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ふつうに仕事をしていれば、地域の魅力が見えてくる!? ──アクティブワーキング@日南(前編)

2015年09月01日



ふつうに仕事をしていれば、地域の魅力が見えてくる!? ──アクティブワーキング@日南(前編) | あしたのコミュニティーラボ
宮崎県南部の日南市はマグロの水揚げと林業で栄えたまち。2013年に弱冠33歳で初当選した市長のもと、従来の企業誘致ではない新しい産業振興策に取り組んでいる。そんな日南市を舞台に地方と企業が出会うユニークな取り組みが開催された。コ・ワーキングスペースでふだんの仕事をしながら、地域で活動する人たちに出会い、課題や魅力を発見するこの試み。日常業務を遮断せずに企業が地域と触れ合うことで、どんな価値が生まれるのだろうか。

ツアーの合間にコ・ワーキングスペースでデスクワーク

7月8日(水)午後、宮崎県日南市の油津(あぶらつ)港近く。国登録有形文化財「油津赤レンガ館」に設けられたコ・ワーキングスペースに、「アクティブワーキング@日南」の参加メンバーが戻ってきた。

「アクティブワーキング」とは、都会で働くビジネスパーソンを地方に招き、現地でふだんの仕事をやってみようという実証実験。とはいえ、たんに地方でPCを開く働き方の実験ではない。地域の産業やアクティビティを視察・体験できる「オプショナルツアー」がプログラムに組み込まれており、事業開発や地域活性など複合的な効果を見込んでいる。
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初めての開催となる今回、日南市を舞台に、7月6日(月)〜10日(金)までの5日間、7社12名が東京や福岡などから参加した。

冒頭のシーンは、オプショナルツアーのプログラム「道の駅 酒谷」を訪問した帰りだった。そこで買った名物の草餅を頬張りながら、参加メンバーが企業の垣根を越えて口々に感想を述べ合う。

「年商約1億5000万円、草餅だけで約2400万円の売上だとか。行政頼みではなく、20年前から地域住民の自治で持続的に運営しているところがすごい」
「生産者のお年寄りが若々しく、自分たちで稼いだお金でお孫さんにこずかいをあげるなど生き生きしていた」

草餅を食べ終え、ひととおり「道の駅 酒谷」についての気づきを振り返ると、業務との接点を探しながら仕事に戻る。参加メンバーは三々五々、ノートPCを開きデスクワークに勤しんだ。
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アクティブワーキング最大の魅力は、オプショナルツアーのプログラムに時間的な余白が多いこと。やらなければいけない仕事が発生しても、空き時間で余裕をもって作業できたり、場合によっては次のツアーを見送ることだってできる。企画に参加した忙しいビジネスパーソンのために設けられた拠点が、「油津赤レンガ館」のコ・ワーキングスペース、というわけだ。
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アクティブワーキング@日南のある1日の行程表。この日は、参加企業のリクエストによってBコースが組まれ、ツアー隊は2手に分かれて行動した

また、時間的な余白と拠点の存在は、プログラムの不測の事態にも対応してくれる。

この日は午前中に、日南市が発信する魅力の1つである「クルージングした後で海釣り」を体験し、市民と交流する夜の「パエリアパーティー」の食材を調達するはずだった。しかし、台風の影響で海が荒れ、あいにく出航できなかった。こうした突然のアクシデントがあっても、Wi-Fiを備えたコ・ワーキングスペースを拠点にしているので、空き時間を有効活用して日常業務をこなせる。

地域の魅力や課題に触れるオプショナルツアーと、ふだんの仕事をシームレスに行き来する。5日間びっしりのツアーとなると多忙なビジネスパーソンは二の足を踏むが、仕事も同時にできれば敷居は低い。そんな新しい働き方の実証実験が「アクティブワーキング@日南」だ。

企業と地域を出会わせれば、両者に埋もれていた課題が浮かび上がる

この取り組みを企画したのは、株式会社富士通研究所R&D戦略本部の原田博一さん。異なるセクターの組織や人をつないで新たな価値を創出する「クリエイティブ・メディエイター」として、あしたのコミュニティーラボ(以下あしたラボ)にも登場している。
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株式会社富士通研究所R&D戦略本部 原田博一さん

