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コミュニティーの「閉じ方」までを考える──アサダワタルさんインタビュー(後編)

2018年02月23日



コミュニティーの「閉じ方」までを考える──アサダワタルさんインタビュー(後編) | あしたのコミュニティーラボ
アサダワタルさんが提唱するのは、1つの場所に留まるのではなく、人びとが自由に行き来する風通しのよいコミュニティーづくり。いかに新しい視点を持つかを重視しているアサダさんに、さらに近年のプロジェクトを題材に具体的なお話を伺った。

「表現」で風通しのよいコミュニティーを生み出す──アサダワタルさんインタビュー(前編)

表現を中心に置きつつ、いかに“のりしろ”をつくるか

——活動の幅を広げたことで見えてきた、新たな仮説はありますか?

アサダ 福島の下神白(しもかじろ)団地で興味深いことがありました。下神白団地は原発事故の避難者が入居する県営の復興住宅で、富岡、大熊、双葉、浪江の異なるまちの方々が入居しています。そこで2017年からはじめたプロジェクトが「ラジオ下神白-あのときあのまちの音楽からいまここへ-」。住民の方々にそれぞれの思い出の曲とその当時の記憶を語っていただくことから、元々住んでおられたまちの話や、いまの暮らしについてじわじわと共有する、そんなプロジェクトをつくっています。

語られた内容を1枚のラジオ番組風のCDにまとめて、リクエストカードを同封して団地の全世帯に個別配布するんです。現時点で5月に第1弾、11月に第2弾、そしていただいたリクエストをお返しの手紙とともに収録したものを2枚、合計4枚のCDを配布してきました。このメディア(CD)を通じて「この団地に住んでいるあの人、遠縁の人かもしれない」とか「あの人の出身地の話が聞けてよかった」とか、少しずつですがいろいろな声が届くようになりました。

そんななか、第1弾に出演してくださった浪江町出身の女性から「最近になってこの活動の意味がわかった」と言われたんです。「同じく浪江町で喫茶店を経営していた親戚に『ラジオ下神白』のCDを渡したら、非常に喜んで聞いてくれた。自分自身が思い出を話す体験もよかったけれど、同じ浪江町の方に喜んでもらえて、この活動の意義がさらにわかった」と。さらに「私が案内するから浪江へ行かない?」と僕たちを連れて行ってくれたんです。つまり、この活動がきっかけで団地の“外”に出られた。これは予測していなかったおもしろい発見でした。

また、入居者の年齡は比較的高く、正確には把握していませんが平均70代くらいなので、CDに入れた曲のなかには若い人にはわからないものもあります。しかし、「ラジオ下神白」運営チームにいる20代の女性から「自分の馴染みのある曲はまったくないはずだけど、ずっと繰り返し聞いていたら、なぜか自分の記憶が蘇っていろいろな感情が溢れてきた。ある曲を聴いていたら、その曲の別バージョンが、たしか受験勉強していた当時のテレビCMで流れていたことを思い出したり。そこから、住んでいたまちや家族のことを考えるようになったり。あらためて『思い出や記憶に支えられて私がいるんだなあ』と感じた」といった内容のメールをいただいたんです。これは、言い換えれば「音楽を通じてまちを語ること」を自分ごととして考えられるようになったということだと思います。

たしかに「ラジオ下神白」はこのコミュニティーに縁のない人からしてみれば「知らない人が思い出をしゃべっているだけ」なのですが、聞いていると不思議とその感覚が乗り移ってくるんです。ただ懐かしい曲を流すだけでは世代を分断してしまいますが、そこへ語りが入ることで、「ラジオ下神白」は若い人にも影響するのではという仮説が生まれました。

アサダワタルさん
文化活動家・アーティストのアサダワタルさん。「ラジオ下神白」の現場では「音楽」と「記憶」について新たな発見があったという

——「ラジオ下神白」では、CDデッキまで貸し出しているんですね。ラジオの放送ではなく、なぜCDやペーパーまで制作するのですか?

