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「社会課題を生まない経営」サステイナブル・カンパニーの考え⽅──京都産業⼤学経営学部教授 ⼤室悦賀さんインタビュー(前編)

2018年03月07日



「社会課題を生まない経営」サステイナブル・カンパニーの考え⽅──京都産業⼤学経営学部教授 ⼤室悦賀さんインタビュー(前編) | あしたのコミュニティーラボ
今、⽇本国内で⺠間企業あるいは起業家を主体とした「ソーシャルビジネス」が注⽬されつつあるが、「社会課題解決」のあり⽅を⾒誤れば、結局は社会になんの役にも⽴たない製品・サービスが市場のなかに⽣まれかねない。京都産業⼤学経営学部教授 ⼤室悦賀さんはそのために「社会課題を解決するのではなく、社会課題を⽣まない経営」=サステイナブル・カンパニーの実践が必要、と提言する。「社会課題を市場で解決する」とはどういうことなのか? そして、社会課題を生まないサステイナブル・カンパニーとはなにか。大室さんのインタビューを前後編でお伝えする。

社会課題は市場のなかでこそ解決される!?──京都産業⼤学経営学部教授 ⼤室悦賀さんインタビュー(後編)

市民・企業を育て、根本治療で社会課題解決にのぞむ

──まずは、ご自身が「ソーシャルビジネス」や「社会課題解決」といったテーマに取り組むようになったきっかけを教えていただけますでしょうか?

大室 当初は社会課題の解決と行政の在り方、「行政はなぜ存在しなければならないのか?」が研究のスタート地点でしたが、その存在理由を明確に定義できませんでした。なぜなら、行政が社会課題を解決する主体でありながら、根本的解決手法を持たないシステムとなっているから。次に着目したのはNPOです。しかし、NPOも対症療法的な解決手法を持ってはいても、根本的な解決手法を持っていなかった。そして何より1990年代に入るとNPOもビジネスの手法を利用するようになり、ビジネスと社会課題の解決の関係に着目するきっかけとなりました。そこから現在のようなビジネスを利用した社会課題の解決を研究するようになっていきました。

──大室さんは2016年10月に『サステイナブル・カンパニー入門』という本を上梓されています。このなかではサステイナブル・カンパニーであるためには「社会課題を解決する」だけでなく、「社会課題を生まない」ことが大事であると記されていますよね。そうした考えに至ったのは、なぜなのでしょうか?

大室 ポイントは2つあります。1つめは「行政に社会課題は絶対に解決できない」ということです。行政のシステムは構造的に、ニーズが大きくならないとその社会課題を解決できません。また個々が発するニーズの1つひとつに対応することができない。

さらに最大の問題は、行政のシステムは人の意識・マインドを変えることにあまり向いていないということ。たとえば「犯罪を行ってはいけない」というルールづくりは可能です。しかし、「○○をしよう」というルールをつくり、それを強制することはできません。行政にできるのは啓発まで。それ以上は個人の選択の自由に任されるからです。

その根底には、多くの社会課題が市場と企業、ひいてはそれを選択する消費者から発生している現状があります。そもそも、市場社会が進展するなか経済中心の社会になったことで生まれた課題が「社会課題」と呼ばれているのです。しかしそうした市場・企業・消費者に対し、行政が精密なマネジメントができるかといえばそうではない。そうした”アンコントロール”な状態がずっと続いてきたのです。

⼤室悦賀さん
京都産業⼤学経営学部教授 ⼤室悦賀さん

──では、もう1つのポイントというのは?