原田さんはかねがね「企業で新規事業開発や市場調査など外へ出向く仕事に携わっている人たちと、自治体や地域に暮らす人々をつなげられないか」と考えていた。

「企業と公共セクターのリソースや課題を掛け合わせれば、埋もれていた社会課題が浮かび上がり、イノベーションももっと生まれやすくなる。企業にとっては事業機会の探索や人材育成などにも活用できるはず。そんな仮説のもと、企業と自治体や地域などの公共セクターをつなぎ、束ねるエコシステムをつくる団体〈.orgアライアンス〉を構想していました」
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.orgアライアンスが窓口となり、企業リソースを活用して地域課題を解決したい行政サイドと、もたらされる地域課題を「生きた素材」として新規事業探索などに活用したい企業とをつなぐ

そんなとき、人を介して知り合ったのが、日南市商工政策課マーケティング専門官の田鹿倫基さんだった。2013年に33歳の若さで当選した崎田恭平市長の公約「マーケティングのできる民間人登用」として抜擢された田鹿さん(当時29歳)は、宮崎大学を卒業後、株式会社リクルート、株式会社アドウェイズ上海法人を経て、今では「官」に「民」のノウハウを導入している。
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日南市商工政策課マーケティング専門官の田鹿倫基さん

「従来型の企業誘致による雇用促進ではなく、企業と地域が出会うことによって互いに新しい価値をつくりあげ、その結果として地域の魅力が高まり、IUターンで新しい人材が流入する。そんな好循環を生み出したい」と話す田鹿さん。

日南市の目指すところと原田さんの意図がぴったり合致し、日南市×.orgアライアンスによる、これまでにない新しい働き方の実証実験「アクティブワーキング」が実現することになった。

ちなみに、「アクティブワーキング」は「アクティブラーニング」に着想を得た造語。「現地でさまざまな体験をしながら、空いた時間で働き、気づきをふだんの仕事に活かす今回のプログラムと、座学ではなく、プロジェクトに実際に関わりながらその過程で学びを深めていくアクティブラーニングの共通点を見出して名づけました」(原田さん)

ツアーの重要な拠点として利用されたのは、冒頭でも紹介した油津赤レンガ館。全国でも唯一の歴史的文化財を活用したコ・ワーキングスペースだ。

油津港でのマグロの水揚げと、造船材に使われた飫肥(おび)杉の林業で栄えた日南市で、赤レンガ館は豪商の倉庫として建てられた。市民による買取保存を経て市に寄贈され、2014年11月には2階部分がコ・ワーキングスペースとしてオープン。プロ野球キャンプのレポートを送る報道記者の拠点などにも利用されている。
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登録無形文化財に指定されている「油津赤レンガ館」

「企業には、新規事業のタネや新しい働き方の模索などのニーズがある。地域ニーズとの接点を探る機会創出の場として、このスペースを使わない手はないと考えました」(原田さん)

では、オプショナルツアーはどのように構想されたのだろう。

田鹿さんと出会い、日南入りすると、現地の見どころをいくつも案内してもらったという原田さん。その1つひとつが興味深く、強く印象づけられた。

「田鹿さんが案内してくれるところ、会う人すべてに『企業がかかわったら何か起こるのでは?』という可能性を強く感じました。わたし1人の体験ではもったいない。今回のツアーにはそれが大きく反映されています」

途中で帰るはずだったのに、仕事を調整して延長戦に

こうして設計されたはじめての「アクティブワーキング」には、花王や富士ゼロックス、富士通など、実に多様な企業が参加した。7社総勢12名のメンバーは、田鹿さんや原田さんと付き合いのある企業の人々が中心だ。

「弊社でも地域と企業の新しい関係を探る活動を岩手県遠野市他で展開しており、同じ志を感じた」とツアーへの参加を決めた富士ゼロックス株式会社・高橋正道さん(研究技術開発本部コミュニケーション技術研究所チーム長)。「視察や体験の隙間を利用して日常業務をこなせる。こういう働き方はアリだなと思いました。ふだんの仕事と地域の行き来で気づきが多かった」と感想を述べた。
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富士ゼロックス株式会社 研究技術開発本部コミュニケーション技術研究所チーム長 高橋正道さん

富士通株式会社の名本大輔さん(西日本営業本部九州ビジネスイノベーションセンター)は取り組み初日の7月6日(月)から参加し、当初「1泊2日で帰るつもりだった」という。しかし、急きょ仕事の予定を調整して8日(水)いっぱい居残ることを決めた。

