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自分なりのやり方で地域と関わるには? 地域との関わりを「関係人口」から考える──田中輝美さんインタビュー(前編)

2018年03月12日



自分なりのやり方で地域と関わるには? 地域との関わりを「関係人口」から考える──田中輝美さんインタビュー(前編) | あしたのコミュニティーラボ
地域づくりを持続可能にするには、何が必要なのだろう。「移住」はハードルが高く、一過性の「交流」では長続きしない一方で、離れていても地域に愛着をもち、応援し、地域の役に立つことができるのではないか。興味・関心に応じて地域と多様に関わる人たちを指す「関係人口」という言葉が注目されている今。今回は、ローカルジャーナリストとして島根県を拠点に発信を続ける田中輝美さんに、ご自身の体験を踏まえ「関係人口」について聞いた。前後編でお届けする。

「よそ者」の存在が地域を鼓舞し、「地域」を再生する──田中輝美さんインタビュー(後編)

「地域から発信する」、ローカルジャーナリストに

──田中さんは山陰中央新報の記者を経て3年前に独立し「ローカルジャーナリスト」を名乗って活動されています。どのような領域で活動されているのですか。

田中 本の執筆のほか、新聞、雑誌、Webメディアでの連載と寄稿、テレビ・ラジオ出演、講演もしています。テーマは地域の再生と、ローカル鉄道の再生、そして地域からの情報発信。ローカル鉄道は趣味でJR全路線に乗っていたこと、情報発信は、同業の仲間同士でつくった一般社団法人日本ジャーナリスト教育センター(JCEJ)でワークショップや講座を担当していたことがつながっています。大きくはこの3本柱ですね。島根が拠点ですが、月の3分の1は県外で働いています。

──ローカルジャーナリストという肩書きは、はじめて聞く肩書ですね。

田中 自分でつくりました。だからこれを名乗っているのはわたしだけです(笑)。

記者生活は充実していましたが、入社15年も経つとそろそろ管理職になる年代です。私は、やっぱりずっと現場にいたい、自分の目で見て自分で書きかったのと、もっと島根や他の地方のことを東京や全国に向けて発信したかった。なにより、人生一度きりだからチャレンジするかなあと思い、エイヤっ!と辞めたんです。そうしたら、みんなに「東京へ出るんだ?」と言われて。


ローカルジャーナリスト 田中輝美さん

「いやいや、そうじゃないんだけど」と思ったのですが、確かにフリーのジャーナリストってみんな東京にいる。なので「地方から発信する」ことが一発で伝わる肩書きにしないと、自分の意志がわかってもらえないと思いました。夜な夜なネット検索し、考えました。

──日本はジャーナリズムも東京一極集中なんですね。

田中 山陰中央新報では東京支社に転勤したこともありましたが、情報は東京から島根への一方通行で、島根をはじめとした地方の情報は事故や事件ぐらいしか東京に届かないんですね。どんなに地方でおもしろいことがあっても、東京や全国には伝わりにくい。そんな状況を、自分なりの役割を果たして変えていけたら、と思ったんです。

住んでいなくても多様なあり方で地域とは関われる

──昨年『関係人口をつくる──定住でも交流でもないローカルイノベーション』という本を出されました。あまり耳慣れない「関係人口」というキーワードがどうして重要だと考えたのですか。

田中 2009年から3年間、東京支社に転勤していました。その時「いますぐには帰れないけれど、故郷の役に立ちたい」という島根出身の若手経営者たちにはじめて出会い、感激したんです。

「そうか、移住・定住はしないけれど地域のために何かしたい、応援したい人がいるんだ」と。その思いを島根に持ち帰り、地元に伝えたら「でも住んでないんでしょ?」と言われ、すごく悔しくて。


著書『関係人口をつくる──定住でも交流でもないローカルイノベーション』(画像提供:田中輝美さん)

「移住・定住」に囚われていると、せっかくの外からのパワーが生かされず、宙に浮いてしまう。地方の人にとっても、都会の人にとってもマイナスじゃないかと思いました。

──住まなければ、何もはじまらないという固定観念が強いんですね。

田中 移住・定住促進ブームがはじまったころでしたから、「住まない」ことへの評価はものすごく低かった。「離れていても地域と関われる」ことを可視化したい、とずっと考えていました。

