Opinions
各界の専門分野を持つ有識者の方々から、社会を変えるイノベーションのヒントを学びます。

【インタビュー編】健康経営に必要なのは「ウェルビーイング」の視点 ──武蔵大学経済学部経営学科教授 森永雄太氏インタビュー

2018年10月24日



【インタビュー編】健康経営に必要なのは「ウェルビーイング」の視点 ──武蔵大学経済学部経営学科教授 森永雄太氏インタビュー | あしたのコミュニティーラボ
従業員の「健康」が生産性向上、ひいては企業経営に大きな影響を与える──。昨今、そんな考えに基づいた「健康経営」なる施策が注目を集めている。経済産業省は東京証券取引所と共同で「健康経営銘柄」の選定・公表をスタート。対象となるのは「従業員の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に取り組んでいる企業」である。

しかし健康経営に取り組むうえで「何から始めればよいのか」「従業員にどんなアプローチをとればよいか」など不明な点も多いはず。今回、あしたのコミュニティーラボでは【インタビュー編】【実践事例編】の2編にわたり「健康経営」の考え方を追いかけてみた。まずは【インタビュー編】──。経営学・組織論を専門とし、健康経営にも詳しい武蔵大学経済学部経営学科教授・森永雄太さんとの対話から、健康経営の基本的な視座について考えていきたい。

モチベーション研究と健康の問題を総合的に考えた

──経済産業省では「健康経営」について「従業員等の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に実践すること」としています。そんな「健康経営」に森永さんが着目されるまでの経緯を教えていただけますか。

森永 出身校である神戸大学大学院の経営学研究科で、私は「働く人のモチベーション」について「やる気の自己調整」「セルフマネジメント」の観点から研究していました。当時の経営学からすると「モチベーションを自分で調整できる」というのは“亜流”ともいえる考え方で、それらは会社、組織、管理職の側が高めるべきものだと考えられていた時代でした。しかし、大学の同級生や知り合いが就職し、会社で働くようになると軒並みやる気を下げて「つらい、つらい」とぼやいたりしている(笑)。立ち直っていく人もいますが、ずるずるとネガティブな状態を抜け出せない人もいて、私はその違いが何であるのか、疑問を感じるようになりました。

──そこから「健康経営」に踏み込んだきっかけは?

森永 2つくらいのきっかけがあったと思います。

若い人の「やる気の自己調整法」をインタビューしてみると「音楽を聴く」「感情に働きかけてテンションを上げる」といった、わりあい気軽にできる取り組みが主流でしたが、ある程度キャリアを積んだ社会人のなかには、自らのやる気を高めるため「仕事を作り直す」「自分がやりたいと思える仕事を提案し、自分の仕事に持ち込んでみる」……といった、少し趣向の異なる自己調整法に取り組んでいる人がいることを知りました。これが海外の研究を発祥とする「ジョブ・クラフティング」に着目したきっかけです。ジョブ・クラフティングとは、与えられた仕事(退屈な仕事)に対する認知・行動を主体的に変えていくことで、やりがいのある仕事へと変容させる手法を指します。このジョブ・クラフティングという考え方が徐々にメンタルヘルスの領域で注目されるようになってきます。こうして、まずは精神面の健康との間に接点ができてきました。

──もう1つのきっかけは?

森永 大学院時代に参加した共同研究です。毎日のやる気の変動とその要因について、会社員を対象に日誌調査を行ったことがありました。そのやる気がでない理由として「寒いから」「風邪気味だから」「週末で疲労が溜まって」といった回答がだいたい1割ほど挙げられていた。働く人のモチベーションが、健康的な要素に幾分か左右されることがうかがえるデータです。

武蔵大学経済学部経営学科 教授 森永雄太さん
武蔵大学経済学部経営学科 教授 森永雄太さん

こうした「やる気と健康の関係性」は私の頭のなかでしばらく脇に置いていたのですが、主体的に仕事をやりがいのあるものへと変容させる「ジョブ・クラフティング」を研究対象にするようになってから、モチベーション研究とその背後にある健康の問題を総合的に考えてみたいと思うようになり、結果的には「健康経営」というテーマに行き着くことになりました。

──経営学の世界で「健康」が考えられていなかったというのは意外です。

森永 もちろん「仕事のストレス」みたいな話になれば「健康」は切っても切り離せない問題です。しかしこれまでは臨床心理学や公衆衛生学のような専門分野と役割分担がされていた印象があります。

ただ、経営学の“古典”までさかのぼってみると、ずっと昔は働く環境が劣悪だった時代があり、そうした時代下では職場の環境を整え、従業員の健康をケアすることが工場の生産性にも結び着いていました。今では当たり前の「休憩時間を与える」という施策もそうした考え方がベースにあるはずです。しかし社会全般の経済状態がよくなり、必要最低限の環境がどの職場でも整ってしまうと、働く環境によってもたらされる健康の重要性があまり考えられなくなりました。

今現在起こっている「健康経営」の潮流は、これまでの「必要最低限の環境」や「個人の健康」を包括した上で、さらに次の段階・施策が求められていると感じています。

「健康=病気にならない」だけではない広義な視点を持つ

──改めてお伺いします。これまでの研究を踏まえ、森永さんは「健康経営」をどのように定義しますか?