「市役所の職員さんと原田さんのコミュニケーションの距離感が近いので、魅力的なものが生まれる予感がしていました。天候不良などのアクシデントにもすみやかに対応できる柔軟な空気が自然にできあがっている。同じ目線で動いているからですね」
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富士通株式会社西日本営業本部九州ビジネスイノベーションセンター 名本大輔さん

花王株式会社生活者研究センターからは、4名が参加。宮崎福祉医療カレッジの学生、若年既婚女性やベテラン主婦、日南市役所の独身男女、シニアの自宅訪問など、多岐にわたる世代への聞き取り調査を実施した。

「わたしたちのふだんの仕事は生活者の行動観察と生の声を聞いて変化を捉え、開発現場にフィードバックすること」と話すのは、生活者研究センターライフスタイル研究室・室長の長谷川伸子さん。「いつもの調査は首都圏中心。地方の方々の生の声を聞けるのは貴重な経験ですが、いきなりわたしたちが訪問しても警戒される。今回のツアーは市役所の方がアテンドしてくださったので、とてもスムーズに進みました」と感想を語る。
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花王株式会社生活者研究センターライフスタイル研究室室長 長谷川伸子さん

日頃の業務には、どんなメリットを感じたのか。

長谷川さんは、シニア層への調査で、公共交通機関が発達しドラッグストアも近隣に多い首都圏とは違う購買行動が見られるという予測はしていた。実際に話を聞いてみると、80歳を過ぎても元気にクルマで買い物に出かけるお年寄りたちが多いことに驚いた。さらには「もし運転できなくなったらみんなで乗り合いタクシーで行こう」と話していたのが印象的だったという。

同じくライフスタイル研究室リサーチリーダーの秋田千恵さんも「首都圏の住民は、その気になれば豊富な店舗で現物を手に取れるからこそネットでも気軽に買えるが、現物に触れる機会が少ない地方ではそうはいかない。ネットなら手軽に買えるという単純な話ではないことに気づかされた」と話している。
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花王株式会社ライフスタイル研究室リサーチリーダー 秋田千恵さん

同じものを見ても業種によって目のつけどころが違う

「アクティブワーキング@日南」開催中の7月7日(火)、世界でも10本の指に入る豪華客船「ボイジャー・オブ・ザ・シーズ」(重量13万7,276トン)が市内の油津港に寄港した。
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豪華客船の立ち寄りによって、小さな町には人があふれた(提供:花王株式会社 生活者研究センター)

約5万5,000人の市民が暮らすまちに創出された、台湾人のインバウンド旅行者、その数およそ3,000名。「自社でならどのような施策を講じることができるか」と、参加メンバーは思い思いに考えた。

「12時間の限られた滞在時間で、効率的に台湾の方たちのニーズに応え、日南市の価値と魅力を堪能してもらう。そんなコンシェルジュ的サービスをICTでお手伝いできないか、と瞬間的に思った」とは富士通・名本さんの弁。

一方、花王の秋田さんは「三世代一家、ファッショナブルな母娘、小さなお子さんのいる家族、親戚同士……。台湾の家族のさまざまなかたちが見えました。日本の豪華客船クルーズのように定年退職したシニア層が中心ではない」とバラエティ豊かな客層に着目した。

同じものを見ても業種によって気づきが違う──。名本さんも語ってくれたのだが、こうしたツアーでその気づきを互いに共有することから、異業種間で何か新しい化学反応が起きるかもしれない。

「1つの課題に対して互いの専門性を持ち寄る。少なくとも新規事業開発や調査部門の人たちの間でなら、それぞれが個人的に興味を持ったことのレベルまでは企業秘密でも何でもないわけです。だからオープンにし合える。日南市というフィールドを実験場にして、それをやってみました」(原田さん)
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滞在を終え、油津港を離れる「ボイジャー・オブ・ザ・シーズ」。オプショナルツアーの参加企業は、それぞれに発見を得たようだ(提供:花王株式会社 生活者研究センター)

コ・ワーキングスペース「油津赤レンガ館」を中心に展開された「アクティブワーキング@日南」。企業が地方と出会うことで、業務との接点を見つけ、事業へのつながりをイメージすることができた。では、企業を受け入れた側の地域では、どのような気づきを得ることができたのだろうか。後編では、今回のツアーをコーディネートした市の職員の話を入り口に、日南市の産業振興戦略に迫る。

行政だけでも、企業だけでもだめ。地域課題をあぶり出すエコシステム──アクティブワーキング@日南(後編)

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