(1)企業とユーザーの気持ちをつなげる「デザインの原則」とは──電通・岸勇希さんの「コミュニケーションデザイン」
(2)社会課題解決のアクションも1つの“デザイン”の結果──電通・岸勇希さんの「コミュニケーションデザイン」
100年先の地方百貨店を考えるために“人を育てる”
──「モチベーションをデザインする」とは、どういうことなのでしょうか?
岸 モチベーションは人間がコントロールすべき、最大にして最強のエネルギーだということです。たとえば、「若い人が選挙に行かない」という根深い課題がありますよね。正直、広告だけで解決できる気がしません。でももし、何らかの方法で、モチベーションをデザインできれば、もちろんその方法は簡単ではないでしょうが、解決の糸口は見えてきます。
「コミュニケーションデザイン」という考えを発表したのは2008年でしたが、それから今日までずっと、コミュニケーションをデザインすることの意味や可能性について考え続けてきました。何を志し、なぜそれを達成するかについての問いです。
株式会社電通 エグゼクティブ・クリエーティブ・ディレクター 岸勇希さん
そんな日常の思考のなか、去年1年間かけて“最強の敵”と戦う方法について考えていました。思考の訓練というか、着想のきっかけ探しみたいなものです。
最強の敵、漫画とか映画によく出てきますよね、火を操ったり、天気を操ったりする能力を持ったやつや、『デスノート』みたいに死を操れる能力をもったやつもいます。恐ろしい敵です。まともに戦っても勝ち目はありません。
それでも、彼らに勝つ方法があったんです。
それは、「相手のモチベーションを奪う」という方法です。火を操るやつが「火とかもう出す気ないわ……」となれば、火は出ません。死を操るやつも「死とかもういい……」となれば、誰も死なずにすみます。そう、人は何かしらのモチベーションがあって動いているわけです。
この例、残念なことに、モチベーションを奪うという状況から着想があったのですが、目指すはこの逆、少々傲慢な言い方ですが、モチベーションを付与することが仮に可能であれば、それはあらゆる課題を解決できるのではと気づいたわけです。
── “モチベーションデザイン”のヒントとなった事例があれば教えてください
岸 ヒントになった事例と言うよりは、モチベーションデザインという概念にたどり着いた後、自分のこれまでの仕事を再整理していたら、「あ、このとき自分は、モチベ―ションをデザインしようとしていたんだ」と追って認識できた事例があります。それが2012年からスタートした、熊本県の鶴屋百貨店と行っている「鶴屋イノベーションプロジェクト」です。
鶴屋イノベーションプロジェクト サイト
プロジェクト開始当時は気づいていなかったのですが、いま振り返ってみると、しくみでもかたちでもなく、「モチベーションデザイン」のヒントになったことは間違いありません。
──どんな背景をもったプロジェクトなのでしょうか
岸 熊本にある鶴屋百貨店は1951年創業です。久我彰登(くが・あきと)社長からのオーダーは「30年後、50年後、100年後、地方百貨店という業態に未来はあるのかについて一緒に考えてほしい」というものでした。ご存じのとおりネットを使えば、いつでも、どこでも欲しいものが買えてしまう時代、百貨店にとっては、厳しい時代です。
幸い鶴屋は熊本県民に愛されることで、善戦している状況ではありましたが、それでもこの先50年、100年後はどうなるかわからない状況でした。「体力のあるうちに、やれることをやっておきたい」という久我社長の凄まじい危機意識がそこにありました。極めて本質的で、重い課題です。小手先では通用しない。
まず提案したのは、“三樹の教え”と言う、中国の政治家・管仲の編纂した書物『管子』の言葉でした。
10年先を考えるなら、木を植えよ。
100年先を考えるなら、人を育てよ。
すばらしい言葉です。来年の売上アップをねらうなら、広告キャンペーンを仕掛ければ可能でしょう。10年後の売上なら新店舗をプロデュースするという方法があります。しかし、30年後となると恐らく僕はこのプロジェクトを担当していないでしょうし、50年後は生きているかも定かではありません。
100年先まで見据えたとき、できることはただ1つ、「人を育てること」。すなわち鶴屋百貨店自身が変わるしか、答えはありませんでした。
人のマインドを逆算して、イノベーションを設計する
──プロジェクトはどのようなことから着手したのでしょうか?