森永 「健康経営」の言葉上の定義は、経産省や健康経営研究会が定義するもので問題はないと考えています。注意したいのはこの「健康」という言葉をどのように捉えるかで、そこが特に重要ではないかと思っています。

──どのような捉え方でしょうか?

森永 一般的に私たちは「健康=病気じゃない状態」だと考えがちですよね。しかし健康経営の文脈では、もう少し「健康」という言葉を広義に捉えて用いています。この点を強調して伝えていく必要があると思っています。最近は「ワーク・エンゲージメント」(充実感や就業意欲などを含めた「心の健康度」を表す尺度)という言葉もかなり知られるようになって来ましたが、単に病気にならないこと以上に「いきいきと仕事をする」「ポジティブな気分で仕事ができる」といった側面を、健康経営を通じて作り出していかなければならない、と。

そうしたこともあり、私は「健康経営」の話をするときには「ウェルビーイング経営」という言葉も使っています。“well being”──すなわち「従業員の幸福」を満たすことが、結果的に生産性の向上にもつながる──。もちろん日本における「健康経営」の問題は医療費増大という切実な社会的問題と切っても切り離せませんが、組織全体に健康経営を広めていくには「well being」もまた重要な視点だと思うのです。

産学協働の健康経営研究、HHHの会

──経済産業省は基準検討委員会を設置し、評価モデルに基づいた「健康経営銘柄」の選定・公表を行っています。最新の「健康経営銘柄2018」では26社が選定されました。こうした国の働きかけについて、森永さんはどのような意見をお持ちですか?

森永 私も大学で学生を指導する立場ですから、これから社会に出る学生たちが健康経営に取り組む企業を見分けられることは、とてもよいことだと思います。企業にとってもそうした認証を得ることは人材獲得の面でインセンティブにもなり得るでしょう。

ただし、多くの組織が直面している課題は大枠のところで一緒だとしても、自社で取り組まなければいけない“課題”は企業によってさまざま。ですから、それぞれの企業で独自の取り組みを設計していくことが重要でしょう。経産省の「健康経営ハンドブック」を見てもその点が十分に配慮されています。一律的な取り組みにならないよう、経営者あるいは健康経営担当者が熟慮すべき点もそこです。

──国の働きかけがある一方で、民間の動きも起こっています。その1つが森永さんも参画されていた、2016年の「HHH(スリーエイチ)の会」です。「企業経営者が主体となって健康経営の成果を検証する」ことが目的に置かれていましたが、これは具体的にどのような会だったのでしょうか。

森永 HHHの会は産学協働で健康経営を考える会合です。カルビー、ルネサンス、ロート製薬の3社が発起企業となり、他にも趣旨に賛同いただいた多くの民間企業が参画しました。私はそこで大学・研究機関の立場から副座長を務めました。

企業が健康経営を考えるときは段階的に進めていくべき、という
企業が健康経営を考えるときは段階的に進めていくべき、という

2016年3月に開催された発足記念フォーラムを皮切りに、同年の単年事業として、4回の会合を開催しました。参画企業の多くは健康経営に初めて取り組む企業で、具体的には参加企業同士で共通の健康経営施策を100日間に渡って実施。実際の成果を測定し、健康経営のエビデンスを集めていきました。

──「健康100日プロジェクト」のなかで検証された、健康経営に取り組む際の具体的な手法についても教えてください。

森永 当会で得られた成果を整理・分析した結果として感じたのは、企業全体が健康経営に取り組むにはいくつかのポイントを段階的に考えるべき、ということです。

──その最初の段階とは?

森永 まずは「トップのコミットメントを得ること」です。健康経営は基本的に、会社ぐるみ・組織ぐるみの活動です。これがなければ何も始まりません。HHHの会ではトップのコミットメントを得られていることを参画条件としました。一般的にはこれをなかなか得られない企業もあるでしょう。

健康経営は「経営のあり方」を考える活動であり、会社のビジョンの射程圏内に「健康」というテーマが入っていなければ難しい……。しかし逆に考えれば、ミドル層からボトムアップ的に重要性をアピールしていくというのなら、トップが発しているビジョンにいかにフックをかけるかがポイントになります。「会社のビジョンを実現していくためには、従業員の健康の問題に今こそ刮目すべきだ」といった発信のもと、上の理解を得られるかどうか。それこそがミドル層の腕の見せ所です。

健康経営に取り組む企業が設計すべきこと

──最初は「トップのコミットメント」、その次の段階は?

