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患者さんのために「考え続ける」 ──ぶれない哲学から生まれる普遍的な価値とは(前編)

2018年07月20日



患者さんのために「考え続ける」 ──ぶれない哲学から生まれる普遍的な価値とは(前編) | あしたのコミュニティーラボ
世界遺産の石見銀山を抱える島根県大田市大森町。人口わずか400人の山間の静かな集落に、全国のユーザーに強く支持される2つのメーカーがある。どちらにも共通するのは確固とした企業理念。どのような哲学が企業に普遍的な価値をもたらし、小規模で革新的なものづくりを可能にしているのか。前編では、病気や事故で身体の一部を失った人たちのために義肢装具をつくる「中村ブレイス」の事例を取り上げる。企業理念にもとづき、徹底的に顧客に向き合うことで生み出されるものづくりの価値について考える。

古きを生かし、新しきを創る精神 ──ぶれない哲学から生まれる普遍的な価値とは(後編)

石見銀山のふもとで生まれた義肢装具の著名企業

沖縄返還協定が調印され、円が変動相場制に移行し、銀座に「マクドナルド」1号店が開き、「カップヌードル」が新発売された1971年。サンフランシスコ発の特急バスから、広大なオレンジ畑に降り立つひとりの青年の姿があった。目の前にそびえるのは、義肢装具で世界に知られる企業、ホズマー社の社屋だ。

「こんな田舎町でも、世界へ向けた仕事ができるのか……」

その3年後。米国で学び、修業を積んだ26歳の中村俊郎さんは、故郷である石見銀山のふもと、島根県大田市大森町で義肢装具メーカー「中村ブレイス」を創業する(注:“brace”は「支える」「補強する」の意)。

当時の大森町はゴーストタウンのような過疎地。取引先の大病院がある松江や出雲からも遠い。「なぜそこで起業を」。知人からは心配された。しかし中村さんの頭から離れなかったのは、片田舎のオレンジ畑で視察した世界的企業だった。

子どものころ父から教えられた大森町の歴史も、中村さんの夢をふくらませた。江戸時代、石見銀山の最盛期、まちには20万人が暮らしていたと言われている。国内の銀の産出量の大半を占め、海外にも石見の名は知られていた。「かつての銀のように、世界の人々に役立つ義肢装具をここから生み出して、まちを盛り返したい」。

腰痛軽減のためのコルセットで事業の基盤を築き、創業10年目に飛躍の足がかりをつかむ。プラスチックの展示会で社員がお土産に持ち帰ったシリコーンゴムの灰皿を見て中村さんはひらめいた。

扁平足や膝痛などに使うインソール(足底板)にこの素材を使ってはどうか。従来のコルクや革よりフィット感が快適で、通気性もよく、匂いがつかず傷まない。世界9か国で特許を取ったが、課題となったのは販売網の確立だった。

主力商品のシリコーンゴム製 足底板
主力商品のシリコーンゴム製 足底板

医療器具としての義肢装具は販売後のアフターフォローが大切。とはいえ、営業社員を何人も雇って日本中の病院を飛び回るようなコストはかけられない。そこで全国に500〜600ある同業他社に販売委託する方式をとった。

いわばライバルだから最初のうちは誤解されたが、医師と患者に支持される優良商品なら取り扱うことにメリットがあり、やがてよきパートナーに。シリコーンゴム製インソールはこうして中村ブレイスのヒット商品となり、今も主力商品のひとつだ。

上肢、体幹、下肢の関節などに使う装具の既製品ラインナップに加え、中村ブレイスの名を、世に知らしめたのは「メディカルアート研究所」がつくるフルオーダーメイドの義肢や人工乳房にほかならない。

まさに本物のような、メディカルアート研究所の義指
まさに本物のような、メディカルアート研究所の義指

その人の肌色や質感はもちろん、体毛まで再現する精巧な出来栄えと心地よい装着感。喜びと感謝の手紙が多く寄せられ、全国からひっきりなしに山間の小さな集落に個人客が訪れる。

人の役に立ち、喜ばれる仕事をしたい若者が集まる

中村ブレイスは「働きたい会社」の上位企業でもある。「全国に10数校ある義肢装具士養成学校の卒業生がうちへの就職を目指してくれます」と語るのは、2018年2月、社長に就任した長男の中村宣郎さん(中村俊郎さんは会長職に)。

中村宣郎さん
中村ブレイス株式会社 代表取締役社長・中村宣郎さん

売上高12億円、社員85名の小さな田舎町の企業がどうして全国から人材を集められるのか。医療現場からの信頼が厚い既製品や特注品の装具で堅実に収益を上げ、個人客と直接やりとりするフルオーダーメイドの義肢や人工乳房の高度な技術は、身体に欠損をもつ人たちの生活に明るい希望と恩恵をもたらしている。

