消えないプロジェクトのつくり方 ──下町ボブスレーのこれから(2)
“TOKYO OTA”から、オールジャパンの“ものづくり”へ ──下町ボブスレーのこれから(3)
炭素繊維と金属の融合に見えた町工場の未来
2011年夏、アルミ材料販売・加工を得意とする株式会社マテリアル。代表取締役社長の細貝淳一さん(下町ボブスレーネットワークプロジェクト推進委員会・ゼネラルマネージャー兼広報委員長)は「オリンピックで使われるアーチェリーを大田区の町工場で共同製造できないか」と考えていた。
下町ボブスレーネットワークプロジェクト推進委員会・ゼネラルマネージャー兼広報委員長 細貝淳一さん
これから大田区の町工場の高度で精密なものづくり技術を活かせるのは、安全安心を絶対条件とする航空機産業のはず。だが、航空機の新素材の炭素繊維を手がけている大田区の町工場は少ない。ならば、炭素繊維強化樹脂(CFRP)と金属の両方の素材が必要で、オリンピック選手に使ってもらえる“アーチェリー”を、大田区の町工場の総力を結集して製造すれば、大田区のものづくりのすばらしさを大いにアピールでき、新たな受注にもつながるのではないか。細貝さんは、ことあるごとにそんなビジョンを周囲に語っていた。
だがアーチェリーは武器に相当し、製造認可にも多額の費用がかかるなど、なかなか町工場の手に負える代物ではない。足踏みしていたところに舞いこんできたのが、大田区産業振興協会の小杉聡史さんが持って来た「大田区の町工場でボブスレーをつくりませんか?」という提案だった。
ボブスレーは超高精度の技術が要求される一点もの。大田区の町工場の得意技を十二分に活かせる。海外ではフェラーリやBMWといった大企業がつくるボブスレーに、日本の町工場連合が初の国産品として挑み、オリンピックで日本チームに使ってもらう。話題性は十分あり、大きな注目を集めるだろう。
今では多くのスポンサーに支援されるプロジェクトとなった
ボブスレーはCFRPの「カウル」(選手を覆うカバー)、金属の「フレーム」(ハンドルやブレーキの付いた骨組み)と「ランナー」(ソリの刃)を組み合わせてつくる。やりたかった「炭素繊維+金属」の融合品だ。
小杉さんの提案を聞いて、細貝さんはまず「いくらかかるのか」考えた。「アーチェリーなら400~500万円、ボブスレーはざっと計算しても2000~3000万円。スポンサー寄付が思うように集まらず、最悪うまくいかなくても、自分でリスクを取れるぎりぎりの範囲と判断しました。30分ほど考え、大田区の町工場の発展と未来の希望が一気通貫できるプロスセスが見えてきたので、やろうと決意したわけです」
下町ボブスレープロジェクトをはじめた本当のきっかけ
大量生産の部品を提供するのではなく、金型や製造部品、試験片など、大企業のものづくりのコアになる部分を担う縁の下の力持ち的存在で、ふだんは世間の目に留まらない大田区の町工場。下町ボブスレーによって、大田区の町工場の高精度な技術力というブランド価値を広く世に知らしめることができる。
だが、そうした美しい意図は「じつは後づけであって、そもそもはもっと泥臭い動機からはじまったプロジェクト」と細貝さんは明かす。
細貝さんが立ち上げた株式会社マテリアル
「キーワードは“協業”。思えば、私自身も6歳で片親になった時、近所のおばちゃん、おじちゃんの世話になったし、21年前に独立創業した時も周囲に助けられました。地域社会で1社だけ業績が良くてもダメで、周りのみんなが順調であってこそ、地域の活性化が可能なのです。大田区には機械自慢の会社がたくさんありますから、機械の稼働率を上げるためにも、仕事を集中して共同受注できたほうがいい。コスト競争力を高め経営の柱を強くする協業は絶対に必要です。下町ボブスレーをきっかけに、たがいに顔は知っていたけれど技術は知らなかった町工場同士の連携を強めたい。そんな趣旨が背景にありました」
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