アサダ 最初は団地の周りに電波を飛ばしてコミュニティーFMみたいなことができればと考えたのですが、このエリアがものすごく電波が入りにくいエリアで。それで、集会場に集まってらっしゃる住民の皆さんに「ふだん、音楽ってどうやって聴いてます?」って質問したら、「CDデッキなら家にあるよ」「車でCDは聴いている」といった声が多かったんですね。そこでメディアをCDという現物に決めました。現物だから1軒ずつCDを配り歩いて、必要であればCDデッキを持っていって、再生するところまでやると。だから、最初の制約を逆手にとった結果、個別配布という、実はコミュニティーにとって大切な行動に辿り着けたんですね。

CDやパッケージは同じいわき市の小名浜に住む高木市之助さんというデザイナーさんが手がけられました。そして実は、このパッケージは1つひとつ下神白団地の住民とつくっているんです。聞くだけ、しゃべるだけではなく、みんなで一緒に切ったり折ったり貼ったりの手作業をする余地を残しました。
つくる過程で交流が生まれますし、「そもそもラジオを聞かない」「しゃべるのが苦手」という方でもさまざまな関わり方ができる。すると中身に思い入れを持たない方でも、「あの時作業したやつか、じゃあ聞こうかな」と当事者性をもって受けとめてくれるんです。表現を中心に置きつつ、いかに“のりしろ”をつくるかはどのプロジェクトでも意識しています。

アサダワタルさん
「ラジオ下神白」をきっかけに交流が生まれた住民のご自宅にて。アサダさんがCDラジカセの使い方を説明している

「いかにコミュニティーを“閉じる”か」という視点の欠落

——こうした活動を続けられてきて、いまの興味関心として解決したい課題などはありますか?

アサダ 新たにコミュニティーをつくる・生み出すことは注目されがちです。一方で集まったコミュニティーもその性質によってはいつかはバラバラになっていく運命もあります。下神白団地では一部のまちで仕事やインフラが追いついてない問題を抱えつつも、避難指示が解除されたことで、住んでいたまちに帰っていく人々がいます。それを見て「コミュニティーづくり」において、どこまでコミュニティーとして巻き込んでいくべきかわからなくなってしまって。今は、コミュニティーは活性化することだけを考えるのではなく、緩やかな終わらせ方や閉じ方まで含めて次の世代に引き継いでいきたいと感じています。また、下神白だけではなく今後どこでもその視点は必要になるだろうと考えるようになりました。

アサダワタルさん
「なにがなんでも『コミュニティーを継続させる・再活性する』という思考から脱却する必要がある」とアサダさん

「コミュニティーが離散する」というとマイナスな印象ですが、各々が「コミュニティーで培ったものを携えて去っていく」とも考えられます。かつて大阪の「ココルーム」にいたときに、その周辺で活動していた仲間たちの多くも、今では僕も含め大阪を離れ各地に散らばってしまいました。でも、活躍されている様子を見ていると結果的にその経験はそれぞれの土地で引き継がれ生かされていると感じます。

ですから、コミュニティーを閉じるときには悲観ばかりせずに「いかに新たなコミュニティーを生み出す大切な土台とするか」と、発想を転換してはどうだろうかと。すると、新たに生まれるコミュニティーの中身も膨らむのではと考えています。ですから、下神白団地では、ラジオを通じて人と人とが繋がる体験を、物理的に下神白団地という地域のみのつながりに固執せず、「ここでできた縁=未来の記憶」として繋いでいきたいと思うんです。

もし団地を離れて、元のまちに戻られたり、別のまちに家を建てられたり、別の復興団地に移られたとしても、この団地がただの「仮住まい」であったのではなく、それぞれの人生にとって大切な記憶として刻み込まれるものになればいいなと。だからこそ、いま僕は音楽を通じて「記憶」に向き合わせていただいているんだと、最近になって強く感じています。まだ道半ばですが、下神白団地の活動からはそんな視点が得られましたね。

「企業そのものが社会貢献性を持っている」

——アサダさんは個人で活動されていますが、そのなかでさまざまな企業のCSR(社会貢献)活動にも関わられています。企業がそういった活動を行うときに大切なことはなんだと思われますか?

