Cases
社会課題を解決する先進的なアプローチをご紹介します。

多様な自己決定が尊重される社会を目指して ──東京大学先端科学技術研究センター「DO-IT Japan」(後編)

2015年10月29日



多様な自己決定が尊重される社会を目指して ──東京大学先端科学技術研究センター「DO-IT Japan」(後編) | あしたのコミュニティーラボ
教育分野における合理的配慮。そこにテクノロジーを導入させるときに立ちはだかる壁は、日頃の授業だけではない。高校受験、もしくは、大学のセンター試験でのテクノロジーの導入は、より高い壁として立ちはだかる。後編では、受験現場における合理的配慮の課題、そして、DO-IT Japanが実現したい未来について、話を伺った。(TOP画像提供:DO-IT Japan 撮影:青木遥香)

“セルフアドボカシー”によって健常者と同じ競争の場へ ──東大先端研「DO-IT Japan」の挑戦(前編)

ワシントン大学で制度へのアプローチの仕方を学ぶ

日本で展開されているDO-IT Japanのプログラムは、DO-IT Japanディレクター近藤武夫さんをはじめとする、東京大学先端科学技術研究センター(以降先端研)のメンバーが独自に企画運営しているものだが、「DO-IT」の考え方の源流は、アメリカの「ワシントン大学DO-ITプログラム」にある。
東京大学 先端科学技術研究センター准教授 DO-IT Japanディレクター 近藤武夫さん
東京大学 先端科学技術研究センター准教授 DO-IT Japanディレクター 近藤武夫さん

2005年4月、先端研に特任助教としてやってきた近藤さんは、当初バックアップメンバーとして、当時、中邑賢龍(なかむらけんりゅう)氏(先端研教授)がディレクターを務めていたDO-IT Japanに参加していた。その後、2010年にワシントン大学のDO-ITセンター客員研究員として1年間を過ごし、合理的配慮と差別禁止の制度的なアプローチを研究した。

「すでにアメリカでは合理的配慮の提供は長い歴史を通じて整備されていたアプローチだったので、米国の教育制度全般のなかでそれが具体的にどのように実装されているのか、向こうのチームと一緒に研究を続けました。帰国した頃、ちょうど国内でも合理的配慮の取り組みに対する機運が高まっていたんです」

学びの環境にも働きかけ、前例をつくりだしていく

前編でも紹介したスカラープログラムは「障害のある子どもたち本人をエンパワーメントしていく取り組み」であるが、それとは別に、周囲の“環境”に働きかける活動として「DO-IT School」も展開している。

たとえば、学校での試験実施にテクノロジーを導入し、試験のアクセンシビリティを向上させるプログラム。このほか、マイクロソフト社のKinectを使い、重度重複障害のある子どもたちのわずかな動きをセンシングし、彼らの意思表示や意思決定の手段となる「OAK(Observation and Access with Kinect)プログラム」を展開する。DO-IT Schoolには、障害のある児童生徒ではなく、全国からこうした方法について実践を行いたい学校が参加する。
プログラムに取り組む学生たちの様子 (提供:DO-IT Japan 撮影:青木遥香)
プログラムに取り組む学生たちの様子
(提供:DO-IT Japan 撮影:青木遥香)

さらに、DO-IT Japanでは、受験での合理的配慮を求めるスカラーをバックアップする取り組みも重要な活動の1つになっている。

たとえば、読字障害は、教科書や問題用紙の設問など、印刷された文章を読み解くことに困難がある障害だ。文字が霞んで見える、反転して見える、似ている文字を間違える、行を飛ばしてどこを読んでいるのかわからなくなってしまうなど、人によってケースも異なる。

そうした困難のための合理的配慮の手段の1つが「代読」。2015年1月、大学入試センターに音声での受験を求める交渉を行った読字障害のあるスカラーが、「代読」での受験を認められるケースが生まれた。しかし「これは非常に大きな一歩でした。しかし、彼にとって、代読ではまだ不完全な部分もありました」と近藤さん。それはなぜか。

「受験生としては、もっと早く読んでほしいこともあるでしょうし、私たちと同じように、途中で次の設問に移ったり、ページ飛ばしをしたりすることもあるでしょう。しかし、係員に読みあげをお願いする代読は『もっと早く読んで』とか『次の設問にいって』とは、なかなか頼みにくいわけです。そのスカラーは、日頃、コンピューターによる音声読み上げ機能を流暢に使いこなしていて、音声読み上げの速度を自由に調整して使っていたり、自分が読み上げたいと思っている場所を自由に指定して読み上げさせていました。今回、代読は認められたものの、実は彼が求めていた配慮はコンピューターによる音声読み上げでした。それが彼にとっての『適切な配慮』だったということです」

