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ゲノムで未来を編集する? スマートセルがもたらす社会 ——共創プラットフォーム「SMARTCELL & DESIGN」(前編)

2019年02月08日



ゲノムで未来を編集する? スマートセルがもたらす社会 ——共創プラットフォーム「SMARTCELL & DESIGN」(前編) | あしたのコミュニティーラボ
2017年9月、株式会社電通は、ゲノム技術をビジネスに活用する社内外横断組織「SMARTCELL & DESIGN」を発足させた。スマートセルとは、ゲノム編集などによって高度に機能がデザイン・制御された生物細胞のこと。さらにそこから生まれるプロダクト、サービスなどの産業群を「スマートセルインダストリー」という。バイオテクノロジーが経済生産に大きく貢献できる市場として、世界的には「バイオエコノミー(バイオ経済)」という概念が提唱され、国内では経済産業省が工業分野でスマートセルインダストリーの実現に向けて戦略的な取り組みを展開中だ。「スマートセルがもたらす価値」をテーマに、プロジェクトメンバー5名に話をうかがった。前後編でお送りする。

できないことは何もない!? ゲノム技術の民主化に向けて——共創プラットフォーム「SMARTCELL & DESIGN」(後編)

ゲノムを取り巻く環境が加速度的に進み、次なる技術革新が見えてきた

20世紀の終わり頃から21世紀初頭にかけ、世界では人間が持つゲノム(遺伝情報)の全塩基配列を解読するヒトゲノム計画が進められた。当時、ゲノム情報の解読には莫大なコストと時間が投じられた。しかし、そのコストは1990年と比較して現在では「100万分の1」——たった1日、1,000ドル程度まで低減している。

そんな技術革新を背景に、日本国内でも経済産業省から「スマートセルインダストリー」というビジョンが掲げられている。

スマートセル:ゲノム編集などのバイオ技術によって、高度に機能がデザイン・制御された生物細胞のこと

スマートセルインダストリー:生物は高分子化合物や高機能品を生み出すことが得意。その特徴を活かし、デザインされた生物細胞から機能物質を取り出して利用する、次世代のものづくり産業のこと

同省 商務・サービスグループ 生物化学産業課が作成した「スマートセルインダストリーの実現に向けた取組」によれば、これら「ゲノム情報の蓄積(解読にかかるコスト低減・短時間化)」に加え、「IT/AI技術の進化」「ゲノム編集技術」(下記参照)がバイオテクノロジー分野を力強く牽引しており、「3分野の技術革新を融合することによって、これまで利用し得なかった“潜在的な生物機能”を引き出すことが可能になる」。これらの技術革新が、スマートセルインダストリー実現の論拠になるというわけだ。

3つの分野で進む大きな技術革新

1.DNAシークエンシング技術(ゲノム情報蓄積)
最近の7年間で解読費用が1/10,000に

2.IT/AI技術(生物情報解析、生物機能デザイン)
ディープラーニングなどのIT/AI技術が実用レベルに

3.ゲノム編集技術(新生物機能の実現)
次世代型のゲノム編集技術(CRISPR/Cas)が登場(2013年)。より容易に遺伝子を切断・編集可能に

3分野の技術革新を融合することによって、これまで利用し得なかった”潜在的な生物機能”を引き出すことが可能に

(経済産業省「スマートセルインダストリーの実現に向けた取組」より)

バイオ市場を見据えるには、業界・分野を超えて社会基盤構築を考える必要がある

OECD(経済協力開発機構)が2009年に発表したレポート「The Bioeconomy to 2030」によれば、2030年の世界のバイオ市場は世界GDPの2.7%にあたる200兆円超。そのうち約4割(80兆円)を「工業分野」が占めるとの予測もある。

世界バイオ市場予測
OECDによると、2030年の世界のバイオ市場はGDPの2.7%(約200兆円)と予測。分野別では、工業分野が約4割を占め、最も大きな分野になると予測されている(「The Bioeconomy to 2030」を元に編集部にて作成)

そうした期待が高まるなか日本では、スマートセルインダストリーに対応できる社会基盤構築を、民間企業が主導する動きが活発になりつつある。その代表格が、2017年9月、株式会社電通が発足させた「SMARTCELL & DESIGN」だ。

発足のきっかけは2017年に、現・SMARTCELL & DESIGNアドバイザーである慶應義塾大学環境情報学部教授の神成(しんじょう)淳司さんがコーディネーターを務めるイノベーションリーダープログラム(主催・国際IT財団)が開催されたことだ。

同年2月に国内でワークショップが行われ、その後の4月、参加メンバーは調査団としてバイオベンチャー集積地であるアメリカ・ボストンのゲノム研究者、ベンチャー企業、NPOなどを訪問。アメリカのバイオベンチャーと大学・企業の連携のあり方、新産業のつくり方、倫理・プライバシー・諸規制への対応等々を調査した。

SMARTCELL & DESIGNのプロジェクト・マネージング・ディレクターである前田浩希さんが当時を振り返る。「民間企業・官庁に在籍する10数名からなる調査団で、電通の社員も名を連ねていました」。

