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「スキルセット」からはじめる、逆説のイノベーション創出──東京大学i.schoolのイノベーション教育(後編)

2016年08月15日



「スキルセット」からはじめる、逆説のイノベーション創出──東京大学i.schoolのイノベーション教育(後編) | あしたのコミュニティーラボ
学生向けのイノベーション教育のために設立された東京大学i.schoolの取り組みは、企業からも高い注目を集めている。i.schoolの学びは、今後どのように展開されていくのか。また、企業のなかで持続的なイノベーションを起こす土壌を醸成するには、何が求められているのか。エグゼクティブ・ディレクターの堀井秀之教授に聞いた。国内最高学府で展開される「イノベーション教育」の最前線、後編。

イノベーションはプロセスマネジメントで生み出せるのか?──東京大学i.schoolのイノベーション教育(前編)

イノベーションを“設計”できる人材を育てる

さまざまな対象に対しての力学を研究する「応用力学」が専門で、発電所の設計や高レベル放射性廃棄物の地層処分などに取り組んでいた東京大学の堀井秀之教授(大学院工学系研究科)は、2000年頃から「技術的な課題より社会的な課題のほうが大きい」と痛感しはじめた。

「社会課題を解決する広い意味での技術の設計法を確立すべきではないか。そのためには、解決策を導き出す方法論を構築しなければ」

一方で、工学が目指すべきビジョンにも変更が迫られている。「人々の欲求を満たす製品をどう効率的に生産するか。それが、これまでの工学の中心課題でした。しかし、これからの工学には、今の人々に聞いても答えが出ない、未来の人々が求めるモノやコトの創出が求められます。そうなると、今までにない新たな価値を生み出せる人材教育が必要なのです」と堀井教授は指摘する。

こうして東京大学i.schoolは誕生した。だが、2009年に発足した当時は、まだ「イノベーション=技術革新」と短絡的に捉える風潮が強かった。そこで堀井教授は、デザインファーム・IDEOやスタンフォード大のデザインスクール・d-schoolなど、デザイン思考の導入でイノベーション誘発を目指す海外の先進的な企業や教育機関を訪ねた。そこから生まれたのが「人間中心イノベーション」を標榜するコンセプトだ。

「シーズ起点の技術中心ではなくニーズ起点のユーザー中心で、人々の生活や価値観を洞察することによって生まれるイノベーションです。これは別に新しい概念でも何でなく、たとえば、音楽を持ち歩くという今までにない価値を創出しライフスタイルを一新したソニーのウォークマンなどは、人間中心イノベーションの好例でした」

イノベーションを起こせる人材とは、どのようなスキルを備えた人材なのだろうか。堀井教授は「決してスティーブ・ジョブズのような天才的なイノベーターを目指すわけではない」と参加学生に説く。
国内外の学びの場に積極的に視察を行うという東京大学i.school エグゼクティブ・ディレクター 堀井秀之教授
国内外の学びの場に積極的に視察を行うという東京大学i.school エグゼクティブ・ディレクター 堀井秀之教授

「アイデアを生み出すワークショップのプロセスをデザインできる人になってほしい。創造性が必要なタスクを求められたとき、何をどうすれば目的を達成できるのか、設計できることが重要です。たとえ自分自身がアイデアを生み出す力に秀でていなくても、グループワークをうまくファシリテートすることによってメンバーから優れたアイデアを引き出せれば、それでよいわけですから」

イノベーション人材に求められる3要素

堀井教授によれば、イノベーションを生み出す人材には3つの要素が求められると言う。

【1】スキルセット:
ワークショップのプロセスをデザインできるスキルや、グループワークでメンバーの長所を引き出すスキルを身につける【2】マインドセット:
新しいことにはチャンスがある。アイデアを生むのは楽しい。反対されても正しいと思ったら遂行する。そうしたマインドを育む