大室 社会課題解決にあたり “根本療法”で挑むということです。社会課題解決の方法には2パターンがあって、1つは対症療法、もう1つは根本療法です。これまでの多くの社会課題は「起こってから解決する」という対症療法で解決されてきました。私が「生まない」と言っているのは、この根本療法の話なんです。

すなわち、社会課題解決にあたり、行政では”アンコントロール”であるという条件下で、ことが起こる前に解決する”根本療法”で挑むにはどうすればいいのか。そのときに必要なのは、市民・企業を育てることだと私は考えています。私が所長を務める京都市ソーシャルイノベーション研究所「SILK」(後述)ではそれを実践しています。

「経済性」と「社会性」の二項対立を統合させるのは理念と哲学

──とりわけその「社会課題を⽣まない」ためには、あらゆる利害関係者間のバランスをとりながら企業活動を志向すること(マルチステークホルダー志向)が重要である、とも大室さんは説かれていますよね。

大室 歴史的にみて、これまで日本の経営スタイルは、株主の利益最大化と社会課題解決の間で振り子のように揺れ動いてきました。1970年代にはNPOのようなビジネススタイルも生まれてきましたが、社会性ばかりにとらわれていてはうまくいかない。90年代にはCSR(企業の社会的責任)のような考え方も出てきましたが、経済性を考えるという部分が足りず考え方そのものが廃れていきました。

そうして振り子のように揺れ動いていくなかで、誰か──消費者、サプライヤー、従業員、地域、自然環境等──を犠牲にすることで成り立つような経営までもが許容されてしまいました。どこかを犠牲にすればそこから社会課題が生まれるのは当然のこと。そうして社会課題が頻出しているのが、今の日本です。

経営スタイルの振り子の図版
(提供:大室悦賀)

──そうなってしまったとき、企業側が立ち戻るべきポイントはなんでしょうか?

大室 すべてのステークホルダーに対して犠牲を強いない経営です。

そもそも経済追求か社会貢献かといった二項対立は、まるっきり西洋的な思想に犯された考え方。経済か社会か、白か黒か、いいか悪いか、男か女か──二項対立で分ければたしかにわかりやすく、西洋ではそうした哲学が長年使われ続けてきたのも事実です。もっと言えば、宗教的な思想として「神かしもべか」 というところまでさかのぼれるかもしれませんが、キリスト教は一神教で人が神になれないのに対し、仏教は多神教で人が仏になれる。そう考えると、仏教に精通したかつての日本人はそうした「グラデーションがあるもの」を許容することができていたはずです。経営的な思想にも「三方よし」(売り手よし、買い手よし、世間よし)という言葉があったくらいですから。

──西洋的な思想が入ってきたことで変わってしまったということでしょうか?

大室 はい。しかし反対に、最近は西洋で「二項対立からイノベーションは生めない」ということに気づき、メディテーション(瞑想)やヨガといったものを企業経営のなかに取り入れていますよね。日本の経営者も、経済か社会か、という二項対立を取り払い、その2つを統合して考えなければいけません。

──では、その統合にはどのようなことが必要となってくるのでしょうか?

大室 統合するときに欠かせないのは、企業の理念や哲学です。企業理念・哲学に軸足をおきながら、二項対立しているものを統合していく──それが社会課題を生まない企業経営のなかで、すごく大切になってきていると思います。

たとえば1958年に創業した伊那食品工業(長野県伊那市)は、業務用粉末寒天メーカーとして会社の歴史をスタートさせています。同社は「かんてんぱぱ」という人気ブランドも立ち上げており、創業からずっと増収増益を続けています。代表取締役会長である塚越寛氏は「いい会社ですね、といってもらえるような会社づくりを目指す」と発信し、500名にも満たない規模ですが、日本の大企業経営者も模範とする経営をしています。

塚越会長が常々おっしゃっているのは、ビジネスには「進歩軸」と「トレンド軸」があり、会社の成長はこの「進歩軸」に乗っているからこそうまくいくのだ、と。進歩軸とは、人が成長していくことを後押ししていく軸のこと。このことは経済性と社会性の二項対立を考えるうえでも示唆に富んでいると思います。

京都市ソーシャルイノベーション研究所「SILK」とは

──2014年12月に京都市が発表した「京都市ソーシャル・イノベーション・クラスター構想」は「市民、企業、NPO、大学などの多種多様な組織や個人が、京都を舞台に社会課題の解決に挑戦することで、過度の効率性や競争原理とは異なる価値観を、日本はもとより、世界にも広めていこう」というものでした。その実現のための下⽀えをする機関として、公益社団法人京都市高度技術研究所内に独立して設置された京都市ソーシャルイノベーション研究所「SILK」について教えていただけますか?

