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「与えられる学び」からイノベーションは生まれない!──ソーシャルデザイナー太刀川瑛弼さんと考える超未来の大学

2016年02月15日



「与えられる学び」からイノベーションは生まれない!──ソーシャルデザイナー太刀川瑛弼さんと考える超未来の大学 | あしたのコミュニティーラボ
学生と社会人の新しい学びを考える共創プロジェクト「あしたラボUNIVERSITY」では、2/18(木)-19日(金)の2日にわたって、“常識を覆せ、わたしの考えるみらいの大学”をテーマにアイデアソン「大ガッコソン!」を実施します。未来の大学を考えるうえで、“大学そのもの”にとらわれるのではなく、ソーシャルデザインの視点から考えると、どんな未来が見えてくるでしょうか。過去、あしたラボのインタビューで「デザインを通じた世のなかの課題解決」について語っていただいたデザイナーの太刀川瑛弼さんに、“超未来の大学像”というテーマで再び話を伺いにいきました。

「先生に与えられる学び」は重要ではない!

──太刀川さんは以前「あしたラボ」のインタビューで、「物事の奥にひそんでいる“問い”を発見し、より良くつくりかえていくのがデザインの根幹」とおっしゃっていました。そんな観点から企業のビジネスモデル構築やブランディング、地域産業の活性化まで幅広く取り組み、大学でも教えられています。今の大学についてどんな印象を持って、また問題を感じていらっしゃいますか。

太刀川瑛弼

太刀川 大学に限らず、今の学校教育で大問題だと思うのは、「与えられた問いに答える」ことが学びの主眼になっていること。問いには2種類あると思っています。まず1つは「与えられた問い」、そしてもう1つが「探しだした問い」です。与えられた問いには、すでに決まった答えがあるんですよ。でも、その答えをかつて見つけた人は、誰も考えたことのない問いに挑んで答えをつかんだわけでしょう? つまり、与えられた問いに答え続けたとしても、決して新しいコトやモノは生み出せないんです。

ただ、すでに答えのある問いを与えたほうが、学校教育としてはやりやすい。だから学校側の都合で教育が組み立てられている。もちろん、そうではない大学もあると思うし、そうではない先生もたくさんいらっしゃることはわかって言っているのですが、ベースがそうだとすると大問題です。

そこに欠け落ちているのは“好奇心を養う”こと。大学を含め教育機関が真っ先に取り組まなければならないのは、そこだと思います。

──好奇心がなければ、自分で問いを立てることもできませんね。

太刀川 そうです。好奇心に突き動かされて、自分で問いを立てることができれば、今やインターネットでいくらでも独学できます。

かつては、すでにある問いの答えを知っている人が少ないから、それで教えたことになったかもしれませんが、今それは何のアドバンテージにもならない。だから、好奇心を無視して与えられた問いに答えさせるだけの教育には、もう無理があるんですよ。

太刀川瑛弼

──太刀川さんはどうして「与えられた問い」が重要ではない、と考えるようになったのでしょうか。

太刀川 ぼくはプロのデザイナーとして仕事をしていて、教えてもいます。しかし、大学では建築を専攻したので、プロダクトデザインとグラフィックデザインに関しては独学で学びました。なので「与えられる学び」については懐疑的なのですが、建築やデザインに関わらず、何でも自分なりに学ぶのは大好きなんですね。

大学の建築学科の授業でとても良かった記憶があるのは設計製図。ざっくり「幼稚園を設計して。何でも自由に考えていいよ」みたいな課題が出るんです。
ぜんぜん答えの決まった問いではないですよね。答えはいくらでもある。設計を一生懸命に考えて先生に提示しても、「なんでここはこうなの?」とまた問いで返される。答えが○×じゃない。過酷な授業でしたが学生は燃えました。

太刀川瑛弼

──幼稚園という建築上の課題に関して、思いもよらなかった問いがあることに気づかされるわけですか。教えられるのではなくて。

太刀川 それもあるし、問いを繰り返すことで問いがアップグレードするんです。「その問いを立てたなら、もっとこんな問いについて考えたほうがより良い答えにたどりつくのでは?」といった具合に。最低限の条件を満たす基礎知識を踏まえたうえで、問いをアップグレードできるかどうか。それが学びだと思います。

カッコいい大人を追いかける場としての大学

太刀川瑛弼

──では、好奇心を発動できる場として、これからの大学はどんな環境であると望ましいのでしょう。

太刀川 まずは自分を見つめ直す時間が必要です。自分はいったい何をおもしろいと思うのか、どんなことに適性があるのか、最初はわかりません。だから、自分が少しでも興味のありそうなことを文系・理系問わず“つまみ食い”できる環境が築かれていることが大切だと思う。

