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たった1人の想いから生まれた、
社内2,000人のネットワーク ──パナソニック有志の会“One Panasonic”(前編)

2015年11月17日



たった1人の想いから生まれた、<br />社内2,000人のネットワーク ──パナソニック有志の会“One Panasonic”(前編) | あしたのコミュニティーラボ
“One Panasonic”は、社員のモチベーションの向上・知識拡大・人脈形成を目的とした有志の会(2012年3月〜)。社内外での交流からイノベーションの種を生み出そうとする取り組みは外部からも評価され、社内コミュニケーションに関する多数の受賞歴がある。創設者は、2006年にパナソニック株式会社に入社した濱松誠さん。普段はパナソニックのコーポレート戦略本部に在籍し、同社の人材戦略に関わる仕事を本業としている濱松さんが、時間外の手当も出ないこの活動に没頭するのはなぜなのか。大阪府門真市にあるパナソニック本社で話を伺った。

若手有志のネットワークを外に拡げ、日本の未来にイノベーションを! ──パナソニック有志の会“One Panasonic”(後編)

本業と放課後活動、2枚の名刺を持つ男

「パナソニックの、濱松誠です」

濱松さんがそう言って取り出した名刺には「パナソニック株式会社 コーポレート戦略本部 人材戦略部 リソースマネジメント課 主務」と記されている。パナソニックの人材戦略。それが、濱松さんの“本業”だ。

「これとは別に、こんな活動をしていまして……」

そういって差し出したもう1枚は“One Panasonic”の名刺。同社にある“有志の会”の活動用だ。One Panasonicは濱松さんが2012年に立ち上げたグループで、次の3つのミッションを掲げている。

1.志・モチベーションの向上
2.知識・見識の拡大
3.組織・年代・国籍を超えた人的ネットワークの構築

濱松さんら幹事は、業務を終えた“放課後”の時間を利用して、One Panasonicの活動運営を取りまとめている。もちろん、時間外手当などの給与は出ない。業務時間外には社外交流のため大阪府外に駆り出されることもあるが、そのときの交通費などもすべて自腹だ。

「この活動で大事にしているのは、志を持った参加者のそれぞれが知見を養い、人脈を拡げること。“意識高い系”というと、最近は逆にマイナスに聞こえてしまうかもしれませんが、私は“One Panasonic”を、何かを変えたいという志の高い社員が集まる、上質なコミュニティーにしていきたい」

ネットワーク拡大を決断させた事業再編

One Panasonicにおける濱松さんの肩書きは“founder”、すなわち創設者だ。そもそものはじまりは2005年。同社からの内定を受けてから入社までの間に、「先輩たちと出会える機会が思っていたよりも少なかった」ことを残念に感じた当時の濱松さんは、さっそく内定者懇親会を企画。2006年に入社して以降も、自分と同じような思いをする人間が出てきてほしくないと、毎年、40〜50名が参加する若手社員と内定者の懇親会を企画した。参加者は年を追うごとは拡大し、活動を6年ほど継続したころには、400〜500名の若手ネットワークができあがっていた。

「ほとんどの場合、職場に戻れば、自分の世代よりも、先輩の世代のほうが多い。その状況では、相談したいことが相談しにくいと感じる人がいるのは事実です。しかし、内定者懇親会や若手ネットワークには職場を外れても相談できる仲間がいた」

One Panasonic founder 濱松誠さんOne Panasonic founder 濱松誠さん

そんな折の2011年から、パナソニックでは組織の再編成が起きる。まず、パナソニック電工株式会社、三洋電機株式会社を完全子会社化。2012年1月からは「9ドメイン+1マーケティング部門」で構成した新事業体制へと移行した。

世界で数十万人の社員を抱える“新生パナソニック”。その合併にともない、社内にはこれまで育ってきた環境や風土の違いからか、不満や不安を唱える声もあったという。そこで濱松さんは、年代だけでなく、パナソニック電工や三洋電機といった出身会社も関係なく集うことのできるコミュニティーをつくろうと考えた。それが、内定者懇親会のネットワークを拡大させてできた、One Panasonicだった。