そして、フリーランスになってから、あらためて勉強しようと大阪大学大学院に入り、島根県海士町や江津市(ごうつし)の事例を検証して、修士論文「人口減少時代におけるよそ者との地域再生-島根県を事例に」を書くうちに出合った言葉が「関係人口」でした。

「関係人口」という言葉は、生産者の想いを伝える情報誌と食材がセットで届く『東北食べる通信』を生んだ高橋博之さん、ソーシャル&エコをテーマにした雑誌『ソトコト』編集長の指出一正さんが使っていた言葉です。

住まないで離れていても、定期的に訪れたり、特産品を買ったり、イベントを手伝うなど、それぞれが多様なかたちで仲間として地域に関わる。そんなあり方を可視化してくれる言葉として文字通り、地域と関わる人々をという意味の「関係人口」はふさわしい、これだ!と思いました。

おかえり、と迎えてくれる「ふるさと」で”しがらみたい”

──ゼロ年代後半は、定年退職した団塊の世代が第2の人生を求めて地方へ向かいました。今はむしろ若い世代が地方に関心を持っています。なぜだとお考えですか。

田中 若い世代と話していて感じるのは、「地方に対する眼差しが変わってきた」ことです。

自分のことを「ふるさと難民」だと言った都会の若者がいます。親の世代は「ふるさと」から出て行った。でも首都圏の郊外で生まれ育った子の世代は、地域外の学校に通い、地域の人たちとのつながりもあまりなく、「ふるさと」だという感覚が薄い。彼ら彼女らは「ふるさと」を、「ただいま」と帰ったら「おかえり」と迎えてくれる、つながりのある場所、暖かい場所として渇望しているんです。


地域は「つながりがある、暖かい場所」と考えられているのではないかと田中さんは話す

親は”しがらみ”を嫌い、自由を求め地方から出て行った側面もあると思いますが、自由な環境で生まれ育った子は、その逆。もうちょっと”しがらみたい”というか、そんな気持ちを持っている。人間ってないものを求めるんだな、とリアルに納得できました。

──社会的な課題にコミットしたい意識が若い人たちの間に芽生えはじめていて、地方に関心が向いているところもありませんか。

田中 東京にいると、自分は代替可能な存在で、いなくても社会は回るように感じる。実際、「手応えのなさ」をわたしも実感しました。1,300万分の1(東京の人口に対しての自分)と、69万分の1(島根の人口に対しての自分)では重みがまったく違います。島根で働いていると、もちろん、たまに煩わしいときもないわけではないですが(笑)顔の見える人から「ありがとう」と言われる手応えと喜びは圧倒的に大きいんですね。

しかも、地方には社会的な課題が山積み。やる気さえあれば、いくらでも活躍できるチャンスがあります。課題があるからチャンスがある。むしろ、課題を、自分が関わる「関わりしろ」であり「魅力」だととらえているんです。地域活性のモデルケースとして有名な海士町などで活躍されている岩本悠さんも「若者はいつもフロンティアを求める」とおっしゃってました。まさにその通りだと思います。

ふるさとへの渇望。ソーシャルなチャレンジ精神。そんな想いが入り混じって若者の目が地方に向かっているのではないでしょうか。

定住・移住だけでない、新たな選択肢としての「関係人口」。そこにはしがらむ先として、地域を求める若者たちの存在が欠かせないという田中さん。後編では、都会で働くビジネスパーソンが地域と関わりをもつにはどのようなきっかけがありうるか、引き続き聞いた。

「よそ者」の存在が地域を鼓舞し、「地域」を再生する──田中輝美さんインタビュー(後編)

田中輝美(たなか・てるみ)

ローカルジャーナリスト


島根県浜田市生まれ。大阪大学文学部卒業後、山陰中央新報社で記者をしながら地域で働く喜びに目覚める。2014年退社し、独立。著書に『関係人口をつくる──定住でも交流でもないローカルイノベーション』(木楽舎)『ローカル鉄道という希望−新しい地域再生、はじまる』(河出書房新社)など。2017年大阪大学人間科学研究科修士課程修了。一般社団法人日本ジャーナリスト教育センター(JCEJ)の運営委員も務める。


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