1つの領域だけでなく、いくつかの領域を横断して好奇心を持った人こそが、異分野の知見を組み合わせてイノベーションを起こせます。多様な領域に向かうであろう視野を、専攻などのゲートで狭めるべきではありません。好奇心の赴くまま“つまみ食い”して学んだ結果、建築科を出たのにデザイナーになった、というぼくのようなケースはプロの世界に多いです。

そのため、大学で学ぶ前半の2年間は、いろんなカッコいい大人の後ろ姿を追いかけられる環境であってほしい。そうすれば、多様な刺激を受けて、ロールモデルを設計しやすくなります。専任教授だけでなく、社会の現場で活躍しているプロの客員教授から腕っ節を鍛えられる機会が増えるといいですね。もっと社会との風通しを良くし、大学の中と外の循環が活発になると、カッコいい大人に出会えるチャンスが増えます。

太刀川瑛弼

──大学には教育機関と研究機関という2つの側面がありますが、その役割の違いによって捉え方は変わるでしょうか。

太刀川 大学を教育機関として捉えた場合、大学=助走期間でなければならない。カッコいい大人の後ろ姿に刺激され、好奇心が動き出し、学びたいことが見つかって、キャリアパスが見えてくる。その過程で、先に述べたような「与えられた問い」に答えなければならないフェーズはあまりないと思う。

一方で、研究機関としての大学の役割は、いまだに解決できない課題に対して、答えが出やすいようなかたちまで因数分解するために、新しい問いを打ち立てること。優秀な研究者は必ずそうしていると思います。

すなわち、教育にせよ研究にせよ、“好奇心に突き動かされた問い”こそが重要なのです。問いを立てやすい環境をつくるためにも、大学は、答えのない問いにあふれた社会とのつながりをつくる存在であってほしいですね。

──たとえば、高知大学の地域協働学部のように、先生も学生も一緒になって、地域の課題に取り組む大学が目立ちはじめました。社会に対して、新しい問いを打ち立てるための接点になりそうですね。

太刀川 そのプロセスはものすごく正しい。どこも過疎化と高齢化が進んでいる一方で、新たな価値を生み出しそうな地域資源も抱えています。ローカルの課題は世界共通なんです。だから、ローカルにイノベーションが起きると、それはグローバルに再生産できる可能性が高い。そのためには、フィールドから誰も問うていなかった問いを見つけてこなければなりません。そんなスタンスで先生が地域へ出て行けば、そこから好奇心を発動する学生も増えるでしょう。

太刀川瑛弼

デザインの仕事で地域の課題に関わるときもまったく同じ。当事者やその周囲の人たちから、ふだん彼らに見えていないことも含めて問いを引き出さなければなりません。「こうしてください」と答えをもらってはダメなんです。言われたとおりにやるのなら何も変わらない。数多くの問いかけを積み重ねていくと、1つの課題に対して多様な視点からいくつもの物差しを当てて考えられるようになる。より良い答えの質は問いの質に左右されるし、問いの質はインプットの量に比例します。

学生が陥りがちな過ちは、ヒアリングを詳細に行わないままに資料をまとめ、提案を行ってしまうこと。問いを受け取ってもいないのに提案なんかすれば、クライアントからは「まったくわかってない」と言われます。提案力を鍛えるより、問いの抽出力を鍛えたほうがいい。地域課題のヒアリングなら、地域の方の家に泊まり込んだり仕事を手伝ったりして、彼らに寄り添い話を聞き出す。このプロセスこそ、好奇心で追いかけるフェーズ。それが許されるのは学生ならではの特権です。

大学は、“同じ目的を分かち合うコミュニティー”

太刀川瑛弼

──とはいえ、与えられた問いに答えることに慣れてきた大半の学生が、問いを立てることの大切さにはじめて気づくのは、社会に出てからではないでしょうか。

太刀川 残念ながらそうかもしれません。だからこそ、助走期間の大学時代に気づいてほしい。与えられた問いに、いやいや答えていると、時間もかかるし成果も出ません。逆に、好奇心に突き動かされた問いに挑んでいる人ほど、最短かつレベルの高い成果を出します。そのことに早く気づいたほうが得じゃないですか。

