福祉とデザインのコラボレーションが”個性”を生かすフィールドをつくる──フォントが「ちがいをちからに変える」原動力になるには(後編)
思いもよらない色づかい、味わい豊かなパターン
2017年11月13日、渋谷ヒカリエで開催された「2020年、渋谷。超福祉の日常を体験しよう展」(通称:超福祉展)の最終日。
「福祉×FAB×デザインで、渋谷から福祉作業所のモノづくりを変える!」と題したシンポジウムが行なわれ、シブヤフォントの制作プロセスと成果が披露された。登壇したのは7つの障害者支援施設のスタッフ、桑沢デザイン研究所の学生、プロジェクトマネージャーの磯村歩さん、グラフィックデザイナーのライラ・カセムさん、FabCafe Tokyoプロデューサーの小原和也さん、渋谷区障害者福祉課長の原信吉さんなど、総勢20名にもなるプロジェクトメンバーたち。
「福祉×FAB×デザインで、渋谷から福祉作業所のモノづくりを変える!」のトークセッションには、企業やNPO、クリエイターなど、幅広いセクターの人々が集まった
「シブヤフォント」とは、渋谷の障害者支援施設で働く障害のある人が描いた文字や数字や絵を、桑沢デザイン研究所の学生がフォントやグラフィックパターンとしてデザインし、デジタルファブリケーションの手法を活用しながらさまざまなプロダクトに活用することで、障害者に新しい収益を生んだり、渋谷を代表する新しいお土産を生み出そうとするプロジェクトだ。
地域のステークホルダーがコラボレーションして「障害のある方が描いた文字や絵をデザインの素材として使い、継続的に創作物を生み出すソーシャルアクションの誘発」(磯村さん)を目指す点が新しい取り組みといえる。
超福祉展のシンポジウムでは、「渋谷のまち」をモチーフにしたプロダクトが発表され、集まった参加者の興味を惹きつけていた。
個性豊かなパターンの色を透明素材のトートバックやクリアフォルダーに展開した「CMY」。一見すると普通の模様でもジッと見つめると「ムムっ?」と驚く発見がある”隠れた魅力”をテーマにした「MUMU」。モアイ像の絵やストリートの名前など、渋谷にゆかりの多種多様なものたちをキュッと集めてTシャツなどにデザインした「Qtto」。遊び心のある人たちのためのキッチンウェアブランド「CAMM」。1つの原石が3つのパーツに分かれ、お揃いのピアスとリングが楽しめるアクセサリーセット「wonder」、常に変化し続けるまちを象徴する言葉として「再構築」をコンセプトにした「reconstruct」……。
左上から時計回りに「MUMU」、「CAMM」、「Qtto」、「Wonderとreconstruct」。アパレル、テーブルウェアなど、その製品ジャンルは多岐にわたる
各ブランドのプロダクトは、いずれも各障害者支援施設で働く障害者たちが自由な発想で伸び伸びと描いた文字や数字や絵柄を、桑沢デザイン研究所の学生たちがグラフィックの素材に落とし込んだ創作物。グラフィックデザイナーのライラ・カセムさんがサポートしながら、完成に至った。
そこには、思いもよらない色づかいや、なんとも味のある文字や線のパターンが埋め込まれ、常識的な発想からは生まれないおもしろさや楽しさが表れている。渋谷区がキャッチフレーズとして掲げる「ちがいをちからに変えるまち」の一端がたしかに垣間見えていた。
みんながデザインプロセスの中でキープレーヤー
シブヤフォント・プロジェクトは、長谷部健渋谷区長の「渋谷らしい”渋谷みやげ”をつくりたい」という発案からはじまった。
プロジェクトの運営体制
複数の部署に声がかかったが、福祉の文脈としては「渋谷区のめざしているダイバーシティ(多様性を生かす)、インクルージョン(さまざまな状況の人が参加できる)の姿を表現し、障害者支援施設で働く障害のある方の工賃アップにもつなげられるモノづくりを目指しました」との原さんは振り返る。
渋谷区 障害者福祉課長 原信吉さん
「さらに渋谷区らしく、最先端のパーソナルなモノづくりを支援するデジタルファブリケーションを絡め、”障害のある方がつくった”という前提抜きで、誰が見ても素敵と思えるものができないか、というのが区長の考えでした」
株式会社フクフクプラスの代表としてさまざまな福祉×デザインのプロジェクトを主導し、桑沢デザイン研究所でも教鞭をとる磯村歩さんは、世田谷区の障害者支援施設とデザインを学ぶ学生の連携によるものづくりに取り組んだことがあった。渋谷区の福祉作業所 ふれんど 施設長の古戸勉さん(後編参照)の紹介で磯村さんと原さんが出会ったことから今回のプロジェクトがはじまる。