森永 トップのコミットメントを得た「健康経営の担当者」は、だいたい最初に“ある問題”で行き詰まります。それは「何からやればいいのか」、そして「どのような方法で取り組むべきか」です。

なにせ健康経営は、組織全体に浸透させなければいけません。しかしそのやり方・手法はまだ確立されていません。そこでHHHの会では、どんな企業でも取り入れられそうな手法に注目して参加企業間で実施し、成果を共有し合いました。

──どんな手法がありますか?

森永 「健康習慣」に「チーム単位」で取り組むというものです。まずそれぞれの従業員は「毎日8,000歩、歩く」とか「野菜から食べる」といった健康習慣を設定します。そしてその実施状況を組織内のSNS等を介してチームで共有する取り組みです。単に共有するのみならず「いいね」ボタンを使って相互に褒めあったり、「ゲーミフィケーション」の要素も取り入れ、チーム単位でのポイントを競い合ったりします。健康増進のモチベーションが高まるのはもちろん、組織のコミュニケーションも活性化されます。

健康経営には「これが正解」がないのが難しい。企業にも試行錯誤が求められる
健康経営には「これが正解」がないのが難しい。企業にも試行錯誤が求められる

特に身体的な健康にあまり関心を向けたがらない若手社員は「こんな食事を採りましょう」みたいなメーリングリストを配信するだけではきっと読んでくれないでしょう。そういう意味でもチーム制やポイント制を導入すれば、彼らの意欲の入口を作る点でも効果がありますし、またチーム内で世代にばらつきがある場合には、年配の社員が手本になることで「自分もやったほうがいいのかな」という気づきを与えられます。

──その手法が「面白そう」だと思ってもらえたとしても、会社単位で見れば「自社でやるには少し立ち位置が違ったりしてやりにくい」なんてケースもありますよね。

森永 はい。そこでHHHの会のなかでは、その次の段階として「なぜやるのか」を考えてもらいました。これはすなわち、各々の企業で目指すべき「ウェルビーイング像」(どうなることが、従業員の幸せなのか)を考えてもらうということです。

健康経営の取り組みは「その効果を指標化すること」が難しいものです。「これを測定しておけば大丈夫」というような、オーソライズされた指標も今のところない、というのが個人的な見解です。「生産性向上」「医療費削減」といった数値的指標も、たった1回取り組んだだけでは目に見える効果としては表れません。

だからこそ「なぜやるのか」「どういった従業員像を目指すのか」が後々の段階で重要視されます。あわせて「参加している人が増えているのか」「ちゃんと最後まで参加しているのか」といった“行動的な指標”も1つの目安になり得ます。

──立ち戻るべき「ウェルビーイング像」をあらかじめ設定しておくことが必要である、ということですね。

森永 そしてここからが最終的な段階に入ります。それは「施策に自社の従業員をいかに巻き込むか」です。どの従業員を対象に、どのくらいの強制力でやっていくのか、それはそれぞれの企業によって異なります。業務のようなかたちで「必ずやる」ようにするやり方もありますし、従業員の側に参加の裁量をかなりの程度持たせるやり方もあるでしょう。

これはどちらが正しい、という類いのものではないと考えています。どの方法が適切かは、その会社が抱えている課題のタイプやその深刻度によります。健康経営のための設備・労働環境を整え、従業員が「やりやすい」環境づくりを重視するスタンスもよいですし、ちょっとしたご褒美や表彰を活用して「やりたい」とか「やったほうがいい」と思わせるのもよい。トップや上司が積極的に推進することで、ある種「やらざるを得ない」と思わせるスタンスもある。ただ「やらざるを得ない」からスタートした場合には、それをきっかけにしつつも最終的には自発的なスタンスに移行することが理想です。

会社の文化・風土は企業それぞれで、すべての人がその取り組みに意欲的になるとは限りません。いろいろな入口をもたせながら、健康経営の意義・重要性に気づいてもらうプロセスが健康経営では大事な視点になるのではないでしょうか。

森永雄太(もりなが・ゆうた)


武蔵大学経済学部経営学科教授。兵庫県宝塚市生まれ。神戸大学大学院経営学研究科博士後期課程修了。博士(経営学)。専門は組織行動論、経営管理論。2016年に「HHH(スリーエイチ)の会」に参画。健康経営を従業員のやる気につなげる「ウェルビーイング経営」を唱えている。著書は『日本のキャリア研究──専門技能とキャリア』(白桃書房)『職場のポジティブメンタルヘルス―現場で活かせる最新理論』(誠信書房)等。


いいね!を押して
Facebookページをフォロー

あしたラボの最新情報をお届けします。

Twitterであしたラボ(@ashita_lab)をフォローしよう!

皆さんの感想をお聞かせください!





  • facebook
  •  twitter
  • RSS

Copyright 2018 あしたのコミュニティーラボ