うまくいったのは、最初に経営トップを巻き込んだから

結成にあたって参加者の気持ちを一体にするために、濱松さんはこのタイミングで、ある挑戦をする。当時の社長・大坪文雄氏(現・特別顧問)を巻き込むことだ。大坪氏は、2006年にパナソニックの社長に就任し、2012年に退任するまで、松下電工からパナソニックへの社名変更、その後の事業再編で舵をとってきた人物。

「もともと会社の経営陣から出てきた『One Panasonic』というフレーズには、3社一体となってシナジーを生み出そうという願いが込められており、それを発表した大坪さんこそが、アイコンになる。この人を連れてこないことには、真のOne Panasonicとは思えなかった」

2011年から2012年にかけて行った事業再編にあたり、大坪社長(当時)は、社員からシナジー創出のためのアイデアを募る “目安箱”を設置した。濱松さんはその目安箱に、One Panasonicについての自らの思いを綴り、送信した。

「組織の壁を越えて社員が1つになるとき。若手なりに1つになろうと企画したOne Panasonic交流会に5分だけでもいいから顔を出していただきたい」

思いは通じた。会社のレストランを貸し切って行われた交流会に、ゲストスピーカーとして大坪社長(当時)が参加。参加者に、経営陣としての思いを託した。そしてその日を、One Panasonic結成の日とした。

One Panasonic結成の日、交流会に参加した写真と大坪社長(当時)(提供:One Panasonic)One Panasonic結成の日、交流会に参加した写真と大坪社長(当時)(提供:One Panasonic)

最大のキーパーソンはミドル層

こうしてOne Panasonicは本格始動を迎えた。以降、2〜3カ月おきに開いてきた全体交流会は「裾野を拡げる活動」と濱松さん。ここでは主に、経営幹部や社外の人物を招き、社員との交流を図っている。現・社長である津賀一宏氏が参加することもある。

ときに役員クラスが参加し、一般社員との胸襟を開いての意見交換がなされる。そうしたタテの関係と、部門やカンパニーを超えたヨコ同士の関係、そして、その両方を越えたナナメの関係の構築が最大の目的だ。

「部課長クラスを招いた『ようこそ先輩』というプログラムも開いています。役員クラスと若手はすぐによし、やるぞ!という話になりますが、現実に組織を回していかなければならないミドルマネジメント層は、なかなかそうはいかず、活動から距離を置いたり人によっては反対したり…。どこでもそうした話を聞きます。しかし、本当に会社を1つにし、価値を生み出していこうと思えば、彼らミドル層にこそ、この活動に参加してもらいたい。だから、先輩方には『後輩たちのために、過去の失敗談と武勇伝を教えてください!』と、少し脇腹をくすぐるようなお願いの仕方をしています(笑)」

全体交流会は、大阪、東京、福岡にまでエリアを拡大し、今後は名古屋での開催も予定している。交流会の誘いは、過去につながったメンバーに対してのメールマガジンや、イントラネットやFacebookを通して行われる。One PanasonicのFacebookは今年9月「4,000いいね!」を突破した。これはパナソニックの採用Facebookページを上回る数だ。

One Panasonicの運営体制図(提供:One Panasonic)One Panasonicの運営体制図(提供:One Panasonic)

たった1人の新入社員の思いが発展して組織されたOne Panasonicの総参加者数は、現在およそ2,000人まで膨らみ、社外にも多くの賛同者もいる。その秘訣は「情熱を持ち続けたこと」。そんな濱松さんは、入社からおよそ10年が経過した今、次なる目標に向け、その情熱を注ぎ続けている。

有志の会として、社内の一体感を醸成し、社内活性化を模索してきたOne Panasonic。その先には「日本を変えたい」とする思いがあった。濱松さんたちはどんな未来の可能性を描いているのか。後編では活動の将来像について伺う。

若手有志のネットワークを外に拡げ、日本の未来にイノベーションを! ──パナソニック有志の会“One Panasonic”(後編)へ続く

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パナソニック


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