心のリハビリも、産後には必須──開かれた産後を目指すNPO法人マドレボニータ(前編)
「地域」との連携を見据える
東京都杉並区の「子育て応援券」制度。これは、育児支援サービスに利用できるチケットを区が発行し、利用者が選んだサービスを提供した事業者に区が応援券相当分の代金を支払うしくみだ。マドレボニータの「産前・産後ボディケア&フィットネス教室」(杉並区内に6教室)も、2007年から対象サービスとして登録されている。
徐々に受講者が増えており、現在は杉並区内の出生者数の5%が教室に参加している。NPO法人マドレボニータ代表の吉岡マコさんは「入口が広がり、受講者が多様になった」と話す。
NPO法人マドレボニータ 代表 吉岡マコさん
「身体を動かすだけでなく、母たちの人生も一緒に振り返るワークを提供しているので、“意識高い系”なんて言われてしまうこともあります。しかし、産後ケアは、属性や年齢に関わりなく産後の女性すべてにだと考えているので、普遍性の高い、標準化されたプログラムを提供しています。なので、より多くの人たちへ届けるためには行政との連携が欠かせません」
また、文京区も「妊娠期から子育てまでの切れ目ない支援」を打ち出し、産後の部分にマドレボニータのプログラムを導入している。注目度は高く、区報に載せると1日で定員14組の予約は満杯になり、そのニーズは着実に高まっている。
さらに、北区や葛飾区でも年に36回、児童館や保健センターで単発の教室を実施し、区民は無料で参加できる。吉岡さんは「最終的には母子手帳に産後ケアを載せる」働きかけをしたいと話す。
育児休業中の過ごし方が復職後のパフォーマンスを左右する
「産後ケアを社会インフラにする」
その目標を達成するためには企業への働きかけも重要だ。マドレボニータでは「育休中社員向け復職支援プログラム」を企業に提案中で、目下のところ、株式会社商船三井など3社が導入している。
「育児休業法に基づき、大手企業では育休から復職する人がほぼ100%です。課題は“復職そのもの”から、“復職後いかに活躍できるか”へ移っています」と吉岡さんは指摘する。
「身体も心も健やかで仕事へのモチベーションが高まり、パートナーとの対話・協働も進み、元気に復職して活躍するか。時期が来たから復職し、仕事へのモチベーションが低いまま権利を最大限行使し“ぶら下がり”で働き続けるのか。その分かれ道を自己責任に任せ黙視しているのは、会社としても機会損失ではないかと思います。ならば会社の制度として育休中にマドレボニータのプログラムで復職の準備ができるようにしたらどうでしょう、という提案をしています」(吉岡さん)
「企業とも積極的に関わっていきたい」と話す、事務局次長の太田智子さん
提案を受けた企業の感触について、事務局次長の太田智子さんはこう語る。
「産後ケアが復職後の活躍にどう有効なのか、徐々に理解が深まってきて、関心を持ってくださる企業は増えています。すでに企業が準備されている制度や研修があったとしても、それを企業の狙い通りに当事者が前向きに使うためには土台が必要で、その土台をつくるのが産後ケアなんです、とお伝えすると納得度が高まるようです」(太田さん)
子育てのスタートをみなで支え合い、喜びを共有するアプリ
マドレボニータのビジョンは「産後ケアが当たり前の社会へ」。吉岡さんはすでにその先も見据えている。それは「子育てが血縁や婚姻に閉じない社会」を目指すことだ。
マドレボニータの教室で出会った仲間同士は子育てを助け合い、家族ぐるみの関係ができる。赤ちゃんにとっても接する大人が母親だけではないほうがいい。「子どもは社会の宝なのだから、産後をきっかけに家族を開いて行けたらいい」と吉岡さんは考える。
「産後のいちばん大変な時期を夫婦や親戚だけで乗り切るのではなく、友だち同士で助け合う。それによって絆が強まるし人生も豊かになる。そういう世界観を広めたいんです」
マドレボニータでは「産後という子育てのスタートをみなで支え合い、喜びを分かち合う」ためのアプリ「ファミリースタート」を今秋、リリースした。
母親だけが使うのではない。夫婦で共有したり、サポートする友人も招待できるしくみになっている。
「赤ちゃんが産まれることをきっかけに、出産と産後の準備にみなで取り組めるアプリ」(林さん)だ。スマホのアプリなら通勤時間に気軽に閲覧できるはずと、男性版には「パートナーが喜ぶために」というカテゴリが表示される仕様になっている。
アプリ「ファミリースタート」は、妊娠・出産から、社会復帰までを1つのタームとしている
「教室を開催するのはそれなりのコストがかかりますから、公費で提供できる自治体は限られます。でもスマホのアプリならインストールしてもらえばいいだけですから、全国の自治体公認のような形でダウンロード数を増やしていければ」と、吉岡さんは行政が進める子育て支援策との連携に意欲を燃やす。
大家族の時代は子育てを助ける人が身内にいたし、近所には世話を焼いてくれるおばさんやおじさんもいた。しかし、今は2人で子育てに向き合わなければならない夫婦も多く、得てして産後の重圧は母親1人にのしかかりがちだ。
だが「強いコミュニティーは良さもある反面、慣習に従わないと排除される弊害もあります」と吉岡さんが言うように、マドレボニータが目指すのはかつての濃厚な地縁や血縁を取り戻すことではない。
たとえパートナーがいなくても、親族の助けを借りられなくても、心を開いた仲間や友人が自然に子育てをサポートし、互いに支え合えるようになることだ。安心して子どもが育てられるのは、そんな社会に違いない。