるのだから気づきが深まる」と考えるようになりました。

だからWheeLog!は、どのような障害のステージをお持ちの方でも参画いただける、そんなサービスをめざしています。さらに申し上げるならば“健常者”にも関わってもらうことでサービスは本当の意義を果たせます。

例えば車椅子ユーザーが日頃の生活で困ることの1つがトイレです。私も自分がいる場所の近くに公共の多目的トイレがなく困ることがよくあります。健常者の方がお出かけ先で「ここの施設は多目的トイレが充実していた」とか、反対に「これでは車椅子ユーザーが困るのでは」といったことをWheeLog!に投稿していただくだけで、世の中のバリアフリー化に貢献できる。多様な方々にコミットしていただき、多角的なサービスにすることが我々の本懐です。

バリアフリーに向けたアクションを世界に拡げたい

——アプリはすべて無料で利用できます。現在のマネタイズ方法は?

織田 WheeLog!という団体ではサポーター制度を敷いており、基本的にはそこでのサポーター会員様や協賛企業様のご支援によって運営されています。そのほかWheeLog!を使いながら車椅子に乗って街のバリアフリーを体験する有料の街歩きイベント開催などで、わずかながら収益を得ています。

当初はGoogleインパクトチャレンジの支援を受け、また一般社団法人の立ち上げにあたっては自己投資もしながらほとんど無給で運営を続けてきました。アプリリリース直後はユーザー数・投稿数の伸びが予想していたよりも大きく、アプリの運営にもお金はかかり、一時は「アプリを有料化にしてみたら?」とアドバイスいただくこともありましたが、私は「経済状況によって、バリアフリー情報の格差を生むべきではない」と考えているため、今後もアプリ無料化を貫き通したいと考えています。

他方で、2019年にはWheeLog!の“Web版”開発のため、その資金をクラウドファンディングで調達することに成功しています。2020年6月には現行のアプリだけではなく、Webでも情報閲覧していただけるようになる予定です。

——織田さんは総務省地域情報化アドバイザーとして「バリアフリー情報のオープンデータ化で観光推進」を掲げるなど、WheeLog!を用いた官民協働サービスも展開されていますよね。

織田 はい。国土交通省さんとは日本国内のバリアフリーマップ制作・運用に向けてWheeLog!を使った共同実証実験を行っていますし、総務省さんには自治体・関係地元団体などにアドバイザーとして派遣していただき、バリアフリー観光推進のための協議に参加。自治体からオープンデータとしてバリアフリー情報をご提供いただいてWheeLog!に反映させるなどの取り組みも進めています。

また最近では、2019年10月北海道倶知安町で開催されたG20観光大臣会合で各国の観光大臣を前にWheeLog!についてプレゼンテーションさせていただきました。


G20観光大臣会合でプレゼンテーションを行う織田さん(提供:織田友里子さん)

さきほどご紹介した街歩きイベントも、国・自治体との共催で定期開催しています。私たちが企画・運営する活動だけでなく、YouTubeを見てWheeLog!のことを知り、地域独自で街歩きイベントを開催してくださったケースもあり、本当にうれしいかぎりです。

——そうした国・自治体との連携の先にある期待については?

織田 本当のバリアフリー社会を実現するには、国や自治体の制度・インフラといった“ハード”のバリアフリー、1人ひとりが多様な社会を受け止める“ハート”のバリアフリー、そして情報発信・情報共有が欠かせません。WheeLog!はハードとハートの両面からその敷居を下げるソリューションになり得ます。このサービスを通じてバリアフリーすべての面に貢献していきたいです。

——WheeLog!は2019年にマサチューセッツ工科大学の助成プログラム「MIT Solve」に申請され、最終ファイナリストに選出。織田さんもニューヨークのピッチに登壇し、高い評価を得ました。

織田 はい。ほかにも海外での活動としては、2019年3月ポルトガルにて開催された国連後援のWorld Summit Award(WSA)にて、世界一となるWSAグローバルチャンピオンを受賞しています。また2021年秋からドバイで開催されるドバイ万博でも、Expo LiveのパビリオンにおいてWheeLog!が出展されます。全世界から6,900以上の申請があったなかで、120団体の1つとして選出していただいたんです。


World Summit Award(WSA)にてWSAグローバルチャンピオンを受賞した時の様子(提供:織田友里子さん)

——WheeLog!の活動の幅は今後まだまだ拡がっていきそうですが、継続的なサービス利用を通し、どのような社会変化を期待していますか。

織田 まずは、国内で活動の輪が拡がっていくことが先決です。まちなかのインフラにしても店舗・サービスにしても、よいところは“よいモデル”として格納され、他方で遅れ気味なところは“よいモデル”を真似ながら方策を打つことができる。そんな状態にしなければいけません。

私が掲げ、WheeLog!のコンセプトでもある「車椅子でもあきらめない」というミッションにしても、単に有益な情報を集めただけでは完結できません。その情報によって実社会がよりよい方向に変化していなければ、まったく意味がありませんから。

——最後に、織田さんご自身の目標も教えてください。

織田 WheeLog!に集まってくる情報は、ユーザーさんから無償で提供されるものです。皆さんからいただいた“価値”をサービスとして還元していくことはもちろんですが、他方でそれらの情報提供自体が車椅子ユーザーのお仕事になるような、コンサル的な仕事の機会創出にも興味があります。

あとは海外。日本や欧米諸国は比較的バリアフリーも進んでいますが、バリアフリーが遅れている途上国もまだまだあります。国内でまずはよい事例を量産し、それをそうした国々にも知ってもらう。バリアフリーに向けたアクションを世界に拡げたいですね。

——ますますのご活躍、応援しています。本日はどうもありがとうございました。

織田 友理子(おだ・ゆりこ)

一般社団法人WheeLog代表


1980年生まれ。創価高等学校、創価大学経済学部卒業。大学在学中の20029月、進行性の筋疾患「縁取り空胞を伴う遠位型ミオパチー」(GNEミオパチー)の確定診断を受ける。20059月、25歳で織田洋一さんと結婚。20068月、自然分娩にて長男を出産する。以降、車椅子生活に。200610月、自分専用の車椅子の購入。200812月からは簡易電動車椅子を使うようになる。2008年4月、遠位型ミオパチー患者会「PADM(パダム)」を発足。遠位型ミオパチーの難病指定、治療薬開発を働きかける。20141月、障害当事者によるバリアフリー動画情報サイト「車椅子ウォーカー」立ち上げ。次いで2015年にはGoogleインパクトチャレンジで「みんなでつくるバリアフリーマップ」がグランプリ受賞。同サービスは20175月「WheeLog!」(ウィーログ)としてサービス提供を開始。2018年「WheeLog!」の運営母体をPADMから一般社団法人WheeLogへ移転。現在に至る。


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