株式会社フクフクプラス 代表取締役 磯村歩さん
「桑沢デザイン研究所は建て替え中の渋谷区役所新庁舎のすぐそば。そこで学んでいるのは渋谷の学生です。ならば、福祉の新しい文脈での “渋谷みやげ”づくりに協力してもらおう」(原さん)と、2016年10月に渋谷区の障害者支援施設のスタッフ、桑沢デザイン研究所の学生、磯村さん、原さんによる最初の会合があった。
7~8名の学生が渋谷区内の6カ所ほどの障害者支援施設を回ってフィールドワーク。2017年2月のアイデア審査会で選ばれたのが「シブヤフォント」というわけだ。
「障害者支援施設の製品を、そのまま渋谷みやげにするのは、生産体制などの課題がありハードルが高いのと、そこまでブラッシュアップする技量を学生に求めるわけにはいきません。一方、障害のある方の文字や数字や絵がとても素敵で、これを学生がアレンジして活用するというシブヤフォントのアイデアは、すぐ渋谷みやげにはつながらなくても継続性が高い点に審査員の多くが可能性を感じました」と原さんはいう。
その後、国内外の福祉施設や作業所とのワークショップによる共創経験が豊富なグラフィックデザイナーのライラ・カセムさんが、障害者支援施設と学生とのコラボレーションを中間支援するアートディレクター的な役割で参画。障害者支援施設のスタッフ、桑沢デザイン研究所の学生とLINEグループでつながり、要所要所で的確なアドバイスを授け、共創プロジェクトをサポートした。
グラフィックデザイナー ライラ・カセムさん
自らも障害をもつ身であるカセムさんは「インクルーシブデザインの発想で大切なのは、ユーザーとして障害者の視点を取り入れるだけでなく、関わっているみんながデザインプロセスの中でキープレーヤーになること」と強調する。
「デザインを知る学生なら、たとえば筆圧の弱い人にはもっと柔らかい紙にしたら創造性を引き出せるのではないか、といった方法を提案できます。また、各人の性格や個性を知る障害者支援施設のスタッフなら、この人にこういう問いかけをしたらこんなことをやってくれるかもしれない、といった支援を提供できます。そして施設で働くメンバーは、こだわりの強いアーティスティックな哲学者。お互いにフラットな関係で創作のプロセスを楽しめるように心がけ、三者三様にキープレーヤーとしてふるまえるよう力を注ぎました」(カセムさん)
本業を利する”CSVツール”として活用してほしい
月額平均15,033円(就労継続支援B型事業所、平成27年度厚生労働省調べ)という、就労継続支援事業所の工賃。
そんなメンバーの工賃アップにつなげるためには、シブヤフォント・プロジェクトが事業価値を生み出さなければならない(ちなみに、メンバーと学生が創作したシブヤフォントの著作権使用料は障害者支援施設に入り、各施設の判断で工賃に反映させるしくみになっている)。
磯村さんは今後の展開として「単純にシブヤフォントを活用したプロダクトの商品化を企業にお願いするのではなく、創作のプロセスを共有し、企業側も参加できる状況をつくることで利用可能な関係を築く」方向で企業にアプローチするつもりだ。
シブヤフォントのサイトでは、フォントや壁紙をワンコインでダウンロードできるサービスが展開されている
「これから企業の重要な戦略の1つになるのは、従来の広告に代わる”共感のプロモーション”の仕立て方と考えています。そのために、社会福祉への貢献という従来のCSR活動の文脈を超え、創作プロセスに最初から関与することで生まれる価値をシェアして共感の輪を広げ、本業の展開に活かす”CSVツール”としてシブヤフォントを活用してほしいと考えています」
障害者アートを既存の商品ラインナップに組み込むケースは珍しくないが、往々にしてその場限りの試みに終わることが多い。そうなると、社会貢献の域を出ず、収益事業としての価値は低い。
スタートラインからコミットし、価値を共有すれば、本業にメリットのある形で関与でき、継続性も高まることが期待されるだろう。現在、プロジェクトに関心を示す電機メーカーやアパレル企業との連携を模索している。
福祉とデザインのコラボレーションが”個性”を生かすフィールドをつくる──フォントが「ちがいをちからに変える」原動力になるには(後編)