アサダ 印象に残っているのは、りそな銀行(当時)の藤原明さんの言葉です。「CSR部門なんて本来不要で、企業そのものがCSRなんだ」と語っていました。彼からすると金融業そのものが社会貢献性をもっていて、近江商人の「三方よし」(売り手よし、買い手よし、世間よし)の思想のように、必要なところにお金を回すという活動には、すでに世の中を良くするCSR的な観点が入っているという考え方です。

藤原さんの仕事は、金融を通じた地域活性化のイベントや、アートや音楽シーンなども巻き込んで環境系の活動をするなど、実に多彩。ただ一過性の社会貢献イベントを開催するだけではなく、そのイベントを通じて出会った企業人や起業家からそれぞれの強みや課題を引き出すワークショップまで実施するんです。そして後日、人々をマッチングさせて新たな地域活動を生み出し、そこへ融資するというスタイルを取っています。イベントそのものよりも、新しい事業を生むきっかけづくりとしてCSRを位置づけて、人びとのノウハウを広げ、金融を土台とした社会づくりを目指していました。

アサダワタルさん
2011年にりそな銀行大阪本社ビルのロビーで開催したトークイベント「CIY:Curate It Yourself その仕事 そのアイデア 交換講座」の様子。ステージ左側が藤原さん。中央がアサダさん

そこで重要なのは、彼の手法が組織内に共有されること。CSRはどうしても企業のなかでワンマンな活動になりがちでそれゆえに「物好きなアイツだからできる」といった属人的な評価を下されやすいと思うんです。だからこそ、組織の本筋にとても重要な取り組みであると組織内でしっかりプレゼンテーションしていく必要があると感じます。組織人として社会に関わるときに、どうやってそのノウハウや意義を内外問わず共有するかは重要だと思います。たとえばそこで僕のような外部人材・第三者を呼んでいただけたら、活動の重要さをおもしろく直感的に共有する場づくり・ファシリテーションに貢献できることがあるかもしれません。

——コミュニティーづくりや運営などに取り組む方々に、メッセージやアドバイスがありましたらお願いします。

アサダ コミュニティーづくりを実践されている現場の方は、媒体を問わず活動の内容をもっと記録、発信していくべきだと思います。おもしろいことをやっている現場は各所にたくさんあると感じるのですが、まだ「現場の言葉」は広がっていない気がします。それを僕も読みたいですし、現場でしか見えない景色が必ずあります。明確な成果がなくても、現場で起きている当たり前のことを綴って発信することで、つながりは確実に広がります。ブログやSNSなどなんでもよいので、活動を「言葉」にして発信してみてください。

「表現」で風通しのよいコミュニティーを生み出す──アサダワタルさんインタビュー(前編)

アサダワタルさん

アサダワタル

文化活動家・アーティスト、博士(学術)。1979年大阪生まれ・東京在住。2002年、バンド「越後屋」のドラマーとして、くるり主宰レーベルより2枚のCDをリリースし解散。その後、紆余曲折を経て、大阪でNPO法人cocoroomや宗教法人應典院に勤めながら表現(アート)による独特なコミュニティ活動を展開。2009年に提唱したソーシャルコンセプト「住み開き」が話題となる。2010年、個人オフィス事編kotoami設立。表現を手立てに、全国で人々の多様な面を交換しあえる風通しのよいコミュニティづくりと執筆に勤しんでいる。主な著書に『住み開き 家から始めるコミュニティ』(筑摩書房)、『コミュニティ難民のススメ 表現と仕事のハザマにあること』(木楽舎)、『表現のたね』(モ*クシュラ)、 『アール・ブリュット アート 日本』(編著、平凡社)など。2016年に滋賀県立大学大学院環境科学研究科博士後期課程満期退学、同年より大阪市立大学都市研究プラザ特別研究員。また、グループワークとしてドラムを担当するサウンドプロジェクト「SjQ/SjQ++」では、アルス・エレクトロニカ2013デジタル音楽部門準グランプリ受賞。


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