Cases
社会課題を解決する先進的なアプローチをご紹介します。

「常識」が通じないなら「超常識」で立ち向かえ ──震災後20年の神戸に学ぶプロジェクトデザイン(前編)

2015年03月31日



「常識」が通じないなら「超常識」で立ち向かえ ──震災後20年の神戸に学ぶプロジェクトデザイン(前編) | あしたのコミュニティーラボ
1995年1月17日から20年を迎えた神戸。ここには、そのときの震災体験が発端となり、活動を興した人々がいる。彼ら神戸を拠点とするプレイヤーの証言には、いまだ「3.11」の記憶が根深く残る日本の各地において、何かしらの行動を起こそうとしている人にヒントを与えられるのではないか──。そんな仮説のもと「震災体験」をキーワードに、神戸のプレイヤーたちを追った。

震災体験から生まれた「新・神戸」のためのコミュニティーづくり 〜震災20年後の神戸に学ぶプロジェクトデザイン(後編)

それぞれの震災体験 ──神戸と福島のダイアログ

2015年1月31日、兵庫県神戸市三宮。デザイン・クリエイティブセンター神戸「KIITO」ではこの日「未来会議」なるイベントが開かれていた。これは福島県いわき市ではじまった活動で、この日のイベントは神戸では初開催となる。神戸と福島、それぞれの地に暮らす人々から各自の震災体験が発表され、参加者はグループに分かれたダイアログ(対話)で震災体験から得た“気づき”を共有していた。
kobe1_1
多くの参加者が集い、被災後を語り合った「未来会議」

kobe1_2
デザイン・クリエイティブセンター神戸KIITO

2012年8月にオープンした「KIITO」は、旧生糸検査所を改修した延床面積1万4,000㎡の建物だ。08年にユネスコ創造都市ネットワークの「デザイン都市」に認定された神戸市は、それ以来「デザイン都市・神戸」を掲げ、KIITOはその拠点となっている。「未来会議」のほかにも、ゼミやワークショップ、さらには大規模イベントが催され、2014年10月に開催された「ちびっこうべ2014」はなかでも話題になった。
kobe1_3
ちびっこうべの様子(提供:KIITO)

「ちびっこうべ」は、小学校3年〜中学校3年の子どもたちが、デザイナー、建築家、シェフなどのクリエイターとともに店づくり、まちづくりに参画する体験型プログラム。KIITOの巨大ホールにつくり出されたまちでは、市民登録をした子どもたちが、ハローワークで仕事を選び、給料を受け取り、お店やさまざまな施設でまちのなかでお金を使うことができる。12年のKIITOオープニングイベントとして実施されて以来、2年に1回のペースで開催され、なかなかの好評を得ているという。

救援&復興活動に参加できないことへの“敗北感”

これらの企画・運営の中心人物となっているのが、KIITO副センター長の永田宏和さんだ。永田さんは大手建設会社の出身。入社後まもなく配属された設計部に在籍し、1995年1月17日の阪神淡路大震災を経験した。
kobe1_4
KIITO副センター長 永田宏和さん

「もともと都市計画を専攻していたこともあって、会社が主導する復興計画にも参加したかったけれど、残念ながら叶わなかった。忙しくてボランティアにも参加できず、何もできないことに、どこか敗北感のようなものを感じていました」

5〜10年も経てば、震災の記憶は風化されていくのかもしれない。8年間勤めた建設会社を辞め、都市計画関連のコンサルティング会社を立ち上げていた永田さんも同様だった。しかしそんな永田さんのもとに、神戸市の担当者が、子ども向けの防災プログラムの企画立案を持ちかけた。震災から10年経った2005年のこと。これが転機だった。

「そのときは、子ども対象の集客をテーマとした賑わい創造型のイベント運営の相談だったのですが、僕には震災のときに感じたあの敗北感がよみがえってきた。同時に、ついに自分の番が来たんだ、って思ったんです」

単に子どもを集めるだけなら、人気キャラクターでも呼べばいい。問題は、震災の記憶が風化されていくなかで、いかに震災を“自分ごと”にしてもらい、にぎわいがある防災活動ができるか、だ。

