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バーチャルでリアルな、ボトムアップのしくみが大企業を変える? ──ソニーの新規事業創出プログラムSAP(前編)

2016年06月10日



バーチャルでリアルな、ボトムアップのしくみが大企業を変える? ──ソニーの新規事業創出プログラムSAP(前編) | あしたのコミュニティーラボ
大企業がイノベーション創出の活動に力を入れはじめ、多くの企業で共創のためのスペースやプログラムが運営されている。しかし持続的に、本当のイノベーションを起こすためのプログラムには、どんな仕掛けが必要なのだろうか。今回は、2年間ですでに5つの製品を送り出し、新たな価値を提案しているソニーの活動「Seed Acceleration Program (SAP)」を取り上げる。持続可能な新規事業をどう創造するのか、ソニーの取り組みには3つのポイントがある。それぞれを深掘りしながら取り組みへのヒントを探った。前後編でお届けする。

既存領域になかった“ファッション”を事業化できた理由──ソニーの新規事業創出プログラムSAP(後編)

社内起業を支援する、バーチャルな低コストのしくみ

ソニー既存のビジネスカテゴリーにはないような分野で、次々と生まれる新製品。たとえば、ボタン1つで文字盤とベルトの柄を変えられる電子ペーパーを使った腕時計「FES Watch」、直感的な操作ができる専用アプリでつなぎさまざまなIoTの世界を楽しめる電子ブロック「MESH」、家じゅうのリモコンの欲しいボタンだけを1つにまとめられる「HUIS REMOTE CONTROLLER」──。これらを生んだのは、ソニーが展開する「Seed Acceleration Program(SAP)」というしくみだ。
MESHはさまざまな機能をもったブロック形状の電子タグ
HUIS REMOTE CONTROLLERは、家にあるリモコンを1つにまとめることができる
MESHはさまざまな機能をもったブロック形状の電子タグ(写真上)、HUIS REMOTE CONTROLLERは、家にあるリモコンを1つにまとめることができる(写真下)

既存事業部の枠を超えた新事業のアイデアを募り、スタートアップに必要な資金、人材、ノウハウなどを提供する。SAPは、大企業の強みを活かした社内ベンチャープログラムで、社長直轄の新規事業創出部が2014年4月からスタートさせた。

大きな流れはこうだ。3カ月単位で開催される「SAPオーディション」でアイデアをプレゼンテーション。通過すると、一定の検証期間を経て、事業化に向けて挑戦できるチャンスが与えられる。
大企業の組織力でサポートされながらスタートアップにチャレンジできる(編集部制作)
大企業の組織力でサポートされながらスタートアップにチャレンジできる(編集部制作)

アイデアを自らの手で事業化するには、ものづくりのスキルのみならず、法務や財務、品質保証などの知識やノウハウが欠かせない。ここで大企業ならではの豊富な人材が活きてくる。そうした各分野のプロがサポーターとして随時、社内起業を支援するのだ。場合によっては、社外のパートナーに協力を仰ぐこともある。

新規事業創出部担当部長の小田島伸至さんによれば、こうしたしくみを「可能な限り“バーチャル”でつくる」ところがミソだ。これが1つめのポイントとなる。
ソニー株式会社 新規事業創出部担当部長 小田島伸至さん
ソニー株式会社 新規事業創出部担当部長 小田島伸至さん

「SAPでは既存の事業部が手がけないアイデアをかたちにすることにチャレンジします。同時に、お客さまは高いクオリティを求めますから、品質を高めるためにプロのスキルが必要です。翻って社内を見れば、新しい案件で事業部の機能をがっちりつくってしまうと(これまでに手掛けていないまったくの新商品なので)売れるかどうかすぐにはわからない一方、コストはかさんでしまいます。そうならないためにも、その都度アイデアのつくり手として、プロジェクトの進捗レベルに応じたニーズに当てはまる人をサポーターとして充てるようにしています。まずは何事も自分で挑戦してみて、専門的な知識が必要となったら専門家を社内から呼んでくる。常にその繰り返しですね」

マーケティングサイトとしても機能する「First Flight」

2015年7月にオープンしたクラウドファンディングとeコマースの機能を兼ね備えたサイト「First Flight」も、社内起業を支援し加速するしくみの1つだ。企画段階から製品を公開し、クラウドファンディングという形で顧客の声を商品開発に取り入れている。商品発売後はeコマースのサイトとして、顧客とつながりを保ち続けることができる。

すでに形や機能のしっかりしたプロジェクトや製品を出品する、通常のクラウドファンディングのサイトというよりも、「こんな新商品をつくりました。どうですか?」と顧客に提案し、コミュニケーションを継続しながら顧客と共創する“予約販売機能のついたマーケティングの役割も担うサイト”といえるだろう。

そんな機能を利用して、2,070人のサポーター(顧客)の支援によって目標額1000万円に対し、達成額1億円を超えた新商品がある。電子マネー機能、SNSなどの着信通知機能、万歩計などのログ機能がバンド部分に備わっている“アナログ時計+ウェアラブルデバイス”の「wena wrist(ウェナ リスト)」だ。1億円超えは日本のクラウドファンディングで新記録だという。
wena wristはバンド部分に、FeliCa(おサイフケータイ®対応サービスを利用できる)や活動量計、バイブやLEDによる通知機能を搭載した腕時計だ
wena wristはバンド部分に、FeliCa(おサイフケータイ®対応サービスを利用できる)や活動量計、バイブやLEDによる通知機能を搭載した腕時計だ

