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心のリハビリも、産後には必須──開かれた産後を目指すNPO法人マドレボニータ(前編)

2016年09月14日



心のリハビリも、産後には必須──開かれた産後を目指すNPO法人マドレボニータ(前編) | あしたのコミュニティーラボ
「産後ケア」という言葉を知っているだろうか? 妊娠・出産を経て、環境、そして身体的にも大きな変化を迎える女性をケアするという考えは、日本でも海外でもまだ一般的ではない。そんななか、日本でも「産後ケアを社会的なインフラにしたい」と1人の女性が、自らの産後経験をもとにはじめた産後ケア教室が、自治体や企業との協力の輪を広げながら年間8,000人を超す受講者を集めている。産後の女性が心身ともに健やかな生活を送るためには何が求められるのか、新たなケアの潮流を前後編で追った。(TOP画像提供:NPO法人マドレボニータ)

開かれた子育てができる社会を目指して──NPO法人マドレボニータが目指す開かれた産後(後編)

心身ともにダメージが大きい産後のケア

“はじめての妊娠・出産”については情報もサポートも豊富だが、“はじめての産後”で変化する女性の心身に対するケアはあまり顧みられないのが現状で、男性にはもちろん、女性にも実はなじみが薄い。

出産後、女性の心身の変化は大きい。まず、赤ちゃんが産まれたあとに胎盤がはがれ、子宮には大きな傷が残る。産道にも傷がたくさん残り、出産後1カ月間は、悪露といわれる出血や分泌物が出続ける。赤ちゃんがお腹から出てハイ終わり、ではないのだ。骨盤や股関節が妊娠中にゆるみ、うまく歩けない。さらに、ホルモンバランスが崩れ精神的にも不安定になり、赤ちゃんと2人きりで自宅にこもる生活が続けば、社会から切り離されたような孤独感も募る。

心身ともにダメージの大きい状態で、赤ちゃんの世話に追われる日々。誰もが出産後は「赤ちゃんとの幸せな暮らし」を夢見るが、生活を楽しむ余裕もないのが現実だ。夫にそれを理解してもらえないつらさもある。はけ口のないストレスが積み重なって“産後うつ”に陥り、離婚に至るなど、「産後」が起点となる問題は、社会課題として認識されつつある。

産後には“ダイエット”ではなく、“リハビリ”が必要

NPO法人マドレボニータ(スペイン語で“美しい母”の意)は、こうした考え方のもと「産後のボディケア&フィットネス教室」を展開している。拠点は全国約60箇所、団体からの認定を受けた「産後セルフケアインストラクター」が24人。年間の受講者は8,000人を超える。代表の吉岡マコさんが1998年、自身の出産体験に基づき、産後の自分が元気になるべく実践したボディケアからはじまった教室だ。
教室で行われるシェアリングの様子(画像提供:NPO法人マドレボニータ)
教室で行われるシェアリングの様子(画像提供:NPO法人マドレボニータ)

教室は1クール4回、各回120分でボールエクササイズ、シェアリング、セルフケアの3部構成だ。「エクササイズ」ではバランスボールを活用し、膝関節や股関節に負担をかけずに、全身の持久力と筋力を高める有酸素運動を行う。「シェアリング」は運動ではなく会話。参加者同士がペアになり「人生」「仕事」「(夫婦の)パートナーシップ」のテーマから1つ選んで話し合った後、全員で車座になり気づいたことや感じたことを分かち合う。「セルフケア」では、肩こり解消の体操、自律神経を整える呼吸法、股関節の骨格調整などのスキルを身につける。

子どものことではなく自分のことを話す時間

マドレボニータの教室の特長は、「身体と切り離せない、心のリハビリ」。産後は赤ちゃんのことで頭がいっぱいになるため、ママ友がいても育児の話題ばかりになる。しかしマドレボニータのシェアリングでは、育児ではなく自分のことを話す。

はじめて教室に参加した川隅咲子さん(富士通株式会社 ヘルスケアシステム事業本部 未来医療ビジネスセンター)は「ペアになって互いに相手の話を傾聴し、要約するマインドマップでママになった自分に向き合う時間が持てたし、自分のことを話すと気持が楽になるんですね。こういう時間はとても大切」と気づいた。
NPO法人マドレボニータ 代表 吉岡マコさん
NPO法人マドレボニータ 代表 吉岡マコさん

吉岡さんによれば、シェアリングは「体感が先、理屈は後づけ」ではじまったという。

「みんなで身体を動かしてからだと、気持ちがすっきりし余裕ができて、頭のなかでもやもや渦巻いていたことが言語化されやすくなります。そうすると、子育てのことはあまり話題にのぼらず、夫との関係についての悩みや、仕事に復帰するにあたっての不安や葛藤など、自分のこれからの生き方について、どんどんオープンに語り合えるんですね」

吉岡さんはかつて、子育てに密接に関わる「健康」「教育」「住まい」などのテーマで、シェアリングを試してみたことがある。だがそうしたトピックだと、どうしたらもっとお得になるかなど表面的なハウツーしか語られず、ただ世間的に良いとされていることを選ぼうとしてしまったという。

「子どものことで生活の大半を費やされる産後の今だからこそ、自分は本当に何を望んでいるか、本質的な問いかけをして自分と向き合う場にしたかった」。そこでおのずと「人生」「仕事」「パートナーシップ」の3テーマに絞り込まれた。