「正直、まちづくりの現場で山積した問題を見てきて、なかなかブレイクスルーもおきにくいと感じていました。防災の常識を超える『超常識』が必要で、ヒアリングを踏まえ、楽しい防災活動って何だろうか考えたんです」

「+クリエイティブ」で社会課題の解決を図る

こうしてはじまったのが、美術家の藤浩志さんとともに考えた防災イベント「イザ!カエルキャラバン」だった。子どもたちは、使わなくなったおもちゃを家から持参するとポイントがもらえ、そのポイントで別のおもちゃと交換できる。加えて、防災体験プログラムに参加すると、人気のおもちゃのオークションに参加できる。はじめはおもちゃ目的で集まった子どもたちも、防災体験プログラム自体がおもしろくて、プログラムに繰り返し参加するようになる──。
kobe1_5
イザ!カエルキャラバンの様子。水の入った消火器で的当てゲームなど、子どもが楽しんで参加できるプログラム設計になっている(提供:プラス・アーツ)

「“楽しい防災イベント”には最初こそ関係機関からの反発もありましたが、その後は防災イベントの潮流になりました」。神戸からスタートした「カエルキャラバン」は、国内のみならず海外にまで活動を拡げ、これまで延べ20万人以上が参加している。
kobe1_6
フィリピンでの「カエルキャラバン」の様子(提供:プラス・アーツ)

神戸でのカエルキャラバンの後、06年にNPO法人「プラス・アーツ」を立ち上げた永田さん。カエルキャラバンの活動は神戸でも高く評価され、その活動が紹介された新聞記事をきっかけに、当時発足したばかりの「神戸市・デザイン都市推進室」との接点が生まれた。その縁から、永田さんは公募による候補者選定を経て、KIITOの指定管理者となった。

「カエルキャラバンは“防災+クリエイティブ”、ちびっこうべは“教育+クリエイティブ”。社会の課題にクリエイティブの力を『+(プラス)』することで、その解決を図るのがKIITOの役割です。クリエイティブの本質は表面的なデザインじゃなく、考え方を根っこから見直して、社会課題を解決すること。パッケージだけを変えたら商品が売れるようになるわけではない。それと同じことです」

「+クリエイティブ」の機能は、“風”になって“種”を運ぶこと

現在、KIITOの企画事業部を運営するのは、永田さん含め10名。先々のイベント企画のほか、定期的に開かれる「+クリエイティブゼミ」の活動など、多忙な毎日を過ごしているという。ゼミとは、社会課題をテーマにアクションプランをつくる、いわば「プロジェクトの生産工房」のような位置づけ。ゼミをきっかけに「Kobe パンのまち散歩」などのプロジェクトも立ち上がった。
kobe1_7
パンの食べ歩きイベント「神戸PANPO」。オリジナル紙袋に入った一口サイズのパンが販売されており、神戸のまちを散歩しながらパン屋さんをめぐる(提供:KIITO)

永田さんは、プラス・アーツやKIITOで果たす自らの役割を「風」にたとえる。
kobe1_8
「カエルキャラバンにしても、海外に展開されたプロジェクトは必ずしも原型のとおりにはなっていない。だけど僕らは“風”の人になればいいわけで、その先の向こうに地域住民である“土の人”がいて、中間支援的な存在である“水の人”になってくれるスペシャリストがいればうまくいく。KIITOの活動はときに自ら“水の人”にもなることもあるけれど、基本的にはそこに“いい種”を運ぶことができれば、僕らはいずれいなくてもよくなる──」

まちなみを一見すると、神戸はもとの姿を取り戻したかのように見える。しかし目に見えない課題はまだまだ山積しており、永田さんはそこから派生する地域課題の解決を図るプレイヤーの1人だった。後編では、永田さんと同様に「1.17」の体験がその人物の後の人生に何かしらの使命をもたらした、そんな証言を追っていきたい。

震災体験から生まれた「新・神戸」のためのコミュニティーづくり 〜震災20年後の神戸に学ぶプロジェクトデザイン(後編)へ続く


いいね!を押して
Facebookページをフォロー

あしたラボの最新情報をお届けします。

Twitterであしたラボ(@ashita_lab)をフォローしよう!

皆さんの感想をお聞かせください!





  • facebook
  •  twitter
  • RSS

Copyright 2018 あしたのコミュニティーラボ