大室 SILKは、ソーシャルイノベーションを通して全国を繋ぐハブとなり、知見やコミュニティーを創出することを目的とした組織です。自らが主体的に事業を生み出すのではなく、事業を生み出そうとする人々の補完あるいはサポートの立場を取るというスタンスにあります。私はSILKの所長ですが、いっさいの意思決定をしていません。もちろん意見は伝えますが、意思決定はすべて現場に任せています。最近「ティール型組織(編集部注:自律分散型で、その場その場で意思決定する組織)」といわれるような組織運営の実践をしていると言えるかもしれません。あくまで京都から日本を元気にしたいと考える起業家が主役──それがSILKの大前提です。

──具体的なSILKの構想イメージについて教えてください。

大室 京都市ソーシャル・イノベーション・クラスター構想の実現に向け、私は「立て板」「たが」「底板」からなる”酒桶”をイメージしています。

酒樽のイメージ図
京都市イノベーションクラスタ構想のイメージ図(提供:京都市ソーシャルイノベーション研究所)

すなわち「立て板」は「若手起業家の育成」「社会的起業家の輩出」「中堅企業の第二創業支援」といった、社会的起業をトータルで育成する経営支援の動き。そうして集まった事業者をソーシャルビジネス企業の認定制度、経営支援、キュレーター育成、ビジネスアイデア学習プログラム……といったプロジェクトや取り組みで複合的に連携しながら「たが」のようにつなぎ合わせ支援する。”酒桶”のイメージのなかでSILKはあくまで底板に過ぎず、とりわけこの「立て板」を増やしていくことが私たちのやるべきことです。

取り組みの1つひとつは、よりわかりやすく「学び、育つ場」「つながる場」「広がる場」の3つに区分けすることもできますが、いずれにせよSILK設立以来、活動の範囲はとても大きな拡がりを見せてきています。

SILKが展開しているプロジェクト一覧
SILKが展開しているプロジェクト一覧。3つの分類のなかで事業を生み出すためのさまざまな活動をおこなっている(編集部にて作成)

SILKの活動はコラボレーション的なものを生み出す活動と混合されがちですが、コラボレーションはあくまで結果。それを目的化してはいけないと私は考えます。私たちはあくまで民の側が主体的に京都を支えていく動きをつくる立場であり、それがSILKの本懐なんです。

社会課題を解決するソーシャルイノベーション領域をご専門に研究と実践を重ねてきた大室さん。後編では、京都市ソーシャルイノベーション研究所「SILK」の具体的な取り組みについてお話を伺い、日本企業におけるイノベーションのヒントを探る。

社会課題は市場のなかでこそ解決される!?──京都産業⼤学経営学部教授 ⼤室悦賀さんインタビュー(後編)

大室悦賀(おおむろ・のぶよし)

1961年東京都府中市生まれ。京都産業大学経営学部教授。京都市ソーシャルイノベーション研究所所長。一橋大学大学院商学研究科博士後期課程満期退学。1985年東京都府中市入職、2007年京都産業大学経営学部専任講師、同准教授を経て、2015年から現職。社会課題を解決するソーシャルイノベーション領域を専門としている。単著に『サステイナブル・カンパニー』(学芸出版,2016年)。共著に『ソーシャルビジネス 地域の課題をビジネスで解決する』(中央経済社、2011年)、『ソーシャル・イノベーションの創出と普及』(NTT出版、2013年)。


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