「こう変えたい」を発信し賛同者を集めるChange.org
──日本のChange.orgは、2012年の8月に立ち上がりましたね。いきなり注目を集めたのは、「なでしこジャパンのロンドン五輪からの帰国時は男女平等にして頂きたい」というキャンペーンでした。男子のサッカー日本代表チームの移動フライトがビジネスクラスなのに、女子のなでしこジャパンがエコノミークラスなのはおかしい、という。
ハリス鈴木絵美(以下、エミ) サイトを立ち上げてからほんの数日後でしたが、なでしこファンの女性2人がキャンペーンを発信し、2週間足らずで2万人以上の賛同者の署名が集まりました。イギリスのガーディアン紙が取り上げ、発信者もBBCにインタビューされるなど、とくに海外での反響が大きかったですね。結果として、合宿からの帰国便は男女ともビジネスクラスになった、という円満なストーリーでした。
──エミさんの印象に残っている成功事例はありますか。
エミ わたしがいちばん好きなのだと、「フランクフルト空港税関が押収した堀米ゆず子さんのバイオリンを無償で返してください」という昨年のキャンペーン。世界的なバイオリニストである堀米ゆず子さんのバイオリンが、フランクフルト空港の税関で押収されてしまったときのケースですね。彼女の友人が日本語・英語・ドイツ語で発信し、5000筆を集めて駐日ドイツ大使に連絡を取ったら、無償で返還されました。
──たしかに、署名集めというアクションが、確実に物事を動かしていますね。日本代表や各国政府を動かした事例が続きましたが、もっと身近なテーマのキャンペーンもあるんですよね。
エミ そうなんです。日本国内、たとえば大学内の課題解決もけっこうおもしろいものがあります。「北海道大学構内におけるレクリエーションエリア廃止の撤回」というキャンペーン。これは結果的に、大学当局と話し合いの場を設け、互いに歩み寄って落としどころを探るという目標が達成され、キャンペーンは成功となりました。
──賛同の署名は、どのようにして問題の当事者(キャンペーンの宛先)に届けられるのでしょう。たとえば、Change.orgから「こんなに署名が集まりましたよ」と通知がいくのでしょうか。
エミ 発信者によりますね。賛同者数とコメントを合わせて、Change.orgのプラットフォームからメール送信する機能はあります。だけど日本の場合、いきなりキャンペーンメッセージを送信したら迷惑、という感覚もある。だから、大半の場合は発信者自身が相手にメールや電話で連絡を取り、集まった署名をプリントし、相手に直接届けに行って、テレビニュースでも見るような受け渡しの儀式をやることになります。
──どこに渡したらいいのかわからない場合は。
エミ 宛先がないものはキャンペーンとしてうまくいきません。なんとなくふんわりと「こうだったらいいよね」みたいな気持ちだけだと、ただ拡散して終わりです。本気で社会を変えたいなら、責任者を認定して働きかけないと。キャンペーンページでは、誰に何をしてほしいのか、なぜそれが重要なのか、具体的かつ簡潔に趣旨を伝えることが、賛同者を集めることにつながります。
個人と社会活動をつなぐ場、というソーシャルビジネス
──Change.orgは、どのような収益によって活動を続けているのですか。
エミ 他のウェブサービスと同じように、広告収入で賄っています。大手の国際NGOや市民団体などが広告主です。彼らは社会問題に関心があるだけではなく、署名をするまでのアクションを起こすような人たちとの接点は、絶対に確保しておきたいもの。Change.orgにはそんなユーザーが、全世界に4500万人います。動物愛護キャンペーンに賛同した人が、世界にはこんな動物愛護団体があるのだということを知って、寄付をしたり、活動に協力する。そんな両者を「つなげる場所」として、ソーシャルビジネスとしての側面を成立させているわけです。現在のところ、約300の広告主がいます。
──日本のサイトも同じように成り立っているのですか。
エミ 現時点でそのビジネスモデルが回っているのは、アメリカ、イギリス、オーストラリア、スペインくらいです。日本や他のアジア諸国はまだ投資をしているような段階で、スタッフも各国に1~2人ほど。だいたい1か国で50万人のユーザーがつけば、広告ビジネスが回りはじめる感じでしょうか。日本のサイトのユーザーは今、15万人。だんだん認知度も高まり、右肩上がりで着々と増えています。
──では、その50万人というのが目標になりそうですね。
エミ 数字にこだわるより、日本人が「署名? それはちょっと……」と引いちゃうような状態を、とりあえず先入観なしのゼロの段階にまで戻したいんです。そうでないと、せっかくのベーシックな民主主義のツールであるはずの署名を使いこなせない気がします。そのためにも、サイトでは成功事例を強調しています。べつに自慢したいわけじゃなくて、個人が身近な疑問から出発して、こうすれば変化を起こせるというケースをベストプラクティスとして共有する。そして、署名キャンペーンの方法を定着させることが、日本ではファーストステップだと思っています。
──たしかに、社会的な課題への取り組みに“キャンペーン”という言葉を使うのは、まだ日本ではなじみが薄い気もします。
エミ 「商品のプロモーションのキャンペーンなの?」と言われることもよくあったし、迷ったんですよね、キャンペーンという言葉を使うのは。でも、ちょうどよい日本語がなくて。成功事例を積み重ねて、キャンペーンという言葉の意味を変えていかなくちゃと、あえて新しい言葉にはしませんでした。
──エミさん自身、この仕事をしていて楽しいのは、どんなところですか。
エミ 日本で働いたことがなかったので、そもそもそれ自体がすごく新鮮で。キャンペーンを通じて日本の社会問題について勉強できます。たとえば、いま進行中のものだと「ジュゴンの生きる辺野古の海の埋め立てを承認しないでください」。
これでジュゴンのことも初めて知ったし、普天間基地など日米関係の問題もわかりました。ある意味、日本を研究するような感覚で仕事ができていて、それがすごく興味深いですね。あともう1つは、“勝つ”のが好きだから(笑)。キャンペーンが成功すると「よっしゃ、勝った!」とスッキリしますね(笑)。
後編に続く