「(クラウドファンディングサイトを活用するのは)価値を共有してくださったお客さまとコミュニケーションを継続する意図が強い」と話すのは、First Flightを運営する新規事業創出部 FF事業室 統括課長の小澤勇人さん。
ソニー株式会社 新規事業創出部FF事業室統括課長 小澤勇人さん
ソニー株式会社 新規事業創出部FF事業室統括課長 小澤勇人さん

「お客さまの製品に対する要望や期待をサイト上に可視化しています。製品に価値を見出した証として対価を払ってくださるお客さまの真摯なコメントは、つくり手には通常のアンケート調査よりも大きく響くんです。どんなコメントをいただけるのか、スタート時は内心ドキドキでしたが、5つのプロジェクトに寄せられた3,000件を超えるコメントにネガティブな内容はゼロ。噓偽りなく、1件たりとも削除していません」

wena wristのコメント欄には、「ありそうでなかった! かっこよすぎます!」「アナログとITの融合、やられました!」「ソニーだからではなく、いい商品だと思ったので購入」「やっと、持っても良いかな? と思えるスマートウォッチが出てきました」といった声が寄せられている。顧客にとっては、購買意欲をそそる新商品をメーカーと一緒に育て上げるような感覚なのだろう。「誕生する過程も楽しめる価値を提供していきたい」と小澤さんは話す。

リアルな場で“起業文化”を醸成する「クリエイティブラウンジ」

2つ目のポイントは、バーチャルなしくみと同時に、リアルな場でSAPの活動を加速している「Creative Lounge(クリエイティブラウンジ)」(品川のソニー本社ビル1階)だ。3Dプリンターなどのデジタル工作機器が設置されている。

ここで、思いついたアイデアのプロトタイプを手軽に試作できる機器や、社内外の人と新規ビジネスについてディスカッションできる場を備えている。2年間でSAPのオーディションへの応募件数550件、応募人数1,500人と裾野が広がっている要因は、こうしたリアルな拠点を活用した“社内起業マインド”の醸成にもあるに違いない。ミーティングや取材などにも使われ、1日平均50~60人、これまで延べ2万2,000人の社員がこのスペースを活用しているという。
Creative Loungeでは、さまざまなイベントが定期的に開かれている
Creative Loungeでは、さまざまなイベントが定期的に開かれている

新規事業にチャレンジする人とサポーターを組み合わせ、大企業ならではの方法でスタートアップを実現し、イノベーションを起こす。それがSAPのミッションだ。そして最終的に目指すのは「10年後を支える事業を生み出すこと」(小田島さん)。

そのためには、スタートアップ的な、スピーディーでリーンな事業化を支える人材とノウハウが新規事業創出部だけに蓄積するのではなく、広く会社全体にしくみが行き渡らなければならない。

スピードアップを促すトップ直轄のしくみ

ボトムアップで新規事業開発を促すSAPの創設の経緯そのものが、ボトムアップにほかならない。赴任先のヨーロッパでゼロから事業を立ち上げた経験のある小田島さんは「新規事業のアイデアの種は社内にたくさんあるのに、それに栄養を与えるしくみがないため、芽が出ず育ちにくい」ことが課題だと考えていた。

既存の領域にあてはまらない新規事業を立ち上げるには、既存の事業部組織に受け皿がない。ふだんの仕事が手一杯で新規の案件に割く時間がない。エンジニアのスペシャリストとしてキャリアを積んでいった場合は、起業に必要だが畑違いの財務知識などがない。20代が提案しても決裁するのは上層部のため、組織のヒエラルキーを上がっていくと、結局は50代の欲しい新商品ができ上がる……。

こうした「大企業あるある」(小田島さん)の壁を取り除き、机の下で眠っていたアイデアを呼び覚ましてスタートアップまでをスピーディーに支援するしくみをつくりたい。そうした想いが会社を動かしてSAPはスタートした。
大企業での社内起業の課題を解決するしくみ(編集部制作)
大企業での社内起業の課題を解決するしくみ(編集部制作)

3つ目のポイントは、SAPを運営する新規事業創出部が社長直轄の組織であることだ。

「議論を重ねて最終的な決断に迫られたときは、どちらを選んでも正しいことのほうが多い。それはトップしか決められませんから、直轄であることがとても大切なのです。実際に社長のひと声でものごとがスピーディーに進んだこともいくつかあります」(小田島さん)

新たな事業を立ち上げるにあたっては、その事業を牽引する人間のリーダーシップだけでなく、周りの支援も非常に重要になる。最終的な意思決定を下す立場のトップとシンプルな関係を築き、いわゆる“社内政治”のつけいる余地を与えない。これが大きな組織でボトムアップ型のイノベーションを起こすために欠かせない要素の1つなのだろう。

「バーチャルなしくみ」と「リアルな場」、そして「社長直轄」。SAPは大企業の資産をフルに利用し、確実な成果を残している。では、そこでプロジェクトを進めるメンバーは、このしくみについてどのような思いを持っているのだろうか。後編では、実際にプロジェクトを成功させ、新たな段階に進もうとするプロジェクトリーダーに話を聞いた。

既存領域になかった“ファッション”を事業化できた理由──ソニーの新規事業創出プログラムSAP(後編)へ続く


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