音声読み上げが利用できる環境を

音声読み上げツールが介在すれば、読み上げた音声を耳で聞いて内容を理解したり、画面で読み上げている箇所をハイライトで示して見落としが起こりにくいように情報提示したりできる。コンピューターのOSの多くには、音声読み上げ機能が標準の機能として備わっているが、さらに東京大学先端科学技術研究センターでは、こうした読字障害のある人の音声読み上げの利用を円滑にするiPadアプリ「タッチ&リード」も開発。カメラで撮影した画像からの文字認識、文字の読み上げ、文字の書き込みなどができるツールで、文部科学省「学習上の支援機器等教材研究開発支援事業」にも採択されている。

また、近藤さんの研究室では、読むことに障害のある児童生徒に向け、音声読み上げに対応した教科書のデータを、インターネットを通じ無償配信するプロジェクト「AccessReading」も運営している。
音声読み上げ機能を用いて、文章を読んでいるスカラー(提供:DO-IT Japan 撮影:青木遥香)
音声読み上げ機能を用いて、文章を読んでいるスカラー
(提供:DO-IT Japan 撮影:青木遥香)

「決まりきった1つだけの方法ではなく、個々のニーズに対応できる選択肢が増えていけば、障害のある人たちの受験への参加もしやすくなり、障害が理由で教育の機会を奪われることがなくなります。入試段階での配慮には今後の整備が必要な点が多く、これからスカラーたちとともに働きかけていきたいです。そこで彼らが生み出した前例が、同じ障害や困難のある人のチャンスを拡大することにつながっていくと考えています」

すでにDO-IT Japanのスカラーで、民間企業に就職を決めた人たちも出てきている。教育環境だけでなく、障害のある多くの人々の就労環境でも、配慮に関する合意形成がしやすくなることを目指して、民間企業への合理的配慮の理解を進める働きかけも行っていくという。

民間企業の合理的配慮は、障害者差別解消法では「努力義務」とされている。しかし同じく障害者権利条約によって進められた「改正障害者雇用促進法」(2016年4月施行)では、雇用者に対する差別の禁止と合理的配慮の提供を講ずるよう義務づけられている。近藤さんらと富士通ラーニングメディアでは、こうした制度の理解を進めるオンライン教育プログラムも開発している。

「これからは障害のある人と企業が公平に話し合うこと切な配慮のあり方を実現していく時代」と近藤さん。企業と障害のある雇用者による合意形成は、今後ますます増えていくだろう。

多様性を包摂できる社会

そんな近藤さんの実現したい未来は、どんなものなのだろうか。

「先端研に勤めている、熊谷晋一郎という准教授がいます。彼は肢体不自由のある当事者で、日頃電動車いすを使って移動していますが、研究室で大きな地震に見舞われたとき、エレベーターが止まって外に逃げ出すことが困難だったそうです。しかし健常者なら、エレベーターが使えなくても、階段や非常用はしごを使うことができる。1つのものだけに依存しなくても、他の手段も選ぶことができる状態にある。その点が階下への移動でエレベーターだけに強く依存する自分の状態と違う。そうした体験から彼は『実は“自立”というのは、“依存先を多元化できること”なのではないか』と考えたそうです。多数派である健常者では、依存先が当たり前にたくさんあることで、薄く広く多くのものに依存している。その状態が傍目からは『自分だけで立っているようにみえる』と」

さらに、近藤さんは続ける。

「これは、『依存は悪、自立は善』という素朴な一般論を超える観点だと感じています。DO-ITで実現したい未来は“障害のある人たちも依存できるものが多様に存在していて、それらを上手に活用しながら、自分自身の生き方や自己実現のあり方を自己決定できる社会“。これから日本全体が、多様性を包括していける社会にまで成熟していかなければいけません。障害という切り口は、そのあり方を考えられる端緒になります」

障害のある人にとって暮らしやすい社会は、自らの夢の実現のため、選択肢がたくさんある状態のこと。そんな社会ならば、障害のあるなしに関わらず、きっと誰もが暮らしやすい理想的な社会だといえるはずだ。

“セルフアドボカシー”によって健常者と同じ競争の場へ ──東大先端研「DO-IT Japan」の挑戦(前編)

関連リンク
DO IT-Japan
東京大学 先端科学技術研究センター
厚生労働省の定義する、教育における合理的配慮


いいね!を押して
Facebookページをフォロー

あしたラボの最新情報をお届けします。

Twitterであしたラボ(@ashita_lab)をフォローしよう!

皆さんの感想をお聞かせください!





  • facebook
  •  twitter
  • RSS

Copyright 2020 あしたのコミュニティーラボ