メディアで頻繁に取り上げられることもあって認知度も高く、「本当に人の役に立ち、喜ばれる仕事がしたい」若者を惹きつけているのだ。

メディアで中村ブレイスを知ったことがきっかけで義肢装具士を目指し入社したスタッフもいるという
メディアで中村ブレイスを知ったことがきっかけで義肢装具士を目指し入社したスタッフもいるという

もうひとつ重要なポイントがある。この会社の社是だ。それはただひとこと「THINK」。ひたすら考えること。もっと患者さんに役立つ、喜ばれるものはどうしたらつくれるか。問題が発生したら改善するにはどうすればよいか。絶えず考え続けて実行に移す。

「THINK」の文字は社内の至るところに掲げてある
「THINK」の文字は社内の至るところに掲げてある

意外なことに「商品開発の部署はありません」と中村社長は言う。

「みんながいつも患者さんのために考えていることが商品開発につながるからです。うまくいくかどうかわからないけれど、いけるかもしれないと考えたら、とりあえず形にして試してみよう。そもそも義肢装具づくりという仕事じたい、そうした姿勢がなければできませんし、そういう雰囲気づくりを大切にしています」

しかし社是を掲げているだけでは行動が伴わない。週1回の朝礼で全社員が1人ずつ「いま考えていること」の研究発表をしている。

テーマは新製品のアイデアでも業務の効率化でも何でもいい。その集大成として、10〜20個に絞り込んだテーマを全員で考える「大研究発表会」を年1回開催。ここから生まれた新製品もある。こうして常日頃から「考えるくせ」がつくようにしているのだ。

「健全な赤字部門」の挑戦が世界への足がかりに

1人ひとり異なる患者さんのために何がベストか常に考え、工夫し続けなければならないのはオーダーメイドが基本である「メディカルアート研究所」の仕事が最たるもの。指1本つくるのに2〜3週間、手になると2〜3か月を要する。

中村会長時代から「健全な赤字部門」と公言しているように、ほぼ利益は出ないが、中村ブレイスならではの研ぎ澄まされた技術で多くの人生を幸せにしている最先端部門にほかならない。ここでの技術革新は収益源となる病院向けの既製品装具にも反映されている。

「型をとった透明な膜状のシリコーンゴムの内側から着色するのが最大の特徴で、こすれても色落ちしません」と、メディカルアート研究所係長で一級義肢・装具製作技能士の那須誠さん。

那須誠さん
中村ブレイス株式会社 メディカルアート研究所 係長の那須誠さん

「顔料は赤2色、白、青、黄の5種類。それらを一定の分量で混ぜ合わせ、6層から7層塗り重ねていくのですが、順番や混合の加減には、お客さまの肌色や質感に応じ、そのつど “THINK”が必要です。教科書はなく、コツや勘所は繰り返し経験しながら習得するしかありません」

内側から、顔料を何層にも塗り重ねていく
内側から、顔料を何層にも塗り重ねていく

2015年に那須さんははじめてアスリート向けの義肢装具に挑んだ。競泳パラリンピックの一ノ瀬メイ選手のために、ロープを引いたり重りを持ち上げる筋力トレーニング用の義手を製作。

実物そっくりの手ではなく、ロボット部品のような見た目を要望された。彼女にとって腕がないことは個性。隠す必要はない。アスリート向けの義肢装具は“メディカルアート”の新分野として高いポテンシャルを持っていそうだ。

一ノ瀬メイ選手の筋力トレーニング用の義手
一ノ瀬メイ選手の筋力トレーニング用の義手

今後の課題は「インソールや体幹装具に次ぐ、第3、第4の新たな主力商品づくり」と中村社長は話す。「製造には3Dプリンターなども試験的に取り入れつつあります。ゆくゆくは独自のコンセプトでIoTやビッグデータを活用した新しいものづくりにも挑戦していきたい」と意欲を燃やしている。

国際展示会でも中村ブレイスの義肢や人工乳房は注目を集めるが、海外からの多量の発注に応える余裕はまだない。3Dプリンター出力のデジタルファブリケーションの進化によって「データを提供してもらえれば海外の患者さんにも同品質の製品がつくれる時代がくるかもしれない」と中村社長は期待をかける。

栄華を極めた石見銀山のお膝元から再び世界へ。夢の実現に向けて中村ブレイスの“THINK”は続く。

後編では、大森町に本拠を構えるもうひとつの先進企業、「復古創新」を掲げるアパレルメーカー「株式会社石見銀山生活文化研究所」の哲学を探りたい。

古きを生かし、新しきを創る精神 ──ぶれない哲学から生まれる普遍的な価値とは(後編)へ続く


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