岸 とはいえ60年以上続いている企業文化を、そうそう簡単には変えられません。まずは、鶴屋百貨店社員の意識改革に着手しました。具体的には、時代の変化に負けることなく“常に自由闊達にアイデアが出る百貨店”づくりです。アイデアはそれを生み出す人材だけでは不完全です。生まれたての弱いアイデアを守り、育んでいく環境が不可欠でした。
鶴屋百貨店のフィロソフィーを、段階を追って形にしていく(取材をもとに編集部作成)
鶴屋内部ではつい効率を優先し、新しいチャレンジの芽を摘んでしまうこともあったといいます。社内の空気をイノベーティブなものに変えるうえで有効だったのが、“全社員向けのアンケートとその報告書”でした。
「なぜ鶴屋百貨店で新しいアイデアが出ないのか」、「どういうところに問題があるのか」など、さまざまな設問をアンケートにして社員に投げかけました。ポイントは、その回答を鶴屋社内を通さず、直接僕に送ってもらうようにしたこと。上司や役員を通すと、どうしても上の顔色を見て回答してしまうため、本当の課題が見えなくなってしまいます。外部の人間である僕に直接届くようにすることで、真の課題を浮き彫りにすることが可能となりました。
実際、このアンケートで多くの課題が見えたことで、効果的に課題を抽出ができました。そしてもう1つのポイント。それが、「アンケート結果の共有」でした。1つひとつの設問に対し、その結果と、コメントを僕自身の言葉として添え、タブロイド判の報告書として全社員に配布しました。
──どんな反応があったのでしょうか?
岸 正直かなり厳しいコメントを返しました(笑)。ただし、気を付けたのは、現場の社員に対しても、経営陣に対しても、フェアで、誠実にコメントをしたことです。
たとえば「それ社員の甘えだろ」と社員を叱る一方、「経営陣が本気じゃないからダメなんじゃない」と経営者にもプレッシャーをかけました。会社が良くなるために、容赦なく、でもフェアにコメントをしたわけです。大切にしたのは、何にせよ、本気で反応することが伝わることでした。アンケートを書くのは結構大変なことです。熱心で会社対して愛のある人ほど真剣に書いてくれます。
アンケート結果をまとめたタブロイド判(提供:鶴屋百貨店)
でも、もしそんなアンケートに対してなんの返事も反応もなかったら、当然その人はモチベーションを下げてしまいます。「もう馬鹿らしいからアンケートなんて2度と書かない!」と。
企業のモチベーションを回復させるうえでもっとも大切なことは、「“正直者が馬鹿を見る”の徹底排除」です。オープンでフェアな環境こそが、企業モチベーションを健全化させていく第一歩になります。
仮に厳しいコメントであっても、きちんとした反応が返ってくることで「会社は本気で変わろうとしているのかも」と信じられるファクトになります。アンケートを丁寧に戻すこと自体が、会社が変わるというファクトとしたわけです。実際このアンケートで会社の雰囲気は大きく変化しました。
鶴ゼミの様子(提供:鶴屋百貨店)
このようにアイデアを阻害しない環境を整えつつ、今度はアイデアを出す人材の育成として「鶴ゼミ」なる、社内の選抜社員へのアイデア講義なども1年間をかけて行いました。
鶴屋さんとのプロジェクトは、とてもここでは語り切れないほどエピソードが色々ありますが、すべてに通底して、「社員のモチベーションへの意識」があります。「人を変え、企業風土を変える」ためには、従業員のみなさんの気持ち、姿勢がすべてです。そのためにはモチベーションのデザインが極めて重要だったわけです。
──モチベーションデザインは、これからどんな発展をみせるのでしょうか?
岸 「概念化→実証→体系化……」という段階でみると、モチベーションデザインはまだ「概念化」の段階に到達したばかり。これから5年でも6年でもかけて、実証・体系化を進めていきたいと考えています。
自分の過去を振り返っても、鶴屋プロジェクトのように、モチベーションをデザインしていたという事例はいくつかあります。その経験からも、モチベーションデザインはコミュニケーションデザインの究極形態だと確信しています。
遠くない未来、必ずモチベーションデザインを自分のものにし、より根深く、大きな課題を解決できるように進化させていきたいと思っています。
(1)企業とユーザーの気持ちをつなげる「デザインの原則」とは──電通・岸勇希さんの「コミュニケーションデザイン」
(2)社会課題解決のアクションも1つの“デザイン”の結果──電通・岸勇希さんの「コミュニケーションデザイン」
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