もっといえば、義務教育の段階から好奇心を刺激する教育が求められます。好奇心の赴くまま特定の分野で大人顔負けの知識を身につけている子どもって、ときどきいますよね。与えられた問いに答える教育の枠にははめず、その芽を伸ばせば、そういう子は自力で師匠を見つけ出し、進むべき道を切り拓きます。

──ビジネスのスキルとしても必要な「問いを立てる力」を養うために、好奇心をくすぐるテーマに出会える最後のチャンスが“大学”というわけですね。

太刀川 もう1つ付け加えるなら、近い年齢からの学びも大きい。大学1年で4年生ないし大学院のカッコいい先輩に出会うことは大切です。ぼくも大学で、ある先輩が建築科の学生なのに、企業からパッケージデザインの仕事を受託している姿を見ていたから、他領域であるデザインの世界へすんなり入っていけたような気がします。同じ目的に向かって切磋琢磨できる同世代や、少し先の未来を指し示す先輩に出会える。コミュニティーとしての大学は将来も確実に機能するでしょう。

2030年、学生に選ばれるのは好奇心に応えられる大学

太刀川瑛弼

──今やウェブサイトやSNSでも、自発的な学びのコミュニティーが立ち上がっています。好奇心を発動できる場は必ずしも大学だけに限りませんね。

太刀川 スタンフォード大学やMIT(マサチューセッツ工科大学)などもWeb教育をはじめていて、世界中どこにいても、距離を超えて優秀な先生に学べる機会が増えています。とはいえ、1つの授業に数千人がアクセスするとしたら、すべての人たちと先生が人間関係を結ぶのは到底難しい。

けれども、そんなふうに教育機関としての大学の知がオープンになり、アクセスした人がカッコいいと思う先生を見つけ「先生が教えてくれることを超えた問いを一緒に考えたい」くらいまで温度が高まったならば、きっとその人はその大学に行くんでしょうね。好奇心をそそる講義を10分程度の動画にしてネット上にばらまく、というのは大学のいいプロモーションになると思います。

この先生がいるからあの大学に入りたい、というのが本来の姿だと思うんです。今、そんな学生はほとんどいないかもしれませんが。しかし、偏差値の高い有名大学ならどの学部でもいい、みたいな大学ブランド主義は急速に終わりを告げるでしょう。

──よくそう言われますが、本当になくなるんでしょうか。いまだに有名大学に入って官庁や大企業に就職することが成功への道筋と思う風潮は、日本では根強く残っているようです。

太刀川 まったくなくなるわけではないでしょうが、少なくとも形骸化することは確かだと思います。建築家でいうと、ぼくが大学に入った頃は、「東大閥」や「早稲田閥」みたいなのが強かった。ところが今や、専門学校卒の建築家が大いに活躍しています。当時は考えられませんでした。採用基準では大卒を必ずしも重視しないと明言する、Googleのような企業も出てきています。

おそらく遠くない将来、大学に行くのなら、「どの大学か」よりも「自分の好奇心に応えてくれる先生がいるのはどの大学なのか」ということのほうが重要になってくるはずです。すると、好奇心に応えることをコミュニケーションデザインとして設計できた大学が“選ばれる大学”になり、人気が出て、おのずと偏差値も上がる。そういうことが起きる可能性が高いのではないでしょうか。

──最後に、「大ガッコソン!」に参加する人たちや、未来の大学・学びのあり方について考えている人たちに、メッセージを。

太刀川 ぼくなりに“2030年の大学がこんな学びの環境だったらいいな”と思うことを述べてきました。ただしこれも、問いと答えの一案にすぎません。なにかしらヒントになったらいいのですが、「大ガッコソン!」に参加されるみなさんはぜひ、自分なりの問いを打ち立て、それをグレードアップして、より良い未来をもたらす大学像を具現化できるプランを導き出してほしいと思います。

太刀川瑛弼

太刀川瑛弼 (たちかわ・えいすけ)

NOSIGNER株式会社代表取締役


法政大学工学部卒業。慶應義塾大学大学院理工学研究科修了。同大学院在学中の2006年に「見えない物をデザインする人」という意味を持つデザインファームNOSIGNERを創業。ソーシャルデザインイノベーション(社会に良い変化をもたらすためのデザイン)を生み出すことを理念に活動中。従来のデザイン領域にとらわれず、複数の技術を相乗的に使い、ビジネスモデルの構築やブランディングを含めた総合的なデザインを手がけ、イノベーションとデザインの専門家として世界的に評価されている。University of Saint Joseph客員教授。法政大学建築学科非常勤講師。慶応義塾大学SDM非常勤講師。


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