そのときの研究成果を読んだ前田さんは「ゲノムのようなウェットな研究、日本の製造業が牽引してきたハード開発、そして電通が得意とするサービスデザインがクロスオーバーすれば、社会的な需要も高い新たな価値創造ができそうだ」と考えた。

SMARTCELL & DESIGN プロジェクト・マネージング・ディレクターの前田浩希さん
SMARTCELL & DESIGN プロジェクト・マネージング・ディレクターの前田浩希さん

共創プラットフォームが持つ意味

前田さんによると、「SMARTCELL & DESIGN」の役割は「ゲノム教育をはじめとした社会基盤の構築」と「多角的アプローチが可能な共創の場を提供すること」の大きく2つ。

「ホワイトキャンバスにビジネスをデザインしていく共創プラットフォーム——それこそがSMARTCELL & DESIGNです」。そう前田さんが言う通り、SMARTCELL & DESIGNはゲノム技術の進歩を背景に“未知の世界を想像”し、“鋭い理性と柔らかな感性”を育む共創の場である。

SMARTCELL & DESIGNホームページに綴られたメッセージ
SMARTCELL & DESIGNホームページに綴られたメッセージ

ゲノム・非ゲノムの領域にとらわれることのない “共創プラットフォーム”として、前田さんらは民間企業とのアライアンスを探っており、ゲノムの専門領域からこのプロジェクトに参画しているのが、福岡のバイオベンチャー、エディットフォース株式会社の白川晃久さん。先述したボストンのイノベーションリーダープログラムの講師でもある。

「ゲノム領域の課題の1つが、圧倒的なデータ量です。ゲノム技術は取り扱うデータ量そのものが大規模であると同時に、複雑なデータを時系列でも追いかけ解析しなければならない。データを取り扱うには、非ゲノム領域企業によるAIなどのテクノロジーの提供が不可欠です」(白川さん)

エディットフォース株式会社 共同創業者の白川晃久さん
エディットフォース株式会社 共同創業者の白川晃久さん

さらに白川さんは「人的な課題」として「もっと俯瞰して見られる存在が必要」だと感じるという。

「ゲノム界隈の研究では常に新しい技術が生まれていますが、DNAやRNAの専門家は、それぞれの研究者が自分の専門領域だけに閉じこもってしまいがち。どことどこをつなげれば新たな価値が生まれるのか、ズームアウトできるような存在がより重要視されるでしょう。その意味でこの共創プラットフォームに大きな期待を持っています」(白川さん)

ゲノム技術は教育過程で備えるべきリテラシーとなる!?

社会基盤構築を担うSMARTCELL & DESIGNでは、電通の強みである「コミュニケーション」の力を活かし、次世代のリテラシー向上のための取り組みとして「キッズプロジェクト」も開催している。アドバイザーである神成さんは次のように話す。

「2012年に論文のなかで発表されたゲノム編集技術・CRISPR−Cas9(クリスパー・キャス・ナイン)は業界に衝撃を与えました。この画期的な技術・手法を用いれば、高い精度で狙った部分のDNA配列を切断したり、ピンポイントに遺伝子を入れ替えたりできるため、ゲノム編集の難易度は圧倒的に下がります」

CRISPR−Cas9を用いればゲノム配列の任意の場所を削除、置換、挿入することができる
CRISPR−Cas9を用いればゲノム配列の任意の場所を削除、置換、挿入することができる

「 “読み・書き・そろばん”と同様、誰でもゲノム編集ができる時代が確実に到来すると考えています。だからこそ、小・中学生にもゲノム技術を教育しなければならない」(神成さん)

慶應義塾大学環境情報学部教授 神成淳司さん
慶應義塾大学環境情報学部教授 神成淳司さん

2017年8月20日、都内のカフェで開催された「第1回 Touch the SmartCell!」では、プロジェクトのために開発した遊びやゲーム(下記参照)を通じ、子どもたちがゲノム技術を体感した。

「ユニコーン運動会」
CRISPR-CASカードを使って能力が低い染色体を能力が高い染色体に変更しながらユニコーンの能力を上げ、レースで競わせるゲーム

「CC GG探しゲーム」
DNAの塩基配列である“ATGC”の文字配列から一定の法則に従ってCC/GGの文字列を探すゲーム

社会システム構築を専門とする神成さんは「我々は『インダストリー』や『次世代産業』といった文脈を語る以前に、社会システムを根本から組み直さなければならない」とプロジェクトのミッションを示した。

「同時に、こうした子どもたちの素直な反応を見ることは、今後スマートセルをこれからビジネスに展開しようとする大人たちにとっても、スコープを拡げるという意味で非常に有意義だと考えています」。

プロジェクト・マネージング・ディレクターである前田さんは取材の最後をこう締めくくった。

「本プロジェクトにおける我々の役割は、電通の強みであるアイデア発想力と実行力を駆使しながら、共創プラットフォームで人材を適材適所につなぎ、ゲノムで未来の社会を編集すること。これからは工業のみならず、農業、エネルギー等に携わってきた企業の参加も期待しています」(前田さん)

できないことは何もない!? ゲノム技術の民主化に向けて——共創プラットフォーム「SMARTCELL & DESIGN」(後編)


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