【3】モチベーション:
何のためにイノベーションを生むのか? と尋ねられたとき、より良い社会にしたい、こんな価値観を世のなかに広めたい、といった自分なりのモチベーションを強く持っていることが大切になる。

「学力の高い学生は、スキルセットから入ると、すんなり納得してもらえます」と堀井教授。「ワークショップのプロセスを通じてマインドセットができあがり、最後にモチベーションが生まれてくる。“社会を変えたい”などというモチベーションから先に入ると、形が見えないだけにいかがわしく思われてしまいます」
東京大学 本郷キャンパスにあるi.schoolスタジオは、参加学生の思考の片鱗が付箋や壁へのメモとなって所狭しと残っている東京大学 本郷キャンパスにあるi.schoolスタジオは、参加学生の思考の片鱗が付箋や壁へのメモとなって所狭しと残っている
なるほど東大生ならずとも、一見逆のように思えるこの順番がもっとも自然でスムーズな道筋なのかもしれない。ワークショップでアイデアを共につくり出す楽しさを発見し、インタビューやフィールドワークで社会の実態を知り、そこからようやくモチベーションが湧き上がってくる、というわけだろう。

「たとえば、昨年のワークショップ〈認知症とのつき合い方のデザイン〉は、一般の人々が認知症に対して抱いている誤解や偏見に気づき、それをどうしたら変えられるかというテーマでした。老人ホームでインタビューしたり医師の話を聞いたりしていくうちに、認知症に対する正しい認識を社会に広めたい、といったモチベーションが芽生え、次第に強くなってくるのです」

背景にある無意識の本質を発見する

イノベーションを生み出すワークショップのプロセスで重要なポイントは何だろうか。「新しさを生み出す工夫の仕方のメカニズムがいくつかある」と堀井教授は指摘する。

それは「概念を明確にする」「価値基準をシフトさせる」「新しい組み合わせを見つける」「想定外の使い途から目的を発見する」などだ。

「英国の美術系大学院大学、ロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA)と〈未来のモノづくり〉のテーマでワークショップを実施したときのことです。秋葉原で多種の電気製品を買ってチームで分解し、各部品の機能を説明した後、環境や資源の観点から、同じ機能を果たしながらサステナビリティに優れた製品を考えるワークでした。たとえばドライヤーなら、濡れた髪を乾かす目的を達成する手段としては、必ずしも電気で温風を吹き付ける必要はなく、吸水性に富んだ開発済みの素材によるタオルを使えばよい、と考えれば新製品のアイデアが生まれます。これは<効率性>から<持続性>へ価値基準をシフトさせたメカニズムです」

その前提となる仮説設定の際、人々の生活や価値観を洞察するためのインタビューやフィールドワークに注力しているのもi.schoolの特長だ。「観察した事実を解釈し、見過ごしがちな行動や言説の背後にある無意識の本質を見つけ出すことが重要」と堀井教授は強調する。

“課題解決先進国”のビジネスモデルを世界に広げる

パートナーとして年8社ほどの民間企業がi.schoolを支援している。企業としては社員をワークショップに参加させてi.schoolの方法論を学び、自社に持ち帰ってイノベーション創発に活かすことがねらいだ。
堀井教授は「今後教育機関として社会とどうつながっていくか、実験を行っていきたい」と話す
堀井教授は「今後教育機関として社会とどうつながっていくか、実験を行っていきたい」と話す

「i.schoolは東大生のための教育プログラムですが、最終目的は日本社会全体をイノベーティブにすること」と堀井教授は語る。

今年から他大学の学生の参加枠を約50%に増やしたのもその一環。一般的な学部だけでなく、デザインなど、東大では提供していない学問を学ぶ学生を増やす狙いがある。さらにはワークショップの成果を社会実装につなげようと、一般社団法人日本社会イノベーションセンターを設立した。この6月には、キックオフイベントとして省庁や民間企業、i.schoolの修了生と学生を交えおよそ50名で「幸せな高齢者を増やす」をテーマにしたワークショップを実施した。

日本社会イノベーションセンター設立のヒントになったのは、アメリカ合衆国独立の年号を名称にしたワシントンD.C.の「1776」。教育、健康と医療、エネルギー、都市と交通といった規制により起業しにくい領域に範囲を限定し、連邦政府の役人をメンターとしてベンチャービジネスを育てるインキュベーションセンターだ。

「規制にがんじがらめの日本に必要なのは、まさにこれだと思いました。規制緩和でベンチャーを育て、“課題先進国”ではなく“課題解決先進国”になり、そのビジネスモデルを世界に広げていくことができるはず」と堀井教授は展望する。

2015年のサマープログラムで海外有名大の学生と岩手県遠野市の高校生が英語でワークショップを実施したことに、その可能性を感じた。英語に気後れしていた高校生は自分のなかに眠っていた未知の能力に驚き、大学生は高校生が短期間で大きく変わるのを見て感動し、ひょっとしたら社会も変えられるのではないか、と思ったという。まさにスキルセットを入口にしてモチベーションが芽生えたのだろう。
遠野市でのワークショップ、終了後の集合写真(画像提供:東京大学i.school)
遠野市でのワークショップ、終了後の集合写真(画像提供:東京大学i.school)

このプログラムは、今年から宮崎と新潟でも実施する。「高校生だけでなく地元の商工会や自治体、大企業も巻き込んで社会イノベーション事業を実験し、実装する地域拠点として発展させたい」と堀井教授は意気込む。

イノベーションへの投資は企業にとって「保険」

最後に、堀井教授にi.schoolのプログラムが企業から注目が集まる理由を聞いた。

確かに、イノベーションワークショップのプロセスを設計するスキルセットを入口にするのは、企業でも比較的手をつけやすいし、実行しているところも多い。だがその後、日常業務に忙殺されていつのまにかなおざりになったり、既存事業と同じ評価基準で短期的な数値目標を設定され四苦八苦することで、モチベーションがしぼんでいきがちなのは、多くの企業で見られることだろう。企業がi.schoolのプログラムをイノベーション活動に生かす、むしろイノベーション活動を活発にさせるには、どうすればよいのだろうか。
企業のイノベーション活動で悩みがちなことを学生時代に体験できる意義は大きい
企業のイノベーション活動で悩みがちなことを学生時代に体験できる意義は大きい

堀井教授は「イノベーションの創発を担うミドルクラスの人材が必要」と指摘する。

「そうしたミドルクラスの人材が果たすべき役割や持つべきスキルは、通常業務を滞りなく回すスキルとはまったく違います。まずはその認識と人材育成のしくみが求められます」

前例のない事業の将来の市場規模を、いかに根拠をもって予測できるようになるか。事業計画書には欠かせない数字だ。「それがないと、なかなか前へ進めません。精度は高くなくても、何かしらの根拠に基づいて数字を出せることが必要です」。それこそトップがゴーサインを出す判断基準になる。i.schoolではその実証ができないか、研究を行っているという。成果を期待したい。

新規事業を開発する部署のあり方を見直すことも堀井教授は勧める。

「変化が急激な時代ですから、既存事業の市場がいきなり縮小するリスクも高い。その対応策として保険をかける。その保険とは、新規事業の青写真を描けることにほかなりません。新規事業開発部署の目的は、あくまでも次から次へと青写真を描くことであって、それを実現するのはまた別の話にしておくべきです」

i.schoolで目標とされているような、イノベーションを生むためのプロセスをデザインできる能力。ワークショップの設計、グループワークのファシリテーションを通じてメンバーからアイデアを引き出す。そうしたスキルを備えた人材育成こそイノベーションへの投資だ。それは企業にとって確かに、明日にも既存の市場を失いかねないリスキーな環境に必須の保険なのかもしれない。

イノベーションはプロセスマネジメントで生み出せるのか?──東京大学i.schoolのイノベーション教育(前編)


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