「フィットネスをしに来たはずなのに、自己啓発のワーク?」と、最初はシェアリングに抵抗感を示す人もいるという。しかしそんな人も「終わった後にはむしろ身体の変化よりも心の変化を感じた、というリアクションのほうが大きい」と吉岡さんは話す。

ママではなく、女性としての人生を考えるきっかけに

教室の参加者を経てマドレボニータの運営に携わるようになったのが、2人の子を持つ事務局次長の太田智子さん。第1子妊娠時はリーマンショックの翌年。不景気もあって産休が取れず、やむをえず専業主婦となって出産した。妊娠中に聞いていたラジオ番組に吉岡さんが出演していてマドレボニータを知ったという。
左から理事の林理恵さん、事務局次長の太田智子さん、代表の吉岡マコさん。 全員マドレボニータの活動と子育てを両立させている
左から理事の林理恵さん、事務局次長の太田智子さん、代表の吉岡マコさん。
全員マドレボニータの活動と子育てを両立させている

仕事を辞めざるを得なかったことについては周囲が「子どもとずっと一緒にいられるんだから良かったじゃない」と気遣ってくれたが、シェアリングで話していくうち「私は仕事を続けたかった、と否が応でも気づかされました」。

また社会とつながりたい、と地域コミュニティーに関わる活動をはじめた。巡り巡ってマドレボニータでボランティアとして関わるようになり、やがて事務局スタッフに。

「私はマドレボニータを知ることができてラッキーでした。でもそれは裏を返せば、偶然ラジオを聞かなければ知らないままだった、ということでもあります」

太田さんがマドレボニータに出会ってから6年経つが、いまだに口コミやインターネット検索で知り、教室に参加する人が圧倒的に多い。

「今でもたまたま知ったか知らないかで産後が大きく変わるなんて、と思います……。私もラジオを聞いていなかったらここにいないので。産後ケアの大切さをもっと広く知ってもらいたい」(太田さん)

理事の林理恵さんも会員出身。第2子の妊娠中に、マドレボニータがNECと協働し展開する「ワーキングマザーサロン」に参加した。出産後、「産後のボディケア&フィットネス教室」に参加。東日本大震災の直後で、産後の不安が増すなか、教室のインストラクターが電話をかけてきてくれた。

「それまで気が張っていて家族の前でも泣いたことなんてなかったのに、やさしい言葉に涙が溢れてきて……。この活動は必要だと身をもって実感しました」

マドレボニータの正会員としてさまざまなボランティア活動に携わることになった林さんは「大変な問題を抱えながら母として働き続けている仲間と出会えなかったら、私も会社員を続けられなかったと思います」と振り返る。
マドレボニータの会員活動をしながら、本当は何がしたいのかを自問自答したという林さん
マドレボニータの会員活動をしながら、本当は何がしたいのかを自問自答したという林さん

マドレボニータは2015年3月、Googleが主催する非営利団体向けの支援プロジェクト「Googleインパクトチャレンジ」でWoman Will賞を受賞し、助成金5,000万円を獲得した。その応募を提案したうちの一人が林さんだ。事務局に直談判し、会員ボランティアによる応募チームを結成した。

「ちょうどそのとき、子育てをしながら会社員としても働いていましたが、会社員を辞めて本当に自分のやりたいことに向き合おうと考えていました。そのタイミングで理事にと声をかけていただき、私が力を発揮できる組織づくりとIT関連でお役に立てるなら、と参画したわけです」

太田さんと林さんが口を揃えるように「マドレボニータの教室に参加したことが、人生のターニングポイントになった」女性は少なくない。出産を契機に母親としてだけ生きるのではなく、自分が主人公の人生を取り戻している。

教室のクオリティーを高く維持し続けるためのしくみ

マドレボニータがソーシャルビジネスとしての真価を発揮し、自治体や企業などとコラボレーションしながら長く持続できている理由の1つが、プログラムを標準化し、教室のクオリティーを高く維持していること。
代表の吉岡さんもインストラクターとして参加者のお母さんたちに向き合い続けている (画像提供:NPO法人マドレボニータ)
代表の吉岡さんもインストラクターとして参加者のお母さんたちに向き合い続けている
(画像提供:NPO法人マドレボニータ)

クオリティーを担保するため、NPO設立当初の2002年に「産後セルフケアインストラクター」制度を設けた。また、単に養成するだけでなく、スキルを客観的に保証する認定制度にし、試験を受けて認定された後も1年ずつの更新タイミングを設定したり、各インストラクターが毎月出す報告書は全員で読み込み、課題を共有してディスカッションしたりする。

一方、教室では「○○ちゃんのママ」と呼ばず名前を使い、「ご主人」ではなく「パートナー」と言う。参加する産後女性の尊厳を大切にしているからだ。さらに、赤ちゃんが教室に同伴できるのは210日まで。それを過ぎると赤ちゃんにも自我が芽生えるからだ。お母さんがエクササイズをしていたら自分も遊びたい。お母さんにおとなしく抱かれているとは限らない。赤ちゃんの自我も尊重しているのだ。ルール1つにもマドレボニータの理念が貫かれている。

「プログラムの背景にある意図や哲学をインストラクターも会員も共有しています。そこまでクオリティーにこだわっているからこそ、みなさん“元気になった”で終わるのではなく、エバンジェリストとして教室を口コミしたり、インストラクターになりたいと手を上げたりしてくださるんです」と吉岡さんは語る。

後編では、より広く産後ケアの大切さを啓発するために、マドレボニータが行政や企業にどう働きかけているか、探ってみたい。

開かれた子育てができる社会を目指して──NPO法人マドレボニータが目指す開かれた産後(後編)


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