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酪農生産に科学的見地を取り入れたパイオニア  ──北海道・JA浜中町の人を枯渇させない地域づくり(前編)

2015年02月03日



酪農生産に科学的見地を取り入れたパイオニア  ──北海道・JA浜中町の人を枯渇させない地域づくり(前編) | あしたのコミュニティーラボ
ハーゲンダッツ アイスクリームや高級スイーツの原料生乳を供給する北海道厚岸郡のJA浜中町。自前の酪農技術センターから農協出資のインキュベーション企業に至るまで、1980年代以来「日本初」の先駆的な取り組みを続けている。大きなヒエラルキーの組織にありながら、なぜ現場起点で前例のない事業を次々と成し遂げることができたのか。前後編に分け、その秘訣を探った。

「よそ者」を呼び込み、最先端を走り続ける酪農のまち  ──北海道・JA浜中町の人を枯渇させない地域づくり(後編)

酪農家志望の若き「よそ者」が育つ

「どこの馬の骨ともわからないよそ者を入れてどうする!」

当時は新規就農者の受け入れなど前代未聞であった。発案者の石橋榮紀専務(当時)は強く反対する農協の理事の元へ、一升瓶をぶらさげ毎晩のように説得して回り、3回目の理事会でようやく酪農家の卵を育成する事業が採決されたのだった。
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JA浜中町 代表理事組合長 石橋榮紀さん

1983年、北海道厚岸郡の浜中町農業協同組合(以下、JA浜中町)でのことだ。以来、浜中町で酪農家のキャリアをスタートさせた新規就農者は35戸にのぼる。

日本の生乳生産の5割以上を占める北海道だが、高齢化と後継者不足で例年平均200戸近い酪農家が離農せざるを得ない状況にある。浜中町の搾乳酪農家は現在185戸だから、小さな酪農の町が毎年1つなくなるほどの勢いで減っていることになる。昨今の「バター不足」も、元をたどれば酪農家の減少が原因だ。

このような厳しい状況のなか、浜中町は搾乳酪農家数180〜190戸を堅持し続けてきた。これは常に「よそ者」の新規後継者が育っているからだ。ここでは、離農後の牧場に後継者がいなければ、その土地と設備を受け継いで、有限会社浜中町就農者研修牧場(以下、研修牧場)の研修生から新規就農者が誕生する。

北海道には離農者の牧場を北海道農業公社に売却し、これを公社が新規就農者に5年間貸し付ける、農場リース事業という制度がある。リース期間中に経営を軌道に乗せ、資金を貯めて牧場を買い取るためのものだが、浜中町ではさらに、町がそのリース料の半額を助成している。農場のリース料は年間500〜600万円だから、総額1000万円にのぼる金額の助成は新規就農者にとってはありがたい。

組織ではなく、地域を守るための農協

だがこれは一例に過ぎない。浜中町では、農協を起点にさまざま先進的な施策を繰り出し、まちぐるみで地域の産業である酪農を支えてきた。その数十年におよぶ歴史で培われた風土が、たとえ酪農は未経験であっても「ここなら安心して新規就農できる」と、若い「よそ者」を惹きつけている。

「あの農協は変わってる、とよく言われますが、本当に必要なことをしてきただけ」と石橋榮紀代表理事組合長は話す。
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「農協という組織は、組合員が営農を継続できるためにあるんです。組織を守るためにあるんじゃない。気候や土壌の条件から酪農以外では食っていけない地域をどう維持していくか。そのためにやるべきことをやっているだけです」

JA浜中町では1981年、「勘と経験だよりの酪農」から「科学の知見に基づいた酪農」に転換すべく、日本初の酪農技術センターを開設した。今でこそ石橋さんが言うように「本当に必要なこと」と思えるかもしれないが、当時としては相当型破りの「変わっている」施策だった。

周囲を説得し科学的見地による生産サポートを開始

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浜中町の酪農から生まれた商品の数々

農協には都道府県別に単位農協を指導する中央会という組織がある。当時の中央会はJA浜中町の酪農技術センター開設に反対した。「収益を生まない事業に単位農協が手を出したら経営難に陥るから必要ない」という理由だ。しかし石橋さんは頑として引き下がらない。2〜3年かけ辛抱強く説得を重ねた。

「アメリカでは科学的な見地に基づいて酪農を事業として組み立てている。いずれ日本もそうなる、と確信していました。土壌、牧草、飼料、生乳など牛乳生産の全要素を分析すれば、無駄な肥料や飼料を使わず効率的に安全な牛乳を安定供給できる。コストが下がるので収益は上がる。運営費は上がった収益の一部で組合員に負担してもらえばいいわけです。何もマイナスはない」

酪農技術センター設立の翌1982年、タカナシ乳業株式会社北海道工場が浜中町で操業を開始した。1984年には、同社が10%出資するハーゲンダッツ ジャパン株式会社のアイスクリームに浜中町の生乳が使われることに。決め手は、アメリカと同じ科学的管理で生産している唯一の酪農地だったことが大きい。
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酪農技術センターでは、生乳の成分を検査する数々の機械が稼働している

タカナシ乳業が浜中町の生乳でつくる高脂肪乳の「成分無調整4.0牛乳」も、高級洋菓子店や著名パティシエのユーザーが多く、知る人ぞ知る逸品だ。高品質な牛乳を安定供給するためには徹底した品質管理体制が必要なのだ。

情報システムを構築しトレーサビリティを確立

日本でBSE(牛海綿状脳症)問題が起きた翌年の2002年、酪農技術センターでは酪農情報システムを構築し、農協として全国に先駆け、生乳生産のトレーサビリティを確立した。

乳牛1頭ごとの履歴がわかる個体識別管理。牛の健康状態の目安になる生乳の体細胞数や成分、生菌数などがわかる生乳分析。飼料と土壌分析。生乳の出荷状況などがわかる販売管理。こうした生乳生産に関わる全情報をネットワーク化し、生産履歴として一元管理できるようになった。
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JA浜中町営農課の西島宏さんは「すでに各部署で長年のデータ蓄積があったからこそ、ひとまとめにできたわけです。ゼロからシステム構築しようと思ったら難しい。自前で検査機関を持っていたのが良かった」と話す。
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JA浜中町営農課の西島宏さん

実のところ情報システムを導入するとき、石橋組合長は北海道全域、少なくとも釧路管内で導入しようと提案していた。ところが誰も食いついてくれない。「ならば浜中町でやるしかない」ことになった。

農水省に出向くと、食肉・鶏卵課ではBSE問題を契機に肉牛のトレーサビリティの重要性を認めシステム開発に入っていた。しかし、牛乳・乳製品課では乳牛のデータがない。浜中には20年分のデータがある。それならばモデル事業でやらせてもらえないか──そう掛け合うと助成金が付いた。乳牛トレーサビリティをいち早く確立したJA浜中町の取り組みに、他の地域も追随している。

新規就農者に優しい補助金付き牧場リース制度や、酪農技術センター設立によって乳牛トレーサビリティ、「科学の知見に基づいた酪農」を実現するなど、全国に先駆けた取り組みを行うJA浜中町。後編では、実際に新規就農者として浜中町で乳牛飼育を行う方々に話を聞いた。

「よそ者」を呼び込み、最先端を走り続ける酪農のまち  ──北海道・JA浜中町の人を枯渇させない地域づくり(後編)へ続く

関連リンク
